DEVIL SURVIVOR 2 With you forever. 作:ルーチェ
カナデたちはフミを保護し、ケイタの死を回避することができた。
全員で互いの無事を喜んでいる時に、まるで水を差すようにヤマトからの連絡が入った。
「カナデ、菅野はどうした?」
「無事に保護したわ。意識はないけど、見える範囲に怪我はないみたい」
「よくやった。しかしそれで終わりではない。セプテントリオンが現れた」
「なんですって!?」
「次の指示を与える。部下を迎えにやった。詳細は彼らから聞きたまえ」
「了解…」
カナデはヤマトからの連絡を皆に伝え、その直後に彼女たちを迎えに来たジプスの車に乗った。
しかし彼女だけ別の車に乗せられ、ダイチたちとは別行動となる。
(どうしてわたしだけひとりで別の車なの? ヤマトの指示なのだろうけど、何か企んでいるんじゃないかしら?)
同乗するジプス局員からカナデが聞いた話によると、彼女たちがボティスと闘っていた頃、一度は停止したハッキングが再開してジプスのコンピューターがシステムダウンしてしまったとのこと。
そのせいで大阪の霊的防御機能がゼロとなってしまい、その隙を狙ってメラクが襲来したのだそうだ。
これらの情報から、フミはポラリスもしくはセプテントリオンの手先の悪魔によって洗脳され、その力を利用されたのだと考えるしかない。
(大阪でセプテントリオンと戦うことになるのは覚悟していたけど、最凶の状態の敵と戦うのは想定外だったわ。ドゥベの時はさほど感じられなかったけど、ポラリスは本気で人類を滅ぼそうとしているらしい。たぶん神の目から見たら人間なんて愚かでくだらない生き物なのだと思う。しかしだからといって勝手に「滅ぼしちゃうぞ♡」では困るのよ…)
メラクは大阪湾上空に出現し、真っ直ぐに通天閣を目指していた。
(昨日、ドゥベを見た時も感じたけど、なんとなく某アニメに登場した天使の名を冠する侵略者に雰囲気が似ている気がするのよね。人類の通常兵器が効果ないというところも同じだけど、これは深く追求すべきではないわね。いろいろと問題が起きそうだもの)
◆
移動中の車の中で、カナデは十三大橋でメラクを迎撃した自衛隊の部隊が壊滅したことを知った。
セプテントリオンには通常兵器が効かないことを信じなかった ── というより信じたくなかった政府のお偉方は大規模な戦車隊による攻撃を仕掛けたのだが、メラクにはまったく効果がなく、逆にメラクが撒き散らす爆弾のようなものによってあっという間に全滅してしまったのだ。
これでセプテントリオンに対して唯一対抗しうる力がサマナーたちの召喚する悪魔だということを印象付けられた。
たぶんヤマトはこうなることを予測していたはずで、ジプスこそが人類救済の最後の砦であり、そのジプスを仕切る自分こそが救世主であると顕示したことになる。
「くだらない政治はここまでだ。これよりジプスの戦力で敵を殲滅する。…始めろ」
ヤマトの命令によって作戦が開始された。
「霊的防御を失ったため、敵は万全の状態で出現した。戦力は想定していたものの恐らく10倍以上…。メラクの目的は大阪の結界・通天閣。これを失えば大阪が消えることとなる。サマナーの小隊をメラク進行ルートに配置。大阪本局の全戦力をもって迎撃する」
カナデの乗車している車内モニターの映像がメラクの姿から大阪の地図に変わった。
そしてその上には「新大阪防衛ライン」「梅田防衛ライン」「大阪市庁舎防衛ライン」「瓦町防衛ライン」「中央通り防衛ライン」「難波防衛ライン」「最終防衛ライン」という7つの地点が表示されている。
通天閣に向かって来るメラクを7段階に分けて迎撃する作戦らしい。
すでに新大阪防衛ラインの位置には「通信途絶」と表示されているから、あと6つの防衛ラインでメラクを迎え撃つことになる。
民間人サマナーはジプスの局員と共にメラクと戦うことになるそうで、ヒナコは瓦町、ケイタは難波、カナデは最終防衛ラインに配置されることとなった。
ダイチは戦闘能力が低すぎるということで救護班に回され、そしてイオは本局内で待機である。
最終防衛ラインはなんばパークス屋上。ここが決戦の場となる。
◆
「う、梅田防衛ライン…全滅…」
各防衛ラインの責任者の持つタブレット端末の画面に「梅田防衛ライン生存率0%」、そして参戦していたジプス局員の名と「DEAD」の文字が表示されている。
状況は圧倒的に不利だがヤマトにはまだ余裕があった。
(ヤマトには何か切り札的なものがまだあるんでしょうね。そうでなければあの余裕はありえない。…ってよく考えてみれば切り札的なものってわたしとビャッコのことじゃないの!?)
