という願望から妄想へと変わり、リアルブートした結果がこちらになります。
と言っても、おそらく未熟故に自分の妄想がリアルブートし切れていないような所もありますので、ご容赦ください。
そしてあらかじめ申し上げておきますが、別に原作のTRUEENDやLCCを否定する意図があるわけではありません。
あくまでこれは「蛇足として語られる物語」にも及ばない妄想の物語です。
渋谷駅にあるハチ公像前で、僕はある人物を待っていた。
時刻は午前9時。休日という事もあってか、いつもの如く、そして特に今日はみっちりと人が集まっている。
さすがは渋谷の待ち合わせ場所としては最も有名なハチ公像前。周囲も僕のように誰かを待っている人でいっぱいだ。
だが、おそらくこの連中は、僕とは決定的に違うものがある。
「………………」
それは、彼もかれもがみんな、幸せそうな顔をしているからだ。
きっと、これから彼氏彼女と合流して、食事だか映画だか買い物だかに行くのだろう。
つまりこいつらは、いわゆる『リア充』なのだ。
情報強者である僕が知る本来のリア充の意味とは違うのだが、ここはあえて伊藤風に言っておく。
いつもの僕ならさっさとこの場から消え入る所だが、今回はそういうわけにもいかない。
何故なら、下手すれば僕自身さえ、周囲から見ればこの連中と同じ人種だと思われている可能性が大きいからだ。
ここに来て、自分は場違いである事を表面に出す事は、恥でしかない。
いよいよこのピンク色の甘ったるい空気に窒息しそうだと思い始めたその時――
「タクーッ!」
聞き慣れた声が、届いた。
振り返った先から、私服姿の尾上が手を振りながら、僕の方へと駆け寄ってくる姿が見えた。
「ごめんねぇ、タク。待った?」
「べ、別に。僕もいま来たところだ」
本当は10分前には来ていたのだが、ついデートの定番のような台詞を言ってしまった。
走ってきたのか、尾上は肩を上下させていた。
待ち合わせの時間にはぴったりだが、急いでここへ来た事が伺える。
「大丈夫か?」
「ちょっと準備に手間取ってたら、家出るのがギリギリになっちゃって……。えへへ……」
息を整えながら説明する尾上の言葉に、僕は不思議に思った。
幼馴染である尾上とは、二人でどこかに出掛ける事は初めてではない。ショッピングや取材のための情報収集、理由は様々だが、これまでに尾上と外出する事はしょっちゅうあった。むしろ一緒にいる方が多かった。
だが、今回のように明確に『デート』と形容して出掛けるのは、初めての事であった。
しかし改めてデートと意識すると、今まで尾上と一緒にいて感じた事のなかった緊張感を、全身に感じてしまう。なんだか変な気持ちだ。
「(ん? 待てよ……)」
尾上の言葉を聞いて、僕は自身に起こった異変と絡んで、ふと思った。
もし、尾上もまた僕と同じだったら――?
そこまで考えて、僕は我に帰った。
「(マズい……ッ。今、僕が考えていた事が盗撮されていたら……ッ!)」
僕は今更のように尾上の持つ『思考盗撮』という能力を思い出し、声も出していない口を手で庇った。しかし、尾上の方は視線を僕の脇腹の辺りに向けていて、ほのかに頬を朱色に染めているだけだった。
「そ、それじゃあ……いこっか?」
「あ、ああ……」
そんな尾上の様子を見て、僕は再び緊張してしまった。
前日の放課後――
例の如く、僕と尾上は他の部員たちと一緒に新聞部の部室に集まっていた。部員ではない有村やうきも加わったこの編集会議では、今度の新聞記事の内容に関して話し合われた。
のだが……。
「冗談じゃない」
納得しかけていた空気をぶち壊すかの如く、僕はきっぱりと断ずる。
さっきまで色めき立って話していた一同の顔が、一斉に僕の方へと向いた。
「なんですか、宮代先輩。まだなにか文句がおありですか?」
その中でも一番に無粋な顔を遠慮なしに向ける有村が、僕に訊ねる。
「文句も何も……僕は絶対に認めないぞ。新聞部部長として、この提案に断固抗議する」
「うっわ~。横暴だ~。ここぞとばかりに部長の立場を誇示するなんて、小さすぎますよ先輩~」
「そうだぞ、宮代。いつもお前の代わりに生徒会に顔を出したりしてる俺が言うのも何だが、時には男として敗北を認める事も大事だ」
「うるっさい! 大体、なんで部員でもない有村の発案が通ったりするんだよ? そんなのおかしいだろ!」
