新緑の火星の物語(特殊な番外編シリーズ)   作:子無しししゃも

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・前回のあらすじ

 かくして運命の輪は回る。

「ねえ俊輝、私、あなたについていけないよ」

 止まぬ雨。耐えぬ争い。燃え広がる殺意。
 戦火は留まる事を知らず、国の全てを包み込む。


「何でだよ、拓也……俺を、ずっと騙していたってのかよ!!」

 愛する人から見放され、辿り着いた先にいた友。
 その口から語られるのは、残酷な現実だった。


「嘘だろ……きのこ派俺だけなのかよ!」


第472話 魔法少女まりゅすく☆えりしあ地獄篇

「会場にお集まりの皆さま! 今年もこの時がやってきましたっす!」

 

 ……ああ、どうしてなのでしょうか、神様。わたしが、何をしたというのでしょうか。

 

「出場者の皆さま! 叶えたい夢はあるっすか!」

 

 嵐のような歓声が、聞こえてきます。ああ、耳が痛いくらいに。

 

「ならば! 掴み取るっす! 力を! 技を! 頭脳を! その全てを使って!」

 

 盛り上がりは最高潮です。ああ、なんて事でしょうか……

 

「聖槍杯2018、ここに開幕っす! いええぇぇぇい!」

 

 至近距離での大声。それは、朝に弱いわたしの頭を容赦なく揺らし、もうそれだけでフラフラに。そして。

 

 

「申し遅れたっす! 実況・解説はおなじみこの私、希维・ヴァン・ゲガルドと! 今年はゲストとして三人にお越しいただいたっす! では紹介!」

 

 

「第一高校の生物教師であり街の研究所所長! ヨーゼフ・ベルトルト博士と!」

 

「どうも、慣れない仕事だがよろしく頼むよ」

 

 

「同じく第一高校の教頭先生、エレオノーラ・スノーレソンさんと!」

 

「うふふ、お願い致しますわ」

 

 

「そしてそして! 第一高校のキュートな生徒さん、エリシア・エリセーエフちゃんです!」

 

「帰りたいです」

 

 

 ……話は、今朝早くに遡ります……

 

 

 

「エリシア、何を寝ているのですか」

 

「んん……今日は日曜日です……ゆっくりと寝かせて……」

 

「なにを言っているのですか! 今日は大会の日ですよ!」

 

 

 回想、終了です。

 ……え? 情報が足りない。当たり前です、私も何が何だか全くわからないのですから。

 

「先日、既に予選は終了し、今日は本戦に勝ち残った4チームが出そろっているっす! では早速、各チームの待合室の様子をお届けしましょう!」

 

 はい何も聞いてないです。この時点で意味不明です。わたしは何も知りません。これは一体何のマネなのでしょうか? 家族が勝手に変な大会に出て予選を突破していて自分はその解説の席に立たされるなど、誰が予想しているというのでしょうか。

 あ、ここは町にあるこれまで用途不明と思っていた無駄にでかい競技場です。稀に高校や大学が借りてスポーツをしていたみたいですが、まさかこんな事に使われているとは。

 

「では最初に、チーム『エリセーエ……エリシアちゃん?」

 

 がしっ。不穏な気配を感じ取り、わたしの手はこれまた無駄に大きい大型モニターに映像を映すためボタンを押そうとした……と思われる希维さんの手を掴みました。

 困惑の表情を浮かべる希维さん。首を傾けて疑問符を浮かべるその姿は何だか子犬みたいで可愛らしい……ではなく。

 

「では最初にチーム『エリセーエフ家』の皆さまっす!」

 

 何事も無かったかのように素早くもう片方の手でボタンを押す希维さん。

 隣のベルトルト先生は諦めろ、という目でこちらを見てきます。この人ほんと大事な時に役に立たないです。

 

 

『んふふ……これが……今日の為の衣装です!』

 

 

 開幕で映ったのは、私の家族の姿……特に目立つのは、お母さんでした。

 その姿は……

 

 ……学生服に眼鏡。

 

「わあーー! わあぁーーー!」

 

