新緑の火星の物語(特殊な番外編シリーズ)   作:子無しししゃも

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・前回のあらすじ

「人の心は砂時計のようなものだ。対極となる概念を、完全に消し去る事などできやしない」

 決断の時は、刻一刻と迫っていた。目の前の男、決して意見を譲らない全ての元凶に対し、俊輝は必死の説得を試みる。

 彼は、優しかった。だが、そう簡単に譲る事は出来なかった。
 だからこそ、問うたのだ。本当に、自分達が争うそれは重要なのかと。

 そして、彼の言葉で、再び戦争の幕が上がる。
 彼がそれを崇める人々の信仰の深さと共に歩めるかもしれないのにその最後を踏み出せない理由を身を持って知る時間は間近に迫っていた。

「なあ拓也、たけのこ&きのこセットかきのこ&たけのこセットかどっちの名前がいいかって、そんなに重要か?」


第496話 魔法少女まりゅすく☆えりしあ煉獄篇

 今日は寒いけれど、わたしの心はぽかぽかとしています。

 空は少し曇っているけれど、ああ、なんて晴れやかなんでしょうか。

 

 この日をどれだけ待ちわびた事でしょうか。

 去年はあんなに酷い目にあっちゃったけど、もう全部許せちゃう気がします。

 

「えへへ、エリシアは嬉しそうですね」

 

「はい!」

 

 一歩後ろを歩くお母さんに大きな声で答えて、その手を引っ張ります。

 

 あらあらと笑うお母さん、その後ろにいるお兄ちゃんたち。

 ええはい、今日は――

 

 

 

 

 

 

―――――――温泉旅行の日なのです!

 

 

 

 

 ……ああごめんなさい、いきなりそんな事言われてもわからないですよね。

 事の初めは、一か月くらい前の事になります。

 

 

 聖槍杯2019。今年も行われたこの大会は、熾烈を極めました。

 お母さんが体操着を来て、高校の先輩、シロさんとエミリーさんは今年こそは……! と闘志を燃やして、学校の用務員の七彦さんは一人で出場しようとして弾かれて。

 途中でメインスポンサーの人が爆散したりバイロンお兄ちゃんが死んだりと色々ありましたけど、今年もわたしは実況・解説のお仕事をやり遂げたのです!

 

 そしてそして! 見事優勝を成し遂げたチームの代表さんが、こう言ったのです!

 

「私達が優勝しちゃったけど、皆さん凄くいい試合をして盛り上げてくれたので皆で旅行にでも行きたいっすねー」と!

 

 ありがとう希维さん! 実況をわたしに押し付けてさらっと選手として参加してたのは許しませんけどいややっぱり許します!

 

 という事で! わたし、エリシアは家族と町の皆さんと一緒にいまここ、温泉旅館にやってきています!

 わぁい! 温泉です! 私、本格的な温泉に来たの初めてなんです!

 

 ひなびた山奥の温泉旅館! 貸切り! 美味しいお料理に露天風呂! もう、楽しみで楽しみで!

 

 

 バスから降りて旅館への道を歩いている今この時ふと周りを見回すと、大会に参加した皆さんやスポンサーの人、隣町の人達も少しだけ参加しているみたいで、見知った人が沢山います。

 

「希维、オリヴィエ様の隣を代われ。お前に警護は務まらん」

 

「嫌っすー」

 

 最前列を歩いているのは、聖槍杯のスポンサー、ゲガルド家の人達。何をしているのかよくわからない人達ですが、太っ腹です。

 その先頭の男の人の隣を争っているのは、希维さんともう一人、かっこいい男の人。

 

 他にも、大会で見かけた人達や初めて見る人も混ざっています。

 

 

 ゲガルド家の人達に限らず、皆、それぞれの所属ごとに集まって動いているみたいです。

 私は大会参加者として家族といますが、高校と大学の生徒さんたち、あちらは……なんでも屋の社員さん達でしょうか?

 

 こんな大人数も、初めてかもしれません。新しくお友達とか……なんて、ちょっと思っちゃいます。

 

 

「……さあ、到着だよ、諸君。今年も実に見応えのある大会をありがとう。ささやかなお礼だけど、楽しんでもらえると嬉しいな」

 

 そして、旅館にいよいよ到着です!

 

 ゲガルド家のご主人、オリヴィエさんが労いの言葉と共に、皆を見回してお礼を言ってくれます。

 いえいえとんでもないです、と言いたいです。というか、当のこの人は大会序盤で爆発四散して試合見れていなかったんじゃ、とか突っ込んではいけないでしょうか。

 

 自然の中に建つ、古い雰囲気を持っていながらも立派な建物。

 想像以上に高級そうなところで、少しびっくり、でも期待は高まるばかりです。

 

 

「では、自由に過ごしてくれたまえ!」

 

 オリヴィエさんの言葉と共に、皆、特にわたしも含めた子どもはわぁいと散って行きます。

 わたしはどこに行くのかって? まずは自分の部屋で荷物を置いて景色を見ながらぐでーっとするんです、ぐでーっと!

 

 温泉は夜ご飯の後でゆっくりと! 楽しみは取っておくものですから!

