DEVIL SURVIVOR 2  With you forever.   作:ルーチェ

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3rd Day 不穏の火曜日 -1-

 

意識を取り戻したカナデは、自分のいる場所がコンクリート打ちっ放しの倉庫のような部屋であることに気づいた。

 

(そういえば、ロナウドさんとジョーさんに捕まって麻酔薬のようなものを嗅がされたんだっけ。薬を用意していたくらいだから、初めからわたしを拉致る気でいたのね。そして眠っている間にどこかに運ばれたみたい。たぶん彼らが占拠したという名古屋支局の中ってところかしら…?)

 

カナデは起き上がると、薄暗い部屋の様子を調べてみた。

ひとつしかないドアには外からカギがかかっており、逃げ出すことは不可能。

携帯も取り上げられてしまっていて、ビャッコを呼び出すこともできない。

 

(ビャッコを呼び出せれば、あのモフモフの毛皮に包まれて気持ちよく眠ることができる…じゃなくて、ドアを破壊して逃げ出せるんだけどな…)

 

腕時計は午前3時37分を示している。まだ深夜と言っていい時間だ。

明日…いや、正確には今日になるのだが、第3のセプテントリオンが襲来する。

それまでにここを脱出しなければならないが、今のカナデには何もできない。

できるのは十分な睡眠を取ることだけ。

とにかく身体を休めようと、彼女は再び冷たくて硬い床に身を横たえた。

 

 

 

 

栗木ロナウドを頭目とした暴徒による名古屋支局占拠、大阪の霊的防御能力の低下、カナデの拉致…さまざまな問題を抱えたヤマトは一睡もできないままに長い夜を過ごしていた。

 

「5時51分…か。まもなく夜が明けるな…」

 

ソファーに深く腰掛けながらヤマトはそう呟いた。そして思い巡らす。

 

(どうしてこの私がたかが小娘ひとりのためにここまで悩まなければならないというのだ? いくら有能なサマナーだといっても、所詮は私の野望実現のための駒のひとつでしかないはずだ)

 

ヤマトはメラク戦での彼女とのやり取りを思い出した。

 

(結果を出せば手段など関係はない…か。しかし人命を優先して作戦を無視し、自ら危険な場所に飛び込んで行くなど愚かにも程がある。私の命令に従っていれば拉致などされずに済んだものを…)

 

エントランスの大時計が6時の鐘を打つ音が聞こえた。

 

「今日もまた長い一日が始まるのか…」

 

彼はそう呟くと、緩めていたネクタイを締め直してコートを羽織った。

 

「来るなら来い…私がすべて叩き潰してやる!」

 

 

 

 

カナデは眠ろうと思っても空腹で眠ることができず、結局朝方までうとうとするだけだった。

 

(時間は朝の6時半、そろそろロナウドさんたちが何らかの行動を開始する頃ね)

 

そんなことを考えていると、さっそく本人がやって来た。

 

「カナデくん、おはよう。よく眠れたかな?」

 

元気ハツラツでナイスガイっぽく振る舞うロナウドの態度に、空腹と寝不足で不機嫌なカナデはムカついた。

 

「昨日はお昼ごはんも食べずに悪魔やセプテントリオンと戦って、夕食前にあなた方に拉致られたおかげでものすごく空腹なんです。ぐっすり眠れるわけがないじゃありませんか。おまけにものすごく寒いし」

 

「それはすまなかった。しかし君が俺の仲間になってくれるというのなら、すぐにここから出してあげられるんだけどね」

 

「お断りです。それよりもいくらわたしがあなたの言いなりにならないからといって食事も与えないなんてことはありませんよね?」

 

「ああ、それならもうすぐジョーが ──」

 

ロナウドがそう言いかけた時、倉庫のドアが開いた。

 

「おっまたせ~。…あれ? なんか我らがお姫様はご機嫌斜め、って感じだねぇ。笑顔の方が可愛いのに」

 

カナデは思いっきり睨んでやるが、効果はないようだ。

 

「昨日、ロナウドさんと一緒にわたしを拉致った実行犯に対して笑顔で『おはようございます♡』なんて言うわけないでしょ?」

 

「そりゃそうだ。ああ、そういやぁ自己紹介、まだだったね。俺の名は秋江譲。ジョーって呼んでくれ」

 

