変態糞土方は興奮していた。
いつもの浮浪者のおっさんと、先日メールくれた汚れ好きの土方のにいちゃん、この二人とこれから盛り会おうとしていたからだ。
コンビニで酒とつまみを買ってから、めったに人が来ない県北にある川の土手の下に集まった。
かなりの酒を飲み、できあがってきたところで、イチジク浣腸の大量に入ったバックに手をかけようとした瞬間、暗闇を一気に照らすほどの閃光が糞土方の後方から三人を照らした。
光が止むと、前にいる二人は口を開け、驚いた様子で糞土方の後方を凝視する。
すぐに糞土方も後ろを向くと、そこには膝をつき下を向いている全裸の男が映った。
目には一つのレンズが横長に伸びたサングラスのようなものをかけており、全身が街頭の光があまり届かない、ここでも分かるような銀色だった。
よく見ると銀色の男の周りの土が、少し削り取られている。
宇宙人?エイリアン?
頭の中で疑問が渦巻きただ茫然と男を見ていると、銀色の男は立ち上がりこちらをじっと見た。
よく見ると、鍛えられた体だと分かる。
「おい、そこのおにいさん」いったのは、汚れ好きの土方のにいちゃんだった。「なにやってんのか知らないけど、ちょっとどっかいってくれるか。変態同士だろ、邪魔はしないでおこうぜ」
その辺の変態だと思ったのか、糞土方や浮浪者のおっさんと違い、土方のにいちゃんは特に焦った様子を見せなかった。
いや、実際にそうなのかもしれない。
銀色の男はまるで聞こえていないのか、何の返答もせずにこちらに歩いて来る。
それを挑発ととったか、にいちゃんも眉を寄せ、男に向かって歩き出す。
「鍛えてるかなんかしらねぇが、調子乗ってっと――う!」
不意に男の右手がにいちゃんの首をつかむと、まるで綿の入った人形を持ち上げるかのように、軽々と体を持ち上げた。
「があぁ、やめ……はな」
うまく息ができないのか、うめくにいちゃんの頭を、男は自分の頭に近づけた。
何かを話しているようだが、声が小さすぎるのか聞こえない。
「し、しら――」
にいちゃんが何かを言うとした瞬間、ゴキ、という耳ざわりな音とともに頭が90度横になった。
男が手を離すと、地面に倒れこんだにいちゃんは体を痙攣させ動かなくなる。
糞土方は何をしたらいいのかわからず、口を不規則に動かして動けずにいる。
「うわあああ」
突然、隣から響いたおっさんの声とともに、後方に遠ざかっていく足音が聞えた。
自分も逃げなければ。
そう思った瞬間、男がなにかを投げ糞土方のすぐ右横をすさまじい速さで通り過ぎる。
ほぼ同時に、おっさんの倒れる音が聞こえ、投げたものが、ちぎり取ったにいちゃんの頭だと分かった。
たぶん、おっさんに当たった。そして、おっさんは……。
男は静かに糞土方に歩き出したが、糞土方は動かなかった。どうあがいても逃げられないと分かったからだ。
いつの間にか小便と、今日のためにため込んでいた糞を漏らし、ズボンの中でずるずるしてることに気がつく。
男が目の前に来ると、糞土方は顔を見上げる。顔の特徴から、アジア人のようだった。
男は顔を糞土方に近づけると、口を開かず、電子音を全身から響かせた。
「タ、ダノ……タダノハドコダ」
「3-0でセクシャルドリームの勝ち!」
審判のその声とともに、ホームベース前に向かい合わせで一列に並ぶユニフォームを着た小学生たちが、頭を下げ大きな声でいった。
『ありがとうございました』
顔を上げると同時に、セクシャルドリームの選手たちが意気揚々とベンチに帰っていく。
いつもの練習場所での試合ということもありすぐに身支度をすると、穴尻監督が選手たちの前に立った。
「今日の試合はよくやった、完璧だ。特に多田野」
穴尻が指さすと、にやけた多田野も自分を指さした。
「僕ですか?」
「顔がにやけてるぞ」
「ええ?」
頭を掻く多田野を周りの選手たちが笑った。
「調子にのってるな?まあ、実際にお前の投球はすごかった。みんな多田野に拍手」穴尻監督が拍手すると、周りも手を叩く。「次の練習試合も、この調子でいこう。それじゃあ、解散」
全員が散ると、すぐに多田野の横に波多野がやってきて肩を組んでくる。
「今日マジですごかったな、完封じゃん」
「いや、一人に打たれちゃったし」
照れながらも多田野はそういう。
「なにいってんだよ、ほぼノーヒットだよ」
「本当に、次はいけるんじゃないの」
そういいながら近づいてきたのは、大坊だった。
「まあね、もうすぐ魔球が完成しそうだし」
「え!なに、魔球って」
波多野が喜々として問うと、多田野は右の口角を吊り上げる。
「超スローボール、めちゃくちゃ山なりに遅いボールだけどストライクゾーンに入るんだ」
それを聞いた大坊は眉を寄せた。
「それって、普通に打たれるんじゃないの」
「急にそんなのが来ると、びっくりして打てないんだって。まあ、次の試合になったら分かるよ」
「楽しみだな」波多野は二人のかを見ていう。「そんじゃあさ、久しぶりにゲーセンいかない?」
ゲーセン、とはいっても大型スーパーマケット、玉金の二階、奥にいくつか置いてあるメダルゲームのことだ。一回百円のものもいくつかあるが、ほとんど手は付けない。
それを聞いた二人はすぐに了承すると、近くの公園で待ち合わせをし、足早に帰っていった。
