新緑の火星の物語(特殊な番外編シリーズ) 作:子無しししゃも
うつら、うつらと船をこぐ。
冬のさ中に少しだけ春がやって来たみたいな今日はぽかぽかと暖かくて、気を抜けばまた、夢の世界に落ちてしまいそうで。
でも、わたしには今日、やらなければならない事があるのです。
早く起きなくちゃ。
あ、でもやっぱり3時間くらいお布団と一緒に…。
「……」
ふと、そこでわたしは違和感に気付きました。
お腹の上に重さを感じ、さらには視線を感じます。目を閉じていてもわかる、すごい目力です。
「…………」
お母さんでしょうか。恭華お姉ちゃんかナターシャお姉ちゃん?
いいえ、きっとその内の誰でもないでしょう。
なぜならば、わたしの姉たちとお母さんは、こういう時には必ずハイテンションで起こしに来るからです。
ただ待つ、なんてするはずがありませんから。
ヨハンお兄ちゃん…はあり得ないとして、バイロンお兄ちゃんでしょうか。
だとしたら殺します。年頃の女の子をなんだと思っているのでしょうか。
いいえ、それもありませんね。バイロンお兄ちゃんはそんな事をすれば家族の手により自分が人間から肉塊にジョブチェンジするという事をよく知っていますから。
……あれ? じゃあ、誰なんでしょう。
ここは、わたしの家。家族は誰もこんな起こし方をしないはず。
……怪奇現象、の四文字が頭に浮かびます。
誰なのか確かめたい。でも目を開ければそこに待っているのは血まみれの長い黒髪の女の人……。
ぶるり、と体が震えます。そして、最悪な事に、感覚が徐々に夢の中から現実に戻るにつれ、逃れられぬ生理現象の波が。
……お手洗いを必死に我慢するわたしVS怪奇現象(仮)。勝負の行方や如何に……!
「おはようございますお化けさん!!」
3分で降伏しました。怪奇現象とお布団の世界地図、秤にかけた結果です。
勢いで何とかなるのでは? とか思い、眼を開けたその先にいたものは―――
「……ん」
長い髪の女性、でした。
……いいえ、それはお化けではないのです。
長い髪だけど、古典的な幽霊のそれと違って朝日を浴びて輝く綺麗な金髪。
どこか高貴さを感じさせる整った顔立ち。
そして、なでなでもふもふしたくなる可愛らしい、その幼い女の子は。
「……おはようございます、リンネちゃん」
「……」
朝の挨拶に無言を返し、布団越しにわたしのお腹の上に乗っているリンネちゃんは、すっと左手で部屋の片隅を指差し、右手でそこに持った本を差し出してきます。
……時計が指し示す時刻、現在、午前11時。
持っている本の題名、『初心者でも簡単! 手作りチョコの作り方!』。
カレンダーの日付はそう、2月の14日。
―――――――リンネちゃん、チョコレートが作りたいんですか? だったら、明日わたしの家でいっしょに作りましょう! えーっと……朝8時くらいに集合にしましょっか!
「ごめんなさいわたしが悪かったです!!」
完全に目が覚めて。
リンネちゃんからは、無表情で、しかし明らかな不満が感じ取れました。
丁重にお腹の上から彼女をおろし、起き上がり。
わたしは朝一番、華麗なDOGEZAを決めたのでした。
2月14日、そう、バレンタインデー。
日ごろの感謝を、秘めた想いの告白を、お世話になっている人たちに、気になるあの人にする一日。
人々の喜怒哀楽入り混じる1日を、わたしはいっぱいの申し訳なさから始めました。
―――――――――――――――――
―――ゲガルド家・地下研究プラント中枢
「緊急会議を始めよう」
ゲガルド家の朝は早い。
新緑町や隣町に広く勢力圏を持つ古くからの名家である彼らは、当然ながら他の諸勢力との縄張り争いにも精を出している。
それはフランスの領事館であったり、新緑町に本社を構える健康食品会社であったり、時に友好関係を気付いているはずの隣町の大病院だったりする。
各々持てる限りの手段を尽くし陰謀を巡らせる彼らに休みなどない。
そして、緊急の招集。なにかが起こったのだろう。それも、自分達が対処せねばならないような事案が。
故にこのうららかな暖かい朝の日差しを浴びる事も無く、この町の勢力の一翼を構成する羽である彼らは、屋敷の地下に築かれた研究施設の一室で、神妙な表情で席に座る主を仰ぎ見ていた。
「君たちに、聞きたい事がある。場合によっては、今ここで粛清の必要もあるかもしれないね」
彼らの主、オリヴィエの重圧を伴った声に、その場に居並ぶ者たちは神妙に頷く。
粛清。なるほど、『裏切り者』が混じったか。
この会議に参加しているのはオリヴィエ自らが計画のために集めた、様々な分野のスペシャリストたちだ。
主直々に集めた信頼できる彼らにさえ、外部からの間諜が混じってしまうものか。
一同は改めて、自分達の同僚を見回しての敵の脅威を感じ取る。
「今朝、リンネが出かけてね」
普段は感情に乏しい彼には珍しい、心配するかのような声。
それは、彼が溺愛する幼い娘についての内容だった。
まさか、誘拐された?