 

 

――――――――――

 

「ふむぅ……面白い番組はやってるっすかねぇ」

 

――客室の一つで、希维は寝ころびながらチャンネルを変えていく。

 

『火星戦隊アネックス5第6シーズン48話』。……こんなところで再放送してるんすねぇ。

 

『下半身探訪記』。珍しい生き物の下半身を探す旅。今日はサモア編。あまり興味は無いっす。

 

 食事を終え、お風呂に入るまでの時間潰しだ、特に拘りなどないのだけど。

 いまいちこれだ、という番組は無く、適当でいいや、と希维は雑に新聞の番組欄を開き。

 

 ああこれ最近オリヴィエ様が始めて千古ちゃんもそれに釣られてやってたっけな、というボードゲームの番組を見つけた。

 

『テラフォチェス・ゴキ王戦タイトルマッチ』

 

 ルールはわからないが見ているだけでも楽しいというのはあるもので、西洋人系の少年とフードを被って顔の見えない人物が臨むそれを、希维はぼんやりと眺める。

 

『それやったら戦争だろうが……!』

『き、キィィイィイィィィィィイイィイィ!?』

 

 チェスのプロ同士、落ち着いて試合をするイメージがあったが、目の前の二人はそうでもないようで。

 十分ほどそれを煎餅をかじりながら見た後、希维はそろそろ行こうかな、と思い首を後ろに向け。

 

「リンネちゃん、私が体洗ってあげるっすからねー……って、っ!?」

 

 そして、彼女が普段世話をしている主の愛娘の姿はどこにも無かった。

 

 

――――――――――――

 

 夜ご飯も終わって、念願のお風呂タイムです!

 ご飯を何杯もおかわりしてしまって、少しだけ体重が不安ですけど……いいですよね、この旅行が終わってから頑張れば!

 

 お風呂に行く、行くんですけど……そこに辿り着くまでにも沢山の障害……正確に言えば誘惑がわたしを待ち構えています。

 

 ピンポンの台は何とか切り抜けましたが、ここ、ゲームセンターも、その一つです。無料で遊べる様々なゲームたちが、私の目を惹きつけて止みません。

 ちょっと遊んでいこうかな。そう思った矢先に。 

 

「……」

 

 ゲームセンターの中を、女の子がふらふらとしていました。

 小学校の低学年くらいでしょうか。金の長い髪に、お人形さんみたいな可愛い顔の子です。

 

「どうしたんですか、お母さんとお父さんは?」

 

 迷子かな、と思い、わたしはその子に声をかけました。

 無表情のその子は、わたしを警戒しているのでしょうか? 顔をじーっと見てきます。

 

「……ん」

 

 女の子が指を指したのは、ゲームの筐体の一つでした。

 ああ、なるほど。迷子とかでは無く背が届かなくてゲームができないと。

 

 ちょっと待っててね、と言って、わたしは近くの台を探してきて、それを取って女の子が立てるように指さしていたゲームの前に置いてあげます。

 

「……」

 

 無言で台に乗った後に、女の子はわたしの服の袖を掴んで、小さく首を縦に何回か振ります。

 あら可愛らしい。思わずそんな事を思っちゃったり。

 

 ふと、どんなゲームなんだろう……と女の子が始めようとしたそれを見て。

 

「……へ?」

 

 思わず、困惑してしまいます。

 それは、パンチングマシーンでした。

 最近はあんまりないですよね。危ないとか何とかで。

 

 ゲームをよく見ていなかったわたしもわたしですが、こんな小さい女の子が、これをやって楽しいものなのでしょうか――

 

 ばごん!

 

――なんか凄い音が出ました。なんか凄いスコア出てます。前にこれをやって腕を痛めたバイロンお兄ちゃんを余裕で上回る結果です。

 

 ばごん、ばごん、ばごん!

 

 そして、それだけでは足りないとばかりに、台から落ちない絶妙な動きの軽快なステップと共に何発ものパンチが次いで機械に叩きこまれていきます。えぇ……

 

 見守る事数十秒。女の子は満足したのか、台を降ります。

 

「……ん」

 

「んー、あ、お風呂ですか!」

 

 少しづつ、この子の言いたい事がわかるようになったような。

 無言で指さすのは、今からわたしも行こうとしていた露天風呂の方でした。

 

 

「リンネちゃあんんんん!!」

 

 

 ご家族がどこにいらっしゃるのかもわかりません、ひとまずは一緒に行きましょうか、と手を繋ごうとしたわたしの耳に入って来たのは、めちゃくちゃ焦った調子の爆音です。

 

 人の名前を呼ぶその声の方向を見ると、そこには長い廊下の果てからこちらに向けて希维さんが鬼気迫る表情で猛ダッシュしてくる姿が。

 めちゃくちゃ綺麗な短距離走のフォームです。めちゃくちゃ速いです。ぶっちゃけ怖いです。

 

「わあぁぁ!?」

 

「……」

 

 何だか捕まると大変な事になる気がして、思わず女の子を小脇に抱えてわたしは逃げようと――

 

 

 

「……いや、なんで逃げたんすかエリシアちゃん」

 

――して、あっさりと捕まりました。

 冷静に考えてみれば当たり前な話なのです。わたしはどこにでもいるちょっと病弱な華の女子高生。小学校低学年くらいとはいえ、人ひとりを抱えてなんか後半は人間を辞めたような動きで追撃してきた希维さんを振り切る力なんて無かったのですから。

 ……というか、わたし一人で逃げても普通に捕まるでしょう。わたし運動音痴ですし。

 

「いやいや、まあでも見つかってよかったっすよー。エリシアちゃんが一緒にいてくれたんすか?」

 

「ちょっとこの子がゲームやりたがっていたので……」

 

 はて? と首を傾げる希维さん。

 珍しい事もあるんすねえ、と女の子の頬をぷにぷにとつついています。羨ましいです。

 

「ああすみません、この子リンネちゃん、って言ってオリヴィエ様のご息女なんすよ」

 