 絶叫するわたし。凍り付くベルトルト先生。にこにこしているスノーレソン先生。何が何か理解していない様子の希维さん。

 実況・解説席は混沌に満ち溢れています。

 

 ……正直言って、お母さんの見た目はかなり若い……というか幼いので、学生服を着ても通るのです。ですが。

 わたしとそっくりの顔をしているので、何というか恥ずかしいですし、そもそもその歳は……

 

『母さんマジ似合ってるー』

 

『……』

 

『可愛いですお母さん! わたしも着たいです!』

 

『歳ってもんを考えろよ(笑)』

 

 それを見るお兄ちゃんお姉ちゃんの反応はまちまちです。楽しそうに拍手をしている恭華お姉ちゃん。紙コップにお茶を注ごうとしたままフリーズしてどばどば零しているヨハンお兄ちゃん。きらきらした目をしているナターシャお姉ちゃん。そしてバイロンお兄ちゃん。

 

「いやぁ、気合十分みたいっすね! では次のチームの紹介に参りましょう!!」

 

『アァーーッ!!』

 

 画面が切り替わる瞬間、絹を裂くような悲鳴が聞こえましたが、気のせいだと信じたいです。

 さて、わたしもちゃんと解説の仕事をするとしましょう、えーっと、次のチームのメンバーの皆さんは…… 

 

「おや? スタッフさんからの連絡っす。おーっと、先程紹介したチーム・エリセーエフ家で事故が発生、残念な事にチームのお一人が参加できる容体では無くなってしまったとの事っす」

 

 グッドラックです、バイロンお兄ちゃん。

 

 

 

 

 そこからは特に事故も無く進み、第一回戦が始まりました。

 

「第一回戦! チーム『エリセーエフ家』VSチーム『第一高校・大学連合軍』っす!」

 

 拍手が競技場に立った二つのチームの皆さんを迎えます。

 

 一方に立つのはお母さん、京華お姉ちゃん、ヨハンお兄ちゃんナターシャお姉ちゃん、そして……

 

「……いやまさか早速解説が一人いなくなるとは思ってなかったっすねぇ……」

 

 ベルトルト先生、でした。

 事情を説明すると長くなりますが、お母さんの脅迫めいた言により、補欠として参加させられた、という流れです。

 ちらちらと先生を見るお母さん。ぽーっと熱に浮かされた様子のナターシャお姉ちゃん。常々思うのですが、わたしの家族はベルトルト先生と前世か何かの因縁でもあるのでしょうか?

 

 

 一方の第一高校・大学連合軍チーム。わたしの通っている高校と、そこと同系列の大学の生徒の合同チーム、だそうです。前にわたしのクラスの友達が何か応援のうちわを作っているな、とか思っていたら、これの事だったのでしょうか……。

 

「えーと、リーダーの俊輝さん! もし優勝したらどんな願いを叶えたいですか!」

 

 希维さんがコメントを求めたのは、チームのリーダーだという人、俊輝さんでした。大学の方の学生のようで、わたしの知らない人です。

 

「俺、この大会で優勝したら、気になる人に告白しようと思います!」

 

 会場のテンションがまた沸き上がります。黄色い悲鳴も混じります。質問に対する答えになっていませんが。

 

 あと、凄く個人的な思いなのですが……この人、無事に帰れる気がしないのは気のせいでしょうか……?

 

 

 

「はい、青春っすね! ではルールの説明っす! チームの中から一人を選出、どちらかにクジを引いてもらい、そこに書かれた競技で対戦、というシンプルなものっす。先に三勝したチームの勝ちっすね」

 

 なるほど、運の要素もある程度含める事は盛り上がりに繋がります。ふむふむ。

 

「では選手の選出を……あ、ギャグとかじゃないっすよ」

 

 ちょっと顔が赤くなっている希维さんはさておき、両チームから選手が前に出ます。

 こちらからはナターシャお姉ちゃんが、高校大学チームからは一人の女の人が出てきます。

 んー、どこかで見かけた事があるような……

 

 

 そして、クジを引き……

 