もしそうであれば、早急に警備部門に連絡し、実働部隊を――
「……出かける前のあの子にチョコレートを貰った者は、いるかな?」
そして、次の一言で空気が変わる。
あっこれいつものやつだ、と。
そして、皆の危機感は別の方向性へと流れたものの消える事はない。
自称感情は薄いけどどう見てもブチ切れているオリヴィエ。
彼の怒りは当然ながら娘に対してではない。
娘、リンネお嬢様にチョコレートを貰ったという不遜の輩に対してである。
恐らくあの反応からして、自分は貰えていないのだろう。
隣に控える、頭の左上あたりに『!?』でも浮かんでいそうな数百年前のヤンキー漫画みたいな表情をしている執事、希维も同じくであろう。
まずい。非常にまずい事態だ。
席を囲む一人、この施設の研究主任であるフリッツは思考の海へと入る。
お嬢様は奔放なお方だ。加えて、蝶よ花よと育てられた。
だからこれまで、世間の行事には興味も薄く、疎かったのだが。
最近ある機会にご友人ができたらしく、そこで今日この日について学ばれたのだろう。
喜ばしい事だ。だが、こうなる事態を何故予測できなかった自分――!
そんなフリッツの白衣のポケットには、緊張の熱でじんわりと融けかけている小さなチョコレートが入っている。
言うまでもない。今朝早くにお嬢様からいただいたものだ。
そして彼は知っている。他にもお嬢様からこの小さな、市販品のチョコレートを受け取った人間がいるという事を。
先手必勝だ。彼らを売り、保身を図るべきか。
しかし、ヘタをすれば……いや、間違い無く反撃を食らう。
『フリッツお前ももらってただろう』と。
周囲の顔色を慎重に確かめる。
だらだらと冷や汗を流しているナタリヤ。
フリッツをちらりと見て、さっと目を逸らすエスメラルダ。
机の上で手を組み、その顔に静寂を湛えながら、しかし青ざめているヴラディスラウス公。
どうする。誰かが先に動くかもしれない。そうなればよりまずい。
フリッツは自身が打つ手を考えられず、そして。
「ああ、私がいただきました。大変美味でございましたな」
会議は踊る。それも、唐突に。
ロドリゲス卿から、その事実が告げられる。
確かに貰っていたが、ここでブッコみやがった――!!
一同に、緊張が走る。
「いやはや、流石はオリヴィエ様のご息女でいらっしゃいますな。私のような者にも、お慈悲をいただけるとは。お嬢様のお優しい気質が溢れだしている」
「ふむ」
微かになんらかの感情が籠った様子で、オリヴィエは愛娘への褒め言葉に小さく首を縦に振る。
ロドリゲス卿の告解は、一見無謀に見える。
しかし、諸要素を検分していけば、それは存外有効な手段なのではないだろうか。
他人を売らずいち早く正直に吐き、そして褒める事を忘れない。
仮に今後ロドリゲス卿以外の人間がチョコを受け取ったとバレた際、オリヴィエと希维にはどう映るだろうか。
正直者のロドリゲス卿と違い、事態を隠蔽しようとした。
そのように受け取られるのではないだろうか。
そこでオリヴィエ様やお嬢様を褒めたところで、その場凌ぎの白々しいお世辞にしか映らないだろう。
『何か問題でも? 麗しきお嬢様にチョコを貰えて私は幸福です』
真っ先にそれを言う事が、正解だったのだ!
流石、というべきだろうか。
ロドリゲス卿……流石、人間の心理掌握に長けた教団の幹部だけはある。
その手腕は、我らが主にも届くというのか。
「正直な白状、ありがたいっす。お礼に拷問部屋にご招待するっす」
「アアアァァ―――――――――――!!」
ダメだった。
黒服の男に両肩を掴まれ連行される修道士を見送り、場の空気が一段と冷える。
「……さて。他に、言う事がある者はいるかな?」
重圧に支配された室内。
ここから誰も何も言わなかった場合、そっかじゃあ解散!
