此処は、妖軍の総本部。その総統、桜華忠臣は椅子に腰を掛けて、薄暗い部屋の中で、資料に目を通していた。
と、一体の、ケルパーがその部屋の扉を勢いよく開け放った。
「総統!侵入者を止められません!もう、この近くの森まで、来ています」
忠臣は焦りを感じた。ここは地下だ。それも、日本政府が所有する土地の。つまり、ここは日本政府の目の届く場所である。にも、関わらずその「侵入者」は、警備を易々と突破しこの総本部を目指しているのだ。相当な手練れなのは確かなのである。
「埒が明かないな......我が直接迎え撃つ。貴様らは森で侵入者共の足止めをしておけ」
「り、了解であります!」
ケルパーが駆け出していく。忠臣も、重い腰を持ち上げて、戦場へと歩き出した。
「地下に森だと?」
グスタフ達が、妖軍を次々に倒して総本部に向けて進んでいると、木々が乱雑に立ち並んでいた。
グスタフは、近くにあった木を軽く叩いた。コンコン、と普通の木からはあまり聞こえないような高い音が聞こえてきた。
「人工か......」
「指揮官殿!どうしましょう。森を迂回しますか?」
グスタフは、首を横に振る。
「いや、このまま森を抜ける。出来れば最短距離で本部まで辿り着きたい」
そう言って、グスタフ達は森に足を踏み入れた。彼の部下達は先導しようと走り出している。それを追おうとした、その時だった。先導した、歩兵達の首が鮮血を撒き散らしながら宙を舞った。グスタフは危険を感じ取り、身構えた。刹那、目の前にあった木に斬撃が走った。
「あ......!?どこから攻撃してやがる!」
グスタフがイラついた様子で吠える。
そうしている間にも木々が倒れ、部隊の被害も増大していく。
「クソッたれが!」
グスタフはやむを得ないと判断し、自分の部隊を後方へ下がらせる。恐らく、この攻撃は近距離の攻撃だ。この森の中で遠距離から剣戟を放ったとしても他の木に阻まれて終わり。狙った対象に当てるなど不可能に近い。グスタフは両の拳を地面へ叩きつける。彼の身体から紫色をしたものが出てくる。それは地面を這い、空気中を瘴気で包む。木々は人工的な物質で出来ているはずなのに腐っていく。一瞬にして、辺りは静寂につつまれた。唯一聞こえてきた音は死体「だった」ものが地面に積み重なる音だった。腐っていて、よくわからないが大きな目玉が顔になっているようだ。つまらなそうにそれに目を向けると、踵を返して自らの部隊の下へ戻ろうとした。だが、彼の目が次に捉えたのは、異様な光景だった。
忠臣の目に映ったのは、森の一部が円状にくり抜かれた瞬間だった。
「これは......想像以上だ。やはり我が出なければならないな」
彼は、既に目をつけていた後方の部隊を注視する。
油断している。その事を確認すると、自分の手を包んでいたグローブを外した。確実にその部隊に狙いを定める。
「我が全てを支配する」
そして、
「我の真の力を解放する!」
「それ」は、ゴガァァ!とあらゆるものを薙ぎ倒し、遥か遠くの、その部隊まで一直線に放たれた。
「なんだ......あれ!?」
「手形!?おい、こっちに来るぞ!」
「全員避けろ!!」
しかし、尋常ではない速さで飛んできたそれを避けきれるはずも無く、グスタフの部隊の大部分は呆気なく散った。
「は......?」
部隊に向けて飛んでいく「それ」を見つめて、グスタフから思わず声がもれた。「それ」は緑色をした、手形のようなものだった。木々を消し飛ばし、たった今自分の部隊も、もろに被害を受けた。彼は急いでその場所へ向かう。
改めて見るとやはり、おぞましかった。飛んできた方向から一直線に全てのものが消し飛ばされている。
(この威力は......これを放ったのは恐らく......!?)
