ヤンデレウィッチーズ   作:きんたろう

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大遅刻ですが、二パ誕生日短編です

短めですが、お納めください。









 


椅子の上の死体

 5月31日の深夜、スオムス、ヘルシンキ近郊。

 今年のスオムスは気温がなかなか上がらず、もう季節は春であると言うのに、雪がそこかしこで山を作っていた。

 しかも今日は夕方まで晴れていたと言うのに、夜を回ると同時に吹雪が吹き荒れ、辺りには人影は殆ど見られなかった。

 そんな町の一角に、明かりの灯っていない家の扉を叩く人影があった。

 その人物の名を、ニッカ・エドワーディン・カタヤイネンと言った。仲間達からは、二パと言う愛称で呼ばれる、短めの金髪とおおきな胸が特徴の、少女であった。

 ノックの後、返事を待つ事無くドアノブを回す二パ。その様子は気安で、友の家に遊びに行く、と言った風だ。

 

「おじゃましまーす」

「あ、いらっしゃい」

 

 それを出迎えたのは、一人の黒髪の男だった。彼の名を、サンポ・リンネと言った。覇気が無く、どことなく影の薄さを感じさせる、そんな男だった。

 家の中は玄関を迎えて直ぐがリビングとなっており、机、壁に掛けられた時計、暖炉、その上に飾られた大きな鹿の首の剥製などが目を引いた。

 

「そっか、今日だっけ」

 

 後ろ手に扉を閉めた二パは、手に下げた買い物袋を嬉しそうに見せた。その中身の大半は菓子が占め、他に数本の飲み物が顔を覗かせている。それにウォッカが交っているのには、彼女の悪戯心を感じさせられた。そしてそれらの脇に、一本の花がぽつんと挿されていた。

 二パはランタンの明かりを灯すと、机に僅かに積もった埃を払い、その上に菓子を並べていく。

 

「いっぱい買ったからね!」

 

 わぁ、とサンポは少し大げさに驚いてみせる。

 山の様な菓子を前に椅子に座った二人は、“その時”をじっと待った。

 やがて、壁に掛けられた時計から鳩が飛び出し、0時を知らせた。待っていましたとばかりに二パが声を上げる。

 

「誕生日おめでとー!」

「おめでとう!」

 

 二人で祝いの言葉を並べる。

 そうなのだ、5月31日は二パの誕生日であり、今6月1日はサンポの誕生日であるのだ。

 こうして5月31日の日付変更ぎりぎりに二人で集まり、一緒に両方の誕生日を祝うのが、二人の間で長い習慣となっていた。

 二パとサンポが出会って、もう十年以上が経っている。ネウロイがあちこちに現れる様になる前は、家族ぐるみで付き合いがあり、よく遊んでいた。

 

「えっと、幾つになるんだっけ。私が16で、君が17だよね?」

 

 サンポは曖昧に頷いた。と言うのも、彼は最近年を数える習慣と言うものを失っていたのだ。

 しかし、と彼は思う。今日は天気も悪いし、それに二パが来るのもいつもより遅かったしで、二パは今日来ないものだと思っていたのだ。

 

(ウィッチってのは割と暇なのかな?まあ軍隊が暇なのは、平和な証拠……)

 

 二パは持参のグラスに二人分のジュースを入れると、それらを軽くぶつけて、カチンと音を鳴らした。そして、一息にジュースを呷る。

 

「ぷはーっ!いやー、来る途中吹雪かれちゃってさ。ちょっと遅れちゃって、ごめんね」

「雷に打たれなかった分、今日はラッキーだったんじゃない?」

 

 茶化す様に言うサンポ。

 

「あ、そうだ」

 

 二パはそんな声を上げると、暖炉に薪を二個三個と突っ込み、新聞紙を引いて、それにマッチで火をつけた。

 新聞紙が溶けるように黒くなっていき、やがて暖かな炎が灯った。

 

「気が利かなくてごめんね」

 

 ウィッチとそうでない他の人間では、魔力のせいで体感気温がまるで違ってくる。だから二パは謝ったのだが、サンポは別に寒さを感じている訳では無かったので、その謝罪は少しサンポの神経を逆撫でた。

 二パは昔からの謝り癖を持っていた。最近はましになって来ているが、それは二パが誰かの不幸の原因を自身の不幸のせいだと考えていたからだった。

 二パの不幸体質は今に始まった事では無い。二パは今までずっと不幸で、多分これからも不幸なのだ。サンポはそんな風に思った。

 