とはならないだろう。
オリヴィエ様はここでお嬢様からチョコを受け取った不遜者を抹殺するつもりだ。
追求の手は止まず、最終的に身体検査に入り、そして秘密は暴かれる。
なす術無しか。せめて、犠牲になるのが自分だけでないという事が、救いだろうか。
諦観に包まれ、運命を受け入れていたフリッツ。
しかし。
「……?」
彼の脳裏に疑念が過る。
それは、周囲の、これから自分と共に犠牲になるはずの同胞達を見た時の反応だった。
何故だ。何故。
――これから犠牲になるはずの貴方達が、余裕の表情をしている!?
エスメラルダもナタリヤも、ヴラディスラウスも。
先ほどは動揺していた彼らの表情に、落ち着きが戻っている。
自分は汗ダラダラだというのに、何故彼らは。無我の境地にでも達したのか?
「ふむ、もういないかな。……いや、君達を疑うわけじゃないんけど……一応、持ち物を調べさせてもらおうかな?」
ああ、遂に来た。まさか貴方達は、これを予期していなかったとでも?
だから、あんなに安心したような表情をしていたのですか?
「……お待ちを」
ヴラディスラウスが声を上げる。
呑気な同僚を哀れみながら、フリッツは今更言い訳など無駄だ、と一足先に地獄へと行く同僚に哀れみの目を向ける。
「確かに、私はチョコを持っている」
「……」
ヴラディスラウスの言葉に、オリヴィエは無言を保つ。
ああ、今更何を言っても意味などない。そう考えるフリッツ。
……だが。
「出勤の際に、妻から渡されたのです。……若い娘のようにはしゃいで、まったく困ったものだ」
「ッ!?」
フリッツの脳裏に、電流が走った。
そして、彼らの中でも優れた頭脳を持つ彼は、状況を一発で把握する。
まさか、まさかこいつら……。
「ン、私も持っているよ。可愛い子孫にこれから渡しに行こうとしていたんだが。早く終わらせてはくれないか?」
「わ、わたしも……師匠に渡そうと思って用意してたんです!」
――お嬢様以外の誰かに渡された、渡すためのチョコレートとして逃れようとしている!?
なんという事をするんだ。
お嬢様の好意を無碍にしようとしている、と糾弾するべきか。
その上で、自分はお嬢様からチョコをいただいた、と告白する。
それが一番ダメージが少なくなる。そうであって欲しい。
フリッツは焦る。何故ならば、彼らと違い、フリッツには渡される相手も渡される相手もいないから。
妻のいるヴラディスラウスと女性であるエスメラルダ、ナタリヤ。
彼らと違い、フリッツは逃れる理由、この朝っぱらからチョコレートを所持している理由がないのだ。
「……フリッツ。体調が優れないようだね。さっさと持ち物検査を終わらせて休んだ方がいい。君からにしようか」
そしてさらなる事態の悪化。
フリッツにはしっかりと見えている。眉を下げ、目を細めるオリヴィエ。
部下の体調を心配しているかのようなその表情、だが細めた目の間から覗くのは、泥玉をはめ込んだかのような虚無の瞳。
殺られる。
尊敬する先生、愛する弟よ、僕はここまでのようだ。
あとは任せた――
「……オリヴィエ様! お伝えしたい事がございます」
心の中でお別れを済ませ、ポケットの中に入っているチョコレートを取り出し、高らかにこう宣言しようとする。
『私だけでなくこいつら全員お嬢様からチョコもらってます!!』と。
「おはようございます、皆さん!」
だが。オリヴィエを含め、その場の全員の目線が、会議室の開いたドア、そこから室内に入って来た一人の人間に向く。
薄緑を基調とした落ち着いた色合いの和服、その上にエプロンを付けた少女である。
「おはよう、千古。君がこの時間になるまで来ないとは珍しい」
屋敷の家事時々武力行使担当の使用人であるこの少女、千古に剣呑さを薄れさせた穏やかな笑顔で挨拶するオリヴィエ。
「はい! こちらを作っていましたから!」
元気よく返事をし、オリヴィエに駆け寄る千古。
まるで彼女の感情を表すかのように、家事のために高い位置に纏めたポニーテールが左右に勢いよく揺れる。
「オリヴィエ様、日頃の感謝の気持ちの数万数億分の一でも伝わればと思いお作りしました!」
まるで、神への供物のように大仰な態度と言葉と共にオリヴィエに差し出されたのは、そう、チョコレートである。
当のオリヴィエはきょとん、とした様子であったが、数秒して目の前の少女は自分のために慣れない調理をして贈り物を作ってくれたのだ、と理解する。
