反逆なんてしません
これはっ……反逆ッ……?
布仏虚は忙しい。生徒会全般の仕事をこなし、更識家の暗部を支える従者の役割を果たして、学年の整備科主席としての勉学をこなしていく。そのうえで、隙間時間を作り『S.R.F.』の雑務を手伝うのが虚の日常だ。虚は今『S.R.F.』にある『雑務室』の机上に置かれたカップを持ち上げ、なにも入っていないことに気づいてしまった。そろそろ癒しが欲しい。切実に休みが……。
「虚さん? 隈がありません?」
「え、あ。八嶋さんですか……。そうですね。少し疲れがありまして、休みをとれるのはいつかなと考えておりました。お恥ずかしい限りです」
「ああ、俺も悪いですね。政府とか委員会関連を楯無に任せちゃいましたから。俺ら二人揃って虚さんに甘えすぎてますか」
楓の苦笑に苦笑で返す虚は、眼鏡の位置を直した。
「いえ。それが私の本分ですから不満などではありません。ただ、本音があの有様でして。……申し訳ありません。ご迷惑を」
「ああ、それは……。一応、簪の従者としてはひとつの正解かと。あれでも役割を果たしてるはずですしね。──遊んでるだけにみえますが、簪には必要なことですから」
「そうなんですよね。……ああ、私は大丈夫です。買いだめした栄養ドリンクが残っていますし、この『兎印』の栄養補給ドリンクですが、すごくいいですよ? 売り出したら買い占めますよ、私」
あれはいいものだ。数回頷いた虚に楓がタメ息を吐いて近寄ってくる。ほんの少しの高鳴りを感じつつ、仰け反ってみたものの、座っている虚は立っている楓から逃げられない。
「うん。休もう、虚? おいで」
「え、あ、八嶋さん?」
虚は掴まえられた手から体温を感じた。
「そのドリンクは徹夜が常識の、非常識な兎さんが愛飲してるヤツだからね? 副作用があるんだよ? 千冬さんは一日一本だけどね。一般人は二日に一本だからね? 守ってるかな? ──おい、虚。こっちをみろ。目を逸らすな」
机に向かっていた虚は楓に立たされ、背中を押されて部屋をあとにした。
「あの、八嶋さん? あ、あの」
「聞こえない、聞こえない」
「そのっ。少し、止まっ、いただけっ」
楓が虚の背中を押し続けて辿りついたドアには縦書きで『TRPG』とある。わざわざ毛筆体で描かれたこの部屋は、どんなゲームをしても束に歯が立たないクロエと簪が本音に相談して出来上がっていた。
「少し前までは『遊戯室』だったけどね。くだらない理由でこうなった。さ、虚」
「本音の文字……。あの子は本当になにを、あ、入りますから、押さないでいただけるとっ」
部屋の中には真顔の簪とクロエ、二人を見守る本音の横で『愉悦』の顔をした束がいた。本当になにをしているんですか。
「おっ、かっくん。いらっしゃい」
「うぐぐっ。『応急手当て』だ。クロエは『応急手当て』をお願い」
「わかりました、ダイスを……。ファンブルでした。簪様、ごめんなさい」
「う~ん。なら『1D3』でダメージぃ?」
「採用だよぅん。かんちゃんはロスト四回目になるかなあ。ほらほら、くーちゃん。ダイス振って」
「まだだ。チャンスはある」
「簪様。『3』のダメージをお願いします」
「まだだ。もう一回だ。もう一回『応急手当て』ができるはず。クロエ?」
「──ファンブルぅ。……かんちゃん、キャラシーあるよぅ。五人目だねぇ」
「おわた。クトゥルフは格が違った」
大きめのローテーブルを囲みながら遊んでいる姿に虚は脱力した。テーブルの上には乱雑に置かれた紙の束があり、なにかの本を片手に笑っている束、本音が差し出す紙を悔しそうに受け取る簪とダイスを振るクロエがいた。
「いったい、なにをしているんですか」
「おっ? うっちゃんじゃないか。珍しいね。お仕事大好きなのにぃ」
「あ、はい。博士、その、なにを?」
「うん? うっちゃんは知らない? 『クトゥルフ神話TRPG』だよぅん。プログラムで動かないから、かんちゃんとくーちゃんが挑んできたのさ。束さんが『KP』をしてるから負けないけどねっ。ほんちゃんはサブ『KP』だよぅん」
「お姉ちゃん、やっほぅ」
「滅亡エンドばかり。博士は才能がある」
「なんのですか……。みるからにコンピューターゲームではありませんね。本音は置いといて、クロエさん?」
「わかりました。では、虚様──」
クロエから『クトゥルフ神話TRPG』の説明を受けた虚は呆れながらも納得した。運の要素が強いテーブルゲームならば束に勝てる可能性があったことは理解できる。それでも、ダイスが転がる回転数を計算し、出目を操作できる束は文字通りに天災なのだろう。才能の無駄遣い。それに尽きた。
「そんなわけで虚も参加。仕事ばかりで疲れていたからね。気分転換になるよ?」
「まあ、はい。やってみます?」
────ファンブルを量産した虚は『味方殺しのファンブラー』と命名された。なお、殺されすぎてキャラクター作成が追い付かなかった簪は、ちょっとだけ泣いた。その悲鳴が心地好かったなんてことはない。虚はいっていない。
◇
整備科の勉学を終えて一息いれる虚は、学園にある学科の説明を一夏にメールで知らせる予定だったのを思い出していた。
『──簡単にいってもこれだけあるわね。一夏くんは知りたい? 詳しく知りたかったら虚にメールでもさせるけど?』
『え? そこは楯無さんじゃあ』
『……虚ちゃんに任せたわっ! わたしは行くのよ。じゃあのっ!』