(でも、二パはそれを乗り越えられる筈で、なのに)

 

 訳も無く気分が沈む。

 サンポは頭を振った。そして二パの顔を見る。

 二パは言葉にする事はしなかったが、心の中では、吹雪の事も自分の不幸のせいだと思っているのだろう。だと言うのに「そんな事は何でもない」と言う風に、ニコニコと笑っている。

 サンポは、二パのそんな笑顔に僅かばかり慰められた。

 

「もー、せっかくのパーティーなんだから、何か言ってよ」

 

 悪かったな、と毒づくサンポ。

 彼は言いながら、菓子を物色する。二パもそれに倣うように菓子を頬張り始める。

 そんな風に黙々としていると、沈黙に飽きた様子の二パが、自らの近況を話し始めた。

 

「最近基地に新しい娘が来たんだー」

 

 へぇ、とサンポは思った。二パの所属する、ここスオムスとオラーシャとの国境近くにあるペテルブルク基地。オラーシャがネウロイの支配下にある現状、そこは最前線と言って差し支えない。

 

(ついてないのも居たもんだ)

 

 二パを始め、ウィッチ達と言うのは戦う事を恐れない。今は戦時下で、この瞬間さえ誰かが戦って命を落としているだろうと言うのに。

 サンポはその理由を二パに聞いた事はない。

 今更と言うのもあるし、迷わせるようなことを二パに言いたくなかった、と言うのがその理由だった。

 しかし実際の所、彼のその選択は正解であった。二パに戦う理由を問えば、彼女は迷わず「みんなを守るため」と言うだろう。その言葉は、彼には当てつけに聞こえてしまうのだった。

 

「すごく頑張り屋さんでね、なのに菅野の奴が突っかかっていくんだ」

 

 そんなサンポの心境も露知らず、二パは笑顔で喋り続ける。

 文句を言いながらも、その表情から二パがその菅野何某の事を大切に思っている事が伺えた。

 

「そうだ、エイラに最近会ったんだ。サンポにも会いたがってたよ」

 

 エイラと言う名前は、サンポにとって懐かしいものだった。もう何年もその顔を見ていない。昔は一緒に遊んでいた事もあったのに、時間の流れと言うのは残酷で、人との縁があっさりと無くなってしまう。

 普通、その人物と長く会う事が出来なければ、人間と言う生き物はそれを忘れるのだ。

 それは悲しい事ではあるけれど、良い事でもあった。少なくともサンポはそう考えていた。

 忘却と言うのは人の心の防衛機構であり、それが行えないとなれば、その心はつまり不良品なのだろう。

 

「今度の休み、都合が合えば連れてくるからね!……って、それは無理かなぁ」

 

 無理だろう、そうサンポは同意した。

 とてもこの家の状態は他人に見せられたものでは無かった。それはもう、いろんな意味で。

 

「そうだ。わたし、またネウロイ倒したんだよ。すごいでしょ」

 

 えへんと胸を張る二パ。縦セーターの下からでもその存在を主張する大きな胸が、さらに強調されて、凄い事になっていた。

 

「だから、褒めて欲しいなー、なんて……」

 

 えへへ、と今度は頬を掻く二パ。

 サンポは手を伸ばして、二パの頭を撫でる様にした。

 

「……」

 

 二人とも喋らない。そのせいで出来た、一瞬の空虚な時間が寂しく感じられたサンポは、意味のない、ありきたりな質問を二パに投げた。

 

「怪我はしなかった?」

「……怪我はしなかったよ。ほら、わたしの固有魔法って超回復でしょ」

 

 そう言って耳と尻尾を出す二パ。

 二パの使い魔はフェレットだ。ふわふわとした、柔らかそうな耳と尻尾がぴこぴこと揺れている。

 

「いやいや、それって結局怪我してるんじゃ」

「これで他人の傷も治せたら良かったのに」

 

 そう言った二パは、ここに来て始めてその表情を暗いものに変えた。

 その表情は一瞬で再び笑顔に隠れてしまったが、サンポはそれを見逃さなかった。サンポはじっと二パを見つめた。

 二パも何を思うのか、じっとサンポを見つめている。

 そんな少し暗い空気が嫌になったサンポは、心の中で二パのセリフを茶化した。

 

(それは言いっこ無しですよ、二パさんや)

 

「どうせ、それは言いっこ無し、なんて思ってるんでしょ。分かるんだから」

 

 うわわ、バレてる、とサンポは顔を青くした。

 

「……もしそうなら、君だって……」

 

