誰かが何かをするだけの話   作:なぁのいも

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時雨と一つの傘で帰るだけの話

 梅雨の季節。言わずと知れた日本の雨の季節。

 

 傘を手放す事が自殺行為に等しいこの時期に、傘を持ち忘れて出掛けた男が一人。突然の雨に降られてしまい、着ていた白いオックスフォードシャツは水で薄っらと透けて、下に履いていたジーンズも色濃く染まっている。

 

「クッソ、降水確率30%じゃなかったのか?!」

 

 バスの停留所に避難し、持っていた物で唯一撥水性が高く無事であった鞄からフェイスタオルを取り出し、髪に付着した水滴を拭うのは艦娘達を指揮する提督。

 

 本日は鎮守府の管理する海域で漁を行っている漁業組合による懇親会に呼ばれたため、懇親会が行われる鎮守府から懇親会の会場へと出向いたのだ。地元の住民や漁師からの感謝と振る舞われた料理の数々を堪能し、上々な気分で帰っていた中で突然の雨に降られたのである。降水確率も30%と言われていたので傘も携帯していない油断っぷり。

 

 普段は運動しないからとウォーキング気分で鎮守府から離れた街まで行ったので、車と言った文明の利器は無い。帰りの手段は徒歩のみ。今いるのは鎮守府と街の中間地点と言った所で、街に引き返そうにも鎮守府に行こうにも時間がかかる。今は偶々バスの停留所にいるが、普段からバスを利用しないので鎮守府からの最寄りのバス停がわからない。しかも時刻表を見ると、バスは既に来た後であり、次に来るのは三十分後だ。

 

「どうしたものかなぁ…」

 

 このまま帰ろうにも雨の勢いが強い。街に戻って傘を買おうにも、走って鎮守府に戻ろうにも距離がある。

 

 衣服はまだ完全にはびしょ濡れにはなっていない。何とか降り始めの時に雨宿り出来るスポットに入る事に成功したが、この後が無い。

 

 ――誰かに迎えに来てもらうか?

 

 鎮守府に居る艦娘に迎えに来て貰おうにも鎮守府には車が無いので徒歩で迎えに来て貰う事になる。雨脚は提督が停留所に入る前より強くなってきている。即ち、迎えに来て貰う艦娘には濡れてもらう覚悟で迎えに来て貰う事になる。

 

 流石にそれは申し訳ないと思い、浮かんだ案を却下する。

 

 ――どうしたものか

 

 良い案が思い浮かばず溜め息を吐き出しながら、備え付けのベンチに座り空を見上げる。

 

 空は相変わらず鉛色で、雲が途切れる気配もない。

 

 仕事は秘書艦に任せてはいるので滞りはないだろうが、責任者としては出来るだけ早く鎮守府に戻りたい心情だ。

 

「………行くか」

 

 雨の中を突き進む決意を固めたその時、

 

「あれ?提督?」

 

 見知った声が耳に届くと、空を見上げていた視界に雲で閉じられた空以外の物が映る。

 

 水色の傘をさした、横はねのついた特徴的な黒髪と、今は見えない空と同じ色の瞳。

 

 提督に声をかけたのは私服姿の白露型二番艦の時雨だった。

 

「時雨か。街に出掛けてたのか」

 

「うん。ちょっとお買い物にね。提督は?」 

 

「俺か?俺は懇親会に行ってたんだよ。その帰りに雨に降られてな」

 

「天気予報はちゃんと見ないと駄目だよ提督」

 

「30%だぞ?降ると思うか?」

 

「僕は降ると思ったから傘を持ってきたけどね」

 

 時雨は自分の判断を誇るように小さく鼻を鳴らす。

 

 30%と言う確率は人によって判断がわかれる確率だったらしい。と言うよりは、今年度の梅雨は雨が全然降らなかったので、油断していたのもあるのだが。

 

 そうだ。全部雨の季節と言いながらも全然降らない今年の梅雨が悪い。

 

 と言っても、責任を天候に転嫁したところで、どうやって帰るかの問題は解決しない。

 

 時雨が傘を持っているから、その傘を借りて帰る事も考えたが却下。それでは時雨をここに置いて行ってしまう結果になる。緊急時という訳では無いので、そこまでして帰るのも気が引ける。

 

 時雨と出会ったからと言って事態は全く解決していない。

 

 ――大人しく雨が止むまで待つか

 

 時雨と出会ってしまった以上、雨の中を走って帰る手段も無くなった。彼女に余計な責任を感じて欲しくないから。

 

 せめて雨脚が弱まるまで雨宿りをしようと決めた提督だが、葛藤する表情を浮かべている提督から、時雨も提督の悩みを察する。

 

「その…提督、もし提督が良ければだけど……」

 

「………?」

 

 時雨は気恥ずかしそうに目を伏せて、「あの…」とか「その…」とか要領を得ない事を口にしている。

 

 提督は普段は見れない時雨の気恥ずかしそうな動作に疑問と可愛らしさを覚えながらも、時雨から視線を離さない。

 

 いつまでもモジモジとしている訳には行かない。時雨は二人で帰る為の提案を口に出す。

 

「僕と一緒に帰らない?その…一緒に…」

 

 言った。言い切れた。

 

 言えたのはいいが、恥ずかしさが限界近くに達して顔に出てしまいそうだ。それを誤魔化す為に、時雨は傘を持ってない左手で顔を覆う。

 

「その…いいのか?」

 

