世は正に麻雀時代。麻雀人口は世界で1億人を超えた。麻雀対局があちこちで行われ、テレビでは野球中継に変わって、麻雀中継が放送されるようになった。中学生や高校生の全国大会も毎年開かれるまでとなり、麻雀のイメージは賭け事などのマイナスイメージからクリーンなものに変わっていった。
プロ雀団もあちこちで設立され、その数は日本だけでも16もある。そのプロ雀団にとって年1回、チームの命運を左右する大イベントがある。
…2021年12月14日午後5時。この日この時間、とある大会場にてドラフト会議が始まろうとしていた。
毎年この時期になると開催される、プロ行きを志す高校生、大学生…はたまた実業団の雀士たちがプロ雀団から選抜されるこの会議。日本中の熱狂的な麻雀ファンはもちろん比較的そうでもない者も皆テレビにかじりついて、状況を見守る。各贔屓チームの指名選手を確認し一喜一憂するのだ。
毎年注目されているが、特に今年は注目度が凄かった。雑誌では事前に一大特集が組まれ、テレビは密着取材、新聞も一面記事を飾った。
なぜなら当時全国的に無名だった清澄高校で全国優勝を成し遂げ、信濃大に入っても活躍を続け、次々と既存の記録を塗り替えていった姿から「インカレ
「先輩!そろそろ始まります!」
「咲さん…落ち着いてください」
「でででで…でも和ちゃん…私不安で不安で…」
「…不安なのは私もです。今日人生が決まるようなものですから…」
信濃大学の麻雀部部室。二人の部員が指名の瞬間を待っていたが、まもなく始まるという後輩部員の声に一人が緊張してナーバスになっていた。
この部室では普段は麻雀卓が並び部員たちが打ち合っているのだが、今は片付けられ変わりにひな壇が組まれており、チームメイトはもちろん雑誌記者やテレビカメラも入り二人の姿を映していた…宮永咲と原村和である。
インハイで目覚しい活躍を見せた彼女たちは地元にある信濃大学に進学。高校時代と変わらず副将と大将としてインカレの団体戦で2度優勝し、ドラフト指名候補筆頭となっている。
ちなみに余談だが清澄三羽烏最後の一人である片岡優希は高卒で横浜に入団し、なかなかの活躍を見せている。部室に運び込まれた大型テレビからドラフト会場のざわつきが聞こえてきた。
***
「さあまもなく始まりますドラフト会議!今年はどのようなドラマを見せてくれるのでしょうか。実況は私、針生えりがお送りします。そして解説は…」
「皆ー!久しぶり!はやりんだよー!」
「…あの今日は二代目を襲名した福路プロをお呼びしたはずなんですが…」
「しょうがないじゃん!みほりんが風邪ひいちゃって声が出ないっていうから私が来たんだよ!オフが潰れて不機嫌なんだからね!」
「…」
えりは彼女の派遣を急遽決めたであろうハートビーツ大宮を恨みたくなった。風邪をひいて欠席というのは仕方ないとしても、なぜ瑞原はやりを呼んだのか…しかも当時の格好で。
まあ仕事さえしてくれれば何でも言いわけで…彼女なら
「今年の注目選手はなんといっても…」
「信濃の咲ちゃんだね。打点もあるし、間違いなく即戦力だから競合は必至だね。今年は高校生には残念だけど有力選手が少ないから…照ちゃんの競合記録を塗り替えるかも…」
「そ…そこまでですか!?」
現在の競合記録は7年前のドラフトで宮永照が残した8雀団の指名競合。その時は小鍛治健夜も所属していた強豪チームである恵比寿が交渉権を引き当て、まもなく入団した。その後の活躍は言わずもがなである。
そして今年は全体的には不作と見られており、有力選手は原村和の他、関西学院大の二条泉や森垣友香位だろうか。それらの要素もあり、咲に指名が集中するのでは…と言われていた。
「ではいよいよです!各チームの一位指名選手の集計が終わりました。開票は西地区の最下位…広島からですね」
「広島かぁ…苦労してるよねあそこも。…でもみっちゃんが監督になったんだっけ…」
「え?何か…」
