ドイツ軍人はうろたえる。
とても素直なラウラはお嫌いですか?
ラウラ・ボーデヴィッヒは心待ちにしていた。ラウラからみた楓は勇者だ。立てば軍人、座れば野武士、歩く姿は装甲戦車といわれた千冬の婚約者なのだから。
「いかん。手土産を買い忘れた……」
ドイツの空港で唸り声を出すラウラは、『IS』学園に編入する現役の軍人だ。ドイツの代表候補生でもあるラウラは『IS』配備特殊部隊──『シュヴァルツェ・ハーゼ(通称、黒ウサギ隊)』の隊長であり、遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)として生み出された試験管ベイビーになる。そのうえ、『IS』の適合性向上のためのナノマシン移植手術により発現する擬似ハイパーセンサー、『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』の失敗により『出来損ない』の烙印を押された過去があった。移植手術の適合に失敗した左目はオッドアイに変色し、今では眼帯で隠すのが常になっている。
「──さすがに和菓子はないか。むう。困った。思いつかん。教官の嫁だからな。ナイフでもいいか」
落ちこぼれていたラウラの境遇を救った千冬には感謝している。千冬と共に過ごした一年。千冬が教鞭を取り、教わったラウラは専用機持ちのエースとして返り咲いた。その圧倒的な強さを尊敬したラウラは千冬を慕い、千冬が日本に帰国した今も教官と呼び続けている。
「そうだ。教官の弟にも礼をいわなければならんな」
千冬が出場していた第二回の『モンド・グロッソ』で、決勝戦前に拐われた一夏を救うために協力したドイツ軍への出向。これらがなければ千冬と出逢うことはなかったラウラにとって、千冬と一夏には悪いが、有り難い出来事なのである。
「いかん。緊張してきた」
────『IS』学園、寮監室。全ての手続きと検査が終わったラウラは挨拶を済ませてから、千冬に買ってきていたビールを差し出した。
「教官。お納めください」
「ほう? いつものか」
「いつものです。……それで教官。教官の嫁にも挨拶をしたいのですが。何時頃、挨拶にいけば?」
「ラウラ。嫁とはいわんぞ」
「それならなんと?」
「ううむ。好きに呼ぶのなら?」
「やはり勇者です。教官と結婚をする猛者なのですから勇者とお呼びしたほうがいい。クラリッサが鬼嫁とだけはいってはいけないと……。わけがわからないのですが」
「ラウラ。今夜は寝かさないぞっ」
千冬に叱られたラウラは落ち込み、夕食の準備をすませた楓が呼びにきたお蔭で助かった。軽い挨拶を交わしたあと、額をさすりながら礼をいうラウラをみて楓は苦笑する。手土産を忘れていたラウラは、趣味であるサバイバルナイフの収集品から、お気に入りのひとつを差し出すことにした。眉を寄せながら受け取った楓が席につくようにいうので、ラウラは大人しく指示に従い、千冬がそれに続いた。
「とりあえず食え。箸は使えるか? 席は楯無の向かい、千冬さんの隣だ」
「うむ? もちろん使えるぞ。教官に習ったからな。それに、甘味と和食は好物だ」
「ほんと、楓くんは徹底してるわよね。ラウラちゃんはさっきぶりぃ」
「ペーシングは基本。今晩は鍋だっ。みんな大好き、すき焼きだぞぅ」
「なぁ、楓。ビールを開けてもいいか? ラウラの手土産はドイツビールなんだ。旨いぞ。楓も飲むだろ?」
千冬と楓、楯無と囲んだすき焼きは美味しい。ラウラにはどこか優しく感じられ、話も弾んでいく。
「そうそう。ラウラちゃんの機体。怪しいシステムが仕込まれてたって本当?」
「うむ。我がドイツにも恥はあった」
「ああ。楯無。報告書にもあったが『VT』システムだ。まったく、無駄なことをする。束が検査しているというのに。……呆れてものもいえんよ」
「楯無。お前まさか……。また流し読みしたのか? 虚さんにメールするぞ?」
「やめてっ!」
「おかわりだっ! 追加だっ、追加っ! 楓ぇ。飲まなきゃやってられんだろぉ。……ドイツには顔見知りがいるとはいえ、また根回しだぞ? 私だって疲れるんだ」