「ではでは、今回の競技は……『先に21って言った方が「21! ですわ!」

 

 競技の説明を遮り、早押しクイズの要領で女の人が叫びます。

 静まり返る会場。いや、これたぶんそういうゲームじゃないです。

 

「一旦落ち着きましょう、エミリーちゃん、はい、吸ってー、吐いてー」

 

 希维さんの優し気な声で、女性、エミリーさんは少し落ち着きを取り戻した様子。

 ガチガチに緊張しているみたいですが、少しはほぐれればいいのですが……。

 

「そうっすね、優勝したら叶えたい夢でも聞きましょうか」

 

 緊張をやわらげてあげるための、質問。それに対してエミリーさんは。

 

「あああの! 私、そのの! 好きな人が――」

 

 何故でしょうか。うちの家族がぽんこつなのは周知の事実ですが、負ける気がしないのは。

 

 

「では改めて、競技は『先に21って言った方が負け』ゲームっす! ルールは簡単、お互いに1~3の数字を言って足していって、21を言ってしまった人が負け!」

 

「……」

 

「……」

 

 スノーレソン先生とわたしの間に、沈黙が走ります。

 ……何故なのでしょうか。何故、このようなゲームを入れてしまったのか。

 後手必勝の手があるこのゲーム、言ってしまえば、最初の手順を決める段階で決まってしまいます。実質的にじゃんけんという競技です。

 

「素敵な夢ですね、先行はお譲りします、エミリーさん!」

 

「わわわ、ありがとうございますわ! では1、2!」

 

 喜ぶべきは、わたしの姉はわたしが思っていたよりも狡賢かったという事でしょうか。

 

 

「さて第一戦、ナターシャちゃんの勝利でした! では第2戦!」

 

 

 Vサインをするお姉ちゃん。orzの体勢になるエミリーさん。そんな、悲しい戦いを乗り越えて第2回戦。

 

「……負けません! お肌つやつやのむにむにな若い子には!」

 

「あの……もしかしてあんた、高校の生徒じゃなかったり?」

 

 コスプレをしたお母さん。向かい合うは、第一大学学生、鈴さん。

 対抗心を燃やすお母さんと、その熱気にたじろぐ鈴さん。偽JK(女子高生)VS現役JDの熱い戦いが始まります。正直目を背けたいです。

 

「競技は……『クイズ[生物学編]』です!」

 

 結論。お母さんの勝ちでした。もはや相手が回答ボタンに触れる事すらできず瞬殺です。

 元の知識の差と若い子に負けたくないという執念が合わさった結果でしょう。

 その鬼気迫る姿に会場は冷え冷えという事も同時にお伝えする必要があるでしょう。

 

 

「さあ後が無くなってきた高校・大学連合チーム! 頑張って欲しいっす!」

 

 第三戦。

 

 高校・大学チームの健吾さんとこちらのヨハンお兄ちゃんのテーブルマナー対決は75点対91点でヨハンお兄ちゃんの勝利でした。全く盛り上がらなかったです。

 

 結果、決勝にコマを進めたのはチーム『エリセーエフ家』でした。ぱちぱち。

 力なく拍手をするわたしを慰めてくれる人は誰もいませんでした……もう家族が大暴れするのは見たくない……

 

 

 

「では次の試合に参りましょう! チーム『槍の一族』対『裏町内』っす。なんか適当っすねチーム名!」

 

 気を取りなおして、次に行きましょう。この戦いに勝った方が、わたしの家族と戦う事になるのです……何とかしてもらわなくては……!