「……ありがとう。後でゆっくりと味わうとしようかな」
フリッツの暴露が行われた場合荒れ狂う怪物になっていたであろうオリヴィエは、いっそ優美さまで感じる程に穏やかに微笑み、千古の手からラッピングされたそれを受け取る。
「……オリヴィエ様。チコちゃんが全身チョコの匂いしてるせいで誰がチョコ持ってるとかわかんないっすね?」
「そうだね。さっきまでは何人かもってそうな微かな匂いがあったんだけど……ちょっと今はわからないか」
そして、千古のこの行動は場の全員にとってこの上無いファインプレーであった。
「朝の時間を取らせて悪かったね。私はこれを自室に置いてくるよ」
ひらりひらりと手を振り、部屋を去っていくオリヴィエ。希维もオリヴィエに続き部屋から消える。
場を包み込む重圧も、嘘のようにふいと消え失せた。
瞬間、場の雰囲気が弛緩し、席に座っていた全員が深く息を吐き、椅子に体を任せる。
「皆さん、どうなされたのですか?」
状況が読み取れず、きょとんとする千古。
「千古……」
真っ先に口を開いたのはエスメラルダだった。
「お前が
「ああ。この借りはあまりにも大きい。私も全力を尽くそうとも」
次いでヴラディスラウスも、エスメラルダと同じ意味の言葉を。
「えっ、ち、違っ……私、ただ日頃の感謝を……」
耳まで真っ赤に染まり必死に否定する千古を、感謝と共に生暖かい目で見つめる一同。
千古のオリヴィエの態度は到底誤魔化せるものではなく、彼女が他人を決して入れない自室にはオリヴィエを模した手作りの人形が大量に存在しており、ついでに言うと本棚の裏側には隣町の友人が作成したちょっとアレな本が眠っている事はどこから漏れ出したかは知れないが屋敷の人間の公然の秘密である。
こうして、ゲガルド家で血の惨劇が起こる事は回避されたのであった。ロドリゲス以外。
―――――――――
「いいよ! キレてるキレてる!」
トレーニングルームに、黄色い声援の声が響く。
「すごいな! マッチョの見本市だ!」
声の方向をちらりと見て、彼女は目を逸らし、トレーニングに戻り。
「肩にちっちゃいアンキロサウルス乗せてんのかい!」
「やかましいぞフィリップ!!」
次の瞬間我慢できず大声を張り上げた。
新緑町フランス領事館。何故こんな場所にあるのかとは決して言ってはいけない。
その一角に設けられたトレーニングルームには、現在3人の人間がいる。
「まったく……貴様がいると集中が散ってならん」
呆れた様子で呟くのは、フランス領事館警備員、オリアンヌ・ド・ヴァリエ。
その褒め称える声の通り……というと少しオーバーではあるものの、筋骨隆々の『戦士』という言葉が似合う大柄な女性である。
「そんなつれない事いわないでくれよオリアンヌたん! 俺は筋肉の求道者……筋肉を摂取しないと生きていく事ができないんだから!」
そんな彼女のあきれ顔を向けられても飄々とした態度を保ち続けているのは、このトレーニングルームでは少し浮いている、スーツに中折れ帽の洒落た青年、フィリップ。
そして、最後の一人。
オリアンヌとフィリップに足し、新緑町フランス領事館三枚盾と名高い男、セレスタン・バルテ。
「フィリップ、その辺にしときなさい。オリアンヌ、はいこれ、はちみつレモンよ」
―――では、なかった。
いつも二人と共にいる目立たない印象の青年ではなく、そこにいたのスタイル抜群の美女だった。
いつもの三人組の代わりに、知らない女性。彼女の正体は、簡単に求められる。
そう、セレスタンが女装しているのだ。
「ありがとう、リゼット」
「どういたしまして」
でもなく。
オリアンヌがリゼットと呼んだ彼女は、オリアンヌとフィリップ、今ここにはいないセレスタンのかつての同僚である。
元フランス大使館事務員、リゼット・ラスペード。
フィッシュ&チップス沼に次々と同僚を引きずり込むその鮮やかな手口を人事部長に暴かれ、イギリス領事館のスパイという正体を見抜かれた彼女は解雇という形でフランス領事館を去った。
それでもこうしてちゃっかりとフランス領事館に姿を見せに来る辺り、図太さが伺えるところである。
聞く所によれば食品会社に就職したらしく、お給料も領事館職員の時代より多く貰っているのだとか。
「それにしてもリゼット、こんな所にいていいのか? エドガー様に見つかったら私とフィリップまで大目玉だ」
トレーニングウェアから着替えたオリアンヌはリゼットに問う。