カナデでも対処できないのであればヤマト本人が出陣するはず。
それがないということは、まだ大丈夫だということ。
彼女は自分に言い聞かせて気持ちを落ち着ける。
しかし次のメラクの攻撃を目の当たりにし、彼女は全身が強ばった。
なにしろメラクが放った冷凍ビーム〈周極の巨砲〉はビルの間を抜けて直接通天閣を掠めたのだから。
その破壊力は桁外れに大きく、大阪本局では防御壁を張っていた地下祭壇の呪術者に犠牲者が出てしまうほどだった。
掠めただけでも多大な被害が出たこの攻撃が通天閣に直撃すれば大阪の街は一瞬で消え去ることだろう。
さらに状況は悪化し、大阪市庁舎防衛ラインも沈黙した。
こうなると一刻も早くメラクと対峙し、犠牲の少ないうちに決着をつけねばならない。
カナデはヤマトに直談判することにした。
「ヤマト、わたしを最前線に出して! ビャッコならメラクと戦えるはずよ!」
「それは許可できない。お前はそこで私の指示を待て」
ヤマトの声は大勢の部下を失ったというのに冷静だ。
いや冷静というより冷徹と言っていいだろう。
「ヤマトが出てこない以上、わたしがやるしかないでしょ!?」
「敵の能力は想定以上、不確定要素の多い状態だ。無策でお前をぶつけることはできぬ」
「だからといって見ているだけなんてできないわよ!」
「ならば目を瞑り、耳を塞いでいろ」
こうなると負けず嫌いのカナデは絶対に退かない。
「こんなところでグダグダ言い合っている暇が惜しいわ。勝手にさせてもらうわよ!」
カナデは電話を切ると、すぐさまビャッコを召喚した。
すると周りにいた局員たちが彼女を取り囲む。
「勝手なことをされては困る。おとなしく局長の指示に従うんだ」
最終防衛ラインのリーダーの男性局員が彼女の前に立ち塞がった。
「いいえ、わたしは行きます。こんな格好をしているけど、わたしはジプスの局員ではありません。ヤマトとは悪魔やセプテントリオンと戦うという契約はしているけど、それ以外のことは自由にさせてもらうと言ってあります。結果さえ出せば文句は言えないはずです」
「それでは我々が局長に叱られます」
「そんなことを言っても、あなたたちだって仲間がこれ以上死ぬのは見たくないでしょ?」
「……」
「正体不明の敵に対して策を講じている余裕なんてありません。当たって砕けろです。もちろん砕けるつもりはありませんから」
そう言い残して、カナデはビャッコに跨ると宙空へ躍り出たのだ。
◆
カナデが瓦町防衛ラインに近づくと、そこではジプス局員たちの召喚したエンジェルがメラクに攻撃していた。
しかしメラクから発射されるミサイルによって次々に消滅させられる。
彼女が上空から見る限り、ヒナコと局員たちは無事のようだ。
カナデがヒナコたちのいる場所へ降下しようとした次の瞬間、メラクがヒナコたちに向けてミサイルを発射した。
「ビャッコ、ジオダインよ!」
ビャッコの放った〈ジオダイン〉でミサイルは上空で爆破し、ヒナコたちへの直撃は免れた。
「大丈夫ですか!?」
ビャッコが地上へ降り立つやいなや、カナデは爆風で吹き飛ばされたヒナコに駆け寄った。
「カナデちゃん!? あんた、しんがりやないの!?」
「みなさんを見殺しにはできません!」
「何言ってんの! すぐ戻り!」
「ここでわたしが進撃を食い止めます。…ビャッコ!」
ビャッコはメラク本体に〈ジオダイン〉を放つが、ミサイルと違ってまったく効果はなかった。
そしてメラクは再びミサイルを発射した。
その数は数十を数え、再度召喚されたエンジェルたちを吹き飛ばす。
そしてミサイルのいくつかはエンジェルたちの防御壁を越えてカナデたちの方に飛んで来た。
「あかん、カナデちゃん!」
そう叫んだヒナコはカナデの上に覆いかぶさった。
カナデを守ろうとしたビャッコによってミサイルは破壊されたが、間近であったために爆風とミサイルの破片が彼女たちを襲う。