「自己紹介よりも謝罪の方が先です。あの時、故意か過失かわかりませんけど、わたしの胸を触ったでしょ?」

 

「あれ? そんなことあったかなぁ…?」

 

ジョーはとぼけるが、はっきりと否定しないのはあきらかに”やった”からである。

 

「えっと…なんだか険悪な空気が漂ってきているから、俺はこれで…。後は頼む、クリッキー!」

 

そう言ってジョーは持っていたトレーをロナウドに押しつけると、あたふたと倉庫を出て行った。

トレーにはジプスが備蓄していた非常用食料の缶詰とアルファ米のおにぎり、そしてインスタントの味噌汁が載っている。

 

「ジョーの代わりに俺が詫びる。悪かったな。さあ、召し上がれ」

 

「わかりました。昨日のことはこれでチャラにしておきます。…では、いただきます」

 

カナデはさっそく缶詰を開けた。

中身は豚肉の角煮で、少しだがお腹に物を入れたことで、少しだけ苛立ちが収まったようだ。

彼女の表情にも柔らかさが戻り、ロナウドたちに対する敵愾心も薄れていったように見える。

 

「気に入ってもらえたようでよかった」

 

ロナウドはそう言って続けた。

 

「食べながらでいいから聞いてくれ。…俺たちは君を苦しめたくてこんなことをしているんじゃない。君なら峰津院大和のやろうとしていることが間違っているとわかるはずだ。俺たちには時間がない。今日だって第3のセプテントリオンが襲来する。それを倒すためには優秀なサマナーをひとりでも多く味方につけるしかない。それはわかるだろ?」

 

自分たちの行動原理を説明し、カナデを味方に引き入れようとするロナウド。

しかしそう簡単に彼女を懐柔できるものではない。

 

「理解はできますけど、納得できません。自分たちの要求が呑めない相手を力によってねじ伏せるなんてやり方はヤマトのそれと大差ありませんから」

 

「……」

 

ぐうの音も出ないとはこういうことを言うのだろう。

事実だからロナウドは何も言えない。

 

「それにわたしは昨日お断りしたはずです。今更説得しようとしても時間の無駄ですよ。それとも暴力ではなく、説得によって味方にできる自信があるんですか?」

 

「もちろんだとも。昨日は時間がなかったからな。今日はじっくりと君と話をし、考えを改めてもらうつもりだ」

 

「そうですか。ならばおとなしく聞きますから、存分にお話ください」

 

カナデはロナウドの話を聞くことにした。

ロナウドは混血であり下流階級の生まれであったことから相当苦労したということから話し始めた。

自分が差別的な扱いを受けたことで、自分と同じような弱者を救済したいと思うようになったという。

また彼は元刑事で、その時の先輩刑事がジプスの闇について調べ、その途中で行方不明となる。

そこで彼はジプスに入局し、先輩の意志を継いでいろいろと調べたらしい。

ヤマトのやろうとしていることは彼にとって許しがたいものであった。

そういったことからジプスとヤマトに対して敵意を抱くようになったというのだ。

ジプスがいろいろと優遇されるのは仕方がないことだとはいちおう認めているようだが、被災者が物資不足で喘いでいるのだから物資を供出するのは当然だと考えている。

彼にとっての理想の世界とは「生まれや肩書で格差が生じるような現状を打破し、みんなが平等に手を取り合える社会」で、強者が弱者に手を差し伸べ、誰もが互いに相手の人権を尊重し合えば争いも起こるはずがないという。

彼もポラリスとの謁見に臨み、新たな秩序 ── 平等主義の世界を創ろうとしているのだ。

 

「これで俺の考えや気持ちはわかってもらえたと思う。誰だって争うことよりも手を取り合って平和的に生きる方がいいに決まっている。君もそうじゃないか?」

 

ロナウドは自信満々だ。

たしかに普通の人間なら彼の言葉に頷くだろう。

しかしカナデは普通ではない。

別に偏った思想の持ち主であるとか、精神的に障害があるというわけではない。

彼女には彼女なりの考えや正義があり、「~に決まっている」とか「みんながそうだから」というだけの理由で行動をしない主義なのだ。

 

「わたしは平和な日常を否定しませんが、争いのない世界が理想の世界だとは思いません。そもそも平等な世界だなんてありえませんよ」

 

「今の世界が平等でないのは、強者が弱者を虐げているからだ。強者と弱者の格差がなくなればみんなが平等になれる」

 

