幼馴染の夢と想い   作:伊東椋

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想いが世界の均衡を願う

 週明けの放課後――新聞部の部室。

 

 僕は新聞部の部室を前に立っていた。クラスの掃除当番で少し遅れてしまったが、これから入る部室はこれまでとは違う部分がある。先日の取材を兼ねた尾上とのデート。部員たちにこれから告げるのはデートの取材報告だけではない、もう一つの報告もあるからだ――

 緊張する胸の高鳴りを抑え、僕はふーっと息を整える。

 扉の向こうからは、今や幼馴染から恋人となった尾上の声が聞こえた。他の部員たちの声も聞こえる。どうやら僕以外の部員は集まっているようだ。

 部室に入る心の準備を整え、僕はドアノブを捻った。

 「………………」

 僕を迎え入れたのは、尾上を含めた新聞部部員一同の真っ直ぐに突き刺さってくるような視線だった。

 最初の三秒間は無言だったが、やがて僕は違和感の正体に気付く。

 誰もかれもが、僕に笑みを向けているのは奇妙な光景だった。特に伊藤と有村のニヤケっぷりが半端なかった。

 「ど、どうしたんだみんな。そんな顔をして……」

 「み~や~し~ろ~」

 突然、伊藤が僕の肩に手を回してきた。ニタニタとした顔が、僕の顔のすぐ傍まで近付いてくる。

 「まさかお前にそこまでの度胸があったとはなぁ……。俺、お前の事見誤ってたわ……」

 「な、なにを言っているんだお前……」

 伊藤に深く訊ねようとする前に、今度は有村の言葉が続いた。

 「せんぱ~い。 聞きましたよ~」

 「あ、有村……」

 「いや~、宮代先輩もやっぱり男なんすね~。雛絵ちゃん、思わずびっくりしちゃいましたよ」

 「さっきから何の話……」

 「……んっ、んぅっ」

 ドン、ドンと。壁を殴打する香月の姿が目に入った。

 そして人の影に隠れ、赤い顔をこちらにちらちらと覗かせるうきの姿も確認できる。

 「お、おい……。みんな、一体どうし……」

 「拓留?」

 「ひっ!?」

 うきが隠れている身体の周囲から漂う邪悪なオーラ。それはまさしく女帝というよりは鬼神と表現すべき様相だった。恐ろしく笑顔の来栖から、移動もしていないのにその般若のような顔がこちらに近付いてくるような錯覚を覚える。

 「まさか拓留がそんな子だっただなんてねぇ。世莉架相手だったら心配ないと思っていたけれど……」

 「お、落ち着けよ来栖。何を……」

 僕はこの状況の原因をよく知っているであろう彼女の存在を捜した。

 「お、尾上! これは一体どういう事なんだ!」

 尾上はすぐに見つかった。来栖の傍で、スマホを抱えた尾上が照れ臭そうにこちらを見ている。

 ハッ。待てよ、スマホ……?

 僕はある記憶を思い起こした。

 「まさか……」

 デートの最中、尾上はデートスポットを巡るたびにスマホのメモに詳細を書き記していた。そのメモを通じて、僕達のデートの中身を来栖たちに知られた可能性がある。そしてそれは現在、僕を取り巻くこの状況がそれを物語っている。

 更に言えば、みんなが知ったであろう尾上のスマホに書かれていた内容は、僕が想像していた以上に詳細に書き残されていたに違いない。詳しくはなくとも、デートの最後の行だけはタイトルだけでも破壊力抜群だろう。

 「最後はラブホから朝帰りだなんて、宮代先輩って大胆~!」

 有村が、導火線に火を付けるようなその言葉を口にした。

 その瞬間、僕は声にならない悲鳴を上げていた。

 そして一気に部室は沸き立ち、僕はその日の新聞部の活動時間をほとんど浪費する勢いで誤解を解くのに必死になるのだった。

 

 

 

 

 宮下公園にあるトレーラーハウス。僕と尾上は一緒に過ごしていた。

 新聞部の記事を作成するために、尾上が記録した先日の僕達のデートの情報を元に、ノートパソコンで作業を行っている所だった。

 結局、この記録が原因で来栖たちに追及されて放課後はまともな活動ができなかった。どうにか誤解を解く事はできたが、こうして僕が責任を持って作業を持ち帰る羽目になってしまった。