爆風によって巻き上げられた砂塵で周囲は何も見えないが、カナデは自分の真上で覆いかぶさるようにして血を流しているヒナコの苦しそうな顔を確認した。
「ヒナコさん!」
カナデは起き上がるとヒナコの身体を抱きしめた。
「しっかりして、ヒナコさん!」
声をかけると、ヒナコはうっすらと目を開けた。
「カナデ…ちゃん…こそ…大丈夫…なん…?」
今にも消えそうな声でカナデの安否を気にするヒナコ。
「わたしはヒナコさんのおかげで無傷です。すぐに人を呼びますのでしっかりしてください。…誰か来てください! 誰か、早く!」
カナデの声に返事をする者はいなかった。
砂煙が落ち着いて周囲の様子が見えるようになり、彼女は愕然とした。
そこには十数名の局員たちがいたはずなのだが今は誰もいない。
いや、そうではなかった。
彼らは爆風によって吹き飛ばされ、十数メートル離れた場所で倒れていたのだ。
カナデは急いで救護班の派遣を依頼すると、メラクの後を追うためにビャッコを呼び寄せた。
するとビャッコは彼女の背後の何かに向かって唸り声を上げ始めた。
「どうしたの、ビャッコ?」
振り向きざま、カナデは数メートル離れた場所に人の姿を見つけた。
その人物は男性なのか女性なのかわからず、また年齢も若く見えて、それでいて年を重ねているような気配がある。
おまけに姿が滑稽だ。
黒と赤の縞模様の服を着ていて、髪は真っ白。不自然なほど睫毛が濃く、道化師のようだと彼女は感じた。
こんな場所にジプス関係者以外の人間がいるとは考えにくい。
もちろんジプス関係者でもないだろう。
となれば人型の悪魔と考えるのが妥当だ。
カナデはそう判断し、ビャッコを従えて臨戦態勢をとった。
「常人よりはるかに高い霊力を持つおかげで君だけは無事だったみたいだね」
彼 ── 声の様子でカナデは男性と判断した ── は微笑みながらカナデに言う。
「そう警戒しないで大丈夫。私は悪魔ではないから」
自らを悪魔ではないと言う。
しかし悪魔でないといっても、敵ではないということにはならない。
油断は禁物だと、彼女は警戒を解こうとはしなかった。
「あなたは誰?」
「私は誰?…自分が誰であるかをきちんと説明できる者などどこにもいないよ」
「そういう哲学的な答えを求めているんじゃなくて、名前を訊いているんです」
「私の名前…。名前とは物や人を識別・呼称するために使う固有名詞のことだね?」
(ヤマトとは別の意味で面倒くさいヤツに出会ってしまったみたい…)
カナデは諦めた。
「いや、もういいです。あなたと会話している時間がもったいない」
「ハハハ…からかってすまない。私のことはアルコルと呼んでほしい。ヤマトの友人さ」
(ヤマトの友人? 彼とはベクトルの向きが随分違うけど、やっぱり関わらない方がいいかも)
カナデはアルコルという名前が気になったが、それよりも優先すべきことがあった。
「じゃ、さよなら。わたしはもう行くから」
「ああ、そうだね。早く行かないと…」
アルコルは通天閣の方を見ながら言う。
「あの子は今、戦おうとしている」
「あの子…?」
「君と一緒に来た人間だよ。君の代わりに最終防衛ラインに配置されたようだね」
「まさか…」
カナデの脳裏にイオの顔が浮かんだ。
「ダメ…彼女じゃ勝てるはずがない」
「でもそれは君の選択の結果だよ」
「え…?」
「君が持ち場を離れたから、ヤマトは彼女を最終防衛ラインに投入した。もしかしたら君が勝手な行動をするかもしれないと睨んで、ヤマトは彼女を待機させておいたのかな。なにしろフェスティバルゲートでも君はヤマトの命令に逆らったのだからね」
「……」
カナデはアルコルをアブナイ人というだけではなく危険な人物だと察した。
(こいつ、かなりヤバイ。わたしの行動を全部知っている。というか、ジプスのことも知っているし、セプテントリオンの出現に対しても冷静だもの。やっぱりこいつは…!?)
