新緑の火星の物語(特殊な番外編シリーズ) 作:子無しししゃも
分岐としては現行最新話のアヴァターラが撃破された後、オリアンヌも死亡したけどエドガー暗殺は無理そうだな、ってなって盤外戦が終わりを迎えようとしていたその時にアダムが見てるだけじゃつまんない! と言いだして乱入してくる、という流れでした。
そっちルートに進んでいた場合のアダム陣営、『贖罪のゼロ』の方の拙作とのコラボで起こったチェスになぞらえた戦力で戦う『痛し痒し』に倣ってアダムが結成した『赤陣営』の紹介回を作ってみた(なお文字数が思いの外増えたためところどころ巻きが入っています申し訳ない)ものとなります。
一言で言えば没キャラ供養。そのためあとがきで語られる設定が長いです。
―――――フランス エリゼ宮殿
「やあこんにちは、調子はいかがかな?」
「貴様のおかげで最悪だ、泥人形」
黒革の椅子に腰かけたエドガーは、額に青筋を立てモニターの向こう側の相手を迎えた。
ひと目で作り笑いを浮かべているとわかる、露骨な皮肉のように相手に伝わるとわかって作っている笑顔で、通信相手――オリヴィエはエドガーへと友好的に話しかける。
「ああ、具合が悪いのはわかっているんだ。せっかく楽しくゲームに興じているのに、肝心のプレイヤーが腹痛を起こしているとなればそれはそれは」
同情するよ、とオリヴィエは眉を寄せて悲しみを表現する。
オリヴィエの言葉は、今の両者、そしてフランスという国の状態を表していた。
現在、フランスの首都パリではMO能力を用いたと思われるテロが行われ、さらに未確認の武装勢力が沿岸で目撃され軍が対処に追われている。
大統領官邸、エリゼ宮殿に構えるエドガーもあと少しで刺客が執務室に侵入するという状態まで詰め寄られていたが直属の部下の犠牲と丁度アメリカへと送り出そうとしていた駒の活躍により撃退する事に成功している。
旅行客がテロの指導者と思われる男を撃ち果たし、それを切っ掛けに攻勢も揺らぎ、軍も体勢を整えつつあるため、状況は一応の落ち着きを見せ始めてはいるのだが。
問題は、エドガーの強いカリスマの元に成り立つ支持基盤が揺らがないか、という点である。
外部の勢力の侵入を許し、多くの死者を出した事によるエドガーへの追及。
その点で、エドガーは無視し難い被害を自身も被っている。
ニュートンの一族、その絶対者と言えども文明社会に生きる人間では逃れられない、周囲との関係性。本人の強さでは無く周囲を突く犯人の粘っこい悪意である。
「クハハ……その通りだ。どこぞの下等な食材から湧いて出てきたのか、雑菌が増えているようでな? 心当たりはあるか、亡霊」
「いやぁ見当もつかないね」
しかし、それを意にも介さないという調子でエドガーはオリヴィエに言葉を返す。
二人の間には、共通の認識があった。
『フランスを襲撃したのはオリヴィエの仕業』『エドガーはそれを知っている』
その上で、二人は表面を繕いながら会話を進める。
互いに嫌味を言い合いながら、通信は終わろうとしていた。
オリヴィエからしてみれば、エドガーがまだ生きているかどうかの確認。
エドガーからは、オリヴィエの言から何か情報が得られないかどうか。
両者が知りたい情報を手に入れ、これ以上の会話は無駄だと判断した。
そして、白々しい別れの挨拶をオリヴィエが言い、通信を切ろうとした瞬間だった。
「やあやあ二人とも仲良しで何よりだよ!」
唐突にもう一つのモニターが光り、会話に第三者が乱入してくる。
それに対して、忌々し気なエドガーと生ぬるい目線のオリヴィエ、両者の反応はそれぞれだ。
アダム・ベイリアル。その姿はどこにでもいる印象の薄い一般人の少年が白衣を着ているとしか表現できない。
しかしその内にある底知れぬ悪意を知っているからこそ、そんな彼が通信を入れてくる事に意味の無い遊びの可能性は高いが、逆にそれが何かしら理由あってのものならば、生温い内容ではないのだろう。
そう考え両者は通信を止める手を遠ざける。
「……何の用だ」
だが、それと長話に興じるかどうかはまた別の話だ。
聞いているだけで頭が痛くなるような狂人の話題など、早々に流すに限る。
「おおっ、いきなりそれ聞いちゃう!? じゃあ、手っ取り早く用件から言うと――」
「僕もゲームに入れてよ!」
「……」
「……ほう」
アダムの突然の言葉に、両者は微かに興味を示す。
それが両者が想像していたものとは異なっていた、という事もあるのだろう。
「しかし随分と急な話だね」
のんびりとした口調で、紅茶のカップを手の平で弄んでいるオリヴィエ。
「ゲームマスターが盤に入るだと?」
一方でアダムへの嫌悪を剥き出しにしているエドガー。
現在オリヴィエとエドガーの間で行われている、アメリカを舞台とした陣取りゲーム『痛し痒し』。アダムはその盤を用意し、証拠隠滅から細かい準備などでゲームが回るように場を整えた仕掛け人だ。