 そこで初めて明かされる、希维さんが何故この子、リンネちゃんを追いかけていたのかという理由。

 一緒にお風呂に行く予定だったのに気づいたらいなくなってしまったから大焦りで探していたようです。

 

 でも、確かにあの『イケメンだけどなんか雰囲気キモいよねランキング』毎年一位のオリヴィエさんの娘さんなのなら、この可愛さも納得と言えるでしょう。

 

「ありがとうございましたエリシアちゃん、良かったら一緒に……ん゛っ゛!?」

 

 へにゃっとしたいつもの笑顔の希维さん。しかし、一瞬でその様子は急変しました。

 言葉が途中で途切れて鈍い悲鳴、とでも言えばいいのでしょうか。とにかく深刻そうな声を上げます。

 

 何が起こったのか。その答えは、リンネちゃんのほっぺをつついていた指にありました。

 それが、リンネちゃんに掴まれ、そして……あらぬ方向に折り曲げられています。拒絶の意思表示がハード。

 

 

「……行こ?」

 

 そこで初めて、わたしはその声を聞きました。

 鈴が鳴るかのような透き通った、でも同時に年相応の柔さと愛らしさが混じった、小さな声。

 何かの間違いでは、わたしの妄想では? などと思い、その声の主を思わず見てしまいます。

 

「……ん」

 

 もう一度、とお願いする事はできませんでした。リンネちゃんが、そっと左手で、わたしの右手を掴みます。

 ああ、うん、仕方ないですよね。こんな小さな子に甘えられては。

 

 そこで蹲って悶絶している人を置いておいて、よしよし一緒にお風呂入ろっか、などと流されてしまうのは。

 頑張ってください希维さん。わたしは可愛い生き物にはとても弱いのです。

 

 

 

「……いや、何で逃げたんすかエリシアちゃん?」

 

 そして舞台は更衣室に。

 ふむふむ、旅館の更衣室はこんな風になっているのですか。木でできたあれこれが風情があってとても良い、などと語彙が不足している感想を浮かべながら服を脱いで辺りを見回すわたしに、恨みの籠った声が贈られます。

 

 妖怪左手の一指し指青紫女。そう名付けたくなるような完全に人間を辞めたムーブでわたしとリンネちゃんに追い縋ってきた希维さんです。

 

 隣には、裸にバスタオルを巻き付けた姿がやたら様になっている気がするリンネちゃん。

 

「いや……何となく……」

 

「エリシアちゃん結構酷い時あるっすよね!?」

 

 さてさて何の事やら。希维さんにはとても感謝しているのに。

 でも、舞い上がってしまっている事は否定できません。テンションが上がり過ぎているのかも。

 なんたって、初めての露天風呂! 外のお風呂! さてさて、わたしを満足させられますか!!?

 

 

 

 

「はぅー……」

 

 負けました。完敗です。まだ寒さが少し残った今日この頃。

 最初は、外でお風呂なんて、寒くって仕方なんじゃ、なんて思っていましたが……!

 

 とんだ間違いです! わたしは愚か者であったと断言せざるを得ないでしょう。

 そう、この寒さこそが! この寒さの中でお風呂に入るという贅沢こそが素晴らしいのだと私は気付いたのです!!

 

 それはまるで、おこたに入りながらアイスをいただく時のような! クーラーの効いた部屋でお布団に包まる時のような!!

 

「おやおやエリシアさん、楽しそうですねぇ」

 

 隣でお湯に浸かっているのは、クラスメイトのアレクシアちゃん。教会のお仕事も一括でお休みのようで、こっちに来れたようです。ここで、わたしのストレスゲージが一段階上がります。

 

「露天風呂、いいですねー」

 

 しかしわたしは慎重に自身の怒りを鎮めます。アレクシアちゃんに罪があるわけでは無いのです。

 

「わわっ、エリシアちゃんだ」

 

 そこにやって来る刺客その二。同じくクラスメイトのアシュリーちゃん。

 びきびき。私の堪忍袋が音を立てます。いいえ、違うんです、この子達は何か悪いわけでは。

 

「あーらこんばんは、うちの駄従妹がお世話になっているようですわね!」

 

 ……いや誰ですか貴女。露天風呂の奥の方にいたお姉さんが、まるで水の抵抗を感じていないかのような軽快な動きで近づいてきます。すごく美人。金髪碧眼ではありますが、ふと誰かに似ているような、なんて感じます。

 

 そんな初対面のその人は、私とアレクシアちゃん、アシュリーちゃんを順番に見やって。

 

 

「……ふむ。あまり気にする事は無くてよ、お嬢さん。無駄に大きくても邪魔なだけですわ。あそこの駄従妹を見ればお分かりになりますわ?」

 

 私の心を、今の悩みをぐっさりと串刺しにしました。

 く、ぅ……! わたしが気にしている事を、事を! ええその通りですよ何でわたしの周りには立派なお餅をお持ちの人間しかいないんですかもはや信じられるのはナターシャお姉ちゃんとナタリヤとお母さんとリンネちゃんだけですかちくしょうめ!!

 

「……エリシアちゃん、その人の言う事、気にしなくていいっすよ。煩いだけのノイズと思って欲しいっす」

 

 リンネちゃんの髪を洗っている希维さんから援護射撃(?)が飛んできますが、今の私にとっては希维さんもまた恨み……というか認めたくはないのですが妬みの対象なのです。

 というか、小さくてもいい(意訳)に対して気にしなくてもいいってどういう事ですか、ああん?