「ではあなたの考える平等とは『結果の平等』ということですか?」

 

「結果の平等?」

 

「はい。平等というものは『機会の平等』と『結果の平等』に分けられます。例えで言うと、前者は誰であっても進学を希望する学校を受験することができる、というもの。後者は希望する学校へ全員が入学できる、ということになります」

 

「なるほど、そうか。だが、俺は結果だけでなく機会も平等になるようにしたいと考えている」

 

「そうなるとあなたの考えは矛盾することになります」

 

「どういう意味だ?」

 

「なぜなら、さっきの例えだと入学試験というシステムが機能しなくなるからです。だって誰でも行きたい学校へ入学できるなら、入試によって学生をふるいにかけること自体ができなくなるわけですから。そもそも入試によって合格・不合格を決めるのは、学校側がすべての志望者を入学させることができないからです。定員が100名の学校に300人が志望したらどうします? 全員を入学させるのは不可能ですよね?」

 

「ああ、たしかに定員オーバーの場合はそうなるな」

 

「それに学力が基準に達していない学生を受け入れるのはやっぱり無理です。そうですね…家が貧乏だから進学できないというのは実に理不尽です。ならば機会の平等を進めることにより、経済的な問題で進学できない学生を減らすことはできます。ただし結果は平等になりません。入試によって学力のある学生は合格し、そうでない者は不合格。結果まで平等を求めるのは無理というものです」

 

「それはそうだが…」

 

「わたしは適度な機会の平等であればそれは素晴らしいことだと思います。ですが結果の平等については認めません。結果は与えられるものではなく、自らが持つ力で手に入れるものだと考えるからです。つまり力を持つ者は持たない者に勝つ。入試ならたくさん勉強して学力を身につけた者は合格し、勉強もせず学力も不十分だというのに結果の平等 ── 進学を望むだけの者は不合格。これは悪でしょうか?」

 

「……」

 

ロナウドは反論できずにいる。

 

「ヤマトは世界の管理者と邂逅することで世界を変革できると言っていました。たぶんセプテントリオンを倒すことができるだけの強い力を持つ人間の意思を汲み、その人物の理想とする世界を創るということでしょう。その場合、世界の理すらこれまでのものとは違うものに変えてしまうはず。あなたはこの力を使って平等主義を根本とした世界を創造するつもりなんですよね?」

 

「そのとおりだ。だから峰津院ではなく俺がセプテントリオンを倒さねばならないのだ」

 

「でもそれって一番強い者が自分の好きにできるということじゃありませんか?」

 

「え?」

 

「平等で平和な世界を創るために他人を倒して、自分が勝者になる。あなたはさっき『争うことよりも手を取り合って平和的に生きる方がいいに決まっている』と言いました。その理論だと争うことは悪行であり、その悪行である手段によって自分の理想の世界を創るというのは矛盾している。あなたの考える平等主義とは矛盾の塊。なぜなら強者と弱者が存在するのは、それが真理だからです」

 

「……」

 

「強い個体が生き残り、弱い個体が消えていくのは自然界での掟。正確に言うなら、その環境に適応できた個体が残って、できなかったものが消える…ですけど。人間だってそれに含まれている。争うことで進化を続けている生物のひとつにすぎない人間だけに『すべての人間が仲良く手を取り合って』などという甘ちゃんな考えが通用すると考えているんですか?」

 

「それは…」

 

「仮にポラリスの力で強者とか弱者という枷がなくなり、すべての人間が等しく扱われる世界になったとしましょう。でもそれで本当に万民が幸せになれるのでしょうか?」

 

「当然だ。それこそ俺が求める理想郷(ユートピア)だ」

 

ロナウドは眉間にシワを寄せている。

絶対無二、世界の真理だと信じ込んでいる「平等主義」をカナデのような小娘が否定するするものだから機嫌が悪くなっているという感じだ。

 

「ユートピア…主義、思想、宗教、信仰、出自、そういったものとは無関係で、誰もが幸せに暮らすことのできる理想的な社会を指し、平和と安全、市民の衣食住が保証されている完璧な社会。でもトマス・モアの『ユートピア』を読んだことがあれば、そんな世界がどこにもないとわかるはずです。でも読んだことはなさそうですね?」

 

「…ああ。タイトルは知っているが、読んだことはない」

 

