「......ッ!!」
カラン。床には刀が転がっていた。刀と言っても、それは木でできている刀。俗に言う木刀というものだ。
少年――桜華忠臣は、直ぐには立ち上がれず、自分を打ち倒した男を見上げた。
「まだまだだね。君に私は倒せない」
男は忠臣の通う剣道場の師範であり、今は稽古の最中だった。木刀を納め稽古に来ていた者達に声をかける。
「はい!今日は終わりにしよう!お疲れ様」
稽古が終わり、会話にいそしむ皆の輪に入れず、忠臣はまだ座り込んでいた。
――強くなりたい。その一心だった。
「忠臣。君は未だに感情で剣を振っている。そんなことでは私は一生倒せない」
師範は笑顔で、けれど厳しい言葉を彼に投げかけた。
「クソッ......!」
彼はイラついた態度で師範の前から走り去った。後に残るのは、忠臣の後ろ姿を見つめる師範と転がった木刀だけだった。
忠臣が住むのは辺鄙な所にある田舎だ。山々に囲まれ、一日に一本だけやって来る古びた電車が唯一外と繋がっている。学校はたった一つしか存在しない。その学校に忠臣は通っていた。
忠臣は木で出来ている校舎に足を踏み入れた。学校についたばかりだと言うのに、忠臣は稽古のことばかり考えていた。
(今日こそは師範に勝ってやる......)
そう決意し、歩いているとすぐに教室へと辿り着いた。小さな校舎なので教室への移動に時間はかからない。
忠臣は自分の席につき、黙って頰杖をついていた。忠臣にとって、授業はどうでもよかった。ほとんどを聞き流して放課後までやり過ごすしていた。
夕方、帰りの支度を終えると忠臣はすぐに席を立った。と、三人の生徒が周りを囲んできた。
「おい、忠臣。少しツラ貸せよ」
三人は全員背が高くガタイのいい男だった。
「悪いが、俺は急いでいる。用ならまた今度にしてくれ」
忠臣は三人を無視し、木刀を掴んで脇を通ろうとする。しかし、そう簡単に逃がしてくれるはずもなかった。横から蹴りを入れられる。そこに躊躇は一切なかった。派手に机を吹き飛ばして、壁に激突した。
「ちっ!いいから従えよ。コイツ連れてくぞ」
忠臣に蹴りを入れた彼は、もう二人に指示を出した。忠臣は為す術もなく、人気のない校舎裏まで連れていかれた。
「なぁ?調子乗ってんのかよ。オイ!」
リーダー格の男が忠臣を突き飛ばす。
忠臣は腰を地面に打ち付け、苦痛に顔を歪ませる。
「テメェら......!」
忠臣は木刀を握りしめ、彼に切りかかった。が、いくら木刀を持っていると言っても、多勢に無勢。人数差を埋められるわけがない。すぐに殴られ、蹴られ、立ち上がれなくなってしまった。
「威勢がいいと思えば、この程度かよ。俺は優しいからな。今日はこの程度にしといてやるよ」
忠臣は、立ち去る彼等に手を伸ばす。
「待て......よ......!」
必死に立ち上がろうと踠くが思った以上に受けた傷が大きいのか、うまく力が入らない。
――悔しい。悔しい。悔しい。
そんな言葉だけが頭の中を駆け巡っていた。強くなる。アイツらを見返してやる。叫び声を上げながら忠臣は地面に拳を叩きつけた。
忠臣は足を引きずりながら、神社へ続く階段を登っていた。いつものように道場へ行くことは出来なかった。こんな体で道場へ行けば、師範に止められることは分かりきっていたからだ。
神社の境内に腰を下ろし、空を見上げた。辺りはすでに暗くなってしまっていた。
簡単に言ってしまえば、忠臣はいじめられていた。殴る蹴るはもちろんの事、教室の中でも悪意によって孤立させられていた。誰も手を差し伸べはしない。何故なら、ほとんど全ての者が忠臣を忌み嫌っているからだ。その度合いは嫌いなんてレベルを遥かに超えている。気味悪がっている、という表現のほうが正しいくらいだ。彼の態度が問題という訳では無い。彼は普通ではないのだ。
――妖が見える。
彼は幼い頃から、妖が見えると周りに話していた。当然ながら周りは信じない。自分達は見えないものが見えている。何かがいるように宙に目線を投げている。そんな忠臣を人々は心底気味悪がっているのだった。
「こんな所にいたの?ひどい怪我ね」