「いやいや何でもないよ」
ボソッと呟いた声が聞き取れなかったえりは、はやりに聞き返すが何でもないとごまかす。えりも指名が始まる為、特に気にすることはなかった。
『第一回選択希望選手…広島…宮永咲…信濃大学…大将』
淡々としたその声に、まず信濃大の麻雀部が歓喜の声に覆われた。咲もまず指名があったということに一安心というところか。そしてその後も各チームの指名が続く。
『新潟…宮永咲』
『沖縄…宮永咲』
『横浜…宮永咲』
『宮永咲!』
『宮永咲!』
『宮永咲!』
『宮永咲!』
『宮永咲!』
『宮永咲!』
「一位指名発表が終わりましたが…なんと10雀団が宮永咲選手を指名!史上最高競合となりました!まもなく世紀の抽選です!」
「いやはや…驚いたね…ここまでなんて」
指名を回避した6雀団は比較的大将が固定できているところであり、あらゆるポジションの経験があるユーティリティプレイヤー二条泉や打点の高い森垣友香が指名を受けている。
そして和も地元雀団の佐久フェレッターズと京都グランセローズの2雀団から指名があった為競合…咲の後抽選となる。
「やりましたね!すごいですよ咲さん!」
「う…うん…」
「ただもう一緒にプレーできないのは残念ですがまたいつでも…」
受け答えは出来ているものの、咲はこれからの抽選に全神経を注いでいた。この抽選で自分の行き先が決まる…そう思うと心臓が飛び出しそうだった。
ただ仲直りした姉とまた一緒に打ちたい…それが咲の本音であった。幸い恵比寿も咲を指名してくれている。後は祈るしかなかった。会場の壇上では各チームの代表が次々と箱の中からくじを取っていく。その数10枚…この中に当たりくじは1枚だけである。
『それでは…開けてください』
「さあくじが開かれます!宮永選手はどこへ行く!」
(恵比寿…恵比寿…恵比寿…)
「…当たったー!」
その声を合図にくじを開いていくチームのオーナーや監督。しかしその殆どが外れ…白紙ということもあり首を振ったり、項垂れる姿が目立つ。だが暫くして歓喜の声が会場に響き渡った。高らかに挙げられたその手にあるふたつ折りの紙には確かに「交渉権確定」の文字が刻まれている。その持ち主は…
「なんと手を挙げたのは達川監督ー!広島です!」
「流石だねー。10分の1を引き当てるなんてさ」
この抽選において広島の達川監督は真っ先にくじを引いた。その時点で当たりくじは箱から消えていたのだ。この強運ぶりにはやりも苦笑いを隠せない。
この競合に部室で控えていた周りの記者もざわついている。
「ひ…広島か…よりによって…」
「姉妹同雀団ならず…か。記事のネタが…」
「み…宮永選手!広島に決まりましたが…今の感想は!」
当然記者たちは咲のコメントを聞きたがり、マイクを向ける。
「えび…恵比寿に…おね…お姉ちゃんと…」
「すすすすいません!私たち少し席を立ちますね!ほら行きましょう咲さん!」
「えっ!?今からですか!?今から原村選手の抽選が…」
「些細なことです!」
だが肝心の咲はというと、余りのショックにまともな受け答えができなかった。その姿を見かねた和はすぐさま助け船を出す。
自分の抽選を見届けないという和に部室は困惑に包まれるが、それを尻目に和は咲を半ば強引に連れ出した。向かう先はいつも無人である空き教室だった。
「じゃあ咲さん…落ち着いたら電話くださいね…後輩を迎えに向かわせますから」
そう言い残し和は部室に帰っていく。最初は傍に座ろうとしたが、一人にさせて欲しいと咲が言ったのでやむなくであった。ここで戻ってきてと言わずに、迎えを出すと言うあたりが和と咲との付き合いが長いことを証明している。
少しガタがきているドアが閉まり、少し冷静になれた咲は悩み始める。
(どうすればいいんだろう…広島だなんて…)
広島となると親元を離れて、寮暮らしとなるだろう。未だ実家暮らしの咲にとってはかなりハードルが高い。
