リリィ「飛んだ……ボールが、あんなに……」
とんでもない飛距離だった。300ヤードか、それ以上か。
風はフォローだったにしても、キャディが力任せに打って出せる飛距離ではない。
リリィ「これが……あいつが言ってた、ゴルファーとしての人生……?」
練習はおろか、クラブを握った経験すらなかった。それでも、正しいスイングが出来ている。
スイングは正しかった。飛距離がそれを証明している。
???「おー、あんた、人間にしては中々いい腕前じゃないか。新しい弾幕の練習?」
リリィ「誰?!」
???「おっと、驚かせちゃったね。私は小野塚小町。死神をやってるよ」
ゴルファーがゴルフクラブを持つように、死神と名乗った彼女は大鎌を持っていた。
イメージしていた死神の像とは違うが、伊達や酔狂で大鎌を持って歩く人間など居ないだろう。
リリィ「死神? あんた、頭がおかしいのかい?」
小町「あんた、アレだろう? 外から来たばっかりだ。だからこんなところでその、弾幕?なんか飛ばしてる。危ないよ」
リリィ「余計なお世話だよ。どこで何しようがアタイの勝手だろ」
小町「まあまあ。親切は受けとくもんだよ。このあたりは日が暮れると妖怪も増えてくるから、早いとこ人里に行ったほうが良い」
リリィ「妖怪?」
小町「あんた、幻想郷には詳しくないだろう?」
リリィ「そういうあんたは幻想郷の歴史に詳しいのかい?」
小町「まあ、あんたよりはね。私、ここに長いこと住んでるしさ」
幻想郷というらしい。らしい、ばかりが続いている。きっとこれからも続くのだろう。
見知らぬ土地で必要なのは、その土地を知る友だ。ゴルフでは、それはキャディであったり、グリーンキーパーであったりする。
小町「妖怪ってのは人間を食うように出来てるからね。あんたも食われたくなけりゃ、素直に聞いといた方がいいよ」
リリィ「そんなこと言ったって、アタイはここでゴルフをやれって言われてんだ。ここなら少し刈れば立派なコースが出来る。そんな場所を放っといたら、妖怪とやらに荒らされちまって、ゴルフどころじゃなくなっちまうよ!」
小町「まあ……えっと、なんだ。落ち着きなってば。言ってることが分からないよ。何だい? そのゴルフってのは? 命よりも大切なものなのかい?」
リリィ「それは……大切さ。ゴルファーにとってみれば、ゴルフってのはね」
死神は本当にゴルフを知らないらしい。本当にこの世界は元居たイギリスとは違うようだ。
飲み込みは悪くなかった。少し説明してやると、大体のルールは理解してもらえた。
小町「なるほど。ゴルフってのはつまり、その球を相手より早くホールに入れたら勝ち、ってわけだ」
リリィ「そう。それを助けるのが私達みたいなキャディ。芝目を読んで、距離を測る。アタイは……伝説のキャディの孫だった」
小町「今は違うのかい?」
リリィ「今は……アタイは、今だってキャディのつもりさ! でも、それじゃ駄目だって言われてんだ! ゴルファーになれ、そのための能力を与えたってね! 勝手なもんだよ。アタイはキャディとして、オランダに……オランダに?」
何をしに行くつもりだったのだろうか。思い出せない。
誰かに誘われていたはずだ。それが誰なのか。霧がかかったように思い出せなかった。
リリィ「とにかく、ゴルフがしたいんだよ。ここは理想的なコース候補地。だからここを荒らされると困る」
小町「話は分かったよ。リリィ。でも大丈夫、妖怪は自然を荒らさない……妖怪は自然の一部だ。自分と同じものを壊したりしない。そうだろう?」
リリィ「どうだか。あの日本の河内っていけ好かない野郎は、同じゴルファーの右手を殴った!」
小町「妖怪と人間は違うよ。だから妖怪は人間を襲うし、妖怪は人間に気づける。においがするらしいんだ。だからさ、今日のところは里へ行きな。こっからだとそう遠くない。日が暮れる前には辿り着けるはずだよ。ゴルフコースを作るってのは、また明日にしな。何なら私も手伝ったって良いよ」
リリィ「……分かった。分かったよ。コマチ、あんたの言うとおりにする。アタイはゴルフをやるためにここに来たんだ。妖怪とやらに食われて死ぬためじゃない」
小町「それが賢明だよ。上司の受け売りなんだけど、蛮勇と知勇ってのがあってね。人間はその二つを状況に応じて使い分けるんだ。今は蛮勇じゃなく、知勇が必要さ」
リリィ「でも、なんでだい? 今日会ったアタイのような、名前も知らない相手に、そんなことを教えてくれるなんて……」
小町「それにほら、私は死神だからさ。死なれると仕事が増えて困るんだよ。私、サボり屋だから」
白い蝶が飛んでいた。
彼岸花が咲いていた。
親切な死神はリリィの心を救った。
親切な死神がリリィの夢を救った。
知勇が必要と彼女は言った。
知勇で狙うコースもある。蛮勇で狙うコースもある。
風が吹き抜けていく。
鹿沼でも、プレストウィックでもない、幻想郷の風。
幻想郷の空へ、リリィの思いを風が運んだ。