だが、そんな彼がゲームに参加したいと言う。
「何の風の吹き回しだ?」
「いやぁ、見てるだけなの、飽きてきちゃってね!」
相も変わらずどうしようも無い奴だ。その理由に、エドガーはアダムの元々底にある評価を一々変えはしない。
自身の興味の赴くままに国を滅ぼす事も厭わない狂人の集団の代表だ、観戦は飽きたから気まぐれに、というその理由はある意味この上無く納得が行くとも言える。
「しかしいいのかい、アダム君」
「ん?」
そこで、黙っていたオリヴィエが口を挟む。
「君達の地球における同胞はもう多くないのだろう? ……私は兎も角これを機にエドガー君や本家の皆様が介入してきたら、地球での基盤を失ってしまうのではないかな?」
オリヴィエの疑問。それは、アダムが地球で動員できる戦力について。
アダム・ベイリアルという集団は現在地球では敵対者、アーク計画の遊撃部隊やニュートンの一族の手の者によってその数を大きく減じている。
一人一人が一筋縄ではいかない曲者の集まりではある。本人達が動かずともその研究成果によって得られた奇怪な戦力も有している事だろう。だが、それは大々的に動いてしまって察知されても凌げるものなのか、という点だ。
火星に構えているアダム・ベイリアル本人としては問題は無いだろう。直属の強大な戦力を有している事も知っている。だが、地球での影響力を失ってしまえば色々と不便なのでは、という疑問だった。
「やだなぁオリヴィエ君、僕たちは自由を愛する研究者集団、アダム・ベイリアルだぜ? 皆に特攻しろ、なんて言って言う事聞くわけないじゃないか!」
「……ふむ。それはつまり」
「イエス!
アダム・ベイリアルという集団では無く、彼、アダム・ベイリアルという代表者の単独での参戦。
そうかそれなら問題無いね、と納得した様子のオリヴィエだったが、一方のエドガーはそうでは無い様子だ。
「貴様のような小粒一つで余と争おうと? 思い上がるなよ、黒幕気取り」
エドガー、オリヴィエが用意した戦力で争う『痛し痒し』。両者は紛れも無いニュートンの上位者である。
だが、その争いにアダム・ベイリアルなどという連中が、しかも代表一人が用意した戦力、という平等な条件で入って来ると? それこそが不平等だ。全員でかかってきてようやく相手になる。
そのような、
「エドガー君、君は勘違いをしているよ。いくら途中参戦と言っても、自分が用意した盤に入るわけないじゃないか! それくらいのマナー意識はあるんだよ、僕にも!」
どの口が、というツッコミは置いておくとして、エドガーとオリヴィエ、両者はアダムが何を言わんとするのか捉えられずにいた。いや、正確には可能性としては思い至ってはいるのだが、それは無いだろうと考えていた。
「僕が入れてもらうのは、君達が僕をそっちのけで遊んでる方さ! 仲間はずれ、良くないよ!」
まさか、ルール無用の潰し合いの戦場に、自分だけルールに則って入って来るなど。
投入できる戦力がチェスの駒になぞらえた形で制限される『痛し痒し』と違い、そのルールの外にある現在フランスで起こっているのは、両者制限無しの死闘である。
互いに隠している戦力こそあるが、やろうと思えばそれこそ総力戦を行う事すら可能となる。
そこに、『痛し痒し』のルールに従った形での戦力を送る。
人間とテラフォーマー、合わせておおよそ3,40程。その数で、一国を支配するニュートンの一族の二人のほぼ総力と激突する。
例えるならば、濁流に笹船で挑むようなものだ。
「……よかろう。その自殺、手伝ってやる」
「いくらキングが取られないとはいえ、あまりお勧めはしないね」
激昂を通り越して呆れた様子のエドガーと止めておいた方がいいと思うけど、というオリヴィエに、アダムはただただ微笑む。
二人は、アダムが一体何を言っているのか、それが自分達をどれほど冒涜している行いなのか、理解している。
これは、二人にとっての『痛し痒し』と同じだ。エドガーが、オリヴィエが、たった数十人でアメリカという国家の全力を相手にしながら占領できる自信があるように。アダムもまた、フランスとフィンランド、両者の本拠地を数十人で制圧できるんだぜ! などと言っているのだ。
「まあ決めたのなら仕方が無い。君が選んだ精兵がどれ程のものか楽しみにしているよ、アダム君」
「せいぜい足掻き余を興じさせる事だな」
用件は済んだ。もういい。両者は今度こそ、通信を切る。
奴が自分達の陣営全てを相手取れるだけの戦力を持っているとは思わない。だが、油断もしない。
いずれ神に至る者の矜持として、刃向かう者あれば捻り潰すのみ。
紛れも無い、絶対者としての自信とそれに裏打ちされた強さ。
さあさあ戦争だ。それを砕かれた時、君達はどんな顔をするだろうか?