そしてなによりも姉である照と一緒に打てないということ。プロで活躍する姉の姿に憧れ続けただけあってそれは余りにもショックだった。
とその時、右ポケットに入れていたスマートフォンに着信が入る。実は咲の迷子癖に対応するべくGPSつきのスマートフォンを持たされ、その操作を叩き込まれたのだ。
そのかいあって電話などの本当に最低限の操作だけだが、マスターしていた。その着信は最初は和だと思っていたが、意外な人物からだった。
「…え!?お姉ちゃん!?」
表示に「お姉ちゃん」とある事を確認した咲は反射的に電話を取る。すると聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
『ええと…ここを押すんだっけ?』
『だめだよテルー!電話切れちゃう!』
『そうかこっちか…久しぶりだね咲。ドラフト見てたよ』
ドラフトの時期にはプロ雀界は完全にオフであるため、たまに解説の仕事が入ってくる時を除いて意外と暇を持て余す。
そしてドラフトとなると自分の雀団に直接関わってくるためチェックしている者も多い。今回照はドラフト会見中に姿を消した咲を心配して電話をかけてきたのだった。
『広島…どうするつもり…?…私は咲の意見を尊重する』
『どうするっていわれても…まだなんとも…』
どうしても入団したくないのであったら大学に残ったり(但し公式戦には出場できない)実業団に入ったりといくつかの選択肢がある。
しかしいずれも簡単に決めることができるものではない。二人は会話を続けるが、話は全くの平行線であり進展する素振りを見せなかった。
それに我慢しきれなかったのか、あーもう!と照からスマートフォンを奪い、誰かが叫ぶ。
『サキー!プロに来なよ!』
『その声…淡ちゃん!?』
電話口で叫ばれたので耳に響き、頭を抑えながら咲が声の主を言い当てる。
大星淡。かつて白糸台高校で一年生でありながら大将を務め、団体戦決勝で咲と激戦の末惜敗。その後も幾度となく戦った因縁の相手である。…淡が一方的にライバル認定しているだけだが。そんな彼女は、高校卒業とともに恵比寿にこれまた競合で入団し大活躍をしている。
『私が唯一負け越してるのがサキーなんだから!早く敵に回ってくれないと困るよ!』
『あ…あわい…?』
『テルーは黙ってて』
『…はい…』
何やら電話越しに言い争っている声を聞き、つい笑ってしまう咲。その顔にはもう憂鬱な表情は浮かんでいなかった。
『淡ちゃん』
『ん?何?』
『決めたよ。入団するよ広島に』
『え!本当に!』
『ちょっと昔を思い出してね…』
大学に進学した咲はそれこそ輝かしい成績を収めてきたが、心のどこかでは物足りなさを感じていた。それは強敵が減った物寂しさ。
高卒でプロになった者が多い上に、信濃大学は中部リーグに所属している為、インカレは別として強敵と巡り合う機会が少ない。ようは未知の強敵との対局に飢えきっていたのだ。
『貸して淡…今の話…本気?』
『うん…本気だよ…お姉ちゃん』
『そう…なら私は何も言わない…頑張って』
そう言い残し電話は切れた。最後は小さい声だったが確かに咲の耳に届いていた。決意を固め席から立ち上がり、部屋を出て部室に走る。この気持ちを早く伝えるために全力で走った。…部室とは反対方向に走っていたらしく救助の電話を和にかけるのはそれからまもなくである。4年間慣れ親しんだはずのキャンパス内で迷えるのは最早才能と言えるのではないだろうか。
こうして次の日の朝刊一面に大きく記事が載った。
「宮永咲 広島入団即日受諾!近日正式交渉へ。関係者「驚きです」」
広島に入団を決めた咲。だがまだ知る由もなかった。この先大きな大きな困難が待ち構えているということに。
咲のプロ編って見ないなーじゃあ書くか!と思ったのが始まりです。原作の7年後が舞台ですね。咲は22歳となっています。
全16雀団のデータや特徴を次話にまとめましたのでよければどうぞ。