 二パのその言葉には、後悔の感情が滲んでいた。

 気に病まないで欲しい。サンポは二パの言葉にそう返した。

 サンポはある事情があって、この家から離れる事が出来ないのだが、二パはずっと、それが自分の不幸のせいだと思っているのだ。

 そしてサンポも、そうやって、自分の事で二パが自身の不幸を嘆くのを見るのが、嫌いだった。二パは最近、不幸体質について前向きに考える事が出来る様になってきているのに、自身のせいで二パが悲しむ、それが嫌なのだ。自分がいなければ、と考えてしまうから。

 サンポがそうして悶々と考えていると、二パがそんな憂鬱な気分を吹き飛ばそうとするように、ぱちんと自分の頬を叩いた。

 

「じゃあ、はい!これプレゼント!」

「お、これマフラーかい?」

 

 二パが差し出したのは、一見毛糸の塊に見える、青のマフラーだった。どうやら手編みの様で、そこかしこに努力の痕が見えた。

 

「へたっぴだけど、作ってみたんだ」

 

 言いながら、二パはサンポの首にマフラーを巻いた。あちこちにほつれがあって、不格好なマフラーではあったが、しかしとても温かそうであった。

 サンポは、このプレゼントに喜んだ。そして同時に、喜んでしまった自分を不甲斐なく思った。

 

「17歳、おめでとう、サンポ」

「二パも、16歳おめでとう」

 

 二パはサンポの額に優しくキスを落とした。それは恋人がする様な情熱的なものでは無く、ただただ優しい、親愛を感じさせるキスだった。

 サンポは顔を赤くして、二パから目を逸らした。

 

「プレゼント、何も用意出来なくて、ごめん」

「私が好きであげるんだから、遠慮しないでね」

 

 二パはそう言ったが、後から自分の言動が恥ずかしく思えたらしく、今度は二パが顔を赤くした。そして、誤魔化す様に言葉を紡ぐ。

 

「君、いつも寒そうにしてるんだもん」

「だから、僕は寒さなんか感じやしないって」

 

 サンポはそう言うものの、嬉しい事には違いなかった。その証拠に、口元がにやけている。

 二パも、サンポの様子を見て、きっと喜んでくれていると判断すると、感極まったようにサンポを抱きしめた。

 サンポは、されるがままである。

 

「それじゃ、今日も掃除始めるね!」

 

 ひとしきりマフラーを着けているサンポを堪能した二パは、箒と塵取り、マスク等をいそいそと棚から取り出した。

 別にサンポが出不精と言う訳でも、二パが特別綺麗好きと言う訳でもないのだが、こうして二パがサンポの家に来ると、決まって二パは掃除を始めるのだ。

 

「わざわざいいのに」

 

 二パは何が嬉しいのか、にこにことして掃除を続ける。まだまだ水は冷たいと言うのに、バケツに雑巾まで用意して、その掃除っぷりは徹底していると言えた。

 こうしてサンポはいつも遠慮するのだが、二パはそれを気にせず続けると言うのも、ある種のお決まりだった。

 サンポは二パを働かせる罪悪感があって遠慮するのだが、もう一つ重大な理由がサンポの頭の中には横たわっているのだ。二パが悲しむし、機嫌が悪くなるので口にはしなかったが、つまりそれは、二パの不幸が理由だった。

 

「ふんふ~ん」

 

(不安だ……)

 

 床が滑りやしないか、物が上から落ちてきやしないか、暖炉が突然弾けたりしないか、床板が腐っていやしないか、無駄に大きな胸のせいで足元が見えていないんじゃないか、などなど。

 二パが掃除用具を持って歩いているだけで、どうしてかサンポの胸は不安でいっぱいになるのだった。

 

「あっ」

「あっ」

 

 サンポが見守る中、二パはとうとう足を滑らせた。そのままひっくり返るかに見えた二パだったが、しかし巧くバランスを取り、体勢を持ち直すことに成功する。

 

「ふーっ。どう?わたしだって成長するんだよ!」

 

 誇らしげな顔をする二パ。しかし二パは、こける瞬間手に持っていた雑巾が手を離れて空中を舞っているのに気付いていない。

 べしゃり。

 そんな水っぽい音がして、二パの頭に雑巾が落下した。

 

「……」

「……」

 

 サンポは掛ける言葉が見つからず、苦笑していた。

 二パも何も言わず、雑巾をバケツに落とすと、ふらふらと幽鬼の様な足取りで洗面所に消える。

 蛇口を捻る音が聞こえ、続いて暫く水が流れる音がする。そして二パが戻って来た時、何故かその顔は晴れやかなものだった。

 