火星に設けられた、研究施設の一室。
そこには、暗転した二つのモニターと、ただ明るく笑う狂人のみが残されていた。
「なぁんて、どうどう? カッコよかったでしょ僕!」
とある宮殿の廃墟、その大広間。
栄枯盛衰、時代のロマンを感じさせるその場所に設けられた場違いなモニターを眺めるのは、一人だけだった。
「ねえ代表ー、代表は何でそんな自信満々なの? おバカさんなの?」
悪意の無い瞳でモニターの先のアダムを見つめながら開口一番に毒を吐いたのは、テーブルに座って寒天を食べている小学校低学年程の少女だ。
灰色の混じった金髪に、サイドテールがぴょこぴょこと揺れる。服装も、これと言って特筆する事も無いワンピース。見た目だけで考えれば、それはどこにでもいる一般家庭の子どもにしか見えないだろう。
だが、頭から被っている電波塔のような檻のような奇妙な物体が、その印象を一気に非日常のそれへと引きずり込む。
「お相手の二人、代表と同格なの。二人同時に相手にするの? 1と2、どっちが大きいかもわからないの? ううん、代表はかしこいからわかってやってるよね。じゃあ『まぞ』ってやつなの? きっとそうなのね!」
「僕の性癖を勝手に決めて納得されるのは困るんだけどなぁ! 流石僕たちの一人だ、と同時に何だこの悪い子は! なんて怒っちゃうぞ!」
きゃいきゃいと言い合いに興じる両者。二人の容姿も相まって、それは喧嘩をする子ども同士にしか見えない。
「取り込み中か? ……そら、土産だ」
そこに、新手が現れた。
言葉と共に、ボーリング玉のような何かが放り投げられる。
声の主は少女から数メートル離れた位置に立つ、扉をくぐってこの場所に訪れた男だった。
黒の高級スーツを着こなした、中年の男性だ。
その『土産』を見た少女とアダムは、これは大層なものを、と冗談めかしてそれを眺める。
それは、生首だった。金の長髪に、作り物のような方向性の整った顔。
槍の一族の王、オリヴィエ・G・ニュートンの。
「確かに戦力が不足しているのは尤もだ。だが、それを何とか覆すのがお前の役目だと聞いていたが、『
だが、普通であれば看過できない人間のものであろうその生首はどうでもいい、とでも言わんとするかのように、男は会話に混じる。
そこに不満を表したのが、話しかけられた少女だった。
「おじさんは事務的すぎるの! 役職じゃなくて、ちゃんと名前で呼んで欲しいの! ねえ、『赤の
一緒にお仕事するんだから、もっと仲良くしたいの。
そう主張しながらも、少女の言葉には子供じみた嫌がらせの混じった棘と悪意が多分に含まれている。
子どもの言う事だ。大の大人がムキになる事では無い。
そう、普段は紳士的な性格である彼、ヴラディラウスなら考えるだろう。だが。
「その
返した言葉は、平静を保てていない彼の苛立ちの二つの理由の内の一つをそのまま表していた。
ニュートンの一族とアダム・ベイリアル。犬猿の仲では収まらない血みどろの敵対関係。それが、両者の属する家系と組織の関わり方であるのだから。
「まあ、おじさんがフキゲンに私に当たる気持ちもよくわかるの! だって――」
少女、ピニャコラーダがそれを言い終える事は無かった。
喉を含めた十数カ所に無数の穴が空き、もはや喋る事が叶うような状態では無かったからだ。
「ヒュウ! さっすがー!」
モニターからの拍手に露骨に嫌そうな表情を浮かべながら、ヴラディラウスは自身の武器をしまい込む。
血に濡れた無数の槍……自身の体内から突き出した、白色の湾曲したそれを自分の体に沈み込ませるという形で。
「すまないな、仮初の主よ。だが
黒色に黄色がまだらに散った色へと変色した彼は、顎髭を撫でながらアダムにこの程度で死ぬなど、もっとマシな人材はいなかったのか? と苦言を呈そうとする。しかし、その言葉を途中で止めた。
どうも、槍が刺さった感触がおかしかったからだ。
腹に突き刺さった部分に内臓を抉り取った感触が、無かった。様々な器官を穿ったのではなく、どこまでも単一な柔らかい肉を刺したかのような、異質な手ごたえが伝わって来たのだ。
「ひどいねおじさんは! 息子さんが実験材料にされただけでフキゲンになってか弱い女の子をぐさぐさするなんて『けーさつ』に『つーほう』するの!」