 提督もその案は思い浮かんだが、時雨も思春期の女子だからと自然とその案を却下したのだ。

 

 自分の中で却下した案を提案されたせいか、提督も遠慮がちに聞き返す。

 

「うん、いいよ。その…僕からすれば寧ろお願いしますと言うか…」

 

 後半の時雨の言葉は段々と小さくなっていたので、提督には聞こえていない。

 

 それでも、提督側としては諦めていた提案をされ、許しを得られたのだ。

 

「ありがとう時雨!!」

 

 提督は喜びの余りについ笑顔を浮かべる。普段見ているような時雨達の事を微笑ましく見ている時とは違う笑顔。向けられた相手を歓喜で満たす笑顔。その笑顔に時雨の鼓動は一際強くなる。

 

「うん、どういたしまして」

 

 彼の笑顔につられて、時雨も報いる様に笑顔を返した。

 

 

 

 

 時雨にとって提督の提督は太陽の様な人と言ったイメージ。

 

 大げさかも知れないが、いつも明るく、自分達を励ましてくれて、笑顔をよく浮かべていて、何よりも皆に平等で。

 

 だから、皆で憧れてしまう。その太陽に皆で手を伸ばしてしまう。

 

 その中の一部は更に焦がれてしまう。自分でも止めることが出来ない情の熱に。

 

 かく言う時雨もその一人なのだが、彼女は提督と多くの接点を持たない。

 

 旗艦こそよくは任されてはいるのだが、時雨は秘書艦になれる優秀さは持ってないし、戦闘だって時雨より上の実力がある人は沢山いると、中々に謙虚な自己分析をしている。

 

 だから、その謙虚さが彼女にこう思わせてしまっていたのだろう。自分は彼の傍にいる事が出来ないと、心の何処かで諦めていた。

 

 でも今は、その憧れていた存在がすぐ傍にいる。一つの傘の下で一つの傘を二人で持つ位の距離に、憧れていた太陽がある。

 

 提督は道路側を歩いている。もし車が来ても、時雨に飛沫がかからないようにする為の配慮だろう。

 

 ――提督は優しいね

 

 彼の細かな配慮を察して口にしたが、提督は当たり前だと当然の様に返す。

 

「それでなー」

 

 彼は時雨を退屈させないように懇親会であった出来事を話す。

 

 その時の事を思い出しながら話す彼の表情から時雨は目を離せない。

 

 ――だって、とても楽しそうに話すんだもの。目を離す事なんて出来る筈がないじゃないか

 

 話しながらも、提督は少しずつ傘を時雨に寄らせて、時雨を濡らさない様に配慮する。

 

 時雨は提督の肩が少しずつまた濡れてきて、染みが広がっている事に気が付く。

 

 ――提督は優しいんだね

 

 また、その事を口にしそうになったが、今度は抑える。時雨に配慮している事を遠まわしに行っても、提督は時雨の方に傘を寄せるのを止めないだろう。

 

 皆が憧れる太陽の様な人。その太陽の優しさが、今は自分だけに注がれている。

 

 雨で閉ざされた世界には時雨と提督だけ、その優しさも笑顔も、全部時雨だけに今は注がれている。

 

 ――そこまで優しくする提督が悪いんだよ?

 

 ――そんなに接近されたら、諦めかけていた物も諦めたく無くなるじゃないか。

 

 時雨は提督の腰に腕を絡めて抱き付く。

 

「時雨?」

 

 突如抱き付いた時雨に提督は訝しげな表情を浮かべる。

 

「こうすれば、提督も濡れなくて済むよね?少しずつ、僕に傘を寄せてくれるのは嬉しいけど、提督が濡れるのは僕としても本位じゃないからね」

 

「……バレてたか」

 

「うん。バレバレだよ。どうすれば提督も濡れないか考えたらどうしたらいいかなって思ってね。だったらこうすればいいって」

 

 濡れて欲しくないのは本心の半分。もう半分は提督ともっと近づきたいから。

 

 提督の身体は雨に濡れたせいか、平均体温より高く感じる。

 

 目を瞑って自分に抱き付く時雨に、困ったように笑みを浮べながらも彼女の頭に一撫でする。

 

「ありがとう時雨。こうすれば俺も濡れずに済むな」

 

「うん。どういたしまして」

 

 ――優しいなぁホントに

 

 彼は時雨を咎めるどころか、感謝の言葉をかけてくれる。

 

 その優しさは時として残酷な物ともなるだろう。

 

 でも、今の時雨は、憧れていた太陽の熱を感じ取る事が出来て至極ご満悦なので関係ない。

 

「提督、雨は好きかい?」

 

「雨か…うーむ。いかんとも言い難い」

 

「ふふっ。僕は好きだよ。雨の音は心を沈めてくれるし、雨の後の虹は綺麗だし、何よりも太陽の大切さを僕に教えてくれるから」

 

「ははっ!そっか。太陽が無いと洗濯物も乾かないもんな」

 

 時雨の言葉の真意を提督は気づいていない。

 

 でも、今はそれでもいい。

 

 これから、この言葉の真意に気付いて貰える様に頑張っていけば。

 

 ライバルは多い。スタートは出遅れている。でも、今からでも負けるつもりは無い。どんなに悪天候でも雨はいつか止むのだから。

 

 時雨は一際強く提督の身体を抱きしめる。

 

 傍に居る太陽がいつかは自分だけを照らしてくれるように願いを込めて。

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