魔法少女リリカルなのは-拳に想いを込めて- 作:rain-c
プロローグ
手にいれたのは、新たな命に、想いに殉じた男の魂。
願ったのは、恥じない生き方。
魔法少女リリカルなのは-拳に想いを込めて-始まります。
荒唐無稽。
これ程、俺の存在にぴったりな言葉は無いだろう。
俺は一度死んでいる。何を言い出すんだとか、なんだただの厨二か。など言いたいことはあるだろうが真実だ。俺は確かに一度人生の終わりを迎え、俺という意識を保ったまま生まれかわった。
ここまではまだ良い。本当か嘘か断言することは叶わないが、世界に目を向けてみれば、前世の記憶を持つと主張するものは少なからずいるだろう。というか、今までに現れて居ないのなら、きっと前世と言う言葉はこの世に生まれ落ちることはなかったはずである。
そういう訳で、これだけなら荒唐無稽とはならないというのが俺の認識だ。
前世があるという言動には、根拠があり、それが俺にとっての現実。だが、他者から見たら十分に荒唐無稽であるために、この事は親にさえ話していない。
例え話をしたとしても、両親の性格を考えれば微笑ましい目で見られて終わるのが容易に想像できる。それに、もう一つの秘密に比べれば対した事ではない些細なことだ。
精神感応性物質変換能力。通称、アルター。スクライドというアニメの中に登場する能力の総称。
スクライドとは、俺個人の感想としては、男達の生き様を描いたアツいアニメ。放送当時、中学生だった俺に多大な影響を与えたことは間違いないと言い切れる偉大な物語だ。
俺の秘密の話をしていたにも関わらず、なぜアニメの話になるのか。簡単に説明すると、俺がアルター能力を有しているからだ。
能力者の意思により、生物以外の物質を分子レベルで分解、各々の特殊能力形態へと再構成することができる特殊能力。
ここで重要なのが、俺は別に大規模地殻変動が起こり、ロストグラウンドと呼ばれる様になった神奈川県で産まれた新生児ではないし、TVで見るニュースでもアルター犯罪など取り上げられない。放送されているニュースはいつも普通のニュースであり、終いには神奈川県は普通に存在していた。
つまり、何が言いたいのかというと、この世界において、アルター能力者が俺だけという可能性があるのだ。
さらに、アルター能力は精神を弄らない限り同じ能力が発現することはまずない。それなのに、アルター能力を アルター能力を得ていただけでも十分驚くべきことなのに、俺が宿していたアルター能力は、スクライドの主人公であるカズマの能力であった。
右腕を装甲に変化させ、背中に三枚の羽根の様な装飾のある赤を基調とした融合装着型のアルター能力。
本来なら先程説明した様に、生物以外の物質を分解、再構成し持ち主の意思を元に発現する。それこそがアルター能力なのだが、俺に宿ったアルター能力は本来の性質から変質しており、物質を分解せずに具現化する。もっと具体的に説明したいところなのだが、俺の中にある何かを消費して具現化するとしか説明できないのだから仕方ない。
ただはっきりとわかっている事は、最初に発現してからは、俺の意思により俺の中の何かを消費して具現化するアルター能力であるということだけだ。
何故こんな力が俺に宿ったのか。それは俺にはわからない。
ただ思うことはある。
第二の人生は、この力を宿していたカズマに恥じない様に生きていきたいな。