グチャグチャという気味の悪い音と共に、心臓、喉という急所を潰されたはずのピニャコラーダは平然と立ち上がる。ヴラディスラウスを挑発しながら。
「あー……」
アダムはヒートアップする両者を止めようとするが、貴公は、代表は黙っていろという互いの無言の目に言葉を失う。扱いとしては
何か面白そうだったからオリヴィエ君とこから離反させてみたけど、コレ戦い始める前に分裂するんじゃね? という疑惑がアダムの内心に渦巻く。
ニュートンの一族とアダム・ベイリアルから構成される陣営。最強と最悪を合わせて最恐だ! 的な理論の元集められたこの人材であるが、トンカツとカレーを組み合わせてより美味しい、というよりはカレーにケーキをぶち込んだタイプのものだったのかもしれない。
「まあ、ダメよ二人共! 卵は割れちゃったら王様の家来が皆頑張っても元には戻せないのよ?」
だが、捨てる部下あれば救う部下ありとでも言うべきか。
殺意を滾らせ向かい合う両者の間に、突如として場に現れた人間が一人、割って入った。
「おねーさん、だれ?」
「……」
ハイ喧嘩は止めて、と二人を互いから遮るように立っていたのは、一人の若い女性だった。
だが、向き合う両者はその言葉に反して同時に戦闘態勢を取っていた。
……その仲裁者の歪な気配を察知して。
ワインレッドに染められたウェデングドレスを身に纏った、二十と少し、くらいの見た目の女性。
その金の髪は白のベールで覆われ、頭からはウサギの耳を彷彿とさせる髪飾りが空に向かって伸びている。
ドレスの所々に描かれているのは、チェス盤や帽子の意匠。小物としていくつもの小さな懐中時計がぶら下がり、彼女の動きに合わせてちゃらちゃらと鎖が音を立てる。
そして何より、腰の部分に刻まれた、食いつくされた林檎の芯とそれに巻き付く幼虫の意匠。アダム・ベイリアルの象徴たる印である。
だが、その姿を見て両者は同時に敵意を真っ向からぶつける。
「狂人どもに囲まれた状態で戦えと?」
ヴラディスラウスが注目したのは、幼虫の印。彼女はアダム・ベイリアルと関係深い何かだ。
「おねーさん……『いちぞく』の人だ」
ピニャコラーダが注目したのは、その姿。美しい容姿に、俊敏な動きと卓越した体捌き。それは肉体レベルで常人の域を超えた、ニュートンの一族の者。
「いけないわ、いけないわ! アダムおじさまに迷惑がかかっちゃうもの! ブージャムに会いたく無かったら、ちゃんと一緒に頑張りましょ?」
ニュートンの一族は生かしておかない。アダム・ベイリアルは生かしておかない。それぞれの本能に根差した殺意から、女性の言葉を耳に入れる事は無く、ヴラディスラウスとピニャコラーダは左右から仕留めんと攻撃を繰り出す。繰り出した、はずだった。
「紹介しようか。彼女はアストリス。アストリス・メギストス・ニュートン。君達の上司、『赤の女王』だよ」
女性、アストリスの立場を説明したアダムの言葉が、沈黙と共に受け入れられる。
ニュートン、というその姓に対する疑問でも、そのニュートンがアダムに傅いている事実でも無く、彼女という一個体の御業による驚愕と恐怖に塗りつぶされるという形で。
「……!」
ヴラディスラウスの額に、冷や汗が一筋流れる。槍の穂先を何の抵抗も無く切断し、そのまま喉に突きつけられたナイフを視界に収め。
「ぴゃっ!?」
小さく悲鳴を上げたピニャコラーダ。その手は、アストリスの手に握られていた。直後、違和感と共にその触れた部分が独りでに蠢く。
爪が勝手に伸び、まるで肉食動物のような鋭く尖ったものへと変質していく。
「二人共、落ち着いたかい? じゃあ、僕たちは陣営その四! 灰色はもう使っちゃったから赤陣営、
強制的に沈黙させられた
「とりあえずフランスとフィンランド滅ぼして、二人を孤立させちゃおう!」
事も無げに、破滅を口にした。
――――――――――――――――
――――――昨日 神殿最奥部
「待たせてしまってすまないね」
通信を切り、オリヴィエは玉座から眼下に傅く男を見やった。
黒の高級スーツに身を包んだ中年の男性だ。
筋量が特筆して多いというわけでは無いがスーツ越しにも伺える引き締まった肉体に、揃えられた口髭。
一族の人間としてはもはや当たり前の領域となっている整った容貌は憂いの色を帯びており、普段の鋭い目つきは今は抑えられている。
「……勿体無きお言葉」