 

 

「流石私の分身、実に的を射た言葉だな! 何故女になっているかは知らんが。知らない少女よ、その通りだ! あの駄肉の言う事に価値など無い!」

 

 何故か私に対する援護射撃が飛んできたのは、高い木の板で仕切られた向こう、つまりは男湯から。

 しかも向こうも言っている通り知らない人です。

 

「……ちょっと黙っててもらえるっすか?」

 

「ハッ、羨ましいだろう希维イイィイィィィイィ! 貴様が仮に私よりも優れていたとしてもこれだけは覆らないからな! どうだ、オリヴィエ様のお背中をお流しするのは私だ!」

 

 ……この露天風呂、なんか無茶苦茶なテンションの人多くないですか?

 そんなこんなで、私は他人の振り見て少し自省するのでした。そうですよね、今をうらやみ諦めても仕方ありません!

 これからの成長に期待を込めて! そんなつもりじゃ……とあわあわしているアシュリーちゃんとにやにやしながら上にスマホ乗せれるか挑戦してみましょうかねぇとか言ってるアレクシアちゃんくらいになれるように。アレクシアちゃんは後でしばきます!

 

「あ、リンネちゃんは親戚見る限りだと将来はほぼ約束されてるっすね」

 

 この裏切り者ぉ!!

 

 

――――――――――――――――

~男湯~

 

「……何か、邪な視線を感じるような」

 

「ハハッ、野郎なんて覗いて何になるんだよシェフ」

 

 頭を洗うダリウスは、自身が何かに見られるいるかのような感覚に肌寒さを覚える。

 その隣のチャーリーの言葉にまあだよね、と頷くが。

 

 現在この男湯は高校のヤンチャ系男子とオリヴィエの背中を流しながら女湯に向かって叫ぶ謎の貴公子然とした青年のせいで大変賑やかな状態となっている。

 ダリウスにとってもまあそれが不快というわけでは無いのだ。彼がシェフを務めているレストランでも、昼間の時間帯は大学がすぐ近くにある事からボリュームあるランチを求めて学生達がやって来てわいわいがやがやとしている。慣れたものである。

 

「おや、彼は」

 

 そんなダリウスは、目線をある一人の、頭にタンコブが出来ている高校生男子へと向けた。

 常連客の一人だったからだ。

 

 

 

「ふ、ふふふ」

 

 さて、そんな彼、バイロンについて紹介するとしよう。

 エリセーエフ家の長男であるヤンチャ系男子の彼は、たびたび不幸に襲われる。

 

 昨年の聖槍杯では実の母親に半殺しにされた後、教頭先生に原型を何とか留めているレベルまで解体され。

 今年の聖槍杯では何か知らないが死んだ。

 

 そんな不幸な彼は、自分には少しばかりの役得があってもいいのではないか、とか考えている。

 町内の沢山の人達で旅行。ここの露天風呂には、主に夫婦向けなのだろうか、混浴もある。

 

 さて、彼は欲望に忠実な年頃の男子である。ここで、彼が選んだ選択肢とは――!

 

 そう、混浴へと足を踏み入れる事であった。男湯と女湯、そのどちらもに入口が繋がった第三の露天風呂。さあ夢の世界にレッツゴーだ!

 

 まーたバイロンがバカやってるよ。どうせ誰もいねぇって。

 そんな、友人達の笑いをうるせぇうるせぇと蹴散らし、混浴へと足を踏み入れたバイロン。そんな彼は、湯煙の向こうに一人の影を目撃する。

 

 うひょーと目を輝かせ、お嬢さん月が綺麗ですねなどと言いながら彼が向かった、その先にいたのは……!?

 

「あらあら、情熱的だ事」

 

 教頭先生(エレオノーラ)、であった。

 

「オゲエェェ――――!!」

 

 その萎びた体を見たショックと、昨年の自分の体が徐々に小さくなっていくトラウマがぶり返し、バイロンは吐瀉物を撒き散らしながら全力で背を向け走り出そうとし、直後自分の吐瀉物で滑り頭を強打した。

 

 現実、甘くない。

 こうして悟りを開いたバイロンは、男湯で大人しく女湯との間を仕切る板に耳を寄せてキャッキャウフフな会話で心を癒していたのだが。

 

「あん……?」

 

 彼がそれを見つけたのは、偶然としか言いようが無かった。その板の一カ所に、ぽっかりと指を通せるくらいの大きさの穴が空いていたのだ。

 

 周囲を慎重に見回す。大丈夫だ、誰もいないしこちらに注目していない。

 穴がある位置に素早く移動し、頭で穴を隠す。コイツは俺んだ、誰にも渡さねぇ……!

 

 そんな、世紀末の世界で水を見つけたモヒカンの如き思考で独占を試みた後、彼は向き直り、期待に目を輝かせ穴を覗き込む。

 

「……?」

 

 しかし、彼が期待した極楽の光景は見られず。その穴の先には、何故か赤色が広がっていた。

 何だコレ。塞がれてたのか、残念と思うよりも前に、何コレという思考が浮かぶ。

 

 

 だが、変化は次の瞬間に訪れた。バイロンの視線の先の赤色が、苛立たし気に歪められる(・・・・・・・・・・・)

 そう、そこで初めて、バイロンは自身が向き合ってものの正体に気付いた。

 

 

――――深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ

 

 それは、赤い張り紙などでは無く、人間の眼球だった。

 

「いやああぁぁぁぁ!?」

 

 女の子のような悲鳴を上げながら、バイロンは慌てて飛び退く。

 彼がここで目を離さなければ、一瞬ではあるが向こう側の目が離れ、彼の望む光景が見られたのだが、それは結果論であると言えよう。

 次の瞬間、バイロンの目が先ほどまであった位置に穴から指が突きだされたのだから。

 

 突然女々しい悲鳴を上げたバイロンが周囲にからかわれまくるという後の展開はさておき、精神的な恐怖を受けながらも彼は肉体的損傷を自身の吐瀉物による転倒以外では受けずに逃れる事ができたのである。快挙。

 

 

―――――――――――

~女湯~

 

 あの女の人は先ほどから仕切りの板に顔をくっつけて何をしているのでしょうか。

 あっ、顔を離しました。何だか凄く不機嫌そうに鼻を鳴らして、お湯に深く浸かっています。

 

 

 ……それにしても何で、あの人は温泉にドリルを持ち込んでいるのでしょうか……?