家についた多田野は、すぐに着替え、リビングにいくと机の前に母が座ってテレビを見ていた。
「母さん、遊びにいくから」
母は視線を多田野に移すと「うん」という小さい返事の後すぐにテレビに向き直った。
その時、テレビから流れるニュースに目がいく。
「昨日未明、岡山県糞市便区、川の土手の下にて、浮浪者のおっさん、六十歳、変態糞土方、五十三歳、汚れ好きの土方のにいちゃん、四十五歳の三人が死体となって発見されました。三人はインターネットを通じて知り合ったと見られ、その日は明日が休みだったようで、コンビニで酒とつまみを買って、しこたま酒を飲んでからやり始めようとした矢先の事件だと考えられています。犯人はインターネットの書き込みを――」
多田野はそこまで聞いた当たりで、怖い事件だなぁ、と思いながら足早に家を出た。
三人は各自百円だけを持ち、メダルゲームコーナーに入ると、メダル用の両替機で十枚のメダルに変えた。長時間遊ぶには少ないように感じるが、一人がやっている間、二人はその様子を後ろで見るので、かなりの時間遊べる。
一番先に尽きるのはいつも大坊、冷静そうに見えて考えなしに動くので、大体先だ。
その次が多田野で、絶対に最後は波多野だ。波多野は非常にこういうことがうまい、よく状況を見て、コインを少しずつ増やしていく。
何度かそれが続くと、多田野と大坊が、ちょっとだけコインをくれと頼み込み、一枚ずつ貰う。いつもの流れだ。
だが、増やせ続けるというわけではなく、あるタイミングから徐々に減っていき、最後の一枚が消えた。
「ああー」波多野は背中をそらせ声を上げる。「こっから増やそうと思ったのになー。どうする、公園いく?」
それを聞いた大坊が店内の時計を見た。
「いや、もう五時だよ」
「あーもうそんな時間か」
「うん」多田野はうなずいていう。「帰らない……と」
不意に多田野の目にあるものが映る。
メダルコーナーの一番奥、ボロボロの大きな機械だ。壊れていると思っていたが、大人が遊んでいるのが見えた。
カラフルな大量のボールが機械から出てくると、奥のスクリーンにそれを投げている。
「どうした」
多田野が急に黙ったのを不思議と思ったのか大坊が聞いた。
「いや、あれ」
多田野が指さすと、波多野はうなずいた。
「ああ、あれね。壊れてなかったんだ」
「うん、みたい。あれ何してるのかな」
「たぶんだけど」大坊がこたえる。「ボールを奥の的に当ててるんだと思うよ。昔、家族で旅行に行ったとき、そんな感じのゲームやったと思う」
「へー」
いいな、楽しそうだなあ。
そんなことを思いながら、じっと大人の背中を見ていると「おい」という波多野の言葉で、我に返って顔を向ける。
「あ、なに」
「なにって、帰るぞ」
「あ、うん」
そういって遊んでいる男をしり目に、多田野はその場を立ちさった。
次の日、多田野はまた玉金のメダルゲームコーナーに来ていた。今度は一人で、しかもポケットの中に千円札を忍ばせている。
本当は少しずつ使うつもりだったが、あのゲームのことを考えると、どうしても我慢できなくなっていた。
レジで百円十枚に両替してもらい、すぐにゲーム機の前に立つと百円を入れた。
同時に大量のカラフルなボールがスクリーンの下から出てくると、スクリーンに、イージー、ノーマル、ハードと書かれた横長の的が出てきた。
少し迷った後、ハードめがけて投げると命中した。
するとスクリーンが暗転、森の映像が流れると大量の蜂が人間を襲うムービーが流れた後、こちらに向かってきた。
すかさずボールをいくつか投げると、蜂はすぐに落ちた。
次から次へとやってくる蜂を落とし、楽しんでいる多田野の後ろ、メダルゲームコーナーの入り口に男は立っていた。
男の体は数日前とは違い、銀色ではなかった。
半そでシャツに半ズボンを着て、体は黒い。野獣のような、なにかをつけ狙う目をしており、左目横の鼻筋にイボがある。
男は多田野の後姿を見ると、スキャンを開始した。身長、体重、声帯、すべてが多田野と一致する。
それを確認すると、ゆっくりと後ろに近づいていく。多田野はゲームに集中しており、気が付く様子はない。
真後ろに立つと、静かに右の拳を上げ、振り下げようとした瞬間、手首を誰かにつかまれた。
ゆっくりと後ろを振り向くと、自分よりも十㎝以上身長の高い、金髪のアメリカ人らしき男が立っていた。
「へい、構わん、殺すぞ」
アメリカ人がつたない日本語でそうと、拳が顔に撃ちこまれ、体が吹き飛んだ。
突然、なにかが壁にぶち当たったかのような音を聞いて、多田野は後ろを向くと、そこには身長の高く緑色のTシャツがはちきれんばかりの筋肉を持ったアメリカ人と、その前にメダルゲーム機の上に倒れこんでいる日本人の男が見えた。
男の下にあるゲーム機はすさまじい衝撃を受けたのか、画面は割れボロボロになっている。
脳の整理が追い付かず、二人を何度も往復して見ていると、アメリカ人がこちらを向き、手に持っていた何かを多田野に無理やり握らせた。
それは見たことのないデジタル時計だった。
「多田野くんだね!」
突然、デジタル時計からそう声がした。声は非常に焦っているように聞こえる。
「え、あ」
なにが起きているのかわからず、うまく返答ができない。
「説明は後だ、早く逃げてくれ!」
「え?」
「早く!」
「は、はい!」