カナデはアルコルの正体を知りたくてそれを訊こうとしたが、先にアルコルが言った。
「カナデ、君の選択は友人を危険な目に合わせている。この人間も君を庇って負傷したのだからね。それでも君は自分の判断を正しいと信じて行動するのかい?」
カナデは自分の心に問いかけた。
(わたしの選択が正しいかって?…って正しいに決まっている! ヒナコさんの死に顔動画が届かなかったのだから、彼女が死ぬ運命にはなかっただろう。だからわたしが来なくても彼女は死にはしなかったと思う。結論としてわたしを庇って怪我をしたことになるけど、わたしが来なければもっとひどい怪我を負っていた可能性はある。もしそうなっていたら、それこそ後悔することになったわ)
中島敦の『光と風と夢』に「昔、私は、自分のした事に就いて後悔したことはなかった。しなかった事に就いてのみ、何時も後悔を感じていた」という一節がある。
これは彼女が高校に入学してすぐに読んだもので、特に印象深いフレーズだったので彼女はよく覚えていた。
彼女は自分もそうあるべきだと思ったからこそ、ずっと実践し続けてきたのだ。
(ここでイオさんを助けに行かなかったら絶対に後悔する。選択が正しいとか正しくないとかは、後にならなきゃわからない。だから今は自分のやろうとしていることを正しいと思うしかないのよ!)
カナデは決心した。
「わたしは行くわ。止めても無駄よ」
「止めはしないさ。私は君を見守るだけだから。私は監視者だからね」
アルコルはそう言って微笑んでいる。
「ビャッコ、急いで最終防衛ラインに戻るわよ!」
カナデはビャッコに跨った。
◆
最終防衛ラインに到着すると、すでにメラクの攻撃が開始されていた。
ジプス側のジャンバヴァンの〈アギ〉とキクリヒメの〈万魔の乱舞〉による同時攻撃がメラクの進撃を止めていたが、メラクは最後の手段とばかりに〈周極の巨砲〉を撃つべく放電管を伸ばしていく。
急がなければメラクは通天閣に〈周極の巨砲〉を放ち、大阪の街は消滅してしまうだろう。
キクリヒメの〈万魔の乱舞〉がメラクに直撃した。
致命傷を与えることはできないが、バランスを崩すことはできたようだ。
それを起死回生のチャンスだとばかりに、カナデは地上に降りるとビャッコに命じた。
「メラクを貫け、ビャッコ!」
ゆらゆらと左右に揺れる巨体にビャッコは突撃し、胴体部分が貫かれるとコアがむき出しになった。
続いてビャッコがコアに喰らいつくと、コアを破壊されたメラクの身体はギギギ、と不快な音を発して地上に落下した。
◆
「メラク…沈黙。反応が消失していきます」
大阪本局の司令室ではヤマトたちがメラクの消えていく様子をモニター越しに確認していた。
「やったぞ!」
「よかった…」
緊張感から解放され、無事を喜ぶ局員たちの姿がある。
ヤマトもまた強張らせていた表情を緩めた。
しかしそれで終わりではなかった。
司令室に警報が鳴り響き、そしてメインモニターは「WARNING」の文字が点滅している。