 

「第一戦! チコちゃんVS欣先生! 競技は『将棋』です!」

 

 希维さんがチコちゃん、と呼んだ女の子と、わたしの高校の数学教師、欣先生。

 細身な女の子とガタイが良い男の人の対決です。しかし競技、ボードゲーム。

 

 結果、94手で欣先生の勝ちでした。

 わたしから言える事は何もありません。だって将棋のルール知りませんから。

 

 というか、希维さんも知っていたのか怪しいものです。だって『おーっと飛車がぎゅーんと動いた! これは強い』とかめちゃくちゃ適当そうな事を言っていましたから。

 

 

「第二戦! エスメラルダさんVSダリウスさん! 競技は『料理』、題材はステーキっす! 審査は実況解説席の三人で行います」

 

 並び合った両者、ばちばちと火花を燃やしています。時々私もお世話になっているレストランのシェフ、時々音楽教師のダリウスさんと、肉料理の専門家として高名な料理人、エスメラルダさん。

 というかわたし達が審査員なのですね。あまり舌が肥えている方では無いのでちゃんと審査できるかどうか……

 

「そういえば、希维さんはずいぶん仲が良さそうが様子でしたが、お知り合いなのですか?」

 

 料理が出来上がるまでの時間、わたしは希维さんに質問をしました。それは、チーム『槍の一族』に対する希维さんの態度について。やけに親しげな声色だったので、気になったのです。

 

「ああ、うちのお屋敷の使用人の皆さんなんすよ、あのチーム……あ、だからって贔屓とかはしないっすよ! だってやろうと思えばわざわざ大会で不正に優勝なんてさせなくても身内なんだからいつでもできるっすからね」

 

 なるほど、納得でした。……でも、だったら何で、わざわざ参加しているのでしょうか?

 

「そういえば、願い事を叶えてくれる、との事でしたが、上限などはあるんですよね?」

 

 お客さん達を飽きさせないための質問タイムです。別に解説者の仕事を真面目にやろう、というわけでは無いですが、やっぱり一度任されたからには……やらなければならない、と思ってしまう性格なのでしょう、わたしは。

 

「そうっすねー、流石に無制限とはいかないっす」

 

 現場では美味しそうなステーキが焼き上がっていきます。

 そして希维さんの回答。そうですよね、流石にいくらでも、なんてのは非現実的……

 

「一人につき5000兆円、って言ってたっすかねぇ」

 

 はい前言撤回です。

 

 

 

「さて、試食の時間っす!」

 

 二種類のステーキが、私達の前に並べられました。

 公平を期すため、どちらがどちらの作ったものかを伏せての試食です。

 まずは、片方から。

 

 ……文句はありません。最高です。語彙を失う、言葉では表現しきれない最高の味。

 お金を積んで最高級の食材を用意しても、それだけでは足りない。その上で、最高の料理人が調理する必要がある。それで初めて完成するクオリティ。それが、口の中で踊ります。

 満面の笑みの希维さんと、目を見開くスノーレソン先生。二人の反応からも、それがわたしの勘違いなどでは無いという事がわかります。

 

 対決しているお二人は決してどちらが決定的に優れている、などといった差の無い優れた料理人なのでしょう。しかし、二つ目を食べる前から勝負は決した。そう思ってしまうほどです。

 

 ですが、そんな最高の料理は一口しか食べる事はできません。審査をするにあたって、途中で満腹になってしまうとやはり判定に影響が出てしまうからです。

 

 二つ目。わたしは、先ほどの自分の発言が余りに早計だったと恥じました。一つ目のステーキに負けず劣らずの、深淵を覗き込んだかのような深い味わい。

 やはり言葉で表現しがたい、無理矢理言葉を引きずり出すとすれば旨味の暴力とでも言うべきもの。

 全体的なクオリティは、ほぼ互角と言えました。

 

 私にとって衝撃的だったのは、この二つの内のどちらかをダリウスさんが作ったという事です。

 腕の良い料理人さんである事は知っていましたが、まさか本気の本気を出せばこれほどまでだったとは。

 

「……では、投票に……あぁん持ってっちゃいやっす!」

 

 一口食べた後持ち去られる皿を掴んで離さない希维さん。その腕に素早い手刀が加えられます。

 

「我慢なさい、お客さん達はさらに大変でしてよ」

 

 それは、スノーレソン先生でした。顎をしゃくり、客席を示します。

 ああ、その通りです……こんなものを前に見ているだけの……グルメ番組の罪深さがようやくわかった気がします。

 

「うぅ……じゃあ投票っす……」

 