そういうと、時計を両手で握りしめ、出口まで走り出す。同時に店の中をサイレンの音が鳴り響いた。
「え、今度はなに!」
「警報だよ」また時計から声がする。「僕が遠隔操作で鳴らしたんだ」
「遠隔操作?」
「そうさ、人が巻き込まれると困るからね」
気が付くと店内の人間たちは、多田野と同じように出口に走り出している。
声の主は続けていう。
「とりあえず時計を腕に巻いて逃げ続けてくれ、簡単な説明はさせてもらう。僕は木村、あのアメリカ人はビリー・ヘリントン。そして、ビリーに倒されていた男は田所浩二……君を未来から殺しに来たサイボーグ、ショーガネーナーだ」
「未来から殺しにって……なんだよそれ」
ビリーは多田野がいったのを確認した後、すぐに田所に二発目の拳を打ち込んだが、田所は横に跳躍し、拳はゲーム機にめり込んだ。
拳を引抜くと、二人は見合った。
「あん?ワイを倒してみぃ」
ビリーが挑発するようにそういった瞬間、田所がポケットから何かを出そうとしているのが見えた。すぐに間合いを詰めて蹴りを出したが、紙一重で横に避けられ逆に田所の蹴りがビリーの顔に直撃する。
が、威力はない。
ビリーは平然と田所の体にアッパーをくり出す。打ち上がって天井にぶち当たり、目の前に落ちてくると、今度は両手を上げ振り下ろすが、またも寸前で体を横に滑らせ避けられる。
すぐに立ち上がった田所が、両替機を思い切り殴りつけ手を入れると、大量のコインをつかみ取り床にまき散らした。その後、またポケットからなにかを取り出そうとする。
ビリーも間合いを詰めようとしたが、コインに足を取られ床に手をついてしまう。その時、田所の手にサイバーゴーグルが握られているのが見えた。
多田野は階段を二段飛ばしで降りていくと、出口では大勢の人たちが我先にと外に走り出している。その間を潜り抜けながら店の外に出ると、息を切らしながら膝に手を置いた。
「ハア、ハア……そのビリーって人は、ハア……ショーガネーナーに勝てるの?」
多田野は腕にまかれた時計に向かっていった。
「ああ、彼もサイボーグだ、力なら負けていない」木村は不穏な言葉を付け足す。「今のままなら」
「どういう意味」
「今のショーガネーナーはステルスモードだ。周りの人間に溶け込むため、戦闘能力を下げ得ている。だが、サイバーゴーグルをかけることによって、サイクロプスモードに移行する」
「それには勝てるの?」
「無理だ、どうあがいても」
木村がそういと突然、窓が割れる音が聞こえ、何かが右横に落ちてきた。目を向けると、ガラスの破片が散乱した場所にビリーが倒れていた。
「う……ああ、ひどぅい!」
ビリーは片言の日本語でそういう。
二階から落とされたのか。そう思った瞬間、ビリーに影が重なると、全身銀色で全裸の男が頭を踏みつけ、床にめり込ませた。
サイバーゴーグルをかけた男の顔がゆっくりと多田野の方に向き、目が合う。
これが……ショーガネーナー……。
「逃げろ!」
木村がそういったが、体が震え動かない。
ショーガネーナーが歩き出そうとするが、すぐに体が止まった。足元を見るとビリーが足首をつかんでいたのが見えた。ショーガネーナーは拳を作り、ビリーの頭に撃ちつけると地面が揺れる。その時やっと体が動き出し、振り返って走った。
いつの間にか周りには人だかりができており、多田野たちを見ていた。それを抜けていき、とにかく走る。
「ビリーは大丈夫なの」
「無事だろうが、大丈夫ではないさ。とにかく乗り物を見つけてくれ、自転車はないか」
「乗ってきてないよ!」
「君のじゃなくていい」
「そんなの泥棒じゃあ」
「今そんなこといってる場合じゃない!」
そ、そんなこといわれても……。
多田野はそう思いながら、周りを見渡す。ところどころ自転車に乗っている人間を見つけるが、無理やり下して奪い取るのは難しいし、状況を説明している余裕もない。
乗り捨てられているのはないのかと探していたその時、向こう側から自転車に乗った大坊が見えた。
「だ、大坊!」
多田野は叫んで手を振ると、大坊は多田野の前で止まる。
「おお、多田野」
「ごめん!自転車かして!」
「え、なん――」
「説明してる余裕はないんだ!」
一瞬、間ができた後、多田野の焦りが移ったのか大坊は戸惑った様子で力強くうなづく。
「う、うん」
大坊が自転車から降りると、多田野はすぐさま乗る。
「ごめん!ありがとう!」
そういってすぐ、多田野は自転車をこぎ出した。
「多田野君!後方からくるぞ!」
木村がそういい、多田野は肩越しで後ろを見ると、すさまじい速さでショーガネーナー走って来るのが見えた。
思わず叫びそうになったのを、歯をかみしめて止めると、ただペダルをこぐことに力を注ぐ。
「そこを、曲がれ!」
角が見えた時に、木村が叫んだ。
「この速度じゃ曲がれないよ!」
「だが直線じゃ追い付かれる、曲がるしかない」
怖い、もし曲がり切れないと壁に激突する、そうなるとただでは済まない。
だが、後ろから迫る人間のものとは思えない足音、その音が激突する恐怖を凌駕した。
ハンドルを右に切ると、体が横に倒れ頭が角にかすり、壁が近づいてくる。
当たる寸前、左ハンドルが壁にこすれると同時に曲がり切った。
「よし!」
多田野は声を上げて、人のあまりいない小道の直線を飛ばすと後方の足音がさっきよりも遠くなっていた。
