すぐネタに走るのはかんちゃん
愉悦を覚えたくーちゃんはお嫌いですか?
クロエ・クロニクルは束に命を救われている。普段は閉じられている両目、黒の眼球に金の瞳、流れるような銀髪を持ったクロエは廃棄処分間近の試験管ベイビーだった。違法実験。クロエのいた施設は束によって壊滅したが、そのデータを生かされたラウラという完成形で日の目をみている。
「これで関連施設はなくなりましたね」
クロエは恩人の束の世話をするのが好きだ。束には命を救われて名前を貰ったうえに家族だといわれ、あだ名の『くーちゃん』と呼ばれる度に嬉しくなる。科学者達の勝手な都合で産み出され、名前どころか実験価値すらなかったクロエは全てを諦めていた。その日。クロエは束に拾い上げられる。
『──名前をあげる。束さんの娘だねっ』
思い出す度に心が弾む。束と二人きりで過ごしていた日々は、世界からの逃走と闘争を繰り返す毎日で。
「あの頃の私は心が疲れるなんて知りませんでしたからね。それもこれも楓様のお陰ですか」
モニターの電源を落としたクロエは歩き出す。いつしか束の夢を叶えたいと思っていたクロエは、織斑姉弟を巻き込むことにした。クロエの独善の結果として『IS』の男性操縦者は二人になる。クロエが一人目を意図的に産み出したかと思えば、『IS』コアが反発するように二人目を恣意的に産み出してしまった。クロエの勝手な行動に束は顔を歪ませた。そんな顔がみたいわけじゃない。初めてしたケンカ、親を思う娘は泣き叫ぶ。最終的には、お互いに抱き締めて泣き喚いた。
「今思うと恥ずかしい。……そうでした。簪様のいう黒歴史はこうして生まれるのですね。なるほど。これは恥ずかしいです」
二度、三度と頷いたクロエは束の様子をみに行くことにした。相変わらず、妙な声をあげながらなにかを造っている。
「そっとしておきましょう。あ。そうでした、そうでした。朝食がまだでしたね。手早く済ませまて予定を消化しましょうか」
クロエと束は『S.R.F.』から出ない。コミュニケーション能力がない束をみたクロエは完璧な人間などいないと学んでいる。『S.R.F.』の受付などの雑務はクロエの担当なのであった。
「いただきます」
二人目が産まれた日。束はクロエの後始末に翻弄されていた。一夏には千冬がいたが、楓には後ろ盾がない。ハッキングで探せば『女性権利団体』に襲われていた。九死に一生だろうか。その女性は取り押さえられ、楓は左腕を失うだけですんだ。その瞬間を目撃したクロエは『ごめんなさい』と繰り返す。束はクロエの代わりに謝罪してくるといい、飛び出していった。その後に会った楓に謝ったクロエは許され、たくさん、たくさんの話をした。違法実験や束との出逢い、変化の少ない日常しかクロエの話題はない。楓の話題は豊富で、クロエが知る外の世界と色が違った。クロエは不思議に思って訊いた。
『──それなら関わってみよう。多少の刺激がないと心が固くなるんだ。いつの間にか疲れていたり、癒されていたりするから面白いかもよ?』
『それは。……未体験です。私は。私には。できるのでしょうか?』
『やってみよう。これも実験、かな?』
『そうだねぇ。くーちゃんには必要かも。束さんの娘だからって、そうならなくていいんだから。……ねっ、かっくん? あの団体の話。やってみようか?』
一石二鳥どころではない。束の夢に近づく一歩とクロエの対人経験に楓の後ろ盾になる団体は、このような経緯で産まれている。雑務といっても仕事は仕事。任せられたクロエは汗を流す。未知を既知とする体験の日々を過ごすクロエは、束の次だが、楓に感謝している。一人目の恩人は温かい安全を、二人目の恩人は刺激のある日常をくれたのだ。