 涙をハンカチで拭いながら、希维さんが進行します。

 甲乙つけがたい。クオリティで言えば、全くの互角。だったら、もう自分がどちらが良かったか、で決めるしかありません。

 

「2対1、っすね」

 

 わたしとスノーレソン先生が選んだのは二つ目、希维さんが選んだのは一つ目のステーキでした。

 

「……勝者! ダリウス・オースティンシェフ!」

 

 ここに来てのフルネーム呼び。感極まった涙混じりの震え声。よっぽどお気に召したのでしょう。

 

「……ン……磨き上げた技術、最高の食材……何故、負けたのだろうね」

 

 敗れたエスメラルダさんは、とても悔しそうでした。それは、ただ勝負に負けたというだけのものではないような、そんな表情です。

 

「俺とアンタの技術は互角、それかアンタの方が上だった。……勝敗を分けたのは、肉の種類だ」

 

 種明かしの時間です。ダリウスさんは、自分の切り出した肉とエスメラルダさんの切り出した肉を並べます。

 ダリウスさんが使った肉。それは、赤身のものでした。エスメラルダさんが使ったのは、それとは対照的な、綺麗な編み目のような脂肪の含まれた肉です。

 

「審査員は三人とも女性……それも、若い女の子が二人とご老人だ。霜降りよりも赤身の方が向いているだと考えたのさ」

 

 ダリウスさんの言葉に、エスメラルダさんははっと顔を上げます。

 そう言えば、そうでした。どちらも美味しかった。でも、私の好みはどちらかと言えばさっぱりとしたダリウスさんの方。食べている時は気付きませんでしたが、脂肪の差だったのです。

 

「自身の技術を極め、自身の誇る食材を完璧な形に作り上げるもまた一つの芸術の形だ。決して間違っちゃいない。でも、自分の作った料理を食べさせるのか。相手の為を思って料理を作るのか。……ただ、貴女は、それを違えたんだ」

 

「……お言葉、耳が痛いよ」

 

 エスメラルダさんは、耳を塞ぐふりをしながらふっと笑いました。そこに先ほどまでの悔しさは無く、どこか相手であるダリウスさんの事を誇りに思っているかのような、不思議な笑みでした。

 きっと、今のこの戦いの外でも、わたし達の知らない何らかのドラマがあったのでしょう。

 

「ダリウスシェフ……!」

 

「いやぁ、熱い戦いだったっすねぇ……いよいよ決勝、これ以上に熱い……」

 

「まだ試合終わってませんから」

 

 やり遂げた感のある戦いでしたが、まだ『裏町内』は二勝で勝負がついていないのです。わたしも直前まですっかり忘れていましたが。

 

 

 

「第三回戦、勝者、剛大選手!」

 

 

 

 そして、熱戦の後の気怠い雰囲気の中、戦いはあっさりと終わりました。

 『槍の一族』からはわたしの妹、ナタリヤが。『裏町内』からは体育の先生、島原先生が。

 競技『400m走』。

 

 ……詳細は、語る必要は無いでしょう。

 なんでか弱い女の子相手に遠慮してやらないんだと大ブーイングを受ける島原先生の背中は、少し寂しそうでした。

 事前インタビューで弟と妹が身に来るから全力を尽くしたい、と言っていた結果が、まさかこんな事になるなんて……

 

 

 それはともかくとして、決勝の対戦カードは決まりました。

 

 『エリセーエフ家』VS『裏町内』。

 裏町内チームは、その選手の全てを明かしてはいません。控室にも、その全員はいませんでしたから。

 選手データも、わたしには渡されていませんでした。

 

「決勝では、さらに様々な系統の競技が追加されるっす! 盛り上がってまいりましょー!」

 

 沸く場内。いよいよ、決戦が始まります。

 

「あ、では私はこの辺りで失礼するわ」

 

 それは、唐突でした。スノーレソン先生が席を立ち、去っていきます。

 えっちょっという希维さんの声を聞く事なく。

 

 ……実況と解説は、希维さんとわたしの二人でお送りします。

 

 

「第一回戦! 『エリセーエフ家』からは京華ちゃん! 『裏町内』からは拓也君っす! 競技は『町人の顔神経衰弱』!」

 