 

 

―――――――――――

~混浴~

 

「あ、あの、えーっと、シロ君?」

 

 そろそろ上がりましょう? その言葉を出そうとしても、出てこない。

 鏡は無いけれど絶対に赤くなっていると断言できる頬。

 バスタオルを巻いている状態とはいえ、相手の視線が自身へと向かう事の、気恥ずかしさ。不快感は無いのだけど、でもでも。

 少女は、動けないでいた。

 

「えーっと、な? その、あの、エミリー?」

 

 そろそろ上がろうか。その言葉を出そうとしても、出てこない。

 鏡は無いけれど、絶対に真っ赤だろ俺! と断言できる頬。

 

 際どい部分はバスタオルで隠しているとはいえ。相手に汚いものを見せてしまう心配は無いとはいえ。

 思わず、相手の方を見てしまいそうになる自分の目を、強固な自制心で押さえつける。

 少年は、動けないでいた。

 

 自分達は知り合いと一緒に混浴に間違えて入ってしまっただけ。他意なんて無い。その、言い訳というよりは事実そのまんまを相手に伝えれば万事解決だ。だがしかし、その相手は両者ともに煙のように消えてしまっている。

 今の状態では、平静を装う事なんて不可能。動揺しまくりながら慌てまくってじゃあお先に出るよ! などと言ってしまえば、それは今現在隣にいる異性の友人の事を露骨に意識してしまっているという誤魔化せない証左となる。

 

 

「クカカ! 若いお二人を見るのは楽しいな、博士殿」

 

「あら、悪い人ね」

 

「博士殿もノリノリで協力してたじゃないか」

 

 

 そんな二人の姿を湯煙に時々遮られる向こう、岩陰から二人に気付かれないようににやにやと観察するのは、これまた一組の男女だ。

 

 男の方は外見は十代後半ほど。その裸体は、誰が見ても鍛え抜かれている、と評するだけのしっかりとした筋肉と、それ以上に、彼の外見に似合わない、熟達した武道の達人の雰囲気を纏っている。

 

 そんな彼の隣で湯に浸かっている女は、外見で言えばおおよそ、二十代後半から三十代前半といった辺りの外見だろうか。十人いれば八、九人は美人だ、と評する容姿に、スリムでありながらも豊満と評する事ができる、魅力的なプロポーション。その目には、理知的な光が点っている。

 

 歳の差カップルと言うやつか? などと思うかもしれないが、二人の間にある空気は、交際している男女とはまた異なった不思議な雰囲気を纏っている。

 

 バイロンがもう少し待っていれば、恥じらう少女と豊満な美人を見る事ができたのだが、まあそれはタイミングが悪かったとしか言いようがないだろう。

 

 何故このような状況になってしまったのか。時は十数分遡る。

 

 

「おう、シロ! 一緒に風呂行こうぜ!」

 

六禄(むろく)さん?」

 

 少年、シロが友達の少女に会えないかなー、なんて考えながら旅館の中を適当にふらついていたのは、食事が終わった後の事だった。

 連絡先を知っている程度の仲だ。普通に遊ぼうぜ! と呼び出せばいいのであるが、それはまぁ……年頃の少年の感情を理解してあげてほしい。

 

 そんな彼が、日ごろ世話になっている高校の用務員であるこの男、六禄と出会ったのは偶然……では無かった。

 別に断る仲では無い。男同士日ごろの疲れでも取りに行こうや、というお誘いに乗り、シロは温泉へと。

 

 シロの失敗は、六禄との会話に気を取られてナチュラルに六禄が男湯では無く混浴の方への入り口へ誘導してきた事に気付けなかった事だろう。

 

 

「あら、エミリーさん? お風呂でもいかが?」

 

「ロスヴィータ先生?」

 

 少女、エミリーが友達の少年から遊びのお誘いでも来ないかなー、なんて考えながら自分の部屋で転がっていたのは、食事が終わった後の事だった。

 連絡先を知っている程度の仲だ。遊びましょう! と自分から連絡すればいいのだが、それはまぁ……年頃の少女の感情を理解してあげてほしい。

 

 そんな彼女の部屋を、つい最近赴任してきた臨時教師であるこの女性、ロスヴィータが訪れたのは偶然……では無かった。

 断る仲では無い。まだ皆の事全然知らないから仲良くなりたくて、と笑う若い先生の誘いを断る事ができず、エミリーは温泉へ。

 

 エミリーの失敗は、ロスヴィータが誘導するまでも無くそもそも彼女がおっとりしていて混浴の看板に気付かなかった事である。

 

 湯船は奥の方があったかい。周りに気兼ねなくお話できる。先客、スノーレソン教頭は何かを察してあらあら言いながら混浴から出ていき、濃い湯気で互いの状態が見えない二組……正確には六禄は自身の優れた気配察知で、ロスヴィータはこっそり耳の中に入れている自身の発明品でしっかり把握しているのだが、それはシロとエミリーの知る所ではない。