「最近のお嬢様は楽しそうでなによりですね。前よりも明るくなりましたし……」
なによりです。虚はメールソフトを起動させ、なるべく簡潔に書こうと始めた。
──国際『IS』委員会がアラスカ条約を基にして設立した、正式名称「世界『IS』育成機関」であり、『IS』関連を学習する機関となる。通称の『IS』学園は設立場所が日本に決定したさい、高等学校の学習要項を捩じ込んだ経緯があるためだ。日本人の認識では「高校」だが、世界の認識はあくまでも「学習機関」となっている。そのため、三年間の区切りはあるが、受験に年齢制限はないことが特徴ともいえる。余談として、更識楯無は十七歳で受験している。現在は二年生、十八歳となっている。
「……私は省きましょう。一年先に受験していると書いても、私に得はありませんし。うん。省きましょう」
学科としては当然の『操縦科』を始め、私が所属する『整備科』や、企業への就職率が高い『開発科』に、各国の政府関係者を目指す『情報科』と、軍の関係者に人気の『統制科』がある。字面で伝わるとは思う。が、そのうえで詳細を知りたければ先生へ質問をしなさい。織斑先生でなくても大丈夫です。山田先生も優秀な方ですからね。専門性が高くなるのは二年生に上がってからになりますが、織斑さんは『操縦科』でしょう。それではまた、なにかあればメールでも。布仏虚──。
「虚ちゃん、いるぅ? やっぱり生徒会室にいたわ。少しは休みなさいよぅ」
「あ、お嬢様。どうしました? ちょうど今ですが、織斑さんに学科のメールをしたところで……。息が少し切れていますね。紅茶を?」
「お願い。ちょっとだけ気になってね。明日さ、アーリィがやるじゃない? それで第四アリーナを非公開にする準備は終わってる?」
「終わっていますよ。書類はそちらに。紅茶は少しお待ちください」
メールソフトを落として席を立つ虚と入れ替わるように楯無が座った。無言の空気のまま、書類を読む楯無に紅茶を差し出し、虚もまた席について紅茶を口にする。
「さすが虚ちゃん。満足だわ。アーリィとイーリが鉢合わせしてるでしょ? イーリが『あたしも闘わせろ』ってうるさくてね」
「ありがとうございます。……ところで、どこで漏洩がありましたか? 見直しは」
「本人。売り言葉に買い言葉。だから見直しはいらないわ。……呆れるでしょ? ま、大丈夫よ。楓くんに丸投げしたから」
「お嬢様……。正座、します?」
「い、や、よ。わたしは虚ちゃんが心配になってきたの。楓くんから聞いたわよ? あの根回しの早さは知ってるでしょ? 諦めなさい。疲労、してるんでしょ?」
「そうですね。相変わらず手が早い。なんとも言い難い気持ちになりますが、心配されているようですし、明日は休みたいと思います」
「わかったわ。英気を養ってちょうだい。明日は本音ちゃんに働いてもらうから」
「そうですね。たまには薬になりますか。──そういえば。そうですね。お嬢様に質問がありますが」
妙な間をあける虚に楯無は首を傾げた。
「ううん、なあに?」
「しましたか。楓さんと」
「ふぇ、なにが?」
「しましたね。楓くんと」
「……ちょっとなにをいってるのかわからないなあ。うんまあね。なにをいってるのかわからないなあ」
「棒読みっ! それで誤魔化せるのは織斑さんだけですよ。不自然にシワがついた制服。普段の香水とは違う匂い。ほんの少しぎこちない歩き方。それになにより。──首っ! 鏡をみなさいっ。キスマークですからねっ、それはっ!」
「えっ、嘘っ! チェックしっ」
首に手をやった楯無を虚が嘲笑う。虚の表情に気づいた楯無が睨みつけるも、虚は鼻で笑った。
「マヌケはみつかりましたね。お嬢様、白状してもらいましょうか。前戯からお願いします」
「なにそのプレイ? 新しいの?」
「色ボケ会長。前戯より前からお願いします。できる限り、どんな言葉を囁かれたかもお願いします。詳しくです」
「待って。お願いだから待ってっ!」
「参考にしますので、お願いします」
「なんのよっ」
「えっ」
「その顔はやめなさいよっ。なにが楽しくてえっちを暴露するのよっ。わたしはしないからねっ」
「またまたぁ、なにをいいますか。猥談は乙女の嗜みですよ、嗜み。お嬢様も覚えがありますよね? ないとはいわせません」
「ふぐっ、いわないってばっ!」
「はあ、仕方ありません。私も二十歳までには経験しておきたいので、楓くんに色ボケ会長と同じプレイをお願いしてきます。じゃあの」
「ぐぎぎっ、根に持ってたなぁぁぁ。……にゃにゃんてこちょっ、──なんてことをいうのかしらね? あれはわたしだからできたことなのよ。お風呂場に乱入できたのはルームメイトだからで洗いあったし」
「詳しく」
「ちゃんと千冬さんに許可もらったし、その前にも、ピッチで抱き合ったり、みんなが授業中であれば生徒会室でしてもバレなっ……」
「詳しく」
「なにをいってるのかわからないなあ」
「詳しく」
数時間にわたる攻防の勝敗は明確になる。疲れ果てた楯無と上機嫌の虚をみた楓は首を傾げた。にやにや。なぜか虚に笑われた楓は背筋に悪寒が走っており、後日、その理由を知ることになるが余談だ。
たっちゃん回のPV、ユニークに戦慄っ。
次回『嘘』予告
私は本音で語る
あなたは本音でいう
ソレは誰の本音だろうか
次回『ヒロインは貰ったッ』
この次も、サービスしちゃうわよっ!