「いやあ何事も無く掃除が終わって良かったよ!」

「あっ、はい」

 

 都合の悪い記憶を削除すると言う選択をしたらしい二パは、そう言って掃除道具を片付け始めた。

 いつもそうであってくれれば良いのに。

 サンポはそんな風に思った。

 

 

 

 喋って、飲んで、掃除して、ふざけて。

 そうしている内、時刻はもう午前2時を回っていた。

 普段の、サンポの家に来た二パなら、もうとっくに帰りの鉄道に乗っている時間帯である。

 けれど、二パはまだ帰るつもりは無いようで、暖炉の前にソファを持って来て、サンポと一緒に火に当たっていた。

 何を喋るでもなく、ぼんやりと火を眺めて、静かな時間を過ごしている。

 パチリ、と薪が弾ける。

 火の粉が散り、それが二パの目の前まで飛んできて、そして消えた。

 いつの間にか風が弱くなっていて、窓からはしんしんと降る雪が見える。窓が揺れて音を出すことも無く、部屋の中は二人の息遣いさえ聞こえる程静かだった。

 

「……」

 

 しかし、時折二パの口が何かを言いたがる様に蠢き、手が寂しげにサンポの膝部を触っていた。

 二パのそんな様子に気付いているサンポだったが、それでも何も言わず、ただ二パの言葉を待っていた。

 サンポは昔の事を思い出していた。

 もっと子供だった頃。外が雪で埋まっていても、毎日遊びに飛び出して、近所の子供連中とつるんでいた。指先の感覚が無くなる頃に帰って、それで魔力のお陰でけろりとしている奴らの事を羨んでいた。偶に寒さで死にかけたりもした。

 二パとサンポは、そんな時期に、出会いと言うものを経験する事なく、いつの間やら一緒に遊んで、仲良くなっていったのだ。

 

(楽しかったなぁ)

 

 そんな時、暖炉の薪が一際大きな音を立てて弾けた。部屋の中が一瞬燈色で満たされ、二パの目も同じ色になる。

 それに後押しされたのか、とうとう二パが訥々と話し始める。

 

「もう3年経つんだね……」

 

 3年前。それは二パとサンポの関係がまるで変ってしまった時の事であった。

 今日の様に誕生日パーティーを開いていて、その時、二人は幼いなりにもお互いを好き合い、未来を誓ったのだ。間違いなく、その日二人は幸せだった。

 そしてその翌日。

 

「後悔、してるよね?わたしのせいで」

「してない」

 

 サンポの口調は断定的で、力があった。しかし、その声は二パに届かない。

 

「こんな事言ったら、君は怒るかもしれないけど。やっぱりあれは、わたしのせいなんだ」

「そんな事無い」

 

 サンポはもう殆ど3年前の出来事を覚えていない。それは心が忘れさせてくれたからで。

 サンポにはそれでも二パが原因であるなどとは思えなかった。大体、二パの不幸体質と言うのは、他人を巻き込む事が滅多にないのだ。

 けれど二パは、今でも鮮明にその瞬間を覚えている。覚えてしまっている。忘れられないでいる。

 罪の意識が忘れさせないのだろうか?それとも、確かにあった幸せな日々まで忘れてしまうのが怖いのだろうか?

 その理由はサンポにも、それどころか二パにも分からなかった。

 

「許して、くれるかな」

「そもそも、怒っちゃいない」

 

 二パは、サンポと手を絡める様にした。そしてその手を自身の顔に持っていき、頬ずりをする。

 さらに二パは、それだけでは飽き足らず、サンポの指に舌を這わせ始めた。指の先から、付け根まで、ゆっくりと。

 暫くサンポの指の味を堪能していた二パだったが、やっと指を口から離したと思うと、自身の胸に掻き抱くように腕を抱きしめた。

 サンポは、されるがままだ。

 

「わたしは、絶対に忘れないよ。サンポの事」

 

 サンポは、自身の膝を抱いた。

 サンポは嫌だったのだ。二パがこうして自分に拘泥して、前に進もうとしないのが。

 二パには自分の事は忘れて貰って、そうして新しい幸せを見つけて欲しかった。もうサンポには、二パを幸せにする事が出来ないから。

 

「悲しいもんね?みんなが君の事を忘れちゃうなんて」

「そんな事……」

 

 二パの言葉はある種核心を突いていた。

 サンポは、二パに自身の事を忘れて欲しかった。けれど、二パの言う通り、忘れられてしまうのは悲しい、とも思っていた。

 