また次の角を、余裕をもって少し減速し曲がったあたりで、多田野は聞いた。
「でも、これからどうすればいいの」
「どうもできない、ビリーが助けに来るのを待つしかない。小道で速度を保ちながら逃げ続けてくれ」
「そんな、なんとかしてまけないの」
「近くにロケットランチャーでも落ちてるなら、可能性はある」
「ないよ、そんなの」
その時、ある事に気が付く。
近くに曲がり角がない。視界に十字路は見えるが、かなり先にあり、後ろの足音はゆっくりと大きくなってきている。
「多田野君」
木村が心配そうにそういうが、すぐに多田野は返す。
「分かってるよ!」
力の限りペダルをこぐ。また、この速度で曲がるしかない。
大丈夫、さっきはいけたんだ。
自分にいい聞かせ、角に差しかかりハンドルをきった瞬間、気づく。
道が細い、さっきよりもずっと。
もう遅かった。コンクリートの壁に前輪が激突し、映像はスローモーションに切り替わる。
飛ぶ車体、浮く体、迫りくる壁。そのまま体も激突、視界が揺れ地面に落ちた。
全身が痛み、耳鳴りがする。
木村がなにかを叫んでいるが、よく聞こえない。
「な、なに」
多田野がそういった時、後ろから気配がした。
ゆっくりと振り向くと、ショーガネーナーがこちらを見下ろしていた。その時、やっと木村がひたすら多田野の名前を呼んでいるのが分かった。
「多田野君!多田野君!立ち上がって逃げろ!多田野君!」
駄目だ、体が動かない。
ショーガネーナーが一歩ずつ、近づいてきているのを、多田野は過呼吸になりながら見ているしかなかった。
「多田野君!ダメだ!多田野君!」
死ぬ。そう確信し強く目を閉じた瞬間、なにかが壁に激突したような音がした。
「多田野君!目を開けろ!」
ゆっくりと目を開けると、黒い車と、その車と壁に挟まれたショーガネーナーが映った。
「カモン、カオスボーイ」
車の後部座席が開くと、運転席に乗っていたビリーが叫ぶ。
それを聞くと、さっきまで動かなかったのが嘘のように、多田野はすぐに立ち上がって、車に乗り込みドアを閉めた。
車がバックして、ショーガネーナーが倒れこむと、その場をさる。
「これで大丈夫なの?」
多田野は聞く。
「ホイホイチャーハン!」
ビリーがそう返したが、意味が分からない。
「え、なに。チャーハン?」
「ああ、すまない」木村がいう。「ビリーは日本語を覚えたばかりでちゃんと話せないんだ、僕が答えるよ。サイクロプスモードのショーガネーナーでも、あの衝撃を受けた後じゃ、そう簡単に回復しないだろう。その間にできるだけ離れた後は、車を捨ててタクシーを拾おう。ヘッドライトが壊れているから目印になってしまう。しかし、車を買っておいて正解だった」
多田野は先ほどのことを思い出し、体を震わせる。
「うん……本当によかった。ところで、タクシーに乗った後はどうするの」
「どこかのホテルに隠れよう。ああ、いっておくが、家には帰れないと思ってくれ」
「うん、波多野の家に泊まるんだ」
ビジネスホテルの一室で、多田野は時計に向かってそういった。時計は家の電話につながっている。
「そう、迷惑のないようにね」
母がそういった後、すぐに電話は切れた。
「はーよかった、疑われないで。それにしてもすごいね、これ。携帯電話っていうんでしょ」
「ああ」木村がこたえる。「今はビジネスマンぐらいしか持ってないけど、もっといろんな人が持つことになるよ」
「へー、そうなんだ」
「さて、とりあえず謎だらけだろうから、いろいろと詳しい説明をさせてもらうよ。改めて自己紹介だ。僕は木村、といっても本体じゃなくて人工知能だ」
「人工知能って、機械ってこと。通話してるんじゃなくて」
「そうだ、本体の僕はこの時代には来ていない。未来にいる。そして、君を助けたのがビリー・ヘリント。彼は未来でサイボーグ手術をうけ、君を助けに来た」
多田野はビリーを見ると、ベットの上に寝転がり指にとんがりコーンを差し込んでいる。
「最強、とんがりコーン」
ビリーはそういい、一本ずつ指をねぶりながら食べる。
「好きなんだ」多田野はいう。「とんがりコーン」
「みたいだね、僕も知らなかったけど。話を戻すよ、ショーガネーナーについてだ」
多田野は頬をこわばらせる。
「あいつはいったいなんなの、なんで僕を狙っているの」
「未来の戦争用サイボーグの手術を受けた、田所浩二という男だよ。付け狙う理由に関しては、すまないが詳しくはいえないんだ、未来を変えてしまうかもしれないから。それは極力避けたい。ただ、事の発端は君ってことは教えておくよ」
「そうなんだ……僕のせいで」
「いや、それでも、子供の君を殺すなんてことは、してはいけないことだと思う。だから、僕は田所を止めに来たんだ」
「木村さんとビリーは、その田所って人と友達なの?」
「ああ、僕は友達だ。昔あるビデオで共演してね、その時から。けど、ビリーは違う、田所とは一度も顔を合わせたことはない。ただ、一つ共通点があった。彼は田所と同じ目にあったんだ。だけど、その扱いは大きく違った。ビリーはまるでスターやアイドルのようだったけど、田所はまるでおもちゃだ。人種の違いか、見た目が臭そうだったか、理由は定かじゃない。けど、同じ境遇にありながら、真反対の扱いを受けた田所を哀れんで、彼は僕の頼みをうけてくれたんだ。本当なら、僕が行くべきなんだけど、僕の弱い体じゃ手術をうけられなかった」
