攻めたら攻められるよぅ。
茶化される楯無はお嫌いですか?
更識楯無は『IS』学園の二年生である。産まれ育ちは日本だが、諸々の事情で自由国籍を取得しており、容姿端麗に頭脳明晰、おまけにスタイル抜群の完璧超人ともいわれる最強の生徒だ。負けたら引退を豪語する楯無は未だ無敗の『生徒会長』であり、挑む者は後をたたない。
そんな楯無の実力を証明するのは、代表候補生ではなく、ロシアの『国家代表』という事実だろう。楯無は『専用機をひとりで造りあげた』とまで噂され、文句のつけ所がなかった。
『表があれば裏がある』
楯無にはあった。その隠された肩書き、日本の『対暗部用の暗部』を知る人物は少ない。各国の政府はもちろん、上層部は知っている。裏の裏は表。アンチをアンチする集団──。
「──それが『更識家』なの。楓くんの護衛として、わたしが同室なのはそんな理由なのよ? 間違ってもね。その。じょっ、情婦じゃないわ」
「えー。小粋なプレゼントじゃ」
「違うわよっ! なによなによっ。ちょっとお茶目しただけじゃない! それをあんな……このっ、ケダモノっ!」
「ご馳走さまです」
「うーうーうー」
楯無は後悔した。楓の入室に合わせて裸のエプロン姿にみえるよう、水着のビキニとエプロンのみの格好で『わたしにします? わたしにします? それとも……わたしっ?』なんてからかった。にやり。楓に向けて楯無が笑った瞬間、ガバッと抱き締められてキスをされた。楯無は焦る。他人をからかって楽しむ、気まぐれな猫と称される楯無は歳の近い異性の可愛らしい反応を期待していた。なのにキス。熱烈なキスをされた。
楯無の予想は外れたのだ。善良な草食系だと思っていた楓は女尊男卑の世界にイイ意味で毒された──人妻との夜──田舎育ちの獣、据え膳を喰う男だと知った。自らの身で経験した。楓が自分の唇を舐めてみせる。
「美味しかったです」
「うーうーうー」
情熱的なキス。絡み合う舌。漏れる吐息。なぞられた頬を伝う柔らかな感触に瞳が濡れた。苦しくなる。抱き寄せられた手が力強く腰に回り、閉じられないようにいれられた足で隙間なく抱かれた。ほんの一瞬だ。ほんの一瞬の戸惑い。一度目の蹂躙と違う、甘く囁くような二度目の口づけ。いいかと訊かれた。いいのか迷った。もう一度、何かをもう一度されたら危なかったと思う。楯無は流されるところだったと自覚する。あのとき、我に返り突き放さなければ、わたしはあのまま────。すでに着替えた制服姿の楯無は顔どころか首まで赤く染めている。思いきり首を振った。
「おかわり?」
「しないわよっ! 忘れろっ、忘れなさいっ! 忘れなさいってばっ! ……うぅ。このこのこのっ」
ベッドを叩いていた枕を投げられた楓が笑う。
「はいはい。ご飯にしましょうねぇ。それとね、楯無さん。水着なんてずらせばいいんです。男からしたら下着と一緒なんですよ。だからまあ、油断大敵でしたね?」
「うるさいうるさいうるさいっ!」
ベッドの上でシーツを被った楯無が吠え、楯無を軽くあしらった楓は、室内に備え付けられているキッチンで料理を再開している。楯無は楓の背中を睨み、蹴りたい背中だと思う。飛び蹴りをいれたい! あの背中に蹴りをいれたいっ! 楯無は歯ぎしりをした。
様々な危険性を考慮したうえで、できるだけ食堂の利用を控えるようにいわれている楓が鼻唄気分で四人前の食事を用意した。実は楯無だけでなく千冬の分もある。女子寮の監督でもある千冬の部屋と繋げた隣室がこの部屋であり、くり貫かれた壁のドアを叩く楓が憎らしい。一応、プライバシーは守られているが、千冬と楓がえっちな……なんて思っていた、過去の自分を叱りたい楯無は深呼吸をして切り替える。
