最近の江風は提督によく冗談を言う。
例えば、入渠するときに一緒に入るかと言ったり、提督が江風にうっかり触れてしまった時にも「ンー?江風のバランスいい体に興味あンの?」と言って江風から触らせようとして来たり、クリスマスの時には「プレゼントは江風だよ!」と言って提督に抱き付いたりと、ちょっと度が過ぎているようなからかい方もするが、最近の江風は提督をからかうのが好きだ。
本日も食堂で昼食を取っていた提督の隣に座ったかと思えば、突如提督のほっぺに触れたかと思えばついてたご飯粒を取って「飯は行儀よく食えよなぁー」と冗談めかして言いながら、提督に見せつけるように食べた。
提督としては、江風の行動に何も感じて無いと言えばウソになるし、まぁ年頃の女の子にそういう事をされれば少しばかり胸が苦しくもなったりするわけで。
では、何が問題なのかと言うと、江風が何でここまで提督をからかおうとしているのかと言うのが疑問だ。
うぬぼれかもしれないが、江風は提督に悪いイメージを抱いているようには感じないし、寧ろ好意を抱いて貰っているようにも思っている。
提督側としても、江風の好意は無下にしたくないし、江風の好感度は提督の中で高めである。
それに江風の戦闘能力は高く、大規模な作戦では主役とは言えないが重宝させて貰ってる。
だから、問題と言うか気になるのだ。どうして、提督ばかりからかおうとするのか。
からかいがいや悪戯のし甲斐がありそうな人物は姉妹の中にもそれなりに居そうなものなのに。例えば、五月雨とか、山風とか…。と言っても、前者は悪戯しないでも勝手にドジを踏むし、後者は皆が放っておく訳ないか…。
自分の中でその疑問は解決したが大元の疑問は解決して無い。さて、どうしたものか…。
執務の合間に考えて、考えて、考えたが結局自分では答えが出なかったので、仕方が無いので夜中に来てもらう事にして、その日の仕事を進めた。
色々と考えていたが、一日も仕事も無事終わり、秘書艦を一足先に上がらせ、江風が来るのを待つ。程なくして、扉がコンコンと軽く叩かれた。
「失礼するよー」
気楽な挨拶を述べながら入って来たのは、勿論呼び出した相手である江風である。
「んーどうした提督?こんな夜中に呼び出して?江風に興味がンの?いいぜなンでも言ってみ?」
いつもの活発でやんちゃな江風ながらも声色はどこか色っぽさを感じる。
提督は昔の江風を思い出してみる。ちょっと前までは、フランクでガキ大将気質な江風だったのだが、最近は何かと女性っぽさを意識させるような仕種が多くなった気がする。
何というか半年くらい前から急に変わったような気がするのだ。何となく前よりも一回り可愛らしくなったような―――。
そこまで思い至って、とりあえず思考を止めた。その事を考えるの後でもいいはずだと。
「何か、最近俺の事をよくからかってくるような気がするんだが」
「ンー、気のせいって奴だよ。いっつもこんな風だったろ?」
「えぇー?ほんとにござるかぁ?」
江風は腕を組んで、思わせぶりな視線を提督に投げかけながらも提督のいう事を否定する。
このまま話してても話は中々進んで行かないだろう。何か方法が無いだろうか。
瞬時に頭をフル回転させて、先ほどまで思い至った事を引っ張り出してみる。
そうだ。江風はカッコいい言うと跳ねるように喜ぶのだが、ある事を言うと途端に顔を恥ずかしがる。
それは――
「何かと言うかなぁ…。最近、江風がかなり可愛くなった気がしてな」
「っ!?ど、どうしたんだよ急に!」
ああ、やっぱり。江風は可愛いと言われる事に弱いのだ。
その証拠に江風の頬が薄らと赤みを増している。
彼女もある程度自覚はあるみたいなのだが、性格がガキ大将で男勝りな面が強いおかげか可愛いや女性にする褒め方をされると耐性が低い。そして、その耐性の低さは今も変わらないようだ。
