ターニャがケーキを作ってレルゲンとかに食わせるショートショート 作:潜水艦
こういうタイプの話です。
自分が聞かれた質問の意味が良くわからなかったヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ中尉は、思わず上官の言葉をそのまま返してしまう。
「成人男性の喜ぶ物……ですか?」
妙な訊き方だとは思った。思わず辺りを見渡すものの、航空輸送機の中は結構うるさい。会話に気付いている者は居ないように見えた。
「貴官も年頃の娘だ。そういうものの一つや二つ知っていてもおかしくはないと思ってな」
この言い方からすれば、恐らく大隊員の畏怖と敬愛を一身に集める小さな大隊長殿は、どうやら気のある男が居るらしい。ヴィーシャは「この環境の中で異性を気に掛ける余裕がある年下の女の子」に対する微妙な敗北感と、自分と一番長く一緒に居る女の子に懸想されている誰かに対する嫉妬心でおかしな事を口走ったものの、それに対するお咎めは特に無かった。
というのも、当の上官であるターニャ・フォン・デグレチャフ魔導中佐殿が難しい顔をして何やら考え込んでいるからだ。
もう少し詳しく話を聞いた方がいいんじゃないかと思いつつも、正直言って自分もそのような経験は無い。わかる事といえば友人で耳年増のエーリャが話していた市井の恋愛事情くらいだ。
それに、思い返せば誰に贈るかという部分を訊いていなかった。
「よし」
エンジンの大きな音にかすかに紛れ込んだ、小さくも高く張りのある声。聞き間違えようもない自分の上官の声だ。
何を贈るか決められたのだろうか。ターニャは年齢に見合わないほどの戦果と先見性を持ち、知識と知略に優れた士官だが、時たま年相応の表情を見せる時がある。特にそれは戦争と関わりの無い部分に顕著だ。
ヴィーシャは上官が……というより、最も親しい幼い女の子がズレた物を贈って恥をかかないか気が気ではないのだ。
難しい顔をしてうんうんと唸っているヴィーシャを見かねたターニャが話すように声をかけると、どうやらゼートゥーア中将とルーデルドルフ中将、それにレルゲン大佐に万年筆を贈るらしいが、ターニャの言いようでは恐らくレルゲンが本命だろう。曰く「レルゲン大佐殿にはそれに加えてもう一つ何かをお送りしようと思う」と。
「とはいえ、何をお送りすればいいものか……」
「少尉殿、そういう時、婦女子は手作りの料理を贈るものです」
惚れた相手は胃袋から掴めとはエーリャの談だ。
「私は人に出すような料理なんか作れんぞ」
「大丈夫です! 私が誠心誠意お教えします! 少佐殿の想いがレルゲン大佐殿に届くよう……!
私はこれでも料理がそれなりに出来ます。もちろんプロの料理人には敵いませんが、料理は心です!」
しかしターニャは出来合いの物を持っていくといったとんでもない事を言っている。思わず強気で捲くし立ててしまったが、以外にも気圧されている様子を見るともうひと押しいけるだろう。
「とにかく、1日は料理作りにお付き合いいただきます。いいですね?」
「いや、その前に、その女の子というのを――」
「いいですね?」
「は、はい」
かくして、ヴィーシャは大隊長殿とのお料理権を勝ち取ったのであった。
ターニャが司令部に帰還報告を行っている間、待機を命じられた大隊員は最もホットなニュースが気になって仕方が無かった。
「なあ、セレブリャコーフ中尉」
「なんでありましょう、ヴァイス大尉殿」
「さっきは何を言っていたんだ? 中尉が中佐殿にあんなに声を荒げるなんて」
「そ、そんなに大きな声でしたか?」
はしたないと言われているようで、ヴィーシャは今更ながら口元を手で押さえる。
「そりゃあもう、なんだか娘を叱る母親みたいな口調でしたよ」
「グランツ少尉まで!