(けど、それが当たり前の事なんだ。辛い事は忘れて、楽しく生きていく)

 

 二パは優しい人間だ。すごく純粋で、真っ直ぐだ。

 

(嫌な事は忘れていいんだ。忘れないとダメな事もあるんだ)

 

 なのに、今二パは悲しそうに笑っている。

 

(だって悲しいじゃないか。いつまでも過去に囚われるのは)

 

 だから、とサンポは思う。

 いつまでも後ろを向いていないで、前を見て歩いて欲しい。このままじゃ、何も変わらない。

 

「安心して。ずっと、ずっと。わたしは君の事が好きだよ」

 

 サンポは二パの言葉を聞いて、覚えず涙を零した。

 どうして、どうして僕は二パを触れられない、どうして抱きしめる事が出来ないのだ、と。

 サンポは、胸がぎゅっと潰されるような、心臓を引っ張られるような、そんな感覚を味わった。

 それでもサンポは、腸を捩じ切る思いで言葉を口にする。

 

「二パ、もう君はここに来ちゃダメだ」

「……」

 

 しかし、その声は二パに届かない。

 それでもサンポは叫んだ。彼の心には、二パに幸せになって欲しい、その思いだけがあった。

 強い心であれば、きっと何かが変わると信じて、サンポは叫んだ。

 

「折角の休日を、こんな所に潰しに来ないで、服でも見に行くんだ」

 

 二パの服装と言えば、いつも青の縦セーターばかりで、それが制服なんじゃと疑うほど、そればかり着ていた。

 もっと他の洋服を着て、おしゃれをして、アイスでも食べて……。そんな、“普通”を、サンポは二パに望んだ。

 

「それで、良い人を見つけるんだ。あ、軍人はダメだぞ。死に別れなんて、悲しいし」

 

 いつの間に時間が経ったのか、窓から見える空が白んできている。それはまるで、サンポにタイムリミットを告げるかのようだった。

 二パは腕を胸に抱いたまま、何も言わずにサンポを見つめている。

 

「だから、だから……」

 

 その時、遠くから汽笛の音が聞こえてきた。どうやら列車が駅に近づいているらしかった。

 その音を聞いた二パは、すっくと立ち上がる。

 

「もう、行かなきゃ」

 

 そう言って、名残惜しそうにサンポの手を離す二パ。

 最後に、と二パは再びサンポの額にキスをした。

 

「また……また来るからね」

「ダメだ!」

 

 二パの心は、不良品だ。そして、サンポの体も、不良品だ。ぽい、と捨てて、取り換えてしまいたい。でも勿論、そんな訳には行かない。

 二パは帽子を被ると、暖炉の火を消してしまう。そしてごみを片付けると、かばんを肩に掛けた。

 

「次の休暇は二週間後だったかな……」

 

 そう言って、二パは行ってしまおうとする。サンポは二パの手を掴んで止めようとするが、サンポの手は二パの手を通り抜けてしまって、触れる事さえ出来なかった。

 

「二パ!待って!僕の声、聞いてよ!」

「またね。ばいばい、サンポ。17歳おめでとう」

 

 二パは、扉を開けて、出て行ってしまった。後に残されたのは、静寂だけ。

 

「……」

 

 サンポは力なく項垂れて、ソファに座りなおした。二パが座っていた所に手を当てると、不思議と暖かさが感じられた様な気がした。

 そんなサンポの隣には、マフラーを巻いたサンポの“骸骨”が座っている。最近少し茶色が掛かって来たそれは、真っ黒の眼窩で、サンポを見つめている様に見えた。

 サンポは膝を抱えると、そのままソファに横になり、目を閉じた。そして、一人で暫く泣いていた。

 

(きっと、いつか。いつか二パも、目が覚める筈。そうしたら、僕も成仏して、天国に行けるかな。……いや、地獄かも)

 

 さて、二週間もどうやって暇を潰そうか。

 涙が枯れてしまうと、サンポはとうとうする事が無くなった。

 二パに、誕生日おめでとう、とさえ言う事が出来ない体を、サンポは恨めしく思った。誰にも聞こえる事が無い声で、サンポはぼそりと呟く。

 

「誕生日おめでとう、二パ」

 

 3年と言う、一人でいるにはあまりに長い期間で、サンポが心を殺さずに済んだのは、偏に二パのお陰だった。

 それを少し情けなく思ったサンポは、じっと二パの事を思って、眠った。

 

 

 

 

 

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