「これは私だけではなく、伊藤先輩の案でもあるんです。伊藤先輩との共同案というのも癪ですが、ちゃんと新聞部部員の意志は含まれています」
「どうしてこんな時だけ結託してるんだよお前ら……」
「それに、多数決で決めようって言ったのは宮代先輩じゃないですか。賛成が上回ったんですから、大人しく現実を認めてくださいよ」
「ぐぅ……」
そう、次回の新聞部が発行する学園新聞の記事に、有村・伊藤の案が採用されてしまったのだ。
いや、まだ僕が認めていないから、採用とまではいっていないが。
何故か文芸部のくせにいつも新聞部に顔を出している有村が、当然のように編集会議に加わって意見するのは今に始まった事ではないが、まさかそんな彼女から上がった案が支持されるなんて誰が予想できようか。
有村が言うように、これには伊藤も同時に掲げていたが。
おそらく、事前に有村が伊藤に示し合わせたのだろう。
「とにかく、僕は絶対に反対だぞ」
「往生際が悪いっすよ、先輩~」
口を尖らせる有村を無視して、僕は恨めしそうにホワイトボードに書かれたタイトル文字を覗き見た。
――高校生の初デートにオススメしたい 渋谷の人気デートスポット!――
あくまで硬派な報道を貫き通したい僕の意志を完全無視した記事のタイトルに、僕は思いやられる。
「やっぱり、高校生らしい記事を書くべきだと思うんですよ。恋愛系の記事こそ、高校生の新聞にふさわしい!」
「ああ、誰が見ても素晴らしい記事だ」
普段の二人からは考えられない意気投合っぷりに、僕は疑念を禁じ得ない。
「一体どうしたっていうんだよ……。部員でもない有村が発案という点はこの際置いておいても、リア充を箱詰めしたい程の殺意に苛まれてる伊藤がどうして……」
「おい、お前は俺をなんだと思ってるんだよ……」
恋愛禁止令推奨とまではいわないが、リア充に関しては誰よりも敵視している伊藤だ。その上、卒業まで彼女ができないであろう伊藤がデートスポットの取材だなんて、途中で衰弱死するんじゃないかと心配になる。まるで何者かに操られているかのようだ。
「俺だってなぁ、いつかできる彼女のために……いや、あわよくば取材とかこつけて誰かとデート……げふんげふん、新聞部員として真摯に学生にとってどんな記事が得になるのか考えてだな……!」
「いや、もういい。もうわかった。わかったらそれ以上喋らないでくれ」
こいつはもう駄目だ。有村の奴め、卑怯な手を。
だが、厄介なのは他の部員が賛同してしまっている点だった。
「拓留、もう諦めたら?」
「来栖……」
これまで僕と有村たちとのやり取りを静観していた来栖が優しく声を掛ける。
「私は別にこの記事、そんなに悪くはないと思うわ。高校生の書く新聞としては、素敵な記事だと思うのだけれど……」
「ん……」
来栖の発言に、エンスーを画面に表示したパソコンの前に座っていた香月まで同意するように頷く。
「それに、有村さんの言う通り、最後は多数決で決めようと言ったのは拓留よ?」
「うっ……」
そう。有村と伊藤の案に頑なに反対する僕が、なかなか決着しない論戦に痺れを切らした結果、多数決などという方法を提案してしまったのだ。
新聞部副部長のお墨付きだと強気になる二人を前に、僕が思わず口に出してしまった苦肉の策だった。
結果、僕は必死の説得の末、なんとか尾上とうきを味方に付けたが、賛成派に有村・伊藤・来栖に香月が加わり、4体3で敗れてしまった。
普段はエンスーばかりで口数も少ない香月だが、意外にも来栖よりもそちらの方面に乗り気だったのを読めなかったのが敗因だろう。
確かに多数決で決着を着けようと言ったのは紛れもなく僕自身だ。
その事実を、認める他はない。
だがやはり、こんな情弱丸出しの記事を書くのは気が引ける。
「そもそも、どうやってこんな記事を書くんだよ」
こんなの、ネットで検索すればいくらでも出てくるだろう。だが、コピペというのは報道する側としては冒してはならない禁だ。
「それはやっぱり、実際に行ってみて取材するのが一番でしょう」
有村が楽しそうにそんな事を言っているが、僕には受け入れがたい内容だった。
「そうそう!」
有村に賛同する伊藤を一瞥し、僕は溜息を吐く。
「……で、誰が取材するんだ?」
「それは――もちろん、新聞部の誰かと誰かが行くんですよ。あっ、念のために言っておきますけどちゃんと男と女、ですよ?」