しかし、これは中佐殿の悩みで、皆さんに話していいものか……」
「ははは、何を今更。大隊長殿の悩みは大隊の悩み。我々は家族以上の絆を以て戦場を駆ける、栄えある203魔導大隊だぞ」
「そうそう。なんたって我が大隊は紳士揃いですから」
その言葉に何故か慌てるヴァイスを見ながらも、ヴィーシャの中では彼らになら話しても大丈夫だという謎の根拠が生まれたのだ。
「実は……デグレチャフ中佐殿は、レルゲン大佐殿に恋愛感情を抱いているようなのです」
「……セレブリャコーフ中尉」
「なんでありましょうか、ヴァイス大尉殿」
「勘違いじゃないのか?」
「いいえ、私が中佐殿に、レルゲン大佐殿と親交を深めたいのか尋ねた時もそうだと仰ってましたし、料理を作るという事になった時も、それはしおらしく自信が無いと仰っていました」
「これは……間違いないな」
「ノイマン大尉殿もそう思われますか!」
「いいや!」
ノイマンは対・尋問訓練でターニャに豚と言わしめた巨躯を逸らして、その体格相応の声を張る。
「そうとしか考えられない! となれば作戦立案だ。第203航空魔導大隊は、頼れる中佐殿にさえ頼られるほどの猛者揃いだと、証明しなければなるまい」
「ノイマン大尉殿……!」
「あぁ……いいのか? 本当にいいのか?」
「ほら、ヴァイス大尉殿もご協力お願いします。何も休みを全て返上する訳ではないのですから」
「いや、中佐殿のためとあれば、それこそ休みなど無くても構わないのだが……何かとんでもない勘違いをしているような気が……」
ターニャにチョコレートをもらった時より少しマシ程度のうろたえ具合であわあわ言っているヴァイスを放って『レルゲン大佐殿の胃袋を握り潰そう! 手作りお料理大作戦』
「女性からプレゼントをもらう時、男性はどのような食べ物だと嬉しいのですか、ケーニッヒ大尉殿?」
「それは難しい質問だな……」
ケーニッヒが面長の顔を傾げて考え込む。そこにノイマンが背筋を伸ばし真っ直ぐ右手を上に挙げた。文字通り挙手である。
「セレブリャコーフ中尉、重要なのは『何を貰うか』ではないとしたら?」
「と、言いますと?」
「まず前提に、男という生き物は一部に於いて相当アホだ。レルゲン大佐殿も男に産まれた以上そこは変わるまい。グランツ少尉、貴官も男ならわかるだろう」
「ああ、なるほど!」
「俺もソレが言いたかったんだ」
「ケーニッヒ大尉殿まで?」
全くわかっていないヴィーシャを尻目に盛り上がる大隊員たちだったが、それもすぐに収まりケーニッヒがヴィーシャに向き直る。
「つまり、何を作ってもいい」
「何を作っても?」
「そうだ。何を作ってもいい。その代わりに……絶対に『何か』を作らなければならない」
「確かに……。中佐殿は初め出来合いのものを買ってくると……」
ヴィーシャの言葉にヴァイスも頷く。
「なるほど、それであんな大騒ぎを……。というか、中佐殿が出来合いのものでいいと言っていたのなら本当に思慕の――」
「男というのは、『平時の最高級レストランのフルコースに勝る物を食べる』より『女の子に作ってもらった普通の食べ物』の方にずっと価値を感じる生き物なんだ。
手作りというたった数文字に込められたその想いこそが……何よりの栄養っ……! 圧倒的……養分っ……!」
勢いだけでヴァイスの言葉を流してノイマンは続ける。
「となれば何を作るかだが……たしか中佐殿はチョコレートがお好きだったな」
「はい? ええ、確かそうだった筈ですが……しかしノイマン大尉殿、食べるのはレルゲン大佐殿ですよ?」
「ギャップ萌えだよ」
「は?」
「ギャップ萌えだ。大局を見渡し、的確な判断を下し、自身の戦闘能力も卓越している中佐殿。しかし想い人に何をあげればいいのかわからないという乙女な一面。わからないからこそ自分の好きな物をあげようという子供心。何から何までいじらしいじゃないか!