「そうなんだ」多田野はビリーに顔を向ける。「ありがとう、ビリー」
ビリーのウィンクを見た後、木村にも感謝を述べる。
「木村さんもありがとう」
「礼には及ばないよ。それより、これからショーガネーナーを倒す方法を考えよう」
「え、倒しちゃうの。何とか説得はできないの、友達なんでしょ」
木村はいいにくいのは、数秒の沈黙を挟む。
「僕だってできればそうしたい。けど、僕の見た田所は復讐にすべてをかけていた、とても説得できるようには思えない。それに、もうあいつは、あいつじゃない。サイボーグ手術を脳にまで施しているんだ。もう田所は、ほとんど機械だ」
「そこまでして、僕のことを」
「ああ、恨んでいるんだ。だから、あいつを倒すしかない」
ふと、あることが脳裏をよぎり、一気に頭が冷たくなった。
聞きたくない、だが聞かずにはいられなかった。
「ねえ……もし、ビリーでもショーガネーナーを倒せなかったら?」
「その時は」木村は小さくため息を吐いた後、いった。「どうしようもないだろう」
「本当にここでいいの」
大型ショッピングモール、人がごった返す中央の吹き抜けスペースで、バックを背負ったビリーと二人で立っていた多田野は、木村に聞いた。
「ああ、ここが最適だ。僕は周辺の電子機器を扱える。警報を鳴らせば人を外に出すのは簡単だし、入ってくる人もいない、これで巻き込む心配はないだろう。ここの支配人には申し訳ないがね」
多田野はうなずいた。
「そうなんだ、じゃあ後は、あれをどうやって当てるかだね」
そういいながら多田野は、昨夜のことを思い返す。
「で、どうやって倒すの」
多田野は問う。
力で勝てないのは、当然分かっている。何度もやられているのを見ていたし、力の差は歴然だ。倒す、といっても到底、無理なように思えてしまう。
「ちょっとした秘密兵器があるのさ。ビリー、あれを見せてやってくれ」
「へい、どうぞ」
ビリーが腰に手を当ててそういうと、へそのあたりが縦に割れて開き、中から砲身らしき筒状の機械が出てきた。
「これが、ビリーの最終兵器。圧縮したプラズマ弾を発射する、その名もキャノン砲だ」
「名前まんまだね」
多田野がそういうと、木村は小さく笑って返す。
「まあ、本人の希望でね」
「これを当てれば、倒せるの?」
「状況によるけど、確実に半壊以上のダメージは与えられる。問題はどう当てるかだ。あいつ機動性は知っての通り高い。そのまま真正面から狙おうものなら、確実にかわされるだろう」
「じゃあ、どうするのさ」
「もちろん策はある。ただし、これは一発勝負だ。もし向こうにキャノン砲の存在を知られたり、勘付かれたらおしまいだ。そうなれば、慎重かつ確実にビリーを破壊するだろう。やつが、一方的にビリーを倒せると思っている、油断している今が、今だけがチャンスなんだ」
「今だけがチャンス」
多田野は小さくつぶやく。
もし、ダメだったら……。
そう考えた瞬間、頭を横に強く振って思考を止める。
「きっと倒せるよね」多田野はすがるように、ビリーの方に顔を向ける。「ビリー……あれ、ビリー?」
さっきまでビリーがいた場所に、姿が見当たらず周りを探すと、数メートル先で動くパンダの乗り物に乗っているビリーが見えた。
「ちょっと」すぐにビリーのもとへ駆け寄る。「こんな時になにやってるんだよ、ビリー!」
「なんの問題ですか?」
ビリーの気の抜けた返答に、正気を疑った。
「なんのって、これから戦うんだよ。遊んでる場合じゃないよ」
「あれか、見せかけで超ビビってるな」
「ビビってるって、そりゃ」そこまでいうと、ビリーはパンダから降りてどこかに歩いていく。「ちょ、ビリー」
「すまない、多田野君」木村がいう。「少しの間でいい、彼の遊びに付き合ってくれないか」
「でも、付き合うって。僕はもしかしたら……死ぬかもしれないんだ」
「ああ、その通りだ。でも、一つ聞いてくれ、ビリーはもう未来へは帰れないんだ」
多田野は驚いて、言葉を詰まらせた。
「え……ちょ、ちょっと、どういうことなの。帰れないってわかってて、この時代に来たってこと」
「君に心配をかけたくなかったから、本当はいうつもりはなかったんだがね。ただ、それだけ彼は本気なんだ。少しお調子者の気があるが、付き合ってもらえないかな」
「でも、今は」
「分かってるよ。できればいい、頼む」
多田野はうつむいた。
今はそんな気になれない、でもビリーは……。
突然、目の前に虫の触覚がついたカチューシャを握った手が現れ、顔を上げるとビリーがそれを頭に付けてほほ笑んでいる。
「なんだよ、これ」多田野はそれを手に取る。「だっせえ」
「気持ちよくなるっス」
ビリーがそういって、ウィンクをしてくる。
それを見た多田野は小さく笑って、カチューシャを頭につけた。
資金に関しては、木村が大量にビリーに持たせていたため、困ることはなかった。
手始めにレストランに行き、多田野がお子様ランチを頼むと、ビリーも同じものを三つ頼んだ。ハンバーグやウィンナーが大好物らしい。
その後はとにかく遊ぶ。最近できたショッピングモールとあってか、中には様々な遊具があった。
カラフルなプラスチックボールが大量に入ったプール、巨大なトランポリン、二階から一階へ降りる滑り台。ほかにも遊んでいる子供もいたが、中でも一番楽しんでいたのがビリーだった。