「小説の中のユートピアという都市では集団生活が行われています。私有財産は禁止され、貨幣もないため、必要なものは自分たちで生産し、共同で管理・供給するというシステムです。勤労は全住民に義務付けられていて1日6時間程度の労働に従事しなければなりませんが、そのおかげで失業者はいません。労働以外の時間は芸術や科学、音楽といったものに費やします。生活は質素ですが快適で、争いごとが起きるようなトラブルは存在しません」

 

「素晴らしい世界じゃないか!」

 

「ええ。表向きはそのように感じられます。でも細かく見ていくと、ユートピアどころかディストピアだということがわかります。なにしろ集団生活ですからすべての活動に細かい規則があり、例えば食事についてはラッパの合図で一斉に食堂で同じものを食べます。服装や就寝時間といったものも決まっていて、堅苦しい生活を送らなければなりません。犯罪というものは発生しませんが、それは自分の安全を守るためにお互いに監視をし合うからです。この生活に馴染めないと奴隷にされます。それはまるで実在するどこかの社会主義国を彷彿とさせますね」

 

「……」

 

「そしてこのユートピアという言葉はラテン語で『どこにもない場所』という意味になる造語なんだそうです。何者かに管理された家畜のような平和をユートピアと呼ぶのなら、わたしはそんな世界に何の魅力も感じません」

 

カナデは自分の持つ知識や経験を武器にロナウドを説得した。

しかし彼が改心するとはカナデ自身思っていない。

この程度で考えを改めるような人間なら、あのヤマトに喧嘩をふっかけるはずはないのだ。

そしてこれ以上彼を追い詰めても効果がないどころか、逆に状況が悪化するだけ。

こういう場合、相手の立場や考えを少々認めて歩み寄る態度を示すのがいいと彼女は考えた。

 

(それに…名案を思いついてしまったんだもの)

 

カナデはほくそ笑んだ。

そしてロナウドに言う。

 

「わたしは平等主義を支持することはできませんから、あなたに協力してジプスと戦うことはできません。でも被災者に物資を分けたいという気持ちは理解できます。だからその点では手を貸してもいいです」

 

「本当か?」

 

「あなたはわたしをヤマトとの取引に利用すると言ってましたよね? だったらヤマトから上手い具合に物資を奪うシナリオを考えます。そういうの得意なんです」

 

「君が…?」

 

「わたしだってヤマトのやり方には腹を立てているんです。だから少し彼を懲らしめてやろうかな、って。彼にとって最大の屈辱は弱者に負けること。ここは一時休戦としてわたしたちでヤマトの鼻をへし折ってやりましょう」

 

「お、おお…」

 

 

 

物資を手に入れる手伝いをすると約束したものだから、ロナウドはカナデを倉庫から出してくれた。

しかし携帯は返してくれない。

まだ彼女のことを信じきっていないのだろう。

それでもあの暗くて寒くてじめっとしている倉庫から出してもらえたのだから、彼女の置かれた状況は好転しているといえよう。

 

「それで具体的にどう交渉するんだ?」

 

廊下を歩きながらロナウドがカナデに訊く。

 

「ビャッコなしにこれからの戦いを勝ち続けることはとても難しいでしょう。大阪では霊的防御機能が壊滅的な状況で、メラク以上のセプテントリオンが襲来する可能性は大きいですから。東京や名古屋も同様に霊的防御機能を失えばさらに戦況は悪化します。ならば少しくらい物資を分け与えてあなた方におとなしくしてもらった方が彼にとって好都合のはず。こちら側としてはできるだけ多くの物資が欲しいところですが、さすがに全部よこせとは言えません」

 

「まあな」

 

「重要な点はヤマトがどのくらいまでの量なら妥協してくれるか、です。要はビャッコの価値を彼はどのくらい重要視しているか、そのギリギリの線を見極めるのがポイントということ。そして現在のジプス側の人的被害は軽微なものではありませんから、これ以上は犠牲を出したくありません。ですからロナウドさんたちと全面戦争をするはずがなく、秘密裏に奪還作戦を行うに決まっています。ヤマトのことだからすでに作戦は開始されているでしょう」

 

「何だと?」

 