彼が歩いてきた階段の方から声がした。忠臣がそちらに目線を向けると、凛とした顔つきの少女がこちらに向かってきていた。
少女は藤堂すみれという名前。師範の娘で、自分よりも腕の立つ剣士でもあった。
「怪我見せなさい。治してあげる」
彼女は強引に腕を引っ張り、自分の方に引き寄せた。持っていた鞄から包帯などを取り出すと初めに消毒を始める。忠臣は彼女にされるがままにされていた。
「ここにもいるの?」
と、いきなり彼女が声をかけてきた。
何のことか、と逡巡した忠臣だったが、すぐに思い当たり周りを見渡す。
「ここには、いない。神社だからか、神に守られてるみたいだ」
忠臣はそう答えた。
彼女は数少ない、彼の話を信じて、妖の存在を認めてくれている者の1人だった。師範も信じてくれているが、同じ年齢で信じてくれているのは彼女だけだったので、忠臣は一番彼女に心を開いていた。
口数が少ないながらも他愛ない話を続け、世が更けてきた頃にようやく帰途についた。忠臣は彼女との時間がほかの何よりも大切だった。彼女が居れば他には何もいらないとそう思っていた。なのに。
忠臣はいつものように道場に向かっていた。今日は機嫌が良かったのか、毎日のように忠臣を虐める少年等は手を出してこなかった。歩けば周りには妖が見える。最近では妖の事を滅多に口に出さなくなっているが、彼自身、妖のことは嫌いではない。嫌うどころか友好的ですらあった。
「なぁ?お前らって喋れるのか?」
忠臣は以前妖達にそう聞いたことがある。すると、妖達は頷き、
「喋ると言うより、語りかけるという方が適切だがね」
そう答えた。意思疎通が出来るとわかった忠臣は、幾度となく妖達に話しかけた。彼等と話しているうちに人間と同じようにそれぞれ個性があることが分かった。人間と同じ。何ら変わりはない。この事が分かった忠臣は、妖達を、人間と同等として扱い、嫌わなかったのだ。道場へ向かう道の途中でも、妖達に会釈をしながら歩いていた。
と、忠臣は背筋に走った悪寒に身構えた。――危険だ。気を抜くと、殺られる。そんな何かを感じとった忠臣はその危険な気配がする方へ向かっていった。そこは忠臣がもともと目指していた所だった。
忠臣が息を殺しながら、道場を覗くとそこは酷い有様だった。扉は蹴破られており、稽古の最中だったのか、木刀が散らばっていた。そして稽古に来ていた門下生達は何か赤黒いものを撒き散らして、倒れていた。
「は......?」
理解が追いつかない忠臣が道場の真ん中に目を向けるとそこには一人の男と師範が相対していた。いや、よく見れば二人だけではない。男の肩には見知った顔の少女が担がれていた。凛とした顔つきの少女。藤堂すみれだ。その男は刀を握っていた。木刀、ではない。忠臣も初めて見た本物の刀だ。その刀は赤黒く汚れており、まるで今大量の人間を切ってきたようにみえる。師範は手にした木刀を正眼に構え、男を睨んでいた。
「貴様は何者だ。何故私の弟子達を殺した!」
「何故?殺した方が楽に決まっているだろう」
「ふざけるな!」
師範は激情し、男に切りかかった。男はそれを難なく躱し、笑みを浮かべている。師範は以前言っていた。感情で剣を振るなと。まさに今、師範は感情で動いてしまった。何が訪れるかは容易に想像できる。男は次々と振られる刀を躱しきり、師範を嘲笑うかのように踊っていた。少女一人を担いでいるにも関わらず。
「つまらない」
男はたった一言そう言った後、師範との距離を詰める。
一閃。師範は傷口から血を吹き出しながら、床に崩れ落ちた。血飛沫を浴びても表情を崩さない男を見て、忠臣は恐怖に震えた。助けなくては。すみれを取り戻さなくては。そう思っても一歩も足を踏み出せなかった。彼は飛び出した。道場をでて、走り続けた。逃げてしまった。すみれを救わなければならないのに。
道場から遠く遠く離れて、彼は泣き叫んだ。
「誰か!誰か......!頼むから、誰か......」
足を止め、その場に座り込む。
(俺じゃ無理だ。勝てない。勝てるわけがない。俺なんかじゃ......)