「名古屋支局が何者かに占拠されました!」
名古屋ではジプスのやり方に反対する暴徒が食料品や医療品の略奪を繰り返していたが、とうとうジプスの支局が占拠されるという事態に陥ってしまったのだ。
「状況確認、急げ!」
ヤマトの指示で端末を操作していた局員のひとりが叫んだ。
「わかりました!…首謀者は元ジプス局員、栗木ロナウドです!」
「なんだと…?」
ヤマトにはその名に覚えがあった。
父親が日本人で母親がブラジル人というハーフで、ジプスに入局する前は刑事であった男だ。
刑事時代の先輩という人物がジプスと峰津院家を調べていたが失踪したという事件があった。
それをヤマトの謀略だとして、またヤマトのやり方にも意を唱え、ジプスを抜けたという過去がある。
そしてヤマトに個人的な恨みを抱き、民間人を扇動して名古屋支局を強襲したというわけだ。
「ただちに名古屋支局の暴徒を取り押さえろ!」
◆
ザクッ!
ギギギギ…
斬撃の音と、続いて半分ほど消滅したメラクの断末魔の悲鳴が聞こえ、カナデが振り返ると英雄ハゲネが立っていた。
レベル39のその悪魔は漆黒の鎧に身を包み、マスクで顔を隠している。
長剣を鞘に戻したところで、そのサマナーらしき青年が彼女に向かって歩いて来た。
ラテン系のハーフらしく浅黒く彫の深い顔立ちをしている。
青年の目つきは鋭く、彼女をキッと睨みつけた。
「最後まで気を許すな! 俺があと一歩遅ければ、君は奴に殺られていたぞ」
青年の言葉で、メラクが最後の力を振り絞って背後から自分を殺そうとしていたのだとカナデは察した。
そしてその危機をこの青年が助けてくれたということになる。
「あなたは…?」
「俺は栗木ロナウド。ジプスに仇なす者だ」
(うわっ…この芝居がかった自己紹介。これまでの経験で、この手の人は大抵面倒くさい人物であると決まっているのよね…)
心の中ではそう思いつつも、礼儀正しく頭を下げるカナデ。
「助けていただいてありがとうございました。じゃ、これで失礼します」
礼を言うと、さっと向きを変えて早足で歩き始めた。
「待て、久世奏くん!」
名前を呼ばれて、思わずカナデは立ち止まってしまう。
「君に話したいことがある」
そう言ってロナウドがカナデに近寄って来た。
自己紹介でジプスの敵だと言っているのだから、ジプスの制服を着たカナデに対して好意的に接するはずがない。
命を助けてくれたのも単に人命尊重というのではなく、他に理由があると考えられる。
カナデは携帯を手にすると、腕を真っ直ぐに伸ばした。
危害を加えるようであればビャッコを召喚して戦うつもりだという意思表明だ。
「俺は君と戦う意思はない。もっとも君が俺たちに協力してくれるのであればだが」
「ジプスの敵であるあなたが、ジプス側の人間であるわたしに協力を求めると?」
「そうだ」
(彼はジプスの存在を知っており、その上で敵対している。たぶんヤマトのやり方に我慢できなくて離反した元局員といったところかしら?)