「彼の事はとても残念に思うよ、ヴラディスラウス」
オリヴィエの慰めの言葉で男、ヴラディスラウスの脳内に渦巻くのは、先日の記憶だった。
『父上。オリヴィエ様の名の下、聖戦に行って参ります。この戦果を以て、私こそが当主に相応しいのだと証明して見せましょう』
普段真面目な報告をする時と同じ、落ち着き払った態度と口調で。
しかし、本人は隠しているつもりでも自分にはよくわかる、喜びこそあるが隠しきれない、怒りの感情を由来とする興奮。……少し心配だ。
そして、不安は的中した。
それが、彼と息子との最後の会話となった。
ヴラディスラウス・ペドロ・ゲガルド。
彼が息子、『白の
その結果としてオリヴィエへの謁見を申し入れ、今現在彼はこの場、神殿の最奥部である玉座の間で一族の主に傅いている。
「オリヴィエ様。貴方が私に約束していただいた内容は覚えておいでですか?」
「"君に対して嘘を付かない"だったかな? 覚えているとも」
挨拶も早々に、ヴラディスラウスはオリヴィエに対して話を切り出す。
内容は、これから行う質問に対しての、最初の確認作業だ。
彼はオリヴィエや現当主の希维、前当主の彼の父といったゲガルド家の中枢を担う人間に対し良い感情を持っていなかった。
そんな彼を繋ぎ止めるためにオリヴィエが持ちだした、何でも好きなものを与えよう、という契約。それに対する要求が、この"自分に対して嘘を付くな"というものだった。
「覚えていらっしゃるのであれば問題はありません。単刀直入にお聞きしましょう……我が息子は、ルイスは最期まで立派に戦い抜きましたか?」
息子の死に涙を流す。彼はニュートンの一族としての肉体と頭脳を持っていたが、少なくとも精神性においては普通、といえる父親だった。
だが同時に、息子は納得していたのだろうとも思った。自分は好意的な感情を抱いてはいないが、息子にとっては崇拝に近い敬意を持っている一族の主、オリヴィエ。その命に殉じて誇り高く戦い散ったのであれば、先立たれた自分や妻は悲しみこそ抱けど、本人は満足だったのではないかと。
「ああ、勿論だとも。私と希维が同時に戦って分が悪い相手を一度は押し込む直前まで至ったんだ。ルイスは紛れも無く勇敢な忠義の徒だったよ」
神妙なオリヴィエの態度。
……違う。
「……質問の仕方が悪かったようだ。もう一つ、聞かせていただく」
そこで空気が変わった。自身の、息子の仕える主。それに対する敬意が揺らぎ、代わりに心の奥底から流れ出るのは、激しい怒り。
「ルイスは、満足して、納得して死んだか? そうで無くても、最期に感じていたのは自身の至らなさに対する貴公への謝罪だったか?」
「……」
『いやあお悔み申し上げるよ! 本当にかわいそうだ! ルイス君、神様みたいに思ってた相手に実験材料にされて殺された上体まで乗っ取られたんだから!』
父として、そのような場に至った時にルイスがどのような事を思うのかは容易に想像が付く。
戦い抜いた事に対して満足か、それとも、己の使命を果たせなかった事に対する無念からのオリヴィエへの謝罪だろう。
だが、実際は違うのだろう? 逃げさせはしない。
「……」
「嘘が付けないならば、答えない……それが答えだと、受け取らせてもらう」
一族への嫌がらせを生きがいとする白衣の狂人と、自分とは相いれないが曲りなりにも己の家系に連なる主。
どちらを信用できるかと言われれば、後者に天秤が傾く。
そう、信じていた。だが、現実は違った。
あれは戯言では無く、真実だったのだ。俺の息子は、この目の前の人間ごっこをしている何かの食い物にされたのだ。
「だとすれば、どうする――」
「我が一族を愚弄するな、化物」
瞬間、オリヴィエの言葉の終わりを待つまでもなく、その喉に向けて槍の一刺しが繰り出される。
それを玉座に座った状態から打ち払ったのも、同じ武器、槍である。
一瞬で玉座まで踏み込んだヴラディスラウスの一撃を払い、オリヴィエは立ち上がる。
ニュートンの一族、その当主と同列の肉体。
なるほど確かに凶悪だ。
先ほどオリヴィエに奇襲を仕掛けたヴラディスラウスと同じ、ニュートンの身体能力を万全に用いた常人には瞬間移動としか認識できない歩法。
その動きで、オリヴィエはヴラディスラウスへと肉薄する。
ニュートンの身体能力。だが、それを動かす両者の中身は、どうだろうか?