 

 そして、邂逅。

 

 普段無邪気に遊び回っている女友達(エミリー)の湯気に濡れてしっとりとした髪、丸みのある体のラインと白の肌という日常では見られない、意識していなかった光景に瞬間的に赤くなり、目を逸らすまでに数秒を要したシロ。

 

 同じく普段わいわい楽しく遊んでいる男友達(シロ)の、服越しにはまったく意識していなかったが彼なりに鍛えている事が伺える筋肉がついた体つき、一瞬して自分が見られている事への恥じらいから瞬間的に赤くなり、何とか叫びはしなかったが湯船にダイブするのに数秒かかったエミリー。

 

 二人の動揺の隙を突き、六禄とロスヴィータは岩陰へと脱出した。

 別に、二人のキューピッドになろうなどという善良な心根から二人は今回のこれを計画したわけではない。

 

 普段は相手の事を異性として意識せずに楽し気に遊び回っている二人がいざこんな事になったらどんな反応をするのか、という興味本位と悪戯心である。

 

 そして、先ほどの二人の様子を見ただけで彼らの計画は半分ほど成功していた。残り半分は、これからどうなるかをにやにや笑いを浮かべながら見守るだけである。

 

 ……さて、六禄とロスヴィータ、拳法の達人と天才的な科学者の二人をもってしても予測できていなかったのは、二人の奥手、鈍感、どう表現しても構わないが、とにかくの進展しなささである。今回の一件で、互いを意識していない、などというわけでは無いというのはわかったもの。

 

 

 結論。エミリーがのぼせて湯船に沈み、それを抱えながら助けてくれ六禄さーん! とシロが叫び出すまで、二人の我慢比べは続いた。

 

 

―――――――――――

 

 体中がぽかぽかしています。多幸感。温泉っていいものですね。

 ぜーぜーと荒く息をしながらふらふらと去っていくアレクシアちゃんを見送り、わたしはリンネちゃんの髪を拭いてあげます。

 ……え、アレクシアちゃんに何をしたか? ここでは書けない事です。

 

 え、リンネちゃんの本来の保護者さんはどこに行ったか? 希维さんが先に部屋に戻る、と言ったため、わたしが畏れ多くもリンネちゃんのお世話を仰せつかったのです!

 

「リンネちゃん、ピンポンでもやりますか? わたし、こう見えてもまあまあ強いんですよ!」

 

 町内ピンポン大会第二位(参加者:4人)の実力を今、見せる時。きっと温泉の良さでテンションが上がっているのでしょう。柄にもなくガッツポーズなんてしちゃったり。

 

「……」

 

 それに無言で、でも首を縦に振るリンネちゃん。よーしお姉さんいいとこ見せちゃうぞー、なんて。

 

 二人で、更衣室を出ます。忘れ物が無いか、しっかり確かめて。

 

 

「やあリンネ、お父さんが迎えに来たよ」

 

 さて、ここで、女湯の外で待ち構えていた変態……というのは冗談で、オリヴィエさんに遭遇しました。

 にこやかな笑顔で、わたしとリンネちゃんを見ています。そうです、この人、リンネちゃんのお父さんです。

 

「えーっと、その、リンネちゃんと今から遊ぶ予定で」

 

「いいや、リンネは部屋に帰らないといけない」

 

 そこで、わたしの中に少しの敵対心が芽生えます。

 まだ小さい娘が、女の子一人と一緒に遊ぶ。危ない事に巻き込まれても身が守れない。

 なるほど確かにそうなのでしょう。

 

 でもきっと、理由はそうじゃない。それは、オリヴィエさんの目を見ればわかります。

 そもそも、有無を言わせない。どんな状況だろうと、リンネちゃんが外で遊ぶ事を許さない。そんな雰囲気です。

 

 すごく、怖いけれど。この旅行の全額を負担してくれている人なのです。逆らったりしたら、どうなっちゃうかわからないけど。

 それでも、リンネちゃんがさっき希维さんの目を逃れてゲームで遊んでいた時、とっても楽しそうだったから。

 怖い。でも。私は、覚悟を決めてオリヴィエさんに。

 

「だって、リンネは私と部屋で遊ぶだろう?」

 

「……」

 

―――――ただの親バカだこの人!?

 

 思わず口に出してしまいそうになったそれを引っ込めます。

 自分が娘と遊びたいだけでしたかそうですか! 気持ちはなんかわかりますけど! けど!

 

 思ったよりも健全な理由で安心はしたものの、しかしわたしもリンネちゃんと遊びたい身。

 沙汰は、本人に任せるしか無いのでしょう。

 

 オリヴィエさんもわたしもリンネちゃんに目を向けます。

 

「……」

 

 そんなリンネちゃんは、無言で、わたしを、オリヴィエさんを、見て。

 

「……」

 

 オリヴィエさんを、上目遣いで見上げます。あざとい。

 でも、フラれちゃいましたか。とても悔しく、そして悲しくもあり……

 

「っ……!」

 

 しかし、オリヴィエさんは目を見開きます。

 リンネちゃんの手。それは、わたしの指をきゅっと握って。

 

「……ぱ、ぱ?」

 

「ごぱっ」

 

 なんか、血を吐くような音が聞こえた気がします。

 おずおずと、欲しいものをおねだりするような声。

 

 わたしでも思わずきゅんとしてしまうのです。

 当のお父さんからしてみれば、ええ。

 

 

「くっ、今回だけだとも! そう何回も通じると思わない事だね、愛娘よ!」

 