カナデの勘は大当たりだが、それを知るのはまだ先のことになる。
「何か深い事情がありそうですね?」
「ああ。話を聞いてもらえるか?」
「わかりました」
(人間同士が戦うなんてくだらない。話し合いで済めばそれが一番だもの)
そうは思いつつも、悪い予感しかしないカナデ。
「君は峰津院大和の正体を知っているか?」
やっぱりと思いつつ、カナデは正直に答える。
「ヤマトの正体?…ジプスの創始者である峰津院家のお坊ちゃまで、たぶん小さい時からものすごい英才教育を受けてきたんでしょうね。帝王学とかいうものを叩き込まれて、そのせいで一般常識とか他人との付き合い方というものを知らないで育った。なにしろ普通に会話するにも苦労するくらい。態度が悪くて、癇に障ることが多いし、何より人命を軽んじているところが腹立ちます。実力主義とか言って、力のある者には目をかけるけど、そうでない者は虫けら扱いですもの」
「そう、奴は危険な思想の持ち主だ。奴はセプテントリオンの出現を予見していたというのに、国民には何も知らせず我々を見捨てた。自分と自分にとって都合のいい人間だけを生かし、それ以外の人間は切り捨てるつもりなのだ」
(あー、この言い方だと、たぶん彼はヤマトに対して憎しみのような感情も持ち合わせていそう。よほどひどい目にあったに違いないわね)
カナデは少しだけロナウドに同情した。
しかしそれとこれは別だとばかりに言う。
「彼ならやりかねないですけど、セプテントリオンのことを国民に知らせなかったのは正解だと思います」
「なぜだ? 心の準備ができていればこれほどのパニックにはならなかったはずだ」
「ヤマトは古の盟約とやらで、こうなることを知っていました。でもそのことを国民に知らせることが正しいとは言えません。1億を超える国民が一糸乱れぬ行動をとれるとは思えませんから。人類の有する最新鋭の武器ですら効果のない得体の知れない強敵が襲来すると知れば、心の弱い者は発狂して自ら死を選んだり、自棄になった連中が暴動を起こすかもしれない。心の準備ができるというより、無駄な犠牲が生じた可能性の方が高いと思います」
「では百歩譲って情報開示しなかったことについては認めるとしても、被災者を見捨てていることについてはどうだ? ジプスの倉庫には非常用の食料や医薬品が山と積まれているというのに、峰津院は被災者に一切配ろうともしない。これについては言い訳できまい」
「ジプスの役目は国土の霊的防衛。悪魔やセプテントリオンと戦うことが仕事で、被災者の救助・支援については自衛隊や警察、消防の仕事です。でもそれぞれの組織が上手く機能していないのは、この大災害がこれまでに人類が経験した災害をはるかに超える規模であり、想定外の悪魔の出現によって指揮系統が混乱しているからでしょう。ジプスは本来の任務を遂行しているだけで、それに必要な物資を確保していることについて部外者がとやかく言う資格はありません」
「君は奴の味方をするのか?」
「味方と言うのには語弊があります。わたしは彼の思想や理想に賛同してジプスに協力しているのではありません。わたしの持つこの力が悪魔やセプテントリオンに対して有効なら、その力を100%使うためにジプスという組織を利用するしかありません。現にわたしが大阪へ来られたのはジプスの高速列車があってのことです」
「組織の力か…。ならば俺たちの仲間にならないか? ジプスほどではないが、俺たちも組織を持っている。反ジプスを掲げたレジスタンスグループで、現在俺たちは名古屋支局を占拠している」
「ええっ!?」
「奴のやり方では弱い者から死んでいく。しかし俺は犠牲など出さない。分け隔てなく共に生き残る道を探している。切り捨てていい人間などいない。俺はすべての人間が平等に生きられる世界を目指している。これを実現させるには君の力が必要だ。…俺と一緒に来てくれないか?」
名古屋支局占拠したことで、彼らがジプスの最新の情報を手に入れるのはいとも簡単なことだ。
カナデの名前や居場所を知っていたのもそのためである。
わざわざ戦場に赴いてまで勧誘するというのだから、よほど彼女の力が欲しいのだろう。
ロナウドの目指す平等に生きられる世界というのは、とても耳に心地良い言葉だ。
