クロが死んだ。
享年15歳のことだった。
あれは秋に入る前の、とある休日のことだった。
別にいつもと変わらず、ほんの少しだけ朝飯をモソモソと食べ、動くのも億劫そうにとぼとぼと歩き。
思い出したように、喉が渇けば水を飲む、そんないつもの休日。
そんな休日の昼下がりに、クロは眠るように息を引き取った。
その後の日々は、淡々と過ぎていったことを覚えている。
悲しさだとか、切なさとか、胸の裂けるような辛さとか。
そういったものを一切感じることはなかった。
葬式、というにも大げさだが。
一応火葬はしてやった。その時の人が沈痛な表情で、このたびは…。と言ってきて、自分よりもこの人の方が辛そうな顔をしていたことが、自分でも不思議だと思った。
ただただ空虚な感覚と共に日々が過ぎる。
ただ、自分が悲しさを感じないこと、そのことに少し悲しさを覚えた。
それからしばらくして、会社を辞めた。
別段、あてがあった訳ではない。
それ以来、なんとかして職にありつくことができたが、良い年してアルバイトの生活である。
まあ、クロのせいとも言えるし、おかげとも言える。
あいつに出会っていなかったら、今でも無感動に、無気力に、ただ会社に行くだけの機械に成り下がっていただろう。それだけは確信している。
今もまだ、そう楽しい豊かな恵まれた生活とは言えないが、それでもそうなるよりははるかにマシだと思う。
そのせいで、いわゆる世間のいうまっとう、とはかけ離れてしまったが、悔いはない。ただ惨めなだけだ。
どちらが幸せだったのか。
それはわからない。
それでも僕は今ここで、今を生きている。
死んだような顔して満員電車に揺られ、理不尽に罵声を浴びせられ、愛やら優しさやらとは無縁に、ただただ働く機械と成り果てるような未来よりは、きっと良い。
家も買えなくなった。車も買えなくなった。
結婚どころか、彼女すらこれでは難しいだろうーーーまあ、これは元からか。
定職を失うとは、そういうことだ。
もちろん、能力のある人はその限りじゃないだろうがーーーーー
まあ、僕はどこまでも凡人の域を出なかったのだ。
それでも、生きている限り足掻いてみよう。
そう思える程度には、僕はクロに勇気を貰った。
過ぎてみれば瞬きのような短い間だったけど、確かに僕はあいつに人らしさを貰ったんだ。
そんな飽くなきもがいているような一つの、定例のハロワ通いの帰り道。
ハロワに行く時だけスーツを着るので、革靴で歩きにくい。それゆえ、歩く速度がゆっくりになる。
閑散とした住宅地。
そんな中を歩く僕の視界の右端から、黒い影が飛び出した。
黒猫だった。
クロネコヤマト…などと考える僕は、やっぱりただの阿呆なのかもしれない。
その黒猫は振り返り、僕の顔を見ると、ぴょい、と塀の上に飛び乗り、歩きだした。
まるでその様が、僕に付いてこいと言っているようで。
ふっ、とつい綻んだ口元を気にもせず、僕は歩き出した。
空は、良く晴れていた。
はい。
という訳で、僕猫完結です。
今まで読んで下さった方、ありがとうございます。
(以下蛇足)
他作品と違い、僕猫はそもそも特に何も考えず描き出した作品です。
なので、ただ私が鬱鬱とした時に描いてました。そしたら筆が乗るわ乗るわ。
そんなこんなでちょっとずつ進んだり、時間が飛んだり…(*´・ω・`)
ただ、癒し系の物語にはしたくなかったので(死んだ時に悲しすぎるから)、めちゃくちゃ淡白な、というかもはやこれ無味無臭じゃね、くらいのあっさり加減でお送りしました。
本当はクロが全然なつかず、でも一回だけ毛繕いさせてくれたエピソードとか、お昼寝をしてる僕の隣で丸くなって一人と一匹でお日さまに当たりながら穏やかな日常を過ごす編とか考えてましたが、結局描かないで終わってしまいました(笑)
それでは皆さま。
またどこかで会いましょう。