忠臣は言い訳のように心の中で言葉を並べ立てた。分かっている。誰も助けてくれないことは。自分がやらなきゃいけないことも。けれど、足がすくんでいうことを聞かない。また負ける。思えば頼ってばかりだった。すみれがいるから。すみれが近くにいてくれるから。自分では何もしてこなかった。諦めていた。そのせいで、いざやらなければいけないという時に体が動かない。逃げた。
――そうだ。俺がやるんだ。すみれは俺が救うんだ。
「頼む!力を貸してくれ......!」
必死に呼びかける。彼の周りに人はいない。いるのは、彼の味方。妖だった。
「君にその覚悟があるのなら。私の力を使い給え」
忠臣は布に包まれた棒のようなものを受け取った。布を開くと、そこには禍々しい何かを放っている刀があった。妖の刀。
「それは千血妖刀 牛鬼村正」
刀が忠臣に語りかけてくる。
(我の力を貴様に与える。我にすべてを任せれば、貴様の願いを叶えることなど容易い)
これは妖刀。忠臣は自分を飲み込もうとしている事がすぐに分かった。必死に自我を保つ。ただの人間に見える妖はそんな忠臣を見据えている。
「私はゲネラール。何があったか話せ」
忠臣は細かく、けれど、手短に全てを語った。先程名乗ったゲネラールの他に、月夜叉と言う妖が他の妖達をまとめあげているようだ。
「なるほど。そういうことか......よし、敵が去る前に一刻も早く道場へ向かうべきだ」
妖達と意思を共にした忠臣は、先頭に立ち走り出す。逃げてしまったあの場所へ。
「酷いな......」
ゲネラールは呟いた。辺りは先程とほとんど変わらない。唯一違うのはあの男がいなくなっているということだけだ。忠臣は、道場の中心で倒れている師範の元へ駆け寄った。
「師範!返事をしてくれ!」
師範を抱きかかえ、叫ぶ。しかし、師範が目を開くことは無い。
「忠臣。もうダメだ。その男は死んでいる」
ゲネラールが師範の脈を図り、必死に呼びかける忠臣にそう告げた。忠臣は少しの間そうしていたが、無駄ということが分かったのか師範の元を離れた。忠臣の目に光は宿っていない。と、足元に手紙の様なものが落ちているのに気づいた。彼はそれを拾い上げ、封をきった。そこには達筆な字でこう書かれていた。
「拝啓、桜華忠臣君。
君が私と君の師範が戦っている所を見ていたのは知っている。私はその上で逃がしたのだ。何故藤堂すみれを攫ったのか。その他にも君が疑問に思うことは沢山あるだろう。君が今から記す場所へ来てくれれば、その全てに応えよう」
この手紙と一緒に、場所を記した地図が入っていた。彼は目を通すと、妖達に声をかける。
「ゲネラール。月夜叉。」
忠臣は二人に地図を投げた。受け取った二人は、忠臣と同じように地図を読む。すぐに理解した二人は、他の妖達に、指示を出す。忠臣は地図に書かれている場所を目指す。彼の目には未だ光はない。ただ、その目に恨みが篭っているのは誰の目から見ても一目瞭然だった。刀はそんな忠臣に反応するように、紅く輝いている。
ここは山の中腹にある祠。
「やぁ。よく来てくれたね」
平然とした様子で忠臣を出迎えたのは、あの男だった。その傍らには、すみれも転がっている。まだ息はあるようだ。
「質問に答えろ。何故俺達を殺そうとする?何故すみれを攫った?答えろよ!」
話しているうちに、感情が抑えきれなくなったようで、語尾が荒くなっていた。男は表情を崩さない。ずっと笑顔のままだ。
「その質問の答えはどちらも同じ」
男はとても嬉しそうに、こちらへ向かってきた。ちょうど忠臣の横に立った時、男は囁いた。
「答えは全て君をおびき出すため」
忠臣は目を見開く。横を通り過ぎようとする男を掴もうとしたその時だった。何が起こったかさえ分からなかった。忠臣は祠の壁に激しく背中を打ち付ける。
「ガッ......!?」
霞む目を凝らして男を確認すると、男は蹴りを放ったような態勢で固まっている。全身が激しく痛む。恐らく殆どの骨が折れているのだろう。まともに動けそうにさえなかった。とはいえ、まだ策はある。倒れ込んだ姿勢で祠の中にいた多くの妖に指示を出す。妖は普通の人間には見えない。忠臣は今まで自分が苦しめられていたその事を逆手にとり、いざとなれば、妖を使えるように祠の中に待機させていたのだ。妖達が男の周りを囲みジリジリと詰めていく。男はずっと笑顔で忠臣の方を見つめている。――勝った。