「ビャッコとそのサマナーであるわたしを救出するためには多少の犠牲は仕方ないと考えるでしょうが、さすがに行動部隊が全滅するとなれば彼も躊躇します。そこでこちらは万全の体勢で迎え撃つ準備ができていると匂わせます。たぶんロナウドさんが言ってもハッタリだと思うでしょうが、人質のわたしが言えば真実味が増します。まさかわたしがグルになって彼を騙しているとは思わないでしょうから」

 

「なるほど…」

 

「わたしだったら最小限の局員を潜入させ、レジスタンスの人たちをひとりずつこっそりと倒していきます。ある程度の人員を削ったら、タイミングを見計らって一気に突入し、その混乱に紛れて人質を奪還します。ならばこちらが優位なうちに早く大阪との通信を開いて交渉を始めましょう。一刻も早くこちらのペースに乗せてしまうべきです」

 

 

 

 

ロナウドとヤマトがモニター越しに睨み合っていた。

そしてロナウドの隣には荒縄で縛られたカナデが立っている。

ヤマトは忌々しいといった顔でモニターを睨みつけた。

 

「貴様の要求は何だ?」

 

低く怖ろしい声でヤマトが訊く。

 

「我々の望みは貴様の野望をぶっ潰すこと…だが、とりあえず被災者に配る食料品・医薬品・日用品を要求する。貴様の大事な手駒と引き換えにジプス名古屋支局の倉庫に眠っている物資をすべていただこうか」

 

居丈高な態度で言い放つロナウド。

ヤマトは顔色ひとつ変えないが、はらわたが煮えくり返っているということは明らかだ。

 

「フッ…たかがサマナーひとりにそんなことができると思うのか?」

 

平然と言うヤマト。

しかしこれはカナデのシナリオどおりだ。

 

「できるさ。彼女はただのサマナーではない。ドゥベとメラクを倒したビャッコのサマナーだからな。彼女を失うことは貴様にとってどれだけ大きな損失になるのか…。それと比べれば物資など屁でもないだろ?」

 

「ふざけるな。交渉は決裂だ。カナデは我々の手で救い出す」

 

ヤマトが通信を切ろうとするが、カナデは彼に哀願した。

 

「待って、ヤマト! わたしが協力しないからといって彼らはわたしを取引の材料にしたわ。このままじゃジプスの助けが来る前に殺されてしまう。わたしがヤマトの味方であるなら殺してしまった方が後々憂いはないって言っていたもの」

 

モニターの向こうのヤマトの表情が強張る。

 

「それに彼らはあなたの奪還作戦を想定して行動しているのよ。すでにいくつかの罠が仕掛けられていて、このまま作戦を決行すればジプス局員にも相当の被害が ──」

 

「余計なことを言うな、カナデくん」

 

ロナウドがカナデの口を手で塞ぐ。

こうすると彼女が大事なことを知っていて、それを話されたくないだけの事情があると勘違いするだろうという彼女の案だ。

 

「それ以上何か言ったら今すぐここで永遠に黙ってもらうことになる。俺たちはそれくらいの覚悟で戦っているんだ」

 

ロナウドは本気で彼女を殺す気があるのだという表情で言う。

これは彼の演技が上手いのか、本心からそう言っているのかわからないが、ヤマトはいくらか動揺しているようだ。

 

「…全部は無理だ。1割…といったところか」

 

今度はロナウドが反論する。

 

「それではこちらから交渉終了を宣言する。…彼女の価値はそんなものではない。今でもビャッコを召喚するのだ、次々と現れるセプテントリオンとの戦いの中でもっと強い悪魔を召喚できるようになるだろう。彼女の力は惜しいが、敵である以上は生かしておくことはできない」

 

「……」

 

ヤマトは言葉に詰まってしまった。

 

「返事はなし、か。言っておくが時間稼ぎをしても無駄だぞ、峰津院。貴様が局員を密かに潜入させ、名古屋支局とカナデくんを奪還しようと考えていることなどお見通しだ」

 

「ならば2割で手を打とう。どうだ?」

 

「5割…半分なら我々はここを撤退してもいい。お互いに無駄な血を流すような愚かしいことをしている暇などないだろ?」

 

「…わかった。その代わり、彼女にかすり傷ひとつ付けるなよ」

 

ロナウドはほくそ笑んだ。

 

「了解した。では俺たちの作業が終了するまで一切の手出しはなしだ。そして作業が完了次第、人質は解放する。しかし卑怯な真似をすれば、貴様は二度と彼女に会えなくなるぞ」