「ご馳走さまです。……そういえば。データ的にはラウラの姉にあたる私。楓様はママに? ──困ったときは簪様ですね。やはり頼りになります。友人というものは」
クロエと簪は親しい。簪との初対面で、事情は違えど友人の少ない二人の会話はぶつ切りしたように拙かった。大いに呆れた楓がみせたアニメで話すようになり、クロエの過去を知った簪が『なん……だと……リアル強化人間だとっ』などと呟いた。生体同期型の『IS』を装着しているクロエには聞こえていたが、よくわからなかったので簪に説明を求めた。
『くっ。ネタを説明しろと申すか。なんという屈辱。なんという拷問。想像を絶する悲しみがわたしを襲った。あもりにもヒドすぎるでしょう』
『簪は黒歴史がありそうだねぇ』
『やめろぉ』
『黒歴史? どんな歴史ですか? 私は聞いたことがありません』
『やめてぇ』
『クロエ。黒歴史は歴史に入らない。いいね? 外でいってはいけないよ。知りたいなら簪に訊くといい。詳しいからね』
『解せぬ』
クロエは簪と話すのが楽しい。クロエにはよくわからない事柄をたくさん知っている簪の話題は、いろんな色があっていい。だがしかし。簪がいう『ネタだから言い触らさないで』だけは聞くわけにはいかないのだ。愉悦。クロエが知ったその感情は、簪の従者である本音に教えてもらったのであった。
「簪様は放課後ですか。それまで……。仕事を片付けましょう」
◇
その日の放課後。『S.R.F.』には一年生の専用機持ち達と箒、千冬に本音が集っていた。両目を閉じたまま挨拶するクロエに、初見のひと達は戸惑い、あまりにも似すぎているラウラに歩み寄ったクロエが『製造順番的にあなたの姉です。異論は認めません。なので、楓様はママ?』に衝撃が走っていた。盛大なタメ息をつく千冬がいなければ、混乱はもっと大きかったであろう。クロエとラウラの出生を知る残りの──箒をくわえた『S.R.F.』所属メンバーは一斉に簪をみた。
「わたしは悪くねぇ」
「……それはないよぅ。かんちゃん?」
「精神分析。誰か、精神分析のロールを」
「いい加減にしろ。そこでネタに走るから疑われるんだが、照れ隠しでネタに走る癖は早くなおしなさい。……では、みなさん。いろいろと許可は出てるから、クロエとラウラの出生を話そうと思う。あと、クロエのママな? 束さんだろうが」
「あ。そうでした。ごめんなさい楓様。申し訳ありませんでした」
「別にいいよ。俺はいいけどね。束さんには謝っておいたほうがいい。『くーちゃんが反抗期だっ』なんていうかもしれないよ?」
「きりっ」
「そうですね。……少し面白そうですが、面倒そうなのでそうします」
「ぺこり」
「では、みなさん。簪は放置しておいて話を進めようじゃないか。千冬さんは簪を」
「承った。簪は逝こうか」
「やめろぉ」
「やはり、更識は更識ですね。あの姉にしてこの妹です。簪様は引き摺られて居なくなるはずですから……。あ。皆さん。休憩室はこちらです。今から案内しますね」
「汚いなクロエさすがきたない。わたしはこれでクロエを嫌いになったなあ。あもりにも卑怯すぎるでしょう」
「では、こちらです」
待合室から休憩室へと移動し、世界の闇とも呼べる出生を知ったひと達の反応は様々だ。憤る者や反発する者、嘆く者に青ざめる者であっても、クロエは淡々とした語りを終えて全員に目をやり、楓に頷いてみせた。
「クロエ。ラウラ。今は幸せか?」
「わかりません。ですが、楽しいです」
「パパにママがいる。軍には仲間がいる。私は幸せだと断言できる」
「なんだかいいですわね」
「幸せってさ。なくしてから気づくのよね。なにかあれば、あたしは手伝うから」
「……でもよぅ。納得できねぇ」
「一夏。これは過去の話だ。保護プログラムがあった私にも覚えがある」