そのはずだったのに。突如、男の周りの空間が歪んだ。そこから這い出るようにして出てきたものは。忠臣は、考えるより先に、本能で理解する。何故この可能性を考えなかったのだろうか。妖と意思疎通出来るのは自分だけでは無かったということだ。空間の狭間からこちらに勝るとも劣らないほど多くの妖が、湧き出てきた。狭い祠の中で乱戦が始まる。男はこちらの妖の攻撃をひらりひらりと躱し、忠臣の目の前に立つ。
「私達の組織は、妖によって利を得ている組織です。あまり表に出されたら不都合なんですよ。ようは君のせいだ、ということです」
いかにも、当たり前だと言うように振る舞う。
「俺の......せい......?」
男は首を縦にふり、首肯した。
「えぇ。後は君が死ねばいい。いや君もどうせ死ぬのなら面白いものをみてみたくないですか?」
チラリと横に転がっているすみれに目を向けて言った。そして腰に差していた刀を抜き放つ。そこまで見て、忠臣もようやく男が何をしようとしていたのか分かった。殺す気だ。この少女を。恐怖、憎悪、怒り。いろいろな感情がこみ上げてくる。彼女は無理やり立たされて、意識を覚醒した。彼女は周りを見渡し、ある程度は状況を把握したのか、恐怖に怯えながらも忠臣の方を向いた。
「待てよ!そいつは関係ないだろ!」
彼女は諦めたような表情を、うかべている。
「いいえ。君の言うことを一番信じていたのは彼女です。彼女にも生きてもらっていては困ります。ですからここで今あなたと共に殺します」
男は振り上げた刀を少女に振り下ろす。
「おい!やめろ!ふざけんな!殺すなら俺だけにしろよ!」
チラリと忠臣を一瞥したが、すぐに視線をもどす。その時、今まで黙っていたすみれがかすれた声で言った。
「少し......少しだ......け。時間を......」
その声を聞き男は止まる。
「忠臣。世界を......変えてよ......私もっと生きていたかった。今も......そう思ってる。なんで私......って。でもね。多分......そうなってるんだよ。世界って理不尽なんだ。忠臣。あなたにしか出来ない。あなたじゃないと......駄目なの。お願い。......お願い......だから。約束よ」
涙を浮かべ、忠臣に語りかけている。そして、時間だ、と言うように男の持つ刀はゆっくりと確実にすみれの首元に動いていく。
「や......やめろ!!嫌だ!!すみれにはまだ何も出来てない!!感謝の言葉も伝えてない!!伝えなきゃ行けない言葉だってたくさんあるんだ!!」
叫ぶ。それでも刀はとまらなかった。すみれの首が転がる。男の足元は紅く染まる。忠臣は、泣き叫ぶ。
「あああああああああああああ!!」
忠臣の心にはもう憎しみしかなかった。腰に差していた刀は震え出す。そして、忠臣に再び語りかけてきた。
(貴様の憎しみを感じる。我に全てを任せろ。目の前の男など、簡単に切り殺してやる)
忠臣は、もうどうでもよかった。自分はどうなってもいい。この男さえ殺せれば。忠臣はその刀を抜いた。刀が自分に流れ込んでくる。心の中の憎しみを飲み込み、力に変えてゆく。既に忠臣に自我などなかった。全身の骨が折れ、立ち上がれないはずの忠臣がゆらゆらと立ち上がる。腕をだらんと下げ、ゆっくりと前を向く。
「我は、貴様を許さん。絶対に。先程の言葉そっくりそのまま貴様に返す。今ここで切り殺してやる」
忠臣は口調までもが変わっていた。完全に妖刀に飲まれている。男は忠臣を警戒し、刀を構えようとする。が、構えようとした瞬間、男の胴体は真っ二つに切断されていた。まだうっすらと意識が残っている男に忠臣は冷たく言い放つ。
「例え、貴様が生き残ったとしても、この刀に切られたものは、躰の自由など無くなる」
目を閉じ、喋らなくなってしまった男を見下ろし、忠臣は興味なさげに立ち去ろうとした。一瞬、すみれに目をやり複雑そうな表情をした忠臣だったが、また歩き出す。妖達も決着が着いたのか、忠臣の後ろを歩いてきた。空からは、いつの間にか大粒の雨が降っていた。忠臣は心の中で誓う。
――あの約束は必ず守る、と。
こうして桜華忠臣は、目的のためならば手段を選ばないようになった。邪魔な者はすべて切り捨てる。唯一自分を信じてくれた、藤堂すみれ。彼女との約束を守るために。
今回大分長いんじゃ無いですかね?楽しんでもらえたら幸いです!悪いところの指摘等もどんどんお願いします。もし良かったら次も読んでください!