男でありながら美しいその姿は、まさに気高き姫君。軍人のマルギッテでさえも、一瞬見惚れてしまうほどであった。しかし、その隙も一瞬。自身の壁として足る人物を前に、マルギッテが覚えたのは恐怖でなく、悦びであった。
「ならば姫君よ。その舞、すべて捌かせてもらいましょう!」
マルギッテが、力をこめた瞬間、鉄心が始まりの合図を出した。
「Hasen Jagd!!」
油断も慢心も一切なく、初めから最高速度で襲い掛かるマルギッテに対し、輝螺はその力の一切を何の抵抗も感じさせずに流し、回転を始める。マルギッテも先ほどのヌフルナールと同じように、その勢いを自分の力に変えてさらに打ち込む。
常識から考えて、勝つためならばマルギッテは退くなり、輝螺の回転を受け止めるなりするのが普通である。大鎌に対して正直に挑みかかるなど、先頭のスペシャリストであるマルギッテならば、馬鹿なことだと理解できるはずである。
しかし、マルギッテはそれこそ馬鹿なことだと、頭の中から考えを消し去った。非効率で、勝利から遠ざかる行いであろうと、この舞を止めようとは、全く思いもつかなかった。むしろ、ともに舞えることを歓喜していた。
無骨であらねばならぬ武を、その名の通り、煌びやかな舞として昇華させた目の前の人物に、素直に尊敬することができていた。そのような感覚を覚えたことがないマルギッテにとって、驚きではあったものの、不思議と当然だとも思えた。
バトルジャンキーであるのを自覚しているマルギッテだったが、柄にもなく目の前の舞を美しいと思えたことに、無意識のうちに笑みを浮かべていた。
「楽しいですか、マルギッテさん」
激しい激突のさなか、輝螺はマルギッテに話しかけた。その様子に疲れた様子は全くなく、無理なラッシュで息を切らし始めていたマルギッテは、改めて相手の非常識っぷりに苦笑してしまう。
「あぁ。柄にもなくときめいてしまいました。永遠にこのときが続いてほしいと思っています」
「あなたならば、いつでもお相手しますよ。ですから、安心してください」
終わりは突然で、マルギッテのトンファーが真っ二つに切られたことで、輝螺の舞が止まった。現実味のないその光景に、周りの慣習も、声一つ出せない。マルギッテも負けたということよりも、至福の時が終わってしまったことが悲しかった。
「そこまで!! 勝者清涼院輝螺!! よってF組の勝利!!」
鉄心の勝利を告げる声に、思い出したかのように大きな歓声が上がった。一生に一度あるかないかという戦いに、みなが興奮していたのである。
そして、ことさら興奮している武士娘が一人。
「清涼院!! 私と戦えぇぇぇぇっ!!!!!!」
武神、川上百代がほっとくはずはなかった。
「いかん!! 百代っ、やめんか!!」
突然飛び掛る百代を止めようと、鉄心は二人の間に割り込もうとしたが、それを輝螺が止めた。
「大丈夫ですよ学園長」
鉄心を手で制すと、輝螺は、思い切り足を踏み鳴らし、校庭の砂を高くぶちまけ、周りの視線をさえぎった。輝螺の姿が見えるのは、すぐ近くにいた鉄心と、すでに射程距離に入っていた百代だけだった。
「まだ、彼女は弱い」
何も気負わず、ただ自然な動きで百代の拳をかわし、その流れで百代の腹に肘打ちを叩き込んだ。
ドスン、という、到底人の体から聞こえるはずのない音がしたと思うと、そのまま百代はがくんと意識を失った。
一撃も受けずに、ただの一撃で百代の意識を刈り取った輝螺。それを目にした鉄心は言葉を失っていた。
気絶した百代をなぜかお姫様抱っこしていた輝螺は、放心している鉄心に声をかける。その言葉でわれに返った鉄心は、改めて周りが遮られていることに気がつく。
「お主……」
「お話は今日の夜川神院に伺いますのでそのときに。今は川神先輩が見られないよう、このままいなくなります。屋上で意識を取り戻すまで見ているのでご安心ください」
