リリィと幽香のティショットが終わり、飛距離はそれぞれ230ヤードと302ヤード。
幽香はベタピン、リリィは70ヤードを残した。
小町「あっちに居るのはメルランって言ってね。一流のトランペット奏者としてジャズをやってるよ……でも、何で今ここに?」
リリィ「ゴルフの腕は?」
小町「さあてね。幻想郷じゃゴルフなんか初めてのはずだけど、風見幽香みたい奴も居る。油断は禁物だよ、リリィ」
キャディについているのは姉だかそのまた姉だかだという。
ミュージシャンはどんな球を打つのか、想像がつかなかった。そもそも何でミュージシャンがゴルフをやるのかもわからない。
小町「それぞれ皆理由ってもんがあるのさ」
リリィ「理由……ねえ。プレストウィックで育ったアタイには、キャディになる以外の理由なんてもんはなかったけどね」
小町「それでもさ。無くてもあっても、それは理由だよ」
二打目、リリィは60ヤードを転がし、三打目でピン横1メートルに付けた。
リリィ「あの妖怪……小町、どう思う?」
小町「リリィ、私はリリィから恐怖を感じた……幻想郷には無い、新しいものの風……恐怖を」
リリィ「……それで?」
小町「何故か幽香からも恐怖を感じるのさ。理由は分かんないけどね……」
リリィ「なるほど……」
幽香「ここから風見幽香伝説が始まる。キャディ、ラインは?」
ラインを読む。難しいラインではない。だが、木陰だった。
芝目ならばすぐに分かる。これを確実に決め、外から来た人間を下し、四季のフラワーマスター伝説が始まる。
サニーミルク「1個半右です。傾斜の無い簡単なライン、間違いないです。ストレートです」
幽香「流石は光を屈折させる太陽光に愛された妖精のことはあるわね。私の油断の芽は摘まれたわ」
サニーミルク「へへ、ありがたきしあわせ」
簡単なショットだ。くい、と力を入れて少しだけ押してやればよい。
誰の目にも明らかな、外しようのないライン。入れられれば負ける。
幽香「迷う必要は無い……」
構え、振る。ボールの芯を捉えた──捉えなかった。
幽香「何っ!?」
文「ダフッた!? あんな簡単なショットで!?」
宇賀神「ありゃあラインだけを見てたな。木陰のライン、芝目のライン。確かに読むのは大事だけどな、でも、ラインはそれだけじゃない」
文「どういうことですか?」
宇賀神「ゴルフってのは屋外競技だ。この屋外ってのが曲者でなァ、要は風よ」
文「風……ですか?」
宇賀神「スイングの瞬間、風が吹いた……筋肉がほんの少しこわばったのさ。それがクラブに伝わった。さっきあんなショットを見せてくれたにしちゃ、らしくないミスだな」
文「なるほど……どんな人間、まあ妖怪ですが、大舞台では思わぬミスをするものですね」
宇賀神「ラインはとにかく信じることが大事よ。信じて打つ。外れりゃそれはその時考えるしかない。信じててもこういうことは起こっちまうもんよ。だからゴルフは面白いんだが……」
幽香「幽香不覚ッ!!」
想定されたラインを大きく逸れ、ボールはグリーン下のフェスキュー地帯に転がっていった。
草花を操る能力を持っているだけあって、ロストボールにはならなかった。ボールはすぐに見つかった。
見つかったのだが。
リリィ「何を躊躇ってるんだい? 位置は悪くない、強めに打てば一打で戻ってこれるだろうに」
小町「見なよ。足元……ボールはどこに転がってる?」
リリィ「……野菊……野菊に支えられてるね……」
小町「幽香は別名四季のフラワーマスター。花を愛し、花に愛されている……この一打、幽香はアンプレアブルするよ」
リリィ「野菊が打てないのかい……」
思い出した話がある。野菊が打てず、ゴルフをやめた男。
天才と呼ばれたゴルファーの、父をも超える才能を持った子だった。
野菊が打てなかったのだと、そう言っていた。
幽香「野菊が……野菊が、ボールが打てない……!」
サニーミルク「幽香さん……」
幽香「……アンプレアブルを宣言するわ。ペナルティを一打追加して、打ちなおしよ」
サニーミルク「幽香さん!」
幽香「心配は無用よ。キャディ、カップまでの距離は?」
サニーミルク「……幽香さんの最も得意な距離です。さっきと同じ。最高のストレートライン」
幽香「風見幽香伝説の扉は?」
サニーミルク「まだ光が見えます。閉ざされてはいないです」
幽香「今、私は何を望んでいる?」
サニーミルク「チップインです。他の人には不可能でも、風見さんには可能です!」
幽香「そうよ。私は大妖怪、風見幽香。これを決めれば伝説が始まる! フラワーマスター伝説が!」
ターンベリーで会った酔っ払いは泣いていた。どうして死んだのかと。
競技委員も泣いていた。何故死ななければならなかったのかと。
優しすぎた。野菊を打てないほどに、純粋すぎたのだと。
隣に誰かが居て、同じく聞いていた。
誰か。未だに思い出せないが、リリィはキャディだ。一緒にいたのはゴルファーだ。
リリィ「アタイは待ってるよ……ここで……アンタを思い出せる日を、アンタに会える日まで……」
風が大地を優しくなでた。
フェスキュー草と野菊が揺れた。
人の心も揺れた。
人の悲しい記憶も揺れた。
心、幽香の野菊を想う心。
記憶、リリィの誰かを想う記憶。
フェスキュー草と野菊が笑った。
風、流れた。
草の香り、流れた。
人の心も流れた。
風に流れてどこへ行く。
リリィが、小町が、幽香が、サニーが。
大地の上を流れていった。
運命の風が流れていった。
書きたいところまで終わったので終わりです。