「わたしは出来る子元気な娘! 更識家当主っ、更識楯無っ!」
「ふふ」
「笑うなあ! 笑うなってばっ! 笑うなっていってるでしょっ! くぅぅぅ。憎たらしいぃぃぃ」
「なにをやってるんだお前は」
「織斑先生ぇぇぇ。楓くんがぁぁぁ」
楯無は耳を疑った。泣きついた楯無の頭をなでながら語る千冬の言葉を聞き──心配するな。私と束は二人揃って食べられたぞ。些細な浮気など咎めんよ。襲ったのはこちらだしな──楯無は笑う。気のせい気のせい。気のせいったら気のせいなのよねと天をあおいだ。
「美味しかったです」
「嫌ぁぁぁ」
「ふふ。私達も女だったのだよ。楯無。お前も試してみるといい。私は束と違って独占しないし、入籍できればいいからな。遠慮するなよ?」
「もう嫌なのぉぉぉ。本音ちゃんの嘘つきぃぃぃ。虚ちゃん助けてぇぇぇ。楓くんが恐いのぉぉぉ」
更識家に仕える家柄の布仏家にいる姉妹の姉が三年生の『布仏虚』であり、楯無の従者になる。その妹の本音から楓の人柄を聞いていたのだが、報告書にある楓はひと言でいうと『お人好し』なのだ。それがどうした。性的に恐いじゃないか。楯無は泣いた。わめいた。楯無を慰めるように柔らかく笑う千冬が頷く。
「だからな、楯無。最初は優しくされたが、激しいのもいいぞ?」
「いらないわよっ! 織斑先生の感想なんていらないからねっ!」
◇
翌日の生徒会室で楯無は項垂れていた。生徒会長である楯無はもちろん、会計である虚と書記の本音もいる。生徒会の全役員で三名だけとはいえ、顔を揃えて昨夜の出来事を話し終えていた。楯無は安堵する。楯無自身の妹である『更識簪』に聞かれたら軽蔑される。間違いない。楯無は簪の従者である本音の口止めを始めた。
お菓子で釣れた本音をみて、気が抜けた楯無は喉の渇きを感じた。思いきり背筋を伸ばして虚に紅茶を頼む。どこか悩んでいる顔の本音に楯無は微笑んで人差し指を立てた。話題転換をしてごまかすのだっ。
自覚のある楯無が意図的なひとタラシであれば、無自覚の一夏は天然の女タラシだろう。楓といえば──。
「──ジゴロよジゴロっ。楓くんはジゴロなの。全部わかっててやるのよ。あれは危険だわ。……虚ちゃんも気をつけなさいね。本音ちゃんは密室で二人きりになっちゃダメよ。二人きりになったら妊娠すると思いなさい」
「それほどですか。紅茶です」
「にしし~。やっしーは恐いねぇ」
虚に礼をいって紅茶に口をつける。美味しい。吐かれた息に虚と本音が戸惑っていた。楯無は首を傾げる。
「どうしたの? 二人揃って」
「どうしようお姉ちゃん。エロいよぅ。会長がエロいよぅ」
「お嬢様には失礼ですが。……ほんとに、本当にキス以上はなかったんですよね? 信じてよろしいんですよね?」
「なっ、なによっ。なかったわよっ!」
「わたしねぇ。会長をみてねぇ。ハニトラを仕掛けた女がぁ、逆にやられる映画を思い出したぁ」
「黙りなさい本音。お嬢様。今夜から大丈夫なんですか? 念のためですが、いいですか? 生はダメですからね。絶対に避妊はしてください。本音。ゴムはある?」
「ないよぅ。持ってるわけないよぅ。そういうお姉ちゃんはぁ?」
「ですよね。私も持っていません。……最悪、織斑先生に頼みましょうか。先生だからこそ避妊をしているはずです。妊娠はまずいでしょうし」
楯無は瞬きを繰り返す。
「ねぇ、お姉ちゃん。先生に訊くのぉ?」
「お嬢様のためですし、恥をかいてでも働きなさい。あ、今気づきましたが、八嶋さんが準備している可能性もありましたね。それでも万が一はありますし、やはり織斑先生にお願いしましょう」
楯無は紅茶を机に叩きつけた。