彼女はフランス領事館の裏切り者と言っていい。
「あらひどい。オリアンヌは私の事追いだそうとしてるの?」
「……そうではないが」
領事館職員として、リゼットのした事は許される事ではない。
だが、私的な場での友人として、彼女と三人の関係は変わらない。
やたらフィッシュ&チップスとウナギのゼリー寄せを布教してくるし……と当時からうっすら感付いていた事もある。
本日は休業日、ならば、友人として接してもいいだろう。
とはいえ、それは領事館の偉いさんに通じる理屈ではないだろう。
「安心しなよ、叔父さんは今オリアンヌたんからの贈り物で頭を悩ませてるからさ」
「……あんた、今年も変な事したの?」
しかし、それをフィリップは笑顔で問題ナシと言い、リゼットも事情を部分的に知る様子で呆れた目をオリアンヌへと向ける。
「……忠義の会では、絶賛されたのだが」
忠義の会。それは『うちの主君すき!!!!!』という意思の元集まった女子会である。
定期的に集まり、自分の主やそれに準ずる人間がいかに素晴らしいかをプレゼン(オリアンヌ以外はただの惚気話のような場合もあり)する彼女たちは、現在会員3名。
そこでオリアンヌが提案し意見を仰ぎ実際に今年のバレンタイン、日々の感謝と揺るぎなき忠義の証としてエドガーへと送った、『2/1西洋甲冑チョコ』。分数の表記は誤りではない。2倍サイズである。
その案を聞き、サムライガールは言ってくれた。「す、すごい! 私は普通のチョコレートを作るのもやっとで……うぅ……オリヴィエ様、喜んでくださるでしょうか……」と。
大財閥の若き当主は言ってくれた。「ある意味天才の発想かしら……私は媚や……元気になる成分をたっぷり入れるくらいしか思い浮かばなかったわ。シモンとの夜が楽しみね」と。
とにもかくにも、『何コレスーパーロボット?』と疑いたくなるような手製のそれはオリアンヌの主、この領事館の長たるエドガーの元に届けられ、ヘタな政敵以上に悩みのタネと化していた。
もういい歳の老人であるエドガーが、これを完食できるだろうか? 否。というか一人の人間では無理だ。
結局去年のように大使館の全員の数日分の3時のおやつと化すのだろう。そして、ホワイトデーにはオリアンヌに山のようなお返しが届くのである。
「ま、それでも叔父さんがオリアンヌたんに怒鳴り込んでくる可能性はあるか。やっぱ撤収した方がいいね」
「う、うぅ……」
呻くオリアンヌの背を押し、ああいい背筋だ……と恍惚としながら、フィリップはリゼットを促し、トレーニングルームを出て通路を歩き、建物の外へ。
「そういえばセレスタンは? せっかくだから4人でランチでも、って思ったのに」
かつての職場を後にしながら、リゼットは二人がこれまで話題に出さなかったセレスタンの事を尋ねる。
「ああ、今から行こうとしてたところだ。病院に」
「病院?」
それに返ってきたのは意外な内容であった。
病院? あのセレスタンが? 何かあったのだろうか。
鸚鵡返しにしただけのそれに、フィリップから理由は語られる。
「セレスたん……愛人さんにチョコもらって鼻の下伸ばしてたのが奥さんに見られて顔面にストレート喰らって入院してんだよ」
「ああ。バルテ夫人のあの一撃は一介の主婦にしておくには惜しいな」
神妙な様子のフィリップとオリアンヌ。
そんな二人の話を聞きながら、リゼットは呟いた。
「ほんと、あんたたちは見てて飽きないんだから」
「そうそう、フィリップ。気付いてる?」
「へ? 何が? オリアンヌたんの背筋に夢中でなんもわかんないや」
リゼットの唐突な問いかけに、フィリップは気の抜けた声色で疑問符を浮かべる。
あの態度、どうやら本当にわかっていないらしい。
紛れも無い実力者である彼が、そんな事にすら気づかないなんて。
そうやって、気を抜ける相手に自分がまだ入っているという事実が、なんだか嬉しくて。
「ふふ、内緒。いい女は秘密が多い、って言うでしょ?」
さっきまで自分のポケットに入れていた、取るに足らないようなお菓子の入った小さな箱。
今はもう自分の手にはないそれの今の場所を、彼がそれに気付いた時の反応を思って。
彼女は小さく、いたずらっぽく笑った。
Q.リゼットって誰?
現在拙作とコラボいただいている『贖罪のゼロ』KEROTA様の活動報告へGO!
Q.何故1/2?
愚かな作者が自分の執筆速度と書きたいものの量のバランスを見誤ったからですごめんなさい。後編はGWごろに。