故郷の空ではなかった。プレストウィックの湿った風とは違う風が頬をなでる。
???「ここは……」
リリィ・マクガンは困惑していた。目覚める前のことは覚えていない。ただ、暗闇の中に居た気がする。
澄んだ空だ。見上げていると、思い出す顔がある。白髪の目立ってきた兄でも、偉大なキャディだった祖父でも、酔っ払いのクランプトンでもない。名前が思い出せなかった。
リリィ「どこだろう。アタイの知ってる場所じゃないみたいだけど……」
トラックに撥ねられたことは覚えている。子供をかばった。怪我は確かに酷かったが、治らない傷じゃなかった。
その後だ。暗闇。目覚めても闇の中に居た。目が見えない。プレストウィックの空が見えなかった。
???「ここは幻想郷。リリィ・マクガン。お前はやり直すのだ」
リリィ「誰?」
声しか聞こえない。偉大なキャディの血が濃く現れてくれたおかげで、風の声を聞くのも、大地の声を聞くのも得意だ。それと、バンカーに絵を描くのも。
神「神だ。トラックに轢かれ、必要ではない死を迎えた者は、みなこの幻想郷に流れ着く」
リリィ「げんそうきょう? ゲンソウキョウって何だい? ここはイングランドじゃあないのかい?!」
神「違う。そしてリリィ、お前も以前とは違う。お前はキャディだけではない。ゴルファーとして、この地でやり直すのだ」
リリィ「ゴルファーとしてだって? そんな馬鹿を言わないでくれよ! アタイはキャディ、マクガン家の血を引いたキャディだ!」
神「ゴルフコースは存在しない。作るのだ。手を貸してもらえ。人間に友好的なものは少なくない。多くも無いが、大丈夫だろう」
リリィ「おい、アンタ! アンタ!! どういうことなのさ!?」
声はそこで途切れた。
再びあたりを見回すと、何故か格好がゴルファーのそれだった。ゴルフバッグも置いてある。今まで気づかなかったのが不思議だ。
リリィ「こんな馬鹿な話があってたまるか! こんな、アタイは、アタイは……」
目の前は開けている。短く刈られたフェアウェイの上に居る。右手にはドライバーを握っていた。
足元に転がるゴルフボールに向けて、全身の力を叩きつける。
リリィ「アタイはどうすりゃいいんだよぉー!!」
ボールが舞った。
芝が舞った。
リリィの心が舞った。
空に舞うボールは、ぐんぐんと伸びていく。
ティーショットは300ヤードを記録した。
鹿沼の空。プレストウィックの空。
そのどちらでもない空が、
舞ったボールを受け止めた。
舞った心を受け止めた。
リリィ・マクガン。幻想郷の秋──。