「すまない。私もだ。おかわりを頼む。初めて食べたが……。温かくて美味しいんだ。教官の嫁は素晴らしいな。──そうか、これがママか」
電流、走る。
「ちょっとラウラちゃん? ここに素敵なお姉さんがいるんだけどなぁ。なにいってるのかなぁ」
「ラウラ。死にたいのか? 私はなんなんだ? 亭主なのか? ほら、いってみろ」
「ママはないだろ、ママは。茶碗くれ」
「なっ、何故だっ」
身ぶり手振りで弁明するラウラをいじめる千冬と楯無に楓が呆れる。ラウラの必死な弁舌は止まらずに熱をおびていく。明かされたドイツ時代の千冬の伝説に楓は微笑み、楯無は腹を抱えた。赤ら顔の千冬は次々にビールを空けていき、ラウラが知る千冬のパパ振りが証明されてしまった。
「なるほどねぇ。だから、俺がママで千冬さんがパパだと?」
「そうだ。軍の上層部も『娘をかまうパパのようだ』と評価していた。私にはよくわからないが、とても素晴らしい評価だと聞いている。だから、教官は私のパパなのだ。そんな素晴らしい教官の嫁ならばママだろう」
「くくっ。ドイツ軍が面白すぎるわよぅ。あっ。涙出てきた」
「ゆるさん。絶対にゆるさん」
楓の同意を得られたラウラの隣に座る千冬の鼻息が荒い。それでもラウラは気づかない。
「ママ。肉が食べたい」
「はいはい。ラウラちゃん? たくさん食べて大きくなろうねぇ」
「楓くん反則。もうダメっ、無理っ。お腹痛いっ」
「ゆ る さ ん !」
荒れに荒れた夕食が終わり、ラウラは割り当てられた部屋に入った。楽しい食事だった。うむと頷いたラウラは荷物を放り投げてから自称日本通の副隊長『クラリッサ・ハルフォーフ』に報告する──鬼嫁といったら叱られた。覚悟しておけ。追伸。やはり勇者は素晴らしい。私のママになった──メールを送信して服を脱いだ。
◇
目覚めたラウラはひとりだ。ラウラから一日遅れて編入してくるフランスの代表候補生がルームメイトだと聞いている。朝の支度を始めながら、楓と一緒に登校したいと思ったラウラは、荷物をひっくり返して制服を着た。散らかった部屋をみてひとつ頷き『まだまだ教官の域にはいかんな』と呟いて部屋を出ていった。
「──ママは居ないのか」
いくらノックしても楓の部屋から反応はない。気落ちしたラウラは食堂に向かった。生憎とラウラが知る人物は食堂におらず、見覚えがないからだろう、ラウラに視線が集まるのに気づいた。それでも『ドイツの冷水』と称されたラウラは動じない。黙々と食べ終わり、千冬がいる職員室を目指した。
「──失礼する。教官、織斑先生は」
「……ん? ここだ、ボーデヴィッヒ。少し待っていろ。山田君、副担任を呼んでくるから。山田君、ちょっと来てくれ」
「はっ」
敬礼するラウラに千冬は苦笑する。呼ばれた真耶が腰を引きながら自己紹介してきたので、ラウラは踵を合わせて再度敬礼をした。
「敬礼はやめろ、ここは軍ではなく学園だ。山田君、挨拶をすませたら教室に行け。『SHR』の時間になるぞ?」
「あっ、そうでしたね。先輩は遅れるんでした。先に行きますね」
「それとな、山田君。ボーデヴィッヒは現役の軍人なんだが、一般常識がないうえに天然でな……。頼むぞ」
「はっ、はあ。わかりました? ボーデヴィッヒさんは付いてきてくださいね」
「はっ。了解です」
先行する真耶の背中をみながら首を傾げるラウラは天然とはなんだろうか? 日本の食材か? などと考えていた。気づけば教室の前に着いており、真耶に少し待つよういわれたラウラはクラリッサに、いや、ママに訊こうと頷く。
「──ということで、編入生です。入ってきてください」
「失礼するッ」
初対面は一発かます。クラリッサに教わったことを信じたラウラは教卓のうえに立った。
「えっ? なんで上るの? ちょっとボーデヴィッヒさん?」
「私はドイツの代表候補生。『シュヴァルツェ・ハーゼ』で隊長をしているラウラ・ボーデヴィッヒ、階級は少佐だ。ただの人間には興味がない。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者、強化人間がいたら仲良くする。以上ッ」