輝螺の言葉に、無言で頷く鉄心。それを見た輝螺は、文字通り一瞬で消えていなくなった。鉄心が気を追ってみると、いつの間にか玄関のほうにいたので、輝螺の非常識さに、今まで張り詰めていた気を緩めてしまった。
「全く……また、凄まじいのが入ってきたのぉ。ふむ……、聞いたとおり、いくつも生を重ねてきた「お方」なればこそ、か」
数少ない輝螺の秘密を知る鉄心は、自分の中にあった輝螺への疑問をすべて改め、その非常識な能力を信じることにするのであった。
「にしても、騒ぎを収めるの、ワシなのかの?」
一方、校庭から脱出していた輝螺は、既に屋上に到着しており、自分の膝を枕に百代を寝かせていた。そこに、同じく抜け出していたヌフルナールがやってきて、膝枕をしていた輝螺を見ると、にやりと笑みを浮かべた。
「おやおや、そんなことしてたら、クリスカに怒られちゃうよ」
「なに、それもまた可愛いじゃないか」
ヌフルナールも大概だが、輝螺もまた本質は一緒であった。つまりは、可愛いもの好きであったのである。そして、その対象はイーニァやクリスカだけでなく、人間や動物等、生きるもの全てに及ぶのだから、そこは幾度も転生を繰り返したからこそと言えるのであろう。
「でも、武神もこうしていると可愛い女の子だねぇ。私としては、獣っぽい百代ちゃんも好きなんだけど」
「それには賛成だけど、危険じゃないとも言い切れないことも確かだからなぁ。学園長の言うことも分かるよ」
百代の髪を撫でながら、ヌフルナールと会話をする輝螺。その姿は、百代よりも年下とは思えず、まるで父親のようだった。ヌフルナールも、そんな輝螺をほほえましそうに見ており、放課後の屋上は暖かい雰囲気に包まれていた。
「そういえば、クリスカたちは週明けに入学するんだよね?」
「あぁ。イーニァがはしゃいでたろ? みんなF組に入れてもらうようお願いしたから、だいぶ楽しくなるな」
それを想像して楽しくなったのか、輝螺は百代の額をぺチンと軽くたたいた。
すると、それで気がついたのか、百代はゆっくりと目を覚まし、輝螺と目が合った。
「んぅ……、せい、りょういん?」
「はい、お呼びですか、お嬢様?」
輝螺のふざけた返事に、百代は反応出来なかったのだが、鋳物自分の状況に気がつくと、慌てて起き上がろうとした。が、輝螺に額のバッテンのところを押さえられてしまい、再び輝螺の膝に戻されてしまった。
「あぅ、そこは触るなよぅ」
「弱点とは聞いてましたけど、とたんに可愛らしくなるんですね」
からかわれて面白くないのか、百代は不貞腐れてしまった。
「年下にいじられるのは嫌いなんだ」
「いいじゃないですか、撫でるの得意なんですよ。ほら」
その言葉の通り、輝螺の撫でテクは、天下一品モノで、百代もこれには黙るしかなかった。
「第一、何だその強さは。一瞬だが、恐ろしい気を感じたぞ」
「その言葉の通りですよ。あなたは私よりも弱い。ただの当身で勝てるほどにはね」
百代は再度起き上がろうとしたが、輝螺に止められる。
「それは恥じることではありませんよ、川神先輩。いま、あなたは悔しいですか」
「あぁ」
「では、もやもやしていますか」
二度目の問いに、百代は首を横に振った。
「いや、不思議とすっきりしている。私はもっと強くなれる。そんな気がしてな」
そういう百代の顔は本当に清々しかった。それを見た輝螺は安心したように百代の頭を撫でる。
「いつまでそうしてるんだ? さすがに恥ずかしいぞ」
「よく言うでしょう? 敗者は勝者に従えって。それに、まだ、体も痛むでしょう? あと十五分くらいで治りますから、それまで我慢してください」
ぺちっと百代の頭を叩くと、相変わらず頭をなで続ける。百代も、悔しいことに心地が良かったので、言われるがままに膝枕を堪能したのだった。