 裏返されたカードが、恭華お姉ちゃんと拓也さんを挟むテーブルに配られます。

 

「ルールは簡単、同じ絵柄を揃えるだけ! 取った枚数がそのまま得点となるっす! ただし!一度めくられたカードを含む組み合わせを間違えたら減点っす!」

 

 

「おっけー。んー、ま、適当に」

 

 恭華お姉ちゃんがめくった二枚。剛大さんとわたしの顔が写っています。なるほど、人の顔合わせ……恥ずかしいからやめてほしいのですが。

 

「俺の番か」

 

 拓也さんが一枚を捲ります。ベルトルト先生。二枚目は、ダリウスさん。

 

「ま、最初は気張る事もないっしょ、おにーさん」

 

 恭華お姉ちゃんの二枚も、また外れでした。

 

「その通りだな」

 

 拓也さんは、恭華お姉ちゃんと話しながら一枚目を捲ります。そこには、恭華お姉ちゃんが既に引いたものと同じ顔が。

 

「ま、先制点はいただきってこって」

 

 口端を歪め、拓也さんは最初に恭華お姉ちゃんが引いたカードを捲ります。同じ顔が二つ、揃いました。

 

「あー、拓也さん既存捲られカードミスペナルティでマイナス2点っす」

 

「何で!?」

 

 先制点を得た、と思っていた拓也さんに、無慈悲なマイナス点が降り注ぎます。

 どう見ても同じカードを取っただろどうなってるんだ審判、と拓也さんは怒り気味です。

 私は、内心で拓也さんにごめんなさい、と謝ります。この勝負、恭華お姉ちゃんの勝ちです。

 

 何故ならば……

 

「それ、一枚目がエリシアちゃんで二枚目がナタリヤちゃんっす」

 

「ウッソだろ!?」

 

 ……突然ですが、世界中には、全く同じ顔をした人が三人いると言われています。

 でも、この町には……

 

「拓也さん、マイナス2点っすー」

 

「またかよ!?」

 

「あ、エリシアちゃんじゃん~もう一枚ここだっけ?」

 

「恭華ちゃんプラス2ポイントっすー」

 

「これならどうだ!」

 

「それ、アナスタシアさんとナターシャちゃんっすね」

 

「クソァ!」

 

 そこから先は悲劇の展開でした。わたしとお母さん、ナターシャお姉ちゃん、ナタリヤ。町内だけで同じ顔が4人。

 私も見分けが付きますし恭華お姉ちゃんは見分けが付くらしいのですが、ごく一部以外の人には……

 

「集計ー、勝者、恭華ちゃん!」

 

「ふっ、当然っしょ!」

 

 ガッツポーズの恭華お姉ちゃん。うなだれる拓也さん。これは仕方ありません。無慈悲です。

 

 

「いやぁ、辛い戦いだったっすねぇ」

 

「驚くほど理不尽でしたね」

 

 なんか……すごくひどい戦いでした……

 

「第二戦、ナターシャちゃんVS剛大さん! 競技は、『800m走』です!」

 

「またなのですか!?」

 

「運っすからねぇ……同じようなものが続く事もあれば全く同じのが出る事も……」

 

 思わず突っ込んでしまいます。わたしの姉妹は剛大さんに脚力で打ちのめされる運命なのでしょうか?

 

 

「あ、あの、わたし、精一杯頑張りますから! 剛大さんも!」

 

「……君は、良い子だな」

 

 試合前の二人の会話。こうなったものは仕方ない。だから、遠慮とかせずに。ナターシャお姉ちゃんは、先ほどの剛大さんの惨状を目の当たりにしていましたから。その言葉も、慰めと優しさに満ちています。

 

「では、よーい……スタート!」

 

 そして、開始の合図で試合は始まります。結果はわかっている。でも、頑張る。わたしの、あの鬱陶しい、でも時々優しいお姉ちゃんは、そんな人です。

 わたしと同じ弱い体で、でもわたしよりもずっと強いお姉ちゃんは、一歩を踏み出し。

 