ラウラの鼻息が荒い。一夏だけでなく、箒やセシリア、クラスメイト達も疑問符で頭が埋まった。例外は二人。いや、三人になる。
「う~ん。ラウラウだねぇ~」
「やっぱり、ラウラは面白いなぁ」
「おっ、ママ。朝は居なかったな。部屋に行ったのだぞ。いつも早いのか? 明日は何時に起きればいい? それとなママ。天然とはなんだ? 美味しいのか? 先ほど教官、織斑先生が私のこと天然といっていたのだが、よくわからないんだ。教えてくれ」
「ラウラ。学園では名前で呼ぶ話は?」
「八嶋がママに? 夢をみてるんだな。まだ俺は夢をみてるんだ」
「すまない八嶋。姉さんのような変態になったのでは義兄とは呼べん」
「この気持ちは……。母性ですの?」
「ラウラウは可愛いねぇ」
「ラウラ。取り合えず、教卓から降りよう。山田先生が困ってるぞ」
「わかった。……おっ。お前が織斑一夏だな。感謝するッ。それで? 私の席はどこだ?」
教卓から降りたラウラの隣に立つ真耶は笑顔のままピクリとも動かない。ざわめくクラスをよそに、楓が手招きをしたので喜んで向かったラウラは額にデコピンをされた。黒い義手で打たれたためだろうか。千冬並に痛い。涙目になったラウラが疑問の声をあげるも、二回目をもらってしまう。
「ラウラ。反省しろ」
「なっ、何故だっ。私は教わった通りに」
「それが間違えてる。詳しくはあとで話すから、そこの席にある椅子のうえで正座だ。いいね?」
「しかしママッ」
「いうこと聞かない娘は叱るぞ。昨日の食事は楽しかったな。一緒に食べなくてもいいのか? みんなが驚いてるから、ラウラはごめんなさいをして反省しような。反省できたら、これからも一緒にご飯を食べよう。できるか? できない娘は嫌いになるなぁ」
「………………ぃ」
「声が小さいなぁ。ラウラが嫌いにぃ」
「ママっ。みんなっ。ごめんなさいっ!」
「よろしい。あっ、正座はしてね」
しょんぼりと落ち込んだラウラは椅子のうえで正座をし、ぐしぐしと目を擦っていた。少し経てば鼻をすする音が……。
「やっ、やっし~? ラウラウ、泣いちゃったよぅ。どうするのぉ?」
(よくいったっ、本音っ!)
「そうだぞ八嶋っ! ちっちゃい子は泣かしたらダメだろっ!」
「すまない遅くなっ……。なんで泣いてるんだ、ボーデヴィッヒは」
(きたッ、織斑先生きたッ!)
「パパぁ。ママがぁ」
(織斑先生がパパ、そしてママなら……)
「……おいっ。バトルしようぜぇ」
(ですよねー。目が据わってるよッ)
「待て、織斑君。授業が始まる」
「よくわからんが、ボーデヴィッヒ。学園では織斑先生と呼べ」
「パパぁ。ママがぁ、嫌いにぃ」
「あまり泣くなよ、ラウラ。弱くみえるぞ? それにしても、ドイツでは頭をなでてやったが授業があるからな……。楓に任せる。ママなら泣き止ませてくれ」
「わかりました。おいで、ラウラ」
「己れ八嶋ぁっ! 俺は義兄だなんて認めてないからなっ! おいっ。聞いてんのかっ」
「ねぇ、ラウラウ。飴玉たべるぅ?」
「やはり、母性ですわね」
「いやいや、姉さんじゃなくて、千冬さんと結婚するのならアリか? いや、義兄か?」
「うぐっ。いらん。ママに怒られる」
「そろそろ黙れ。授業を始める。返事っ」
『はいっ!』
加速した混乱を止めたのは、やはり千冬だ。ラウラは楓の膝のうえに座り、頭をなでてもらっている。頬を染めてニヤける姿に癒されるクラスメイト達が続出していった。
ラウラは知らない。千冬がドイツにいた頃、千冬の後ろをついて回る姿にほっこりした軍人達が多く、千冬から『VT』システムを報告されて憤慨していた。特に、素早く動いたのは黒ウサギ隊だろう。軍が総出で動き、ラウラに関係がある科学者達は軒並み逮捕や軟禁されていく。それらを眺めるメカ兎と銀髪がいたというが、ラウラは知らないままだった。
次回『嘘』予告。
愛人の娘と蔑まれる日々
絶え間ない苦痛の中でみたもの
ひと欠片の希望は反発から始まった
次回『シャル、来日』
この次も、サービスしちゃうわよ!