「『赤の
答え合わせは答案用紙に書きこむ暇も無く与えられる。
……その程度であれば、我が槍に捉えられぬ道理無し。
決着は、一瞬だった。
その戦いと名からかつての偉人に名を取り、『串刺し公』と恐れられしゲガルドきっての武人。
彼の道は、この日槍の一族から分かたれた。
――――――――――――
「っ、あっ……」
苦痛を堪えながら、ニールは立ち上がる。
誇り高い、フランスという国の守護者。
軍人としての自分に、誇りを持っていた。共に頑張ろう、と励まし合っていた。
だが、周囲に散らばるのは、その仲間達の屍。
「もう終わりなの? 『くちだけばんちょう』ってやつなの!」
その屍の中心に立つのは、彼にとって信じ難い事に年端もいかないたった一人の少女だった。
沿岸部に現れたという未知の武装勢力への対処。有事には戦闘になる事もある、とは聞いていたが、相手は銃器で武装した兵士やテロリストでは無く、人間を超越した異形だった。
ぐにゃりと少女の体が蠢き、その肉体は人間のものから不定形へと姿を変えていく。
怪物だ。間違い無い。コイツは、普通の人間などでは無い。
……そう、自分達と、同じで。
ニールは、自分の懐から、注射器を取り出す。
MO手術。自分はこれを受けて、生き残った。
思い返せば、誰にも期待されなかった人生だった。親には見捨てられ、友はできず。
選ばれし者、強大な力には責任が伴うとは、誰の言葉だっただろうか。
勉強はできない。運動も特別できたわけでは無い。でも、自分はこれに生き残った。選ばれた力を手に入れる事ができた。
ぐにゃりぐにゃりと不定形の怪物の体が流動し、再び少女の形を取る。
やってやる。見守っていてくれ。
……はは。何が、期待されてない、だ。
もう一度、思い返す。昔の自分じゃなくて、新しい思い出をこの戦場に散らばる屍の、一人一人の顔と名前、彼らと共に過ごした時を
皆は俺に期待してくれた。俺が何とかできる、と思っていたからこそ、俺を庇って、死んだんだ。
震えを抑え込む。
「オオオォォ!!」
死の恐怖に負けないよう、叫び、ニールは『薬』を何本も同時に己へと打ち込む。
自分が根源から別の存在へと変わる、恐怖。だが、それ以上に彼を包んだのが、この国を守る力を得る事に対する高揚感。
脚を一本、踏み出す。想定していた数倍の距離が詰められ、怪物がたじろぐ。
腕から生えた刃を振るい、怪物の体を抉り取る。
遅い。これまで自分達をなす術無く蹂躙していた怪物が、今はあまりに脆い。
腕を振るうたびに、必死に防御し、逃げようとする怪物。
逃がすわけが無い。貴様は、ここで殺す。俺と一緒に地獄に道連れにしてやる。
俺の体は限界だ。この『薬』の量に耐えられはしないだろう。
だけど、無辜の民が沢山、死ぬくらいなら。せめて、お前を葬り去ってやる。
別に一般人の為に自分の命を捨てる尊い犠牲なんかじゃない。
俺は、俺が皆を救えると期待してくれた仲間達の為に、自分の命を燃やすんだ。
ニールの一撃は、怪物の体を次々と抉っていく。
そして、結末が訪れる。
怪物の体内に埋まっている、球体のようなもの。
これが何度砕いても蘇る奴の核だ。ニールには、そう直感で理解できた。
「あ、あ……」
だが、世界は残酷で。ニールの腕の刃が、根本が腐ったかのようにぼろりと崩壊する。
過剰摂取の、限界。
口からは大量の血を吐き、体が別の生物へと変えられていく。
そんな、ダメ、なのか?
