ターニャがケーキを作ってレルゲンとかに食わせるショートショート   作:潜水艦

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~言い訳~

最終回からほどなくして日本を旅立ち、そしてアメリカから帰ったぼくは、じわじわと幼女戦記のアニメが終わったという実感に苛まれていた。
ツイッターを開いても幼女戦記の話題はあまり出ていない。みんなエロマンガ先生とすかすかに夢中だ。
それにぼくがアメリカでノリと勢いだけで様々な事をやらかしまくっていた間にも溜まっていっていた仕事が群れを成して襲ってきた。
とても忙しい日々だったが、充実からはほど遠かった。
そんなある日、珍しく完全に丸一日の休日を手に入れたぼくは、見るかどうかもわからないのにとりあえず撮り溜めていたアニメでも見ようとエロマンガ先生を再生したんだ。
エロマンガ先生はいいぞ。見よう。
あと幼女戦記の書籍版小説もよく考えたら5巻くらいまでしか読んでなかったから読んでみたら案の定面白かったので続きを書きました。

はい。素直に言います。
忘れていました。
この上なく完全に、完璧に忘れていました。
でも思い出しました。
大丈夫です。


ヴィーシャがターニャとケーキを作る話 下

「はぁぁああああああ……」

「ん? 何か間違ったか?」

「いえ! 何も問題ありません!」

 皆様、お久しぶり(?)です。ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフであります。

 先ほどの溜息に良く似た吐息はデグレチャフ中佐殿の髪の香りを肺で濾過した結果生み出された排気音なのでお気になさらぬよう願います。

 さて、先ほどから中佐殿の手を取り足を取りチョコレートケーキを作っている訳でありますが、至福の時間に他なりません。

 いつもは尽きない知識を持っているかのように理知的で、未来を見通すかのように聡明な中佐殿が、年相応の少女のように可愛らしいエプロンをつけて何も知らない事にチャレンジしており、それを先導しているのが自分だという一点のみで筆舌に尽くし難い悦楽を感じてやみません。

 先ほどから何度か逃げ出そうとするのを抑えて抑えて、なんとかオーブンに生地を入れる所まで漕ぎつけたところです。

 

 

「ところでセレブリャコーフ中尉」

「はい、何でしょうか、デグレチャフ中佐殿」

「コレは今何を作っているのだ?」

「えぇ!? わからなかったのですか!?」

 ヴィーシャは予想だにしなかった質問に思わず聞き返してしまう。すると、いつものように自信に満ちたものではない、少し困ったような声でターニャが返事をした。

「うむ、いや……ケーキなんだろうとは何となくわかるのだが、正直こういうものを食べる機会が無かったから全く完成図が予想できん」

 その言葉にヴィーシャは固まった。

 ターニャは孤児である。親に捨てられ、幼少期を『一般的』の水準が普通の家庭と比べれば赤貧と言うよりほか無い『普通の孤児院』で育てられ、孤児院と軍以外の何もかもを知らないままここまで来たという事は大隊の共通認識だ。

 チョコレートケーキなんていう贅沢品をゆっくり堪能する時間なんてある筈が無かったのだ。

 とヴィーシャは考えた。実際は作った事が無くさほど興味も持たなかったからだし、食べたことも何度かあるが、そんな事は当然ヴィーシャには伝わらない。

 ありもしない悲惨すぎる過去を勝手に想像し、自分の無神経さとこんな幼い子供にそのような生活を強いるしかない帝国の現状に涙を堪えるしか彼女には許されなかったのだ。

 ターニャは自分の真後ろで目を赤くし鼻をすする副官に「鼻水を垂らしてくれるなよ」と思いながらもその副官の手で茶色いクリームを茶色い生地に塗りたくっていった。

「完成です! お疲れ様でした」

「私はほとんど見ているだけだったがな」

「まあそれは戦後にゆっくり覚えられたら良いかと。中佐殿はまだまだお若いですので」

「戦後か……まあ、そうかもしれんな」

 戦争以外を知らないという過酷過ぎる人生の中で、戦後を全く想像できないのも無理からぬ事だ。ヴィーシャは、ターニャが幸せであってほしいと願わずには居られなかった。

 その勢いのままケーキを前もって用意していた箱に詰め簡素にラッピングを施し、ヴィーシャはターニャの背を押し、宿舎の外に追いやる。

 前もって待機していた車に乗り込み、運転手に扮したヴァイスに「お待たせしました」と声をかける。

「首尾はどうだ?」

「計画通りです」

「そうか。では私は運転に徹しよう。後は頼んだぞ」

「はっ!」

 間もなく車はターニャを乗せ、参謀本部へと走り出す。ヴィーシャの手に持った鞄の中でターニャの方を向いたレンズが絶え間なく開閉を繰り返している事を知っているヴァイスは気が気はなかったが、幸いにもその事はエンジン音と路面のギャップにより気付かれる事が無かった。

 後日、この一連の写真が最高額貨幣として一部の層で流通する事は言うまでもないだろう。

 とまれ、無事参謀本部にたどり着き、ヴィーシャが受付に話を通していると後ろから聞き覚えのある声が聞こえたため振り返る。

「おや、貴官はデグレチャフ中佐――ッ!?」

「はっ! お忙しい所失礼いたします、レルゲン大佐殿」

「う……ああ。」

 ヴィーシャが見るに、どう見てもレルゲンは普段と一味違う、具体的に言えばレースのフリルがついたエプロン姿の自分の上官に見惚れている。推すなら今だとヴィーシャはターニャに声をかけた。

「中佐殿、贈り物贈り物」

 声が大きすぎたのか、一瞬非難するような目線を向けられたものの、すぐにレルゲンに向き直りターニャは口を開く。

「失礼いたします。レルゲン大佐殿、お時間よろしいでしょうか」

「あ……ああ。特に問題ない……ついてきたまえ。その、出来れば貴官の副官も……」

「では、私は外で待機しております。中佐殿、ご武運を」

 まったく、他の女も誘うなんて、レルゲン大佐殿は乙女心を全く理解していないようだ。ぷりぷりという擬音が出かねない奇妙な怒り方をしながら外に歩いて行くと、妙にそわそわしたヴァイスが出迎えてくれた。

「ど、どうだったんだ?」

「もう、大尉殿は焦り過ぎですよ。いつバレるかと冷や冷やしたんですから。とりあえずコンタクトには成功しました」

「そうか。……うまくいくといいな」

「はい!」

 彼らはふとした拍子に忘れてしまうのだ。自分たちのあまりに頼りになる大隊長殿がまだ幼子だという事に。うまくいけばいくだけレルゲンの立場が危うくなるという事に。

 勿論、彼らの言う「うまくいく」とターニャやレルゲンの思う「うまくいく」は全く別の方向を向いているので、そのような事は普通では起こりえないのだが。

 

 

 しばらくして、難しい顔をしたターニャを出迎えたヴィーシャは勿論首尾を聞き、「渡せたぞ」と普通に返されてがっかりしたものだったが、帰ってから余った材料で作ったケーキを食べ終わる頃にはすっかり機嫌もよくなっていた。

 ターニャに返されたエプロンを折りたたみ、丁寧に鞄の奥にしまったヴィーシャは、いつになるかわからない次の機会のために大事にエプロンをとっておく事を決めたのだった。


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