 捨て台詞を吐いて、オリヴィエさんは踵を返し、立ち去ります。

 この人、突然死ぬわ生き返るわで存在がよくわからない人ですが、こんな普通の人らしい部分もあるのですね。

 

 

「あっと、そうだ、エリシア君」

 

 立ち去ろうとしていたオリヴィエさんが、唐突に振り返ります。

 何を言われるのか。心臓が鳴ってしまいます。

 

 覚えていろよ、この恨み必ず、なんて言われたら――

 

 

「……娘の事、よろしく頼むよ。あの子がうちの家族以外に懐くのは、そうそう無い事なんだ」

 

 柔らかに、微笑んで。何を考えているのかわからなくて、どう考えても悪の組織のボスみたいな雰囲気で、おぞましい気配を纏っているオリヴィエさん。でも、この時だけは、そんな気配は何も無く、ただのお父さんみたいで。

 

 ……あと、口を押えていた左手が真っ赤に染まってましたけど、アレほんとに吐血してたんですか?

 

 

――――――

 という事でお父さんの許可も得て、ピンポン台へ……と、思ったのですが。

 

『フランス領事館主催ピンポン大会』

 

 という張り紙が。そして、台では激しい戦いが繰り広げられています。

 

 

「渡しはせん、渡しはせんぞ……! エドガー様顔写真Tシャツは私のものだあぁァァ!!」

 

「クカカ……! 欲するならば俺から勝ち取って見せろ、猪女! そのクソTに興味は無いがなァ!」

 

 

 眼鏡をかけた目付きの鋭い男の人と、身体つきの良い女の人が、凄まじい威力のスマッシュを撃ち合っています。互いに防御など必要ない、と言わんばかりの打球の応酬。

 

 ……これ、わたしが割って入れるようなものじゃないですよね。

 

「……」

 

 リンネちゃん、そんな『お姉ちゃんがピンポンするところが見てみたいな!』みたいな期待を込めた無表情は止めてください。あそこに割って入ったら確実に死にます。

 

 こうして、わたし達はピンポンを諦め、別の遊び場所を求めて――

 

「じょうじ」

 

 そこで、見てしまったのです。あの、黒い影が複数、通路を横切り――

 

 

――女湯に向かうのを!!

 

 

 

――――――――

――VIPの間

 

「いやはや、私に勝てるわけが無いっすよねぇ、ルイス兄?」

 

「フン、私がそのまま女の体になれば筋肉量も落ちるだろう。そんな当たり前の事すらわからんのか、凡愚」

 

 

 火花を散らす両者。

 他よりひと際豪華な客室で、二人は向かいあっていた。

 

 オリヴィエの執事、希维とオリヴィエに隣町の屋敷の管理を任された男、ルイス。

 

 その隣では、ルイスとよく似た……というか実際には同一人物であるのだが、女性が一人、虫の息で転がっている。

 この二人は、どちらもオリヴィエに重要な職務を任された優秀な人間であり、いとこの関係でもある。

 しかし、どちらがオリヴィエの傍で側近として勤めるのか。それを巡り、争いが絶えない仲でもあった。

 

 何故か本人から分裂してそのままなルイス(女性)が希维に白手袋を床に叩き付け決闘を申し込み、希维が容赦の無いアームロックにより勝利を収めてから、戦いは次の段階を迎えつつあった。

 

「残念っすけど、親戚と、そして、な・に・よ・り、オリヴィエ様のご判断で私が選ばれたの、忘れたんすかぁ~?」

 

「お前が猫を被っていただけだ。これまでにオリヴィエ様のコレクションをいくつ壊し、何回毒茶を盛った?」

 

「うぐ……」

 

 どうやら舌戦ではルイスが優位なようである。

 痛い所を突かれた希维はぐぬぬと黙り込み、少しして。

 

「へ、へーん! この高慢ちきが、親戚にも誰も支持されてないくせによく強がれるっすねぇ!?」

 

「貴様……」

 

 希维の言葉もまた、ルイスの痛い部分を抉る。オリヴィエを頂点とする親戚一同、その支持はルイスでは無く希维へと向いている。それもまた事実なのだ。

 

「お待ちを、希维様」

 

 だが、そこに一石を投じる声が。

 何奴、と二人が声の方向を見ると、そこにはメイド服を着た少女が立っていた。

 

「何すか、ヘリヤ?」

 

 真白な肌とその無表情は氷をイメージさせ、雪の妖精のように美しい。

 希维がその名を呼ぶと、機械的な、歪みの無い動作で一礼した後、ヘリヤは失礼ながら、と切り出す。

 

「ルイス様は一族のお方からも確かな支持を得ておいでです。証拠としまして、私が預かっておりました、一族のお方からルイス様に宛てられたお手紙がこちらに」

 

 そう言い、ヘリヤは一通の手紙を取り出す。そこそこの文章量がある事が伺えるそれに、ルイスは満足げに勝ち誇る。

 

「何故貴様が私宛ての手紙の中身を勝手に読んでいるかはまあいい。どうだ希维、これでも私は誰からも指示されていないか?」

 

「はっ、一族の者? それってルイス兄ご本人じゃないっすかぁ? 自分で自分に手紙出して恥ずかしくないんすか?」

 

 

「……ヘリヤ」

 

「はっ、僭越ながら私が読み上げさせていただきます」

 

 彼女はルイスの管理する隣町の屋敷の使用人だ。ルイスの側に付くのはまあそうなのだが、物的証拠があるのなら仕方ない。筆跡鑑定でも何でも後でしてやろう。文章の癖から暴いてやろうか。そう考える希维。

 

 そして、ヘリヤの涼しげな声で、その中身が読み上げられる。

 

 

 

 

 

「『ルイス!ルイス!ルイス!ルイスぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!