「貴様が侵入者か。何者だ」
遂に2人は邂逅する。
「俺はグスタフ。グスタフ・ハイドリヒ。お前の軍を支配するために来た」
忠臣は、真っ直ぐと彼――グスタフ・ハイドリヒを見据える。
「我が貴様の下に?笑わせるな。我の領土を荒らした罪は重いぞ」
対するグスタフも、それに応える。
「ならば力ずくで従わせるのみだ!」
先に動いたのは、グスタフだった。彼は忠臣との距離を一気に詰めようと駆け出した。忠臣も臨戦体勢をとった。腰を深く落とし、刀を構える。突きの構えだ。そのまま、彼等は交差した。忠臣の刀はグスタフの腹を掠り、グスタフの毒は忠臣の肩を蝕んだ。
「ぐっ......!」
「ガッ......!」
お互いに一度距離をとる。二人は何度も激突し、互いに決定打を与えず、浅い傷をふやしていった。どちらかと言えば忠臣は防戦一方だ。グスタフが優勢である。
「何も言わず、手下になって貰えるのであれば、こちらとしても楽なのだが」
グスタフは提案する。
「我は、正当防衛をしているだけだ。非は完全に貴様にある。我が引く理由などどこにも無い」
忠臣はその提案を切り捨てる。
また、二人は同時に走り出す。グスタフの手と忠臣の刀がぶつかり合う。
キン!と甲高い音が鳴った。忠臣の刀が弾かれたのだ。
「な......に......!?」
グスタフは続けざまに攻撃を仕掛ける。人体にはなし得ない速さと威力だった。忠臣は弾かれた刀をそのまま回転斬りの要領で、下から切り上げるように振るった。グスタフの左目にその刀が直撃した。
「グッ......グオォォォォォォォ!!!」
グスタフは猛烈な叫び声を上げて、後ろへ下がる。しかし、それは忠臣も同じだった。先程の回転斬りの際、彼のガラ空きだった背中がグスタフの毒を纏った指で、引き裂かれたのだった。
「ぐうっ......!!!」
傍から観れば、互角のようにみえるかもしれないが、実際は違う。能力的にはグスタフの方が圧倒的に勝っている。それでも忠臣がなんとか持ちこたえられているのは、単に「禁呪」を解放しているからだ。この場合は千血妖刀牛鬼村正の力である。身体能力を強化しているのだ。
忠臣は、毒で痛む身体を無理に動かし、立ち上がる。そして、グスタフの圧倒的な力はどこから来るのかそれに気づいた。
(クソッ......遂に、限界か......)
グスタフは地面に膝をつく。
「まさか......貴様、自分に、毒を......!」
忠臣は、気づいた。グスタフがとてつもない代償を払っていることに。
「あぁ、そうだ。俺は自分に、毒を使っている。そのおかげで、こうやって人を超えた絶大な力をつかえる」
あっさりと肯定する。こんな力、自分の肉体さえもボロボロにしてしまう。まさに諸刃の剣だ。だが、けれども、
「でもなぁ、そこまでやらなきゃ倒せねえやつだっている!潰せねえ場所だってある!」
約束したんだ、と。昔を思い出して、足を踏み出す。復讐するんだ。スラム街の仲間達を殺したあのクソ野郎共に。もうあんな思いはしたくないからと。
「俺の部下だって、さっきお前にやられた。けど、それも覚悟して来たんだ!その分も俺がやらなきゃ、ここで勝たなきゃ顔向けできねえだろぉがよぉ!」
それを見た、忠臣の瞳が揺らぐ。昔、救いたくて、でも救えなくて。最後に約束を交わして、この世から消えたあの子のこと。その約束は、何よりも大切にしてきた。
「我にも譲れないものがある。貴様に勝ちを譲る気は毛頭ない!」
きっと、二人は似ている。忠臣も、グスタフも。守れなかった者達のその思いを、約束を守ろうとしている。そのためなら、命だって捨ててやる、と本気で考えている。
だから、二人は笑みを浮かべた。今、この時だけは。自分の信念を、誓いを分かってくれる好敵手を見つけたから。
二人は対峙する。
全力を持って、この戦いに終止符を打った。
「間をとろう。忠臣、俺と同盟を組め」
「断る。我に利益はない。特に組む理由も見当たらない」
結果から言えば、勝負はドロー。引き分けだ。互いに、大怪我を負って、これ以上の勝負が出来ないためである。
「いいや、お前にも利益はあるだろう。お前の目的はなんだ?」
グスタフは忠臣に問う。
「我の目的は世界征服をした後に我の考える世の中につくり変えることだ」
忠臣は、決意に満ちた目で語る。
「そうか、なら話ははやいな。俺の目的はドイツ軍を潰すこと。軍を潰せば、必然的に国も潰れるだろう。もし、ドイツを落とせたなら、その国はお前に譲ろう。それまで、世界征服に協力してやる」
忠臣は考える。
(ドイツを取れれば、ヨーロッパの侵略は容易になる。我にとっても悪い話ではないか......)
「いいだろう。貴様と同盟を組んでやる」
「よし。契約成立だ」
グスタフは手を差し出した。少しの間、逡巡してから、忠臣もしっかりとその手を取った。
忠臣は一人思う。
(同盟でもなんでもいい。大切なのはあの約束を果たすことだ)
その為ならば何でもする。
「我が理想のために、この身を捧げよう」
グスタフは一人思う。
(俺はクソ野郎共に復讐したい、それだけだ)
だから、
「忠臣の理想はどうでもいい。俺は地獄を観たいだけだ」
こうして、同盟は結ばれた。全ては大切な者との約束を果たすために。
ありがとうございました。さて、僕はここで、このコンパスのシリーズを区切りたいと思います。理由は嫌になったとかではなく、単純に別のものを書きたい!というのがあります。まだ続けて欲しいと、感想をくださったところ大変申し訳ありません。もし、他にも続けて欲しいという人がいるのであれば、時間がある時に少しずつ続きを書いていければと思います。では、今まで、読んでくださった方ありがとうございました。次回作か、この続き、どちらか出すと思いますのでまた、読んでもらえたら嬉しいです。