 その体は、剛大さんを追い越しました。

 

 ……正確には、剛大さんがスタートの瞬間に両ひざを地面に突きました。

 

「……私はもう疲れた……殺してくれ」

 

「剛大さん!?」

 

 剛大さんの眼は、すでに生きている人のそれではありませんでした。

 

「はは、先に行くといい……私は何がしたかったんだろうな……弟と妹に良い所を見せようとして、結果が弱いものいじめの悪人だ。ああ、視線が突き刺さるよ。皆が私を責めている。その中には弟と妹達も混じっている……」

 

「……いいんだ、君の気持ちはよくわかった。だから、私のためにも先に行ってくれないか」

 

 先の一件で完全に精神を打ちのめされてしまった剛大さん。ただ、体育座りでスタート地点に蹲ってしまっています。

 

「う……うぅ……はいっ!」

 

 今の彼に自分がかけられる言葉は無い。そう考えたナターシャお姉ちゃんは、涙を拭い駆けだします。

 そのふらつく足で。ゆっくりと。

 

「……勝者、ナターシャちゃん」

 

 ……後味の悪さが凄まじい。場の空気が重すぎる。剛大さんは弟さん達に連れられ、慰められながら場を後にしました。

 真面目で熱意のある人ほど、潰れてしまった時の絶望は深いものなのでしょうか……ただ、回復を祈る事しかできません。

 

 

「……気を取りなおして第三戦! 『エリセーエフ家』からはお助け枠! ヨーゼフ・ベルトルト博士がつ「ちょっと待ったぁ!」

 

 次のこちらの選手はベルトルト先生のようでした。堂々とした足取りで、フィールドに姿を現します。でも、それを遮り、競技場に飛び込んできた人間が、一人。

 

「俺を差し置いて願いを叶えようったってそうはいかねぇ! 第三戦、このバイロン・エスパダスが勝負だ!」

 

 はい、バイロンお兄ちゃんでした。

 願いを叶えてもらえるのは、優勝チームの中で決勝の試合の選手に選ばれていた人、らしいのでじゃあ自分はこのままじゃ願い叶えられないじゃん、と出てきたのでしょう。

 

 全身に包帯を巻き、痛ましい状態です。

 

「へ、へへ……願いを叶えるのはこの俺だ! 相手は誰だ? かかってこいやぁ!」

 

 すごく欲望に溢れた雰囲気で叫ぶバイロンお兄ちゃん。

 それに答えるかのように、『裏町内』の選手が現れ、クジを引き抜きます。

 

 

 

 

「えー、バイロン・エスパダス君対エレオノーラ・スノーレソン先生……競技は『デスマッチ』っすね」

 

「あ……?」

 

 

 

 

 

「死んでも治せるレベルの医療設備があるんでお二方遠慮なくどうぞっす」

 

「ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛!!」

 

 

 

 ゲルニカ、という有名な絵画を御存じでしょうか? わたしから言える事はこのくらいです。あとバイロンお兄ちゃんのご冥福をお祈りします。

 

 

 

「はい、ではフィールドの清掃に少し時間をいただきまして第四戦! アナスタシアさんVSダリウスさん! 競技は……『料理』っす!」

 

「希维さん明らかにくじの中身操作しましたよね?」

 

「バレなきゃ不正じゃないっす」

 

 タチが悪いタイプの人です。たぶん、第五戦までもつれこんだ方がウケが良い、とか考えてなくてダリウスさんの料理が食べたいだけです。

 

 

「勝者……ダリウスさんっす!」

 

 巻いていきます。結果として、お母さんの料理は別に下手というわけではありません。ただ、相手が悪すぎたのです。

 

 

 

「……いよいよ、最後の戦いがやってまいりました。これで全てが決まるっす」

 

 盛り上がりは最高潮です。盛り下がっていた雰囲気がウソのように。血を見ると熱狂するというのは人間という生物の本能とはいいますが、前の試合ではあまりにほら……凄惨な光景が広がっていましたから。

 

「『エリセーエフ家』ヨーゼフベルトルト先生対……!」

 

 タメてます。最後だからでしょうか。本来のチームメイトでは無いのに、ベルトルト先生は大いに困惑している事でしょう。

 対戦相手は誰なのでしょうか。私も知りません。わくわくします。

 

 

 

 

「『裏町内』エリシア・エリセーエフちゃんです!」

 

「……は?」

 

 素で、声が出てしまいました。希维さんが示した対戦相手の名前。それは、わたし。

 どういう事なのでしょうか?