「待って! ちょっと待ちなさいっ! ……いい? 二人共、聞いてね? 楓くんは合意がなければしないの。だからね。わたしが頷かなければいいってことよっ。だから大丈夫っ!」
バッと楯無が広げた扇子に『問題無しっ』とある。本音の両手が上がってゆっくりさがった。
「お~。うお~? あ~、会長がぁ、危なかったってぇ、いってたぁ?」
虚が楯無をキツく睨んだ。
「お嬢様。正座です」
「なっ、なによ?」
「全てを。全てを話していただきます。本音は補足をお願いします。断れば簪様に伝えますが?」
「らめぇっ! 虚ちゃんの卑劣ぅぅぅ」
「わかったぁ。ごめんねぇ、会長ぅ」
楯無は屈服した。いそいそと正座して白状するも、虚と本音の容赦ない訊問に白旗をあげた。『まあその。いいかなぁ。なあんてね? 思っちゃったりしちゃいましたごめんなさいっ!』などと口を滑らせたと思えば、『きっ、気持ち良かったの。あのキス』とかいって、頬を染めるではないか。
「ギルティ~。会長がチョロイ~ン」
「はあ。簪様に伝えますからね」
「虚ちゃんらめぇぇぇ。簪ちゃんはダメなのぉぉぉ」
楯無が泣きわめく。いくらかの押し問答の末、簪には伝えないことになった。助かった楯無はしびれた足で立ち上がって椅子に腰掛ける。ぬるい。紅茶のおかわりを頼んだ。
「それじゃ~、本題ぃ~」
一年一組の代表者を決める『IS』バトルの話し合いを始めた。二人の男性操縦者は千冬が決めたメニューをこなしたうえで、それぞれにあった訓練をしていた。一夏は箒と一緒に『篠ノ之流』を中心に鍛練しており、基礎体力の向上と戦闘の勘を伸ばしている。楓は趣味の『パルクール』で基礎体力の維持をしながら火器に触れた。拳銃などの小火器を中心とし、重火器にまで手を出す貪欲さをみせている。
「織斑さんはいいですね。八嶋さんは基礎体力があるとはいえ、武術系の土台がないために不利となりますか。だからこその火器と」
「そうみたい。兵器を理解するためでしょうね。付け焼き刃で武術はできないし、火器ならね? 少しでも触っておけば『IS』に乗るときに役立つわ。残念なことに訓練機の空きはないから」
「そうでしたね。付け焼き刃の武術では役に立たないと切り捨て、撃つことに親しむわけですか。悪くない選択だと思います」
「おやつ~。おやつタ~イム」
「銃を知ることは護衛の意味でも役立つわ。それも評価項目につけておいてね。やっぱり、楓くんと比べたら一夏くんの危機意識が薄いわ。……これはあれね。宿題かしら」
「わかりました。……そういえば、お嬢様。八嶋さんは護衛用として警棒を持ってましたよね? それもつけておきます」
「お願いね。色々と見直す必要があるわ。防衛計画の修正は終わってたわよね? 悪いけど、織斑先生の考察もあるから再度修正よ。本音ちゃん。織斑先生にお願いした書類をちょうだい。……本音ちゃん? 美味しそうでなによりねぇ」
「ほぇ?」
「お菓子は取り上げます。山田先生からの報告書はありますので、先に把握しましょう。……こちらは一年生の専用機をまとめたものです」
楯無と虚の会議は進む。お菓子を取り上げられた本音は仕方なく仕事を始めた。現在の生徒会は更識家だけである。学園の書類をさばきながら実家の仕事もこなす。そのうえで楯無自身の訓練もあるのだ。やはり優秀。それなのに、妹の簪が関係したらポンコツになるから完璧超人などいないとわかるが……。これからは楓関連も怪しい。少なくとも虚と本音はそう感じているし、虚は千冬との連係強化を企み、本音は簪に密告して茶化そうと思った。
R15だった、いいね?
次回『嘘』予告。
やめて楯無っ!
簪は土下座してもいうの。
あなたは死んでしまうわ。わたしが殺すもの。
次回『受け継がれる楯無』
サービスっ、サービスっ!