まるで子供だな、そう思った。
ステージでなにかをやってるらしいが、人だかりで小学生の多田野にはなにが起きているのか一切見えなかった。
なにをしているのかと思いながら、その人込みを見ていると、突然、拍手が巻き起こる。
同時に、ビリーも拍手した。
気になり、人込みの隙間から見えないかと目を凝らしていたら「ワイと一緒にならないか?」とビリーがいってきた。
なにをいいたいのかわからず、首をかしげると、ビリーは多田野の体を持ち上げ、肩車した。
「うお!」不意のことに、多田野は驚く。「ちょ、いいよ恥ずかしい」
「かまわん!かまわん!」
「いや、かまわんじゃなくてさ……もう」多田野は前を見ると、大道芸人がステージに立っているのを見て、笑った。「ハハ、なんかでっかい兄ちゃんができたいみたいだ」
「多田野君」
木村がいった。
「どうしたの」
「楽しんでいるところ悪いが、近くにサイボーグ反応ありだ、来るぞ」
そういった瞬間、警報がショッピングモール内を響き渡った。
静まり返ったショッピングモール内で、二人は三階トイレの個室に入っていた。
ビリーが背負っていたバックは、今は多田野が背負っている。
さっきまで笑い続けていたビリーも今は無表情で、空気がピリピリしている。
「よし、そろそろ行こう」
木村がそういうと二人はトイレから出る。
吹き抜けの一階を見ると、中央にはすでにサイクロプスモードになっているショーガネーナーがおり、目があう。
背筋が震え、心臓が一気に脈打った。
「ビリー」多田野は震える声でいう。「頑張って」
静かにうなずいたビリーは手すりに足をかけ、一階に飛び降りる。
二人は静かに見あった。
ショーガネーナーは疑問に思っていた。
この場所で、なにをする気なのだ。
普通に考えて勝てないのは、ビリーはわかっているはずだ。なのに、なぜこのような一対一の場をもうけるのだ。
ビリーが間合いを詰め、拳を撃つが、ショーガネーナーは頭を下げてかわし、逆に体に拳を撃つと、ビリーは後方へ吹き飛び、エレベーターにぶち当たった。だが、すぐにひしゃげたエレベーターから立ち上がり、走ってくる。
「オラァ!」
叫び声とともに今度はハイキックが頭に来るが、手でガードする。
かなりの威力だが、サイクロプスモードの前ではまだ足りない。
ショーガネーナーはビリーの軸足を踏みつけ、後退できないようにすると、体にブローを何度も叩き込む。
悲痛な叫び声を上げながら攻撃を食らうビリーが、右の拳を撃ってくるが、それを掴んで止める。すぐに左の拳も撃うってくるが、それも掴む。
そのまま、両腕を外側に捻ると、ビリーも対抗して力を入れてきたが、かなうはずもなく関節はギチギチと音を立てだした。
このままちぎり取ってやる、そう思った時、あることに気が付く。
いつの間にか大量の黒い粉が、周囲を漂っていた。すぐにスキャンすると、それは火薬であることが分かった。
いったい、誰が。
すぐに多田野のことが脳裏をよぎり、上に視線を移すと奥に走っていく多田野の後ろ姿と、落ちてくる火のついたマッチが映った。
瞬間、その火が周りの火薬に伝わり、一気に視界が赤く染まる。同時に爆発音が響くと体が吹き飛んだ。
壁に当たり、立ち上がろうとしたときに、ショーガネーナーは考えた。
やつらの目的はなんだ。
どこから持ってきたかはわからないが、火薬を使うなら一か所に集めるほうが威力は高い。確かに、散布させて爆発させれば粉塵爆発となり、範囲が広がるが、通気性の悪くないこの場所でおこなっても、倒せないのは目に見えたはずだ。
だが、顔を上げた時に、すぐにその考えが分かった。
爆発によって大量に舞った塵と煙、それが視界をふさいでいた。すぐに視界をサーモグラフィーに切り替えたが、周りは爆発による高温で、なにも映らない。
これが目的か。
一時的に視界を遮断して、不意うちを仕掛ける気だということはわかったが、見えないのはビリーもまた同じだ。だが、ビリーがこの状況を予測していたとなると、すぐに耳を済まして、いるだろう。だとすれば、もうビリーはこちらの位置を把握しているのかもしれない。
そう思った瞬間、突然、煙の中からビリーが現れた。
普通であれば避けることは不可能の攻撃。だが、ビリーは一つ失敗をしていた。
不意打ちをするのであれば、それは死角から出ないといけない。攻撃をする前に見られたのであれば、何らかの対処をされてしまうからだ。
ビリーが出てきたのは、ショーガネーナーのほぼ真正面。位置はわかっても、どこを向いているかはわからなかったようだ。
見えているのであれば、ショーガネーナーの性能なら対応するのはたやすい。
横に避け、頭をつかむとそのまま床に押し付けた。
発想はよかった。だが、運が無かったな。
そう思いながら、体を足で踏みつけると右腕をつかみ引っ張る。
「ウウウ!」
ビリーが苦悶の表情で叫ぶ。
それを見ながらショーガネーナーはさらに力を入れると、右腕が肩から引きちぎれた。
「アッーーーー!」
ビリーの叫び声を聞いて、三階奥に避難していた多田野はすぐに走り、一階を見ると思わず言葉を失った。
ビリーの右腕が、肩からなくなっており、ショーガネーナーがそれを持っていたからだ。
肩の断面からは機械が露出している。