僕が予想した最悪の展開が難なく有村の口から紡がれた。せめて女子同士がよく普段から口にする「女子二人で遊ぶ=デート」をも想像したが、現実はやはり本来の意味の方だった。
「て言っても、男は俺と宮代の二人しかいねーぞ? って事は、俺と宮代が女子の誰かとデートするって事か~?」
白々しすぎるぞ、伊藤……。
「違います。なにも先輩二人とも、女子の誰かとデートする必要はありません」
「え……っ?」
疑問の声を漏らしたのは僕ではなく伊藤の方だった。
どうやらここからは伊藤も聞いていない話らしい。
「くじ引きで決めましょう。というわけで、宮代先輩。このくじを引いてください」
そう言う有村の手には、いつの間に作ったのか、五本のくじが握られていた。つい「は?」と間抜けな声を漏らしてしまった僕の横で、伊藤が愕然としている。
「ちょ、ちょっと待てよ有村! 俺はデートできると思って、お前に賛同して……」
「誰も、伊藤先輩がデートできるなんて一言も言っていませんよ。伊藤先輩とデートだなんて、取材でも嫌ですし」
「そんなぁぁぁ~~~ッッ!!」
憐れなり、伊藤。
有村の口車に乗せられた結果がそれだ。
大人しく現実を受け止めるんだな。
「さぁ、先輩。どうぞ」
だが、それは僕も同じだ。
「ちょ、ちょっと待て……。どうして僕が……」
「伊藤先輩以外の男子といったら、宮代先輩しかいませんから。ほら、ちゃっちゃと引いちゃってください」
「だからって……」
僕は思わず、周囲にいる新聞部員の女子たちを見渡した。誰もが興味深げに、こちらの様子を見詰めている。そこで気付いたが、くじが五本あるという事はうきも含まれているのか?
うきと目が合うと、眼鏡の奥の丸っこい瞳が慌てて逸らされる。
どうやらそうらしい……。
この五人の内と、誰かとデート……。
生唾を飲み込んだ僕は、目の前に突き付けられた内の一本を、引き抜いた。
そして、僕が引いたくじは尾上を意味するものだった。
正直、その時の僕は拍子抜けするような気分を味わった。尾上の方もキョトンとしており、特に変わった様子は見られなかった。
むしろ僕と尾上がデートすると決まった途端、有村や来栖たちのわざとらしい反応がやけに気になった。
そんな事は、いま気にしても仕方ないけど。
対して僕も尾上も、昔からよく二人で出掛ける事は珍しくなかったので、そんなに戸惑う事でもなかった。
逆に、尾上で良かったと安心したぐらいだ。
そう、その時はそうだったはずだ。
なのに、尾上とのデートが決まった後にトレーラーハウスへと帰った日の夜。一人になってから、「尾上とデートする」と考えた途端、どういう事か動揺する自分がいた。これまでに感じた事のない緊張感が全身に走り、同時に生じた焦りが僕を行動に移させた。
女の子とデートなどした経験のない僕は、ネットで渋谷のデートスポットを検索したり、ゲンさんからコッソリ仕入れたクール・キャット・プレスのデート特集号を読み漁った。
だが、女子とデートなどという経験を一度もした事がない僕には一夜漬けで会得できるスキルでもなく、結局、必死になってネットや雑誌から捻出しなんとか練ったデートプランをさげて、今日の戦いに挑むのだった。
「それじゃあ、行くか。尾上……」
「おっけい」
徹夜で練り出したデートプランを思い出し、僕は尾上を先導する。
そしてその過程で、僕はさりげなく尾上を守るように道路側を歩く。
デートの基本、それは気遣いだ。
さりげない気遣いが、デートを成功に導く鍵である。何も言われなくとも相手の気持ちを察し、率先して行動する事。出会って間もない付き合い立てのカップルならともかく、尾上とは長い付き合いの僕ならきっと上手くやれるはずだ。
「お、尾上。今日の服、似合ってるな……」
「う?」
故にタイミングは遅くなってしまったが、今からでも彼女の服装を褒める事は遅すぎるというわけでもないはずだ。これもまた気遣い。
「……う~? でも、この服、いつものだよ?」
「………………」
確かに尾上の恰好は、普段から着ている白いシャツに黒ネクタイ、ショートパンツの動きやすそうな私服姿だった。
準備に手間取ってギリギリ出たと聞いたから、オシャレしてきたかと思いきや、服装はいつもと変わらない。
「……いつも似合ってるって事だよ」
「え~? ……ふふっ、ありがと、タク」
変に返そうとして、却って余計に恥ずかしい事を言ってしまったような気もするが、これ以上は考えない方が良さそうだった。
