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疲れた。
何だか最近気分が重い。
別段、特に体調が悪いとかではない。重大な問題が起きた訳でもない。
だけど、誰にも経験したことがあると思う。
なんだか精神的に、凄く疲れてしまったんだ。
何もする気がおきない。いや。何もしたくない。そういう方が正しいかもしれない。
ただひたすらに、布団の中で横になって。何もかも放ったままで、ひたすらなにもせず。ただぼーっと。
何も考えなかったら最高だ。
…だけど、現実はそうじゃない。
家に帰ればスーツを脱いで片付けないといけない。明日のご飯も炊かないといけない。ごみも確か、明日が回収の日だっけ…。
くたびれた足どりで家に帰る。安アパートの扉を鍵で開けると、珍しくクロのやつが玄関まで迎えにきた。
慰めてくれるのかと一瞬期待したけど、毛玉丸はすぐに引き返してしまった。…ただ単にお腹が空いていたから、餌の催促をしに来たようだ。
「ま、そうだよな…」
こいつはいつもそうだ。
自分の事が一番で、他は全てその下。気が向いたら構ってやるか、くらいのものでしかない。
疲れた身体を引きずって、台所へ足を運ぶ。ここの棚にこいつの餌は置いてある。朝の分と昼の分、それと水は毎朝ちゃんと準備している。…休日だけは、クロのやつに叩き起こされたりするけど。
どれだけ俺がちゃんとこいつの餌を準備してやっても、こいつはそれを当然だと思うだけで、俺に感謝することなんてないんだよな…。
そんなことを思いながら皿に餌を準備していると、クロがこちらをじっと見ていることに気付いた。
…こいつが餌に目もくれず、俺のことを見ているなんて、初めてのことだった。
ただまあ、それも今はどうでもいい。
ただ、休みたかった。
「はぁ…」
皿に盛られた餌に顔を突っ込んでいるクロの首の毛をちょこっとだけ弄りながら、思わずため息が出る。
…夕食は取っていない。時刻は夜の8時。
普段なら腹が減ってしかたないだろうが、今日はなんだか気分がそうはならなかった。食欲がない訳じゃないが、そう欲していないような。
…風呂に入って、その後ゼリーでいいか。
ゼリー飲料。働く
服を脱ぎ、風呂にお湯を張る。
…なんだったか。疲れた時には、3つやるとよいことがあるそうだ。
お湯はまあまあいい感じ。そろそろ半分程。
一つは自分よりも不幸な人をイメージすること。
…とは言え、別にそこまで気分が晴れることはない。むしろ。この世は不幸に溢れているよな。そう思った。
風呂が沸いた。
お湯に浸かると、思わず息が漏れる。はぁ…。むしろ風呂に入る方が効果がありそうだ。
湯船に浸かりながら、二つめを思い出す。ようやく今になって、照明の明るさに気付いた。一息つくと、ようやく落ち着く。
二つ目は、自分の尊敬する人ならどうするか考えることだ。
その時ふっと浮かんだというか思い出したのは、笑っている祖母の様子だった。
父方の祖母は、僕が就職する大分前に亡くなった。
家に顔を出すと、『よう来てくださったねえ』と言って迎え入れてくれた、太陽のような人だった。
よく、『ちゃんと頑張っとるか』『がんばらなあかんに』と言ってくれたその声を、僕は今でもよく覚えている。
帰る頃になると、『あれも持ってき』『これも持ってき』と言って、何かしらの手土産を持たせてくれた。それもあって、行く前に持ってきた手土産よりも帰ってきた時の方が、荷物が増えていることもままあったくらいだ。懐かしいものだ。
ふう、と一息つく。
まあ、あの人ならこんな時にも笑顔でこういうだろう。
『ようけ頑張っとるか』と。
もしくは、『がんばらなあかんに』だろうか。
「ははっ…」
何にせよ、間違いなくそのどちらかだろう。
おばあちゃんは、褒めるということをしない人だったから。
『頑張っとるか』と聞かれた時に、頑張ってますと答えることが多かった。
心の中では、(大変だけど。すっげーいやだけど)頑張っとるよ、とよく思ったものだ。
それに対して、だいたいばあちゃんはこういうのだ。
『おおん、ほうけえ。がんばらなあかんに?えか』
だから頑張っとるというに。
そう思いつつも、素直にはいとしか答えられなかったのは、まさしくあの人の人徳の賜物だろう。
あの人は、間違いなく、僕のことを大切に思ってくれていたから。
僕が、ずっと兄に比較されてきた中でも、あの人だけは僕を僕として見ていてくれていたから。
だから、僕はーーーーー。
「…のぼせたな」
あなたの尊敬する人は、誰ですか。