「そんな」
言葉が漏れる。
「多田野君……逃げろ」
「なにいってるんだよ!」木村の言葉に、思わず声が荒げる。「ビリーはどうなるのさ!」
「もう無理だ、作戦は失敗したんだ」
「だからビリーを見捨てろだって?」
「ああ、そうだ」木村は当然のごとく、そういう。「ビリーのことは見捨てて、何か違う作戦を立てよう。そうするほかないんだ」
「そんな」
多田野はうつむいた。
「もう、無理なんだ」
確かに、どう考えても無理だ……だけど。
多田野は強く目を閉じ、歯を食いしばった後、エスカレーターに走りだした。
「おい!」木村はいう。「どこに行く気だ!」
「ビリーを助ける」
「無理だ!相手の戦力はわかっているだろう」
「分かってる」多田野は足を止める。「けど、ここで逃げてどうするってのさ。ビリーもいないで、どうやってあいつを倒すの」
「いや、それは」
木村は言葉を詰まらせた。
「どうしようもない、でしょ。そうなると、たぶん僕は……遅かれ早かれ殺される、違う?」
数秒、沈黙が挟まれる。
「ああ」木村は声を落とす。「多田野君のいう通りだ」
「それなら、無理かもしれないけど、いま僕がビリーを助けるほうがずっといいはずだ。ビリーには何度も助けてもらったんだ、今度は僕の番だ」
「多田野君、本気なんだね」
「当たり前だよ、ビリーは友達だ」
「そうだね……多田野君、その友達を見捨てろだなんていった僕を、口だけでなにもできない僕を許してほしい、そして……頼む」木村は絞り出すような声でいった。「彼を……ビリーを助けてくれ、頼む」
ちぎった腕を、その辺りに捨てると、ショーガネーナーは右肩を押さえ悶絶していたビリーを蹴る。
なぜ、ビリーが邪魔をしに来たのかはわからないが、もう邪魔もできぬよう、さっさと破壊してしまおう。
そう思い、体の全出力を最大にする。拳を握り、ビリーの頭めがけて撃とうとしたその時、あることを思い出す。
ビリー・ヘリントン……あいつか。
その相手の正体が、自分と同じ、ネットのおもちゃとして扱われた人間であることを思い出した。自分とは違い、彼がアイドルのような扱いを受けていたことも。
その瞬間、怒り。それが、体の奥からふつふつとこみ上げてきた。
サイボーグ手術を受ける際、脳に感情の抑制機能を取り付けていたが、そんなものまったく意味をなさないほどの怒りだった。
なぜ、俺はさげすまれ。こいつはたたえられたのか。
体の出力を下げる。
一撃では終わらせない、じっくりとなぶり殺す。そう決めたからだ。
ビリーの胸を思い切りけると、体が浮き上がり2メートルほど飛んでいく。
苦しそうに胸を押さえるビリーのもとに歩き、今度は足を踏みつけ、力を入れていく。
「ヌウウウ!アアアア!」
ビリーはうなりながら、ショーガネーナーの足を何度も拳で叩いたが、弱っているのか全く力が入っていない。
顔面を蹴ると、ビリーの体は縦に二回転し、気絶したのかピクリとも動かなくなった。
最後、顔をゆっくりと踏み抜いてやろう。
腹の虫も収まってはいないが、この怒りはどうあがいても収まることはないだろうし、多田野を遠くへ逃がしてしまうのも避けたかった。
そう思い、一歩足を踏み出したその時「うおおお!」という多田野の叫び声が後ろから聞こえ、とっさに後ろを向く。
見ると多田野は投球フォームに入り、何かを投げようとしていた。
だが、ショーガネーナーは落ち着いていた。多田野がどんなものを投げようと、それを安全に処理し、即座に殺しに行ける確信があったからだ。
火薬の煙幕の件もある、普通のものは投げてこないだろうが、所詮、小学生の球速などたかが知れている。
だが次の瞬間、ショーガネーナーは驚愕する。多田野の投げた赤いボール、それは力の込められた投球フォームとは裏腹に、まっすぐは飛ばず、山なりにこちらに来たからだ。
なぜ?なぜまっすぐ投げず、こんなにも遅く、山なりに投げたのだ。
遅いそのボールを、空中で何度もスキャンをする。どう見ても、プラスチックで作られた赤いカラーボールだった。
走って逃げていく多田野と、下降していくカラーボールをショーガネーナーはただ見て、考えていた。
なぜ、山なりに投げた、作戦か、誘導が……それとも、罠。
ビリーのことが脳裏によぎった刹那、後ろから腕が首に巻かれると体を密着させられた。
肩越しに後ろを見る、左目に黒い穴をあけたビリーが鬼の形相でそこにいた。
すぐに振りほどこうとするが、どこにそんな力があったのか、全く離れない。
瞬間、ビリーの腰辺りに熱源を確認した。
な、なにを――。
「キャノン砲ォー!」
ビリーの怒号とともに、視界は閃光に包まれた。
走っている多田野の背中を閃光が包むとともに、衝撃が叩いた。
体が吹き飛ばされ、床をすべると壁に当たる。
「大丈夫か、多田野君」
木村が心配そうにそう聞く。
「だい……じょうぶ」
全身の痛みに耐えながら、ビリーの方に視線を向けた。
二人は向かい合うようにして倒れており、ショーガネーナーの後方には、キャノン砲から発射されたプラズマレーザーが通ったのか、床がえぐられており、その先の店があった場所はくりぬかれたかのように、なにもなくなっていた。
想像以上のキャノン砲の強さに言葉を失っていた時、ショーガネーナーの腕が動いているのが見えた。
「まさか」
耐えた?