「どこ行こっか、タク?」
「まずは、映画だ」
定番中の定番。あまりに定石すぎて情強と名乗る割には大した事のなさそうに見えるかもしれないが、定番と言われる所以を含む映画を侮ってはいけない。
最初の行先に映画を選んだのには理由がある。
まず、二人で映画を観れば、観賞後に同じ話題で盛り上がる事ができる。僕と尾上が普段から話す事と言えば、生活の事やクラス、新聞部など、もっと下らないレベルなら今日の朝は何を食べたか?など。そんな当たり障りのない、平凡な話題ばかりだ。
それに、映画の感想を言い合う事で、お互いの感性を知る事ができるのもそうだ。今更のように気付いたが、はっきり言って、僕は尾上がどんな映画が好きなのか、映画どころか娯楽に興じている尾上の姿があまり想像できないほど、尾上とは長い付き合いだが、僕はそういう尾上の趣味や感性といったものをよく知らない。
今回、一緒に映画を観て、その映画について話をすれば、僕が今まで知らなかった尾上の部分も知る事ができる。
そして映画で時間を潰し、観賞を終えた頃には昼時だろう。昼食のランチで話す内容もこれで決まりだ。
流石は僕。完璧だ。
後はどの映画を観るか、だが……。
映画館に着くや、僕は尾上と並んで、公開中の映画ポスターを眺めた。
「さぁ、どれにしようか。尾上は何が観たい?」
「う? 私?」
う~ん、と。尾上が口許に指を当てながら、首を捻りつつポスターを眺め、考える。
そして悩んだ割には、拍子抜けする答えが返ってきた。
「よくわかんない」
「なんだよ、それ……」
どうやら尾上自身も、自分の映画の好みをわかっていないらしい。
というか、映画を観た事すらあるのだろうか。
「う~。 映画くらい観た事あるよ」
「こんな時に思考盗撮するなよ。 それじゃあ、どんな映画を観た事があるんだ?」
「え~っとね……」
尾上が指差したのは、有名な「スパークウォーズ」という海外の映画だった。今作は数年ぶりの「待望のシリーズ最新作」だ。
シリーズが長すぎて全ての内容は覚えていないが、僕も子供の頃から観た事がある。尾上が観た事があるというのは意外だったが、王道SFという僕も嫌いじゃないジャンルだ。
「ねぇ、タク。これにしようよ」
「え?」
突然、尾上が僕の方を振り返って言った。
「タク、好きでしょ? こういうの」
「……ま、まぁ」
否定するのもなんだか恥ずかしいので、正直に頷いた。
「でも尾上は良いのか?」
「うん。私はタクが観たいものならなんでも」
尾上はニッコリと笑って、そう言ってくれた。
僕がチケットを買っている間、尾上は売店からポップコーンとコーラを買ってきてくれた。尾上からそれを受け取り、スクリーンから丁度良い距離にある中央の席へと座る。長らく続く人気作だが、公開から日が経っているからか人は少ない。だが、その方が僕も過ごしやすいし、なにより他人の思考を読んでしまう尾上にとっても雑音が少なく済んで良いだろう。
映画が始まり、周囲が暗くなる。スクリーンの光だけが照らす空間で、僕は手にそっと重なるものを感じた。
「尾上……?」
「えへへ……」
隣を見ると、尾上が僕の手に自分の手を重ねながら、照れ臭そうに微笑んでいた。
「タク、これってデートなんだよね? それだったら、こうやって映画を観る時も手を繋いでた方が良いのかなって思って」
こっそりと、尾上が小声で囁きかける。
尾上、それはたぶん恋愛映画を観ているカップルがする事だと思うぞ……?
臨場感たっぷりのBGMが流れ始めたSF映画の冒頭から、手を繋ぐカップルはなかなかいないと思う。
しかし、尾上が言った通り、これはデートなのだ。
尾上がしたいのなら、僕は当然それを叶えるだけだ。
「……あ」
ぎゅっ。
僕の手の上に覆いかぶさるように重なっていた尾上の手を、繊細なガラス細工に触れるように握り返した。
手を握った途端、尾上が淡い吐息を漏らす。
尾上の手はほんのりと温かくて、スベスベの滑らかさだけでなく触って気持ちいい柔らかさもあった。
「(お、尾上……というか、女子の手ってこんなに柔らかいのか……)」
もはや思考盗撮されるなど考えている余裕もなかった。僕がチラリと尾上の様子を伺うと――
「えへへ……」
スクリーンの光に照らされた尾上の顔は、何がそんなに嬉しいのかふにゃりとした表情で微笑んでいた。
そんな尾上の表情を見て、僕は映画に来て間違いではなかったと思えた。