誰かが何かをするだけの話   作:なぁのいも

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狭霧と夜の港で待っているだけの話

 太陽も水平線の向こうに完全に隠れ、蒼色の暗闇と静寂が支配する夜の鎮守府。時刻は21時を回った頃合い。この時間になると殆どの作業は終了し、殆どの艦娘はその日最後の食事を摂ったり、思い思いに体を休めたりするのが主である。

 

 が、本日は残っている作業が一つだけある。それは、夜に帰投する本日最後の遠征部隊の出迎えだ。

 

 遠征部隊の出迎えも基本的にしなくてもいいし、本来なら執務室で報告を待つだけでいいのだが、ここを任された提督は夜に帰投する遠征部隊にはそう言う対応をしない。帰投の時刻が近くなると執務室から出て、港で遠征部隊の帰りを待つようにしているのだ。皆が理由を聞いても提督自身は、やる事も無いし暇だからと、濁した答えを返すが、本当は夜と言う敵からすれば奇襲をかけるのに最適で危険な境遇の中遠征に出させているので、皆が帰った事をいち早く知りたいから、と言うなんとも親ばかのような理由である。

 

 本人は本当の理由を誰にも語ったことは無いが、皆は何となくで察している。

 

 それは、提督と共に港で遠征部隊の帰還を待つ秘書艦、狭霧も周知の事である。

 

 港に腰かけ、子供がブランコで遊ぶかの様にブラブラと海に向かって足を投げ出す提督。灯り一つなく穏やかな海は何処までも黒く吸い込まれるようだ。

 

 登りゆく最中の月が照らす場所を眺めていたが、チラチラと提督の背後に控える狭霧の方にも目を向ける。

 

「提督、どうかしましたか?」

 

 時折、自分の方を見つめる提督の事が気になりついつい聞いてしまう。

 

 提督は躊躇う様に頬を掻く。

 

「その…大丈夫か?」

 

 狭霧は献身的な頑張り屋だ。人の役に立つことが好きなようで、進んで皆の役に立つことをやろうとする。秘書艦に置いている間は、それが尚更顕著で提督にとても献身的に尽くそうとしてくれる。

 

 だからこそ、彼は思ってしまう。狭霧は提督の役に立とうとして無理にここまでついて来てくれているのでは無いかと。

 

 狭霧は自分で夜は苦手だと言った。夜になるとお腹が痛くなると彼女は言った。それは『狭霧』としての記憶の残滓の影響なのか、個人的なトラウマがあるのか、理由は提督もしらない。

 

 川内の夜戦の誘いを丁寧にはっきりと断るくらいに苦手なのに、彼女は献身さと責任感からわざわざついて来てるのではないかと。

 

「心配はご無用です。その…まだ少しお腹に痛みは感じますが…」

 

 お腹が痛くなるくらい身体は夜を拒んでいるのに、決して夜は怖いとは言ったことは無い。その芯の強さと頑固さに提督は苦笑を浮べる。

 

 ――まだ、怖いなら無理する事も無いだろうに。

 

 そんな思いを抱きながらも決して言葉にはしない。言葉にしたら彼女の献身さと芯の強さを侮辱する事になるから。

 

 足を遊ばせる事を止めコンクリートで舗装された地面に足をつけて提督は立ち上がると、狭霧の背後に回って着ていた白い軍服を肩にかける。

 

「それで少しはマシになるか?」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

 少しでも夜風を遮る事で狭霧の痛みが治まればと言う提督の言葉足らずな気遣い。服をかけてあげる事に本当に意味があるかはわからない。でも、ここまでついてくると言う意志を固めている狭霧の気持ちを無碍にしたくは無い。

 

 何をされたのか最初はわからなかった狭霧だが、提督が黒いシャツだけになっている事で自分に軍服をかけてくれた事がわかった。

 

 予想して無かった提督の行動に口は流暢に礼を言ってくれなかったが提督には伝わったらしい。狭霧の礼の言葉を受け取ると提督はまた港に腰かけてしまった。

 

 狭霧はその場に座り込んで、肩にかかった提督の軍服を両手で強く掴む。

 

 ――温かい。

 

 それは先程まで提督が着ていたからでは無い。それは冷たい夜の波風を防ぐ物が増えたからでは無い。

 

 提督からの心遣いが温かい。

 

 提督は多くの事は語らない。何かをしても理由を言ってはくれない。

 

 でも、自分達の事をしっかりと思っていて、行動してくれる。

 

 港で待つのだって、提督は何度も狭霧を止めた。それは彼女が夜を苦手としている事をよくわかっているから。

 

 でも、最近は少しばかり夜を克服してきている。お腹だってここに来たばかりの頃よりかは痛まなくなった。

 

 だって、夜の時間は―――

 

 狭霧は港に腰かける提督と同じ座高になるように座ると、彼の肩に腕を回す。提督を背後から抱きしめるように

 

 提督は突然の狭霧の行動にピクリと体を震わす。その反応が普段は余り表情を変えない提督らしく無くて可愛らしい。

 

「提督、狭霧は夜を克服しつつありますよ。お腹も前みたいに強く痛まなくなってるんです」

 

「世事は、嘘は言わなくていい」

 

「お世辞でも嘘でもありません。だって、夜の時間は――」

 

 ――提督と二人きりになれるじゃないですか

 

 提督の首に絡む狭霧の腕の体温が上がったのを感じる。狭霧の言葉で提督の身体は内側から蒸されるように熱くなる。

 

 自分を背後から抱きしめる狭霧の事が気になり背後を振り返ろうとすると。

 

「あっ!!提督、見てください!!帰ってきましたよ!!!」

 

 狭霧が抱きしめる腕の一つを解いて遠くを指差す。最初は何も見えなかったが、水平線に月明かりとは別の灯りが海面に反射している。灯りがこちらに近づくにつれ遠征部隊達の制服も視認できるようになる。確かに狭霧が言った通り、遠征に出て行った艦娘達が帰って来たようだ。

 

 狭霧が立ち上がったのを感じ取り、提督も続いて立ち上げる。

 

「提督、良かったですね!!」

 

「だな」

 

 遠征部隊の旗艦に満面の笑みを浮かべる狭霧と優しい声で短く返事をする提督の両者の顔は、夜の闇の中でもわかる位に紅色に染まっていた。

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