誰もが同じように幸せになり、争いなど起こりそうにない理想の世界。
しかしカナデはそんなものに魅力を感じていなかった。
むしろ否定したい気持ちが強く、それをどう伝えようか悩み始めた。
「なぜ迷う? 俺たちの側に正義があり、峰津院は悪でしかないのだぞ。大義は我にありだ」
カナデが即答しないものだから、ロナウドは苛立ち始めた。
そして周囲を警戒している。
このまま交渉が長引いて、ジプス局員が彼女を探しに来ると都合が悪いからだろう。
「さあ、その制服を脱いで俺と行こう!」
ロナウドはカナデに手を差し出した。
「わたしはあなたと一緒に行くことはできません」
カナデがきっぱり断ると、ロナウドは彼女を軽蔑したといった顔になる。
「カナデくん、君は何もわかっていない。君が優遇されているのは利用価値の高い駒だからだ。不要になれば切り捨てられるというのに、まだ奴に手を貸すのか? それとも自分が選ばれた人間で、支配する側の人間だと思っているのか?」
「そんなことはありません。ただあなたの考えよりヤマトの考えの方が現実的で、わたしにとってはそっちの方が生きやすい気がします」
「チッ、仕方がない。こうなれば実力行使だ。…ジョー」
ロナウドさんが小さく誰かの名前を呼んだ次の瞬間、カナデは背後から何者かに羽交い締めにされてしまった。
「何をするんですか!?」
「君には来てもらわないと困るんだよねぇ」
ロナウドと同じくらいの年齢の青年 ── ジョーが暴れるカナデを押さえ込む。
「力ずくでも従わせようって、ってこと? 女の子相手にずいぶんと乱暴なやり方だわ」
カナデは目の前のロナウドを睨みつけてやるが、彼は怯む様子もない。
「すまない。君のような優秀なサマナーを敵には回したくないからな。味方にならなくてもこうして拘束しておけば敵として戦わずに済む。いずれ峰津院との取引に利用させてもらおう」
「何ですって!?」
「暴れないでくれよ。女の子に手荒なことはしたくないんでね」
「もうやってるじゃないですか!」
カナデは足をばたつかせて拘束から逃れようとするが、大人の男性の力には敵わない。
「しばらく静かにしていてもらおう」
ロナウドはポケットからハンカチのようなものを取り出すと、それでカナデの鼻と口を押さえつけた。
「うっ…」
薬品のにおいがして、カナデはそのまま意識を失ってしまった。
◆
ヤマトの元に「カナデ行方不明」の報が届けられたのは、彼女が拉致されてから1時間近く経ってからだった。
「それはどういうことだ!? なぜもっと早く報告しなかった!?」
報告をした女性局員は頭ごなしに怒鳴られて今にも泣きそうな顔をしている。
「そ、それは…」
「彼女がジプスにとってどれだけ重要な人間かわかっているはずだ! それがいなくなりました、だと!? それで済むと思っているのか!?」
「も、申し訳ありません!…現場は混乱しており、怪我人が大勢いて…彼女ならビャッコがいますから危険はないと…それで…」
「……」
「姿が見えないとわかってすぐに手の空いている局員を総動員して周囲を探しましたが…」
「見つからなかった、か」
「…はい。でも、付近の監視カメラ等の映像をすべてチェックしています」
「当然だ。名古屋の暴徒とカナデの失踪、か…」
忌々しいといった顔のヤマトが呟くように言う。
「カナデが自分の意思で消えたはずがない。ならば…奴か…?」
ヤマトがアルコルの顔を思い浮かべた時、別の局員からの報告が上がった。
「局長、わかりました! 栗木ロナウドです! 奴が久世奏に接触し、拉致した模様」
「なんだと?」
「しかし以降の足取りは掴めません。どうやら監視カメラの位置を把握しており、その死角を選んで逃走したと思われます」
「くそっ…!」
ヤマトはそばにあった机に拳を思い切り叩きつけた。
名古屋支局の占拠だけでなくカナデを拉致するとまでは想像していなかったのだ。
こうなれば一刻も早くロナウドたちから名古屋支局を奪還し、同時にカナデを取り返さねばならない。
(あの人外だけでなく栗木までもが私の覇道を阻もうとするのか! くそっ…忌々しい)
ヤマトはもう一度机を強く殴りつけたのだった。