 

ここでロナウドとヤマトの静かな戦いは終了した。

 

この戦いの結果、カナデはロナウドから携帯を返してもらい、ジョーの監視があれば名古屋支局内を歩き回れるようになった。

ロナウドたちのグループに加わることはないが、その分物資を手に入れる手伝いをしたということでとりあえず敵ではないと認められたからだ。

 

カナデは柳谷乙女という女性と出会った。

彼女はジプスの医療スタッフで、名古屋支局の官舎にいた時にロナウドたち率いる反ジプス勢力の暴徒に捕えられていた。

名古屋支局解放の条件に局員全員の身柄の保証が含まれているために彼女も自由の身となっていたのだ。

カナデはオトメと話をしたところ、ジプスの人間でありながらヤマトのやり方に納得できないといった気持ちが言葉の端々に見え隠れしているのを感じた。

 

 

 

しばらくして大阪本局から高速列車が到着し、自分たちの知らないうちに任務が変更されていた局員たちはあっけにとられていた。

おまけに倉庫から物資の搬出を手伝わされ、不満顔で荷物の載った台車を押している。

カナデは一応人質扱いなので彼らを手伝うことはできないから見ていることしかできない。

そんな中、彼女はそこにいるはずのない人物に出会った。

 

「カナデ!」

 

「カナデさん!」

 

ダイチとイオはカナデの名を呼びながら駆け寄って来た。

 

「ど、どうしてこんな場所にいるの!?」

 

カナデはそう言ってからすぐに気がついた。

自分がロナウドたちに捕まったことを知って、助けるために来てくれたのだと。

 

「助けに来たに決まってんだろ?」

 

そう言うダイチにイオもそうだと言わんばかりに首を縦に振る。

 

「ありがとう。でもヤマトがロナウドさんと交渉して解放されることになったから安心して」

 

カナデは笑顔で答えたが、彼らは明らかに動揺したままだ。

 

「違うんだ! これを見ろよ。さっき名古屋に着いてすぐにこれが送られてきたんだよ」

 

ダイチが自分の携帯をカナデに見せた。

 

「嘘…」

 

ダイチの携帯にはカナデの死に顔動画が届いていた。

イオの携帯にも同様のものが届いている。

再生するとセプテントリオンらしき怪物にビームで貫かれて、カナデは血まみれで息絶えていた。

背景から察すると、場所はこの名古屋支局の司令室のようだ。

ここにセプテントリオンが現れれば名古屋支局の機能は失われるだろう。

大阪に次いで名古屋まで使いものにならないとなれば、人類はまた一歩滅びの道を進むことになるのは明らかで、なんとしてでも守り抜かなければならない。

 

(ここから避難すれば死なないで済むだろうけど、ロナウドさんたちに戦わせてわたしだけ逃げるなんてことはできない)

 

「早くここから逃げよう。そうすれば助かるんだ」

 

ダイチに逃げるよう促されるが、カナデの気持ちは決まっていた。

 

「…うん、そうだね。でもわたしは逃げない。ここでセプテントリオンを迎え撃つよ」

 

「ダメです! そんなことをしたらカナデさんは死んじゃう」

 

イオはカナデの身を案じてくれて必死になって止めようとする。

 

「大丈夫です。こうやって死に顔動画を見せてもらったことで、わたしにはその心構えができました。それに仲間がいれば勇気百倍。絶対に死なない…死んでたまるか、ってね!」

 

強いことを言っているカナデだが、心の中では不安と戦っていた。

 

(ここでわたしが戦うとなれば、彼らを巻き込んでしまうのは確実だ。でも迷っている時間はない。死に顔動画は死の直前に送られてくるもの。ならばまもなく第3のセプテントリオンがここに現れるはず。とにかく自分のことより、まずは局内の非戦闘員の避難とサマナーによる迎撃の準備をしなきゃ)

 

カナデはそばにいたジョーに指示した。

 

「ロナウドさんに至急連絡してください。まもなくセプテントリオンがここに現れます。非戦闘員を安全な場所へ退避させ、ジプス局員と民間人サマナーを司令室へ集結させるよう手配、お願いします」

 

「あ、ああ…わかった」

 

カナデの指示でジョーは急いで携帯を取り出すとロナウドに連絡をする。

その直後、局内に警報が鳴り響いた。

 

 

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