 ノートパソコンを打ち込む僕の後ろから、尾上が時折覗き込んでは、作業の手助けをしてくれている。

 気が付けば、外はすっかり夜の景色に浸かってしまった。

 「尾上、もう遅いからそろそろ帰れよ」

 「う? 私なら全然平気だよー」

 「そんな事ないだろ。 さすがにこれ以上遅くなったら危険だ」

 「それじゃあ……泊まらせてよ、タク」

 「はぁっ!?」

 思わずぐるりと僕は振り返る。そこにはベッドに寝転んだ尾上が、ぱたぱたと足を揺らしていた。

 「だめ?」

 純真な丸い瞳が、僕の困惑顔を映し出す。

 「駄目も何も……。 お前、今日僕がどんな目に遭ったのかもう忘れたのか?」

 あの時はもうだめかと思った程だった。さすがに二度目となると、今度こそ来栖の餌食になりかねない。

 それにこんな狭い場所に二人も寝られるスペースはない。

 「また前みたいに、一緒に寝れば良いじゃない」

 「何を言っているんだ、お前は!」

 「私、タクとなら……全然、平気だよ? むしろ、もう一度、一緒に寝たいなぁ……」

 「うっ……」

 あれ以来、尾上がどうも以前より可愛く見えて仕方ない。こいつ、こんなに女の子っぽかったっけ……じゃなくて!

 駄目だ。今度こそ流されるな、僕。

 ここは男としてビシッと言っておかなければ。

 「あのな、尾上。僕達は確かに恋人だが……、来栖も言っていただろ? いくら僕と尾上が幼馴染でも、こういう関係になった以上、もっと節度を持たないと……」

 「そんなの、変だよ」

 「なに?」

 尾上は頬を膨らませ、抗議する。

 「どうしてせっかくタクと結ばれたのに、もっと近付いちゃいけないの? 私、タクの傍にずっといたいのに」

 「そ、それは……。 と、とにかく、駄目なものは駄目だ!」

 「え~」

 やはり納得いかないと言わんばかりに、尾上はぷくっと頬を膨らませる。しょうがない奴だ。明日渡そうかと思ってたけど、今の方が良いかもしれない。

 「尾上……」

 僕は用意していたあるものを取り出し、尾上に見せた。

 「タク? これって……」

 「ヒカリヲで行われる舞台のチケットだよ。 知り合いのツテで、偶然手に入れてさ……」

 それは渋谷の中心部にあるヒカリヲという建物の中で行われる演劇のチケットだった。僕は知らなかったが思った以上に人気がある公演らしく、手に入れるのも少し苦労した。

 「今度の休みに観に行かないか? 今度は、その……本当のデートで、さ……」

 「タク……」

 「だから今日はもう帰ろう。 途中まで送っていくからさ、な?」

 チケットを手渡すと、尾上が頷いてくれるのを見て、僕はホッと安堵した。

 

 

 空はすっかり夜闇に浸かり、外灯だけが照らす夜道を歩いているのは僕と尾上の二人だけだった。

 トレーラーハウスからここに来るまでの間、僕と尾上の間に会話はない。

 だが、別に悪くはない沈黙だった。

 チケットを渡してから、尾上は明らかに上機嫌だった。心なしか隣を歩く尾上が足を弾ませているようにも見える。

 僕はそんな尾上の様子を目のあたりにして満足だった。

 頭の中で、これからも増えていくだろう尾上との思い出を妄想する。

 もしかしたらこの妄想が尾上に流れ込んでいるのかもしれないと思うと恥ずかしいが、勝手に頭に浮かんできてしまうのだから仕方ない。

 それだけ、尾上と過ごすこれからが楽しみなのだ。

 それに、もう悩んだり考える必要もない。

 僕は尾上と結ばれた。

 それで良いじゃないか。

 原因のわからない鎖など、既に僕の脳の片隅に放置されている。本当に大切なものが何なのか、僕は気付いたのだから。

 僕が尾上に視線を向けると、尾上も僕の方を見ていた。

 尾上が僕に微笑みかけようとしたその時――光が尾上の顔を照らし、ほぼ同時にピタリと二人の足が止まった。

 光に照らされた尾上は、ジッと正面を見上げる。

 僕も釣られて、正面を見上げる。

 道を寸断する中央に設置された街路灯が、僕と尾上を照らしていた。

 僕の隣で立ち尽くした尾上が、まるで映画を観る観客のように、ぼーっと街路灯の光を見詰めていた。

 「尾上……?」

 僕の呼びかけにも反応は遅く――尾上が気付く前に、僕は尾上の異変に驚いた。

 尾上の瞳からは、一筋の涙が頬を伝い落ちていた。

 「……タク」

 呆然としている僕の方を、ようやく尾上が顔を向ける。

 どうしたんだ、と聞く前に、尾上は「な、なんでもないよ」と慌ててその涙を袖で拭い取った。

 そんな尾上の手を、僕が握り締めると――尾上は一瞬、驚いたように目を見開いてこちらを見たが、やがてその顔が綻んだ。瞳にはまだ涙がうっすらと光っていたが、微かに頬に帯びた朱と、緩んだ小さな口許は、とても美しく愛おしかった。

 

 「これからもずっと一緒にいてね、タク」

 

 





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