「所詮、『ぼんじん』はこんなものなの」
せせら笑う怪物。その眼前で、がくりと膝を突き、ニールは。
―――テメェだけは、道連れだ。
その拳を、己の命の全てをかけて怪物の核へと叩きこんだ。
「あ、えっ」
茫然と、怪物が砕けた核を見つめる。何で、何で、と虚ろに呟く怪物の体が、ぼろぼろと崩れていく。
ざまあ、みやがれ。
これが、俺の最後の足掻きだ。仇、取ってやったぜ。
誰かのために、自分はなれたんだ。
血の海に沈むなか、ニールは、満足げに笑い、その意識を手放そうとして。
「ニール! おい、大丈夫か」
その声は、もう亡きはずの仲間のもので、思わずニールは閉じかけていた目を開く。
視界には、ニールを心配そうに見つめる、仲間達の姿。
何で、何で、ここは、天国なのか?
「いや、何とか重傷で済んだみたいでさ、お前も助かったんだ……ホントに、奇跡ってやつだよ……全部、お前のおかげだ」
照れくさそうに笑う戦友。生きている、自分。頬を引っ張ってみる。皮膚が伸びる痛み。ああ、夢じゃない。夢じゃないんだ!
「これからもよろしくな、戦友!」
友か自分か。どちらからともなく言葉を出し、手を握る。
ああ、自分が必要とされる場所は、ここにあったんだ。
ニールは満足感を覚えながら、疲れからか今度こそ、無意識の世界へと旅立っていった。
「っ、あっ……」
苦痛を堪えながら、ニールは立ち上がる。
誇り高い、フランスという国の守護者。
軍人としての自分に、誇りを持っていた。共に頑張ろう、と励まし合っていた。
だが、周囲に散らばるのは、その仲間達の屍。
「もう終わりなの? 『くちだけばんちょう』ってやつなの!」
その屍の中心に立つのは、彼にとって信じ難い事に年端もいかないたった一人の少女だった。
沿岸部に現れたという未知の武装勢力への対処。有事には戦闘になる事もある、とは聞いていたが、相手は銃器で武装した兵士やテロリストでは無く、人間を超越した異形だった。
ぐにゃりと少女の体が蠢き、その肉体は人間のものから不定形へと姿を変えていく。
怪物だ。間違い無い。コイツは、普通の人間などでは無い。
……そう、自分達と、同じで。
ニールは、自分の懐から、注射器を取り出す。
MO手術。自分はこれを受けて、生き残った。
思い返せば、誰にも期待されなかった人生だった。親には見捨てられ、友はできず。
選ばれし者、強大な力には責任が伴うとは、誰の言葉だっただろうか。
勉強はできない。運動も特別できたわけでは無い。でも、自分はこれに生き残った。選ばれた力を手に入れる事ができた。
「……ん?」
頭痛と共に、微かな違和感。一体、何だろうか。
いや、そんなものを気にしている何て、馬鹿馬鹿しい。
ニールは死出の旅への恐怖を振り払うため、首を振り。
何本もの注射器を、自分の太腿へと刺した。
その先に待っているのが全てが上手く行って皆が生きているハッピーエンドである事なんて、記憶には無いまま。
―――――――――――――――――
「この世界は、苦しいの」
作業用の回転椅子の上で膝を抱えて、少女は呟く。
「皆に、幸せになってもらいたいの」
この世界は、苦しい。人にとっても、生き物にとっても。
生き物が大好きだった。図鑑を見て興奮して、こんな沢山の、形も大きさも生き方も違う皆が、この星には暮らしているんだと感動した。
「
くるりくるりと終わりの無い円環が如く、彼女は椅子を回し、一周して元の場所へと戻って来る。
世界が良心と幸福に満ちている事を願った。無邪気な、幼い心で。
誰も傷つかない、人間も他の生き物も全員が幸せになる方法に、思い至った。夢物語と呼ぶには歪で恐ろしい、世界を侵す狂気に等しい手段で。
人間や他の動物さん達が、誰も傷つかない、誰もが幸福に生きられる世界。それは幼い子どもが見る夢そのもので、でもその解決法として思い至った手段は不幸な事に腐り穢れていて、最も不幸な事は、それを実現できるだけの頭脳と実行に移すだけの行動力、その夢をケラケラ笑いながら後押しする同胞、という環境を少女は偶然にも持ってしまっていた、という事だった。
動物さん達がそうじゃないなら、その場所は渡しちゃえばいい。
栄養液に繋がれた無数の水槽が連ねられた、薄暗い実験室。
そこに収められた幸せな夢を繰り返す脳髄たちに、年相応の無垢な笑顔を向ける。
はやく、この世界の皆が幸せになれるといいな。あ、『いちぞく』の悪い人達はそのまえにおしおきだけどね!