「ボクはさ。笑える今が大事だって思う」
「……そうだな。お前らはまだ若い。世界を知る必要があるだろう。今はまあ、身近なことからやっていけ」
「……かんちゃん?」
「わたしも覚えがある。空気を読んだわたしはネタに走らない」
「その発言がダメな気がするんだが……。まあいい。すでに所属しているメンバーは知っていた事実だ。今後、所属する予定のひと達は考えてから所属してくれ。千冬さん?」
「ああ。楓がいった、今ここにいる者で所属していないのは一夏、鈴、デュノア、ラウラになる。他はどのような形であれ、『S.R.F.』と関係がある。お前達四人は所属する可能性がある、候補だから許可が出て話した。いいか? ここで見聞きしたもの他言無用だ。漏らせば私と束が罰を下すから覚悟しておけ。返事っ」
『はいっ!』
「そうだ。簪は連れていくから、みんなは雑談でもしててくれ。おいで、簪」
「──はっ。やめてぇ。わたしに乱暴する気なんでしょう? エロ同人みたいに! エロ同人みたいにっ!」
「しねーよ。さっさと来い」
「楓。私も付き合おう」
「かんちゃん……。逝ってらっしゃい」
「やめろぉ。楓ぇ。吹っ飛ばすぞぉ」
ジタバタする簪が楓に右手を、千冬に左手を取られて退室した。妙な雰囲気に流されて霧散する出生の話にクロエは微笑む。普段、クロエと簪の会話で少しでも暗い話題になれば簪が茶化してくるのだ。学園の一般生徒達と話が合わない簪がここでストレスを発散しているのだが、代表候補生の雑務に支障が来してはまずいと、今のように何度か叱られていたりする──クロエは知っている。簪は喜んでいた。立場ある実家などの背景が関係ない、素の自分を出せる場所は楽しくて嬉しいのだ。クロエにもわかる。わかるが。そうはいっても、反省を示さない簪が悪い。クロエは何事にも限界があることを学んでいた。
「やはり愉悦。……改めまして、クロエ・クロニクルです。束様の娘であり、『S.R.F.』の雑務、主に『対話』を担当しています。簪様は友人であり、私の玩具ですが、私共々、よろしくお願いします」
頭を下げたクロエに対し、簪を知らない一夏を中心に戸惑いの声をあげた。本音だけは『玩具はちょっとぉ』といっていたが、クロエには些細なことであった。
────突然のコール音。受話器をあげたクロエは数回のやり取りをして切った。
「なにかありましたの?」
「はい。仕事が入りました。以前から話があったアメリカと、『IS』の装備開発企業である『みつるぎ』ですね。今日中ではありませんから。どうか、皆さん。お気になさらずに」
「そうですの。……そうですわね。わたくし、喉が渇きましたわ。紅茶をいただけますか?」
「おやつ~。おやつタ~イム」
「おっ、おい、セシリア。そういうのは自分でやるとかで、小さい子に頼むもんじゃないぜ」
「一夏ぁ、あんたバカぁ? これはね、彼女の仕事なのよ? 奪ってどうすんのよ」
「うむ。できれば緑茶が」
「姉よ。私も手伝おう」
「あ、ボクもやるよ。こういうのは好きだし。ちょっとね、ラウラは怖いんだ」
「なっ、何故だっ」
クロエは口もとが歪む自分に気づいた。飲み物を配り終えたクロエは、ここにいる皆に『出来ればなのですが。私と友人になってくれませんか?』と頼んでみた。楓と簪からの助言に従ってみたわけで。
「当たり前だっ」
一夏の反応は素早く、次々と快諾をもらったクロエは新しい友人達ができた。また違う色がみれる。ごくごく自然な笑みを浮かべたクロエに、『クロっちが声だして笑ったぁ』と本音が両手をあげていった。
そろそろ息切れ……?
次回『嘘』予告
あなたは我が子
空を飛ぶのが楽しい?
お願いっ、お願い止まってっ!
次回『福音、襲来』
お楽しみにねっ!