……なんかレルゲン大佐殿を闇討ちしたくなってきた」
「滅多な事を……と言うのが正しいのだろうが、俺も同じ気持ちだ」
「ケーニッヒ!」
「俺もです。なんかこう、娘を嫁にやる親の気持ちというか……」
「グランツはそんな歳でもないだろうし、私だって嫁も娘も居ないが、わかる」
中隊長以上4名はレルゲンへの殺意を確認しながらも、敬愛するデグレチャフ中佐殿の幸せが最優先だと顔を寄せ合う。
「それでは私がチョコレートケーキを作りますので、皆さんはこのリストの材料集めをお願いしてもよろしいでしょうか」
「いつのまにそんなものを書いていたんだ? とまれ、中佐殿のためだ。なんとしてでも手に入れてみせよう」
ノイマンが拳を前に突き出し、親指を上に立てる。
「今作戦は今までで最も重要な物である可能性があります。隊員各位、気を引き締めて臨んでください」
「セレブリャコーフ中尉、それは考え過ぎじゃないか?」
「いえ、ヴァイス大尉、中佐殿の目は本気のそれでありました。あの顔をご覧になったでしょう?」
「言われてみれば確かに……グランツ、どう見る?」
「自分はそういった機微には疎い方ですが……アレは本気だったんじゃないでしょうか」
「そうか? 私がおかしいのか?」
「セレブリャコーフ中尉殿の手前大きな声では言いませんが、ヴァイス大尉は一度自分のおかしさを再確認したほうがいいのでは?」
「そ、それは言わない約束だろ……」
ヴァイスが力なく抗議し終わるが早いか、扉が開き小さなシルエットが顔を除かせる。
「入るぞ」
「デグレチャフ中佐殿!」
全員直立。ヴィーシャに至っては立った勢いで数センチ浮かび上がっていたほどだ。
近くの隊員同士で気まずそうに視線だけ交わす。
ターニャは小難しそうな顔をして隊員たちを一瞥し、その軍人まみれのむさくるしい空気にまったくそぐわない声質と、その空気に対して模範的な口調で話し始める。
「さて、大隊諸君。流石にビアホールで連日飲み明かせとは言わないにしても、気を張り過ぎず体と心を休める機会だ。参謀本部の心意気を無駄にせぬよう、節度ある休暇を楽しんでくれたまえ。私も私で休暇を満喫させてもらおう。では、解散」
一同全員がターニャの言う『休暇を満喫させてもらう』という言葉をそのまま飲み込むほど付き合いは短くない。
しかし、気を遣ってくれている小さな大隊長殿の厚意を無駄にするほど大隊員も子供ではない。勿論本気で体調が悪そうなのであれば止める所だが、栄養失調気味の痩せた体に不相応過ぎるほどの覇気や、時には鬼気まで発する目の前の子供は、正しく幼女の皮を被った化け物だったのだ。
などとヴァイスあたりが戦慄しているうちにヴィーシャは器用に背中にだけ汗をかきながらニコニコとターニャに話しかける。
「では中佐殿、料理作りはいつになさいますか?」
「本当に作るのか……じゃあ三日後に頼む」
「はい! では私はこれで」
あっという間に飛び出していったヴィーシャを見送り、自分たちに残された今日を含めた三日間を有意義に使うため、ヴァイスを始め中隊長たちもそれに続いて飛び出していった。
なんだあいつら? という顔をした第一中隊長でもあるターニャに見送られた2,3,4中隊長たちは顔を寄せてリストに目を向け歩きながら話す。
「役割分担が必要なほどあるとは思えないが、どうする? 私はチョコレートとココアと小麦粉なら恐らく仕入れてこれるが、他の物は市勢によるな」
「正直言って流通状況がよくわからないな。ただ、嗜好品でしかないチョコレートを手に入れられるとなれば他のものは必需だ。難易度は一気に下がる。流石はチョコ大好き副長殿だ」
「ブランデーは確かセレブリャコーフ中尉がトランプで巻き上げてきた物品にあったな。アレを使おう」
「他のものも高いだけで恐らく入手はそこまで困難ではない筈だ。中隊長全員で回っても今日中に手に入れられると思うが?」
「生クリームは日持ちしないから前日に手に入れるのがいいだろうな」
「よし、それでいこう。隊員たちはどうする?」
「休暇でいいだろう。実際そうだし」
むさくるしい男どもが寄ってたかって甘い物の材料を買って歩く相談をしていたその時、ヴィーシャはというと……。基本的にアホで抜けている中隊長たちだが、戦争とターニャの事で失敗をするかもしれないなんていう発想すら出てこない程度に彼らを信頼している。そのために材料集めは任せて自分が出来る事がエプロン探しだと思った彼女は仕立て屋に向かっていた。
もちろんエプロンが無くてもケーキは作れる。しかし、一番付き合いの長いヴィーシャでさえターニャの私服姿なんて全く想像できない。軍装以外は寝間着しか見たことが無いほどである。
参謀本部に出向くのだから軍装が正しい事もわかる。だが、もう一つが欲しい。もう一つターニャの魅力を引き出したいのだ。
そのために彼女はかわいらしくも上品なエプロンを、貴族ですら買わないような値段で注文してきた。
しかし、第203航空魔導大隊は常に戦場にある部隊だ。給料が他の隊より特別高いという事はないが金を使う機会もほぼ無い。ちょっとした服を10着ほど買える値段でエプロンを買ったからといって、実の所痛くもかゆくも無いのだ。
仕立て屋から帰ってきたヴィーシャは、夕方に生クリームを除いた材料を持ってやってきたヴァイスに「レースの付いたエプロンを着せて参謀本部に行かせるつもり」と言ったところ、「何で今言うんだ!」と血相を変えて部屋から飛び出していったのを見送って首を傾げる事になった。
すんません、2週間ほどアメリカに遊びに行ってたんで投稿遅れました。
今回は上下に分けてお送りいたします。