白衣の狂気が一角、アダム・ベイリアル・ピニャコラーダは夢を見る。
人間が、夢だけを見られる世界の夢を。
ご観覧、ありがとうございました!
コラボ編の設定見てて思った事:こっちのコラボ編のキャラ、悉く名前長くね?
~キャラ、ベース等紹介~
ヴラディスラウス・ペドロ・ゲガルド
48歳
189cm 84㎏ スペイン
αMO手術"両生類型"イベリアトゲイモリ
ルイスの父。端折られたものの実のところ結構な親バカであった。
肋骨を体から突き出して敵を撃退する仰天生物、イベリアトゲイモリが手術ベース。息子に倣う形で体から槍が突き出す、毒持ちという部分に加えてルイスの持つ変色が無い代わりに高い再生能力を持っている。
性格が合わなかったためオリヴィエとの関係は悪いが、実力そのものは意見の相違さえ無ければゲガルド家の当主に選ばれていたレベル。
正面勝負ではオリヴィエを普通に殺せるだけの強者である。
名前の由来は槍って所からドラキュラの元ネタとして有名な歴史上の人物、ヴラド・ツェペシュのラテン語から。ドラクル、ってのが元々竜を差す言葉なのでトカゲ系に近い見た目のイモリがベースでさらに槍、串刺しと来たらこれがいいよね!という作者の中では中々のこじつけ理屈レベルの高さを誇る。
アダム・ベイリアル・ピニャコラーダ
8歳
129cm 27㎏
αMO+紅式手術ベース"菌類型"ムラサキホコリ
専攻:『脳科学』 象徴:『幸福』
オリジナルアダム枠の天才系幼女。赤陣営会議ではクソガキ感に満ち溢れているけれど、中身の部分は夢にむかってひたむきで優しい性格。ただし方向性は歪みに歪んでいる。
若干オサレ感と演出重視でわかり辛かったため説明すると、彼女の最終目標は『全人類を水槽の中の脳にして幸せな夢を見させ続ける』事。生物が大好きでそれを奪う人間による自然破壊に心を痛めていた、でも人間も紛れも無い生物だから幸せであって欲しい。
だから、人間は脳だけで夢の世界でコンパクトに収めて、動物は人間がいなくなって空いた大自然でそれぞれ幸せに生きよう、という思考。
なお、彼女は既に自分の体を実験で捨てており、本体は研究所の中の水槽の脳。
本編で出てきたのは信号を受信する装置を埋め込んだクローンである。
手術ベースは粘菌の一種、ムラサキホコリ。
紅式手術とαMO手術の複合により常時能力が高い状態で発現しており、その体は『粘菌の能力を持つ人間』というよりは『人間の形をした粘菌』という状態になっている。大部分の臓器、脳も含めて神経系以外のほぼすべてが粘菌の塊に置き換わっており、本体からの信号を受信する装置がいくつも体に埋め込まれている。だから人間から大きくかけ離れた変形も容易いし、内臓や頭を潰されても平然としている。
原作でのイワンの蔓みたいに粘菌の原形質を地中に伸ばしてそこに受信機を隠しているため、体が破壊されたように見えても受信機が残っていればそこから増殖して復活する。攻撃に関してはヨーゼフのアメーバ的攻撃とアダムテクノロジーの兵器使ったり?(いまいち未定)
没案の没案では下半神の姪っ子的設定で特定部位複合型で頭から上がクリオネだの植物の花だのいろんな生物の頭部と言える部分が生えてくる感じのもありました。
名前は何か間抜けだけど恐ろしそうな感じもあるアダムっぽいイメージが欲しいな、と考えてて何となく頭に入っていた単語から。カクテルの名前だったんですね。
水槽の中の脳→ミ=ゴ→菌類みたいな思考パターンでベースは決まった。滅茶苦茶広域に広がった粘菌を用いた生体コンピュータとか水槽の中の脳を直結して超処理能力で戦闘で相手の動きを読む、みたいな設定も考えたけど粘菌コンピュータってたぶんそういう意味のコンピュータじゃねえよなと思い留まった。