 

あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!ルイスルイスルイスぅううぁわぁああああ!!!

 

あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくん

 

んはぁっ!ルイス・ペドロ・ゲガルド様のブロンドの髪をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!!

 

間違えた!モフモフしたいお!モフモフ!モフモフ!髪髪モフモフ!カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!!

 

コラボ二話のルイス様かわいかったよぅ!!あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!!ふぁぁあああんんっ!!

 

オリヴィエ様に褒められて良かったねルイス様!あぁあああああ!かわいい!ルイス様!かわいい!あっああぁああ!

 

出番も多くて嬉し…いやぁああああああ!!!にゃああああああああん!!ぎゃああああああああ!!

 

ぐあああああああああああ!!!それなのにあんな事になるなんて現実じゃない!!!!あ…その後の仕打ちも考えたら…

 

ル イ ス 様 は 現実 じ ゃ な い?にゃあああああああああああああん!!うぁああああああああああ!!

 

そんなぁああああああ!!いやぁぁぁあああああああああ!!はぁああああああん!!シドあの野郎ぁああああ!!

 

この!ちきしょー!やめてやる!!現実なんかやめ…て…え!?見…てる?ブロマイドのルイス様が私を見てる?

 

イラストのルイス様が私を見てるぞ!ルイス様が私を見てるぞ!集合写真のルイス様が私を見てるぞ!!

 

ルイス様が私に話しかけてるぞ!!!よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねっ!

 

いやっほぉおおおおおおお!!!私にはルイス様がいる!!やったよ雅维ちゃん!!ひとりでできるもん!!!

 

あ、ブロマイドのルイス様ああああああああああああああん!!いやぁあああああああああああああああ!!!!

 

あっあんああっああんあオリヴィエ様!!エドガー様!!ジョセフ様ぁああああああ!!!アダムゥゥううう!!

 

ううっうぅうう!!私の想いよルイス様へ届け!!ゲガルド家のルイス様へ届け! 』」

 

 

 

 

「以上、です。お耳汚し失礼致しました」

 

「……」

 

「……」

 

 最初から最後まで、彼女の顔の無表情と同じ抑揚のない声で読み上げられた手紙。

 

 

 ルイスと希维、先ほどまで悪意をぶつけあっていた両者の間に、気まずい沈黙が走る。

 

 

「ルイス兄」

 

「何だ」

 

 ヘリヤが手紙をたたみ、丁寧にしまう。その紙の擦れる音だけが響く、永久に感じられる十数秒が過ぎ去り、ようやく希维は自身の従兄の名を呼んだ。

 

 

「お酒なら、付き合うっすよ?」

 

「その哀れみの目と薄笑いを止めろ女狐!!」

 

――――――――――――――――

 

「リンネちゃん、下がっててください」

 

 

 不覚、でした。わたしの目の前には、複数の黒い人型の生物。

 エロフォーマーと呼ばれる、危険生物です。

 

 体に力が、入りません。それはリンネちゃんも同じなようで、フラフラとしています。

 食事に毒を盛られた? いいえ、そうなら、他の皆さんの体の具合が悪くなっているはず。

 

 そんな事を考えるわたしに見せつけるように相手が手に持つのは、薬品の瓶です。

 

「じ……」

 

 にへら、と気味の悪い笑みを浮かべ、やつらは近づいてきます。

 頭がふらふらして、視点が定まらなくて。

 

 戦わないと、いけないのに。

 

 ……そうして、わたしの意識は、途絶えてしまって。

 

 

 

 

 

 

「あら? あらあら? まあ、お客さん! 嬉しいわ!」

 

 目を開けると、そこは、どこかの森の中でした。

 思わず、周囲を見回します。リンネちゃんは無事でしょうか。目に入って来たのは、森。そう形容しましたが、実際は、わたし達の知る、森なんかじゃなく。

 

 それは、ファンタジーの世界の中のような、不思議な光景でした。

 わたしの周りにあるその全てが全く見た事もないような植物で。でたらめに枝が伸びていたり、見た事も無い鋭い棘が生えた実が生っていたり、様々です。

 

 そして、それよりも、わたしは椅子に座ってテーブルを囲んでいました。

 

「……」

 

 隣の椅子に座っているリンネちゃんを見て、一安心。……でも、リンネちゃんの目が無表情のそれとは何か違い、目の前を、睨んでいるような。

 

 

「まあ、可愛い駒鳥(クックロビン)さん達、そんな目で見ないで? 私、悲しくなっちゃうもの!」

 

 リンネちゃんの視界の先。誰も座っていなかった椅子に、突如として女の人が現れます。

 赤いウェディングドレスを着てうさ耳を付けた、不思議な女の人。服の所々には、懐中時計や帽子を模した装飾が施されています。

 

「ここは、どこですか」

 

 ……その女の人に、何故か既視感を覚えて。誰かによく似ているような、そんな感覚で。

 でも、今はそんな事を聞いている場合では無いのです。これがただの夢の中で、答えを聞く事は無駄かもしれないけど、それでも。

 

 ……そんなわたしの願うような祈るような感覚は、でも。

 

「まあ、そんなにお急ぎにならないで? まずは、お茶会をしましょう?」

 

 目の前の誰かには、全く通じていない様子でした。 




観覧ありがとうございました!

ルイスのアレの元ネタ:ルイズコピペ
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