「いや」木村がいう。「損傷率90%以上だ。もう、まともに戦える状態じゃない」
その通りだった。ショーガネーナーゆっくりと立ち上がると、サイバーゴーグルにひびが入ったかと思うと、粉々に砕け、体が銀色から黒色に戻っていく。動きもどこかぎこちない。
そのうちに、ビリーも立ち上がった。
ボロボロになった静かなショッピングモールで、二人は黙って見合った。
「ビリーもキャノン砲の反動を受けている、限界に近い。これが、最後の勝負だ」
木村がそういうと、田所がゆっくりと両手を構え、初めて口を開いた。
「いいよ……来いよ」
「へ、歪みねぇな」
ビリーが走り、大ぶりで拳を振った。田所はそれを腕でガードしたが、それでもダメージを受けているのか、表情がゆがむ。
その後、すぐに田所が右ストレートで返すと、顔面に直撃しビリーはよろけるようにして。後ろに下がる。
田所はその隙を逃さず、胴にまたストレートを撃ち、また下がると蹴りを加えた。
ビリーも拳を出すが、田所が顔を少しだけ右にやると、その横をかすめた。
すぐに田所が肘でビリーの顔を撃つ。
そこから何度も蹴りと拳を撃ち、壁際まで追い込み、頭にハイキックを撃とうとした瞬間、ビリーの目が鋭く光った。
右手でそれをガードし、逆に軸足に蹴りを撃ち、命中すると、田所の足は折れ曲がりその場で膝をつく。
間髪入れず、ビリーは頭の上にくるまで拳を振りかぶった。
それを見た田所はとっさに両手を前に出しガードをするが、穿たれた拳は両手を貫き、胸を貫通した。
壊れた機械の音をたて、ぎこちない動きでビリーの顔見た田所は、その後、がっくりとうなだれて動かなくなった。
やった。
「勝った」歓喜のあまり、多田野はそう漏らした後。大声で叫んだ。「やった!勝った!勝ったんだ!」
田所から拳を抜いたビリーが多田野の方を見た後、その場に座り込んだ。
すぐに多田野はビリーのもとへ、駆け寄る。
「大丈夫、ビリー」ビリーが小さくうなずくと、多田野は笑顔を見せた。「よかった……本当によかった……さあ、早く外に――」
出よう。そういおうとした瞬間、手から腕時計が落ちる。
「ああ」ハッとして多田野はいう。「ごめんなさい木村さん、時計が落ちちゃった」
「いや、いいよ。僕が落としたんだ」
「え」その木村の返答に、何か嫌な予感がした「どういうこと」
「多田野君、よく聞いてほしい。このショッピングモールはもうすぐ倒壊する。それまでに、僕とビリーを置いて逃げてくれ」
突然のその言葉に、多田野は声を荒げる。
「なにいってんだよ!そんなこと、できるわけないじゃないか!せっかく助かったんだ、ビリーを置いていくなんてできないよ」
「実は、もう一つ君にいっていなかったことがある。僕らは田所を破壊した後、自壊する気だったんだ」
「じ、自壊?」
聞きなれない言葉に、多田野は首をかしげる。
「そうだ、自ら壊れ、消えるってことさ。僕らのテクノロジーはこの時代にとってオーパーツだ。未来を大きく変えてしまうかもしれない、存在してはならないんだ」
「だからって、ビリーを置いてけっていうの?そんなのヤダよ!」
「それに、倒壊するまでにビリーを担いで逃げられない」
「そんなの、やってみなきゃわからないじゃないか。さっきだって、無理じゃなかったんだ、きっと大丈夫だよ」
「多田野君」
木村が困ったようにそういうと。多田野はビリーの右腕を肩に担いだ。
「さあ、行こうビリー。お母さんとお父さんには僕が説得してみるから、だから――」
その時、ビリーは肩から手を離し、多田野の肩をつかむと目を合わせた。
「生きろ!」ビリーの力強い瞳が、多田野を射抜く。「強く……生きろ」
体の奥から、なにかがこみ上げてくる。
目頭が熱くなると、歯を食いしばってそれを止め、下を向いて多田野はいった。
「分かった」涙を流し、ビリーの顔見る。「ありがとう、ビリー……本当に、ありがとう」
ビリーがウィンクして親指を立てた後、多田野は涙をぬぐって踵を返し、走った。
ちょうど、周りが音を立て始める。
倒壊が近いようだった。
駐車場に出ると、人だかりと数台の消防車が映る。
消防隊の人たちがこちらに走ってくると、多田野を抱えてすぐにショッピングモールから離れた。
安全な距離まで行くと、多田野はおろされる。
雲ひとつない青い空の下。ショッピングモールはゆっくりと、音を立てて崩れていく。
それを見て、また多田野は静かに涙を流した。
「多田野!」
立教大学内の投球練習所で、波多野の声が響くとボールを投げようとしていた多田野は後ろを向いた。
ネットの向こうで大坊と一緒にいる波多野が、こちらを手招きしている。
「どうした」
多田野は近づくとネット越しに聞く。
「お前さ、カネ欲しくないか?」
「カネ?そりゃほしいよ」
「でさ、お前、男もいけたよな」
「なにがいいたいんだよ。さっさと本題をいえよ」
「いや実はさ」そこから、多田野は小声になる。「ホモビデオの会社から出演依頼が来てんだよ」
「ホ、ホモビデオ」
「しー!」波多野は人差し指を口の前に立てる。「声がでけぇよ」
「ああ、スマンスマン」
「まあ、そういうことだ。弾んでくれるらしいぜ、三十分で五万、二本でれば十万だ。お前、最近カネのこといろいろいってただろ」
「まあ、そうだけど」多田野は大坊に視線を移す。「お前は」
「まあ、カネがもらえるんなら」
「んー、そうか」
「出るだろ?こんなうまい話ないぞ」
不意に、ビリーのことを思い出すと、多田野は静かにほほ笑んだ。
「いや、やっぱいいよ」
「あ?なんでだよ」
「だってさ、俺たちこうやって、野球ができるだけで十分幸せだろ」
「いや、そうだけど」
「そんなことしてまで、カネなんていらないさ、それより練習しようぜ。次の試合のためにさ」
「確かに」大坊がいう。「多田野のいう通りだな」
「あ!」波多野は声を荒げた。「なんだよお前、さっきまで乗り気だったくせに」
「ハハ」
多田野は笑ってもとの場所に戻ると、ボールを持ち、奥にあるミニネットを見据え、かまえた。
「強く生きろ、だよな」
手から放たれた飛び切り遅いボールが、ミニネットの中に入っていった。
「ビリー……聞こえるかい。分かってる、返事はできないんだろう。損傷を考えるとあと数分後には、機能は完全停止して、自壊装置が作動するだろう。だが、僕の方が一足先だ。こうやって倒壊に巻き込まれたっていうのに、まだ大丈夫なのが不思議なぐらいだ……だから、最後にもう一度だけ、いわせてくれ……ありがとう」