 

「ああ、といってもエリシアちゃんじゃないんすよ」

 

「……はい?」

 

 希维さんの言葉は要領を得ません。どういう意味なのか。

 裏町内チーム側の控室に、人影が現れました。わたしは、ここにいるというのに。

 

 

「えーっと、簡潔に言うとっすねえ……ベルトルト先生に作ってもらった装置で呼び出した平行世界的な場所のエリシアちゃん的な?」

 

「何てことしてくれてるんですか!」

 

 それは、希维さんにでしょうか。それともベルトルト先生にでしょうか。もう自分でもわけがわかりません。

 ただ、落ち着いて考えると、平行世界の自分、というのが気になるのも確かです。

 一体、別世界の私はどんな人生を歩んで、どんな人で……

 

「……いやいや」

 

 

 

 

 はい、率直に表現しましょう。筋肉です。

 姿を現したのは、筋骨隆々な女性でした。

 確か180を超えているらしいベルトルト先生に迫る身長。熊とか絞め殺せそうな肉体。

 頭にはロシア帽を被り、その目線は射殺さんばかりにベルトルト先生を見据えています。

 

 

「わたし……?」

 

「……」

 

「あらあら」

 

 希维さん、無言やめてください。あとスノーレソン先生、いつの間に帰って来ていたのでしょう。

 

「ええ……君がエリシア君なのかね……?」

 

 ベルトルト先生が、平行世界のわたし(?)に話しかけます。答えは、沈黙。同時に、クジを勢いよく引き抜く事。

 

「『デスマッチ』、っすね……では試合、開始」

 

 いやいや無茶だろ、と首を振るベルトルト先生。しかし、棄権をするという考えは無いようで、わたし(?)と向き合います。

 

「まあ、よくわからないが、よろしく頼む」

 

「Это ваше кладбище.」

 

「何て!?」

 

 

 おいおい死んだわベルトルト先生。そう思わせる、一瞬の攻防でした。両者挨拶と同時に、猛烈な左からのフックがベルトルト先生に襲い掛かります。

 間一髪、身を退いてそれをかわしたベルトルト先生。しかし、その拳は先生のメガネを捉え、遙か彼方に吹き飛ばします。

 

 

「おおー、すごいっすねー……エリシアさんは本気で殴ったんすかね?」

 

「VIP客席を御覧なさい、消しゴムほどの重さしかないメガネが本大会のスポンサー、オリヴィエ・G・ニュートン氏に突き刺さっているわ。全力で殴ったと考えるのが妥当でしょうね」

 

「ほえー……ってオリヴィエ様ぁ!?」

 

 ツッコミ不在すぎるこの空間。スノーレソン先生が指さした客席には、左胸に眼鏡が深く突き刺さりぴくりとも動かない、瞳孔開きっぱなしの男の人が倒れています。……あれ、死んでますよね。

 

「そっちはどうでもいいわ。見なさい、ベルトルト先生、必死に逃げ回っているわよ」

 

 

 決してどうでもいい事ではないと思う、などというツッコミはさておき、ベルトルト先生はわたし(?)の猛攻から何とか逃げ回っています。しかし、このままでは追い詰められて……

 

 

「……さて」

 

 ……追い詰められて、後はもう一撃を受けるだけ。それで終わる。でも、ベルトルト先生は不敵に笑います。

 何故なのでしょうか。

 そう、この時私は、失念していたのです。あの季節に一度は児童誘拐と間違われて通報され、毎週のように教室を実験で爆破するあの博士が、どんなに厄介な人間なのかを。

 

 

「観客の諸君、この戦い、私の勝利だ!」




観覧ありがとうございました。
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