「何というかさ。江風が俺の事をからかってくるようになってからと言うか、妙に江風が女の子だなぁと思えてしまってな」
「か、江風も女だぜ、そういう事言われると傷つ―――」
その先の言葉を言わせると最近のからかいモードの江風にペースを握られるのは明らかだ。だから、提督はこのまま押し続ける 。
「悪いな。最近江風が積極的なせいか、魅力的に思えてな。その綺麗な、目や。よく手入れされている髪や。何より江風の言う通りバランスの良い体とか…な」
言っておいて何なのだが、セクハラまがいな事を言っている自覚はある。
が、突然の褒めちぎりに江風は処理が追いついていない様で、必死に否定しようとしてくる。
「目の色はその…海風の姉貴の方が綺麗だと思うし、村雨の姉貴の方が体つきは…」
自分でバランスの良い体と言っておきながら、自分でも少しは気にしていたらしい。江風はそっぽを向いて指をもじもじと動かして否定する。
そんな事いつもの江風ならしないから新鮮でまた言葉が出てしまう。
「やっぱり可愛いな江風は」
「そ、そんなに言わないでくれって。その…照れるじゃンかぁ…」
「そうやって照れるリアクションも可愛い」
ここまでくれば、後もうひと押しだろう。正直に言うと過剰になるような気もするが、彼女の口から理由を聞くために必要な事だから仕方ない。
提督は江風がもじもじと動かす手を掴んで、彼女の顔を覗きこむ。
「江風」
「な、なンだよもぅ…」
提督の褒め言葉の雨あられに負けて、熟れたトマトのように真っ赤な顔をしている。
そんな江風に提督は駄目押しに言葉を紡ぐ。江風の瞳を覗きこみながら。
「綺麗になったな」
「っン!!!!?!?!?」
声にならない声をあげて江風の体が硬直する。
彼女の身体の全身が赤く染まり、全身から加湿器の様に蒸気が出てきそうな勢いだ。
暫くは真っ赤な顔でパクパクと口を動かしして何かを言おうとしていたが、提督の口が動いた事に反応し、我に返った。
「わー!!わかった!!わかった!理由を言うからもういいだろ!?なっ?!」
裏返った声で悲鳴をあげるように良い、提督の次の言葉を言うのを防いだ。
「うむ、宜しい」
提督の顔は僅かに赤くなっていたのだが、余裕の無い江風にはその事をからかう事も出来なかった。
理由を聞いたところ、色んな艦娘がどんどん増えてしまい、中々江風に構って貰えなかったからだとの事。からかって構って貰おうとしていたのは、どうすれば提督により江風を見てくれるか試行錯誤した結果だと。
「全く、可愛らしい奴め」
「それはもういいだろ…」
赤みが引いて来た顔がまた赤くなってしまい顔を背けてジト目で見つめる。その姿も可愛らしく、言葉に出てしまった為、江風は結局視線を逸らした。
忘れてはいけないが、江風は子供っぽい面も割と強い。秘書艦の時も退屈になると何かしら構って貰おうとしていた。
「江風だって気にしてたンだぜ。何と言うか、その…江風は他の姉貴や涼風と比べると可愛くないし…」
「こんなに可愛らしいのに?」
「ああ、もう!!かわいいって言うの禁止な!!」
「はいはい」
江風の可愛らしい抗議に提督も思わずにっこりと微笑んでしまう。その笑みにつられて気が緩んだのか、江風も提督に笑みを返す。先ほどまで恥ずかしがっていたい少女の姿はそこに無く、あるのはいつもの人懐っこい笑みを浮かべる江風だ。
「にしても、何でそこまで俺に構って貰おうとしてたんだ?」
「それはえっと…内緒ってことで…なっ?」
「どうした?何故か顔が赤くなってるぞ?」
「う、うるせえやい!何か今日の提督は意地悪だなぁ…」
「そっちが意地悪するからだろう?」
そう返されては何も言えないとばかりに、江風は提督を睨む。だが、その顔は赤くなっており、迫力が無く、小型犬に見つめられているような気分だ。
小さな抵抗の効果が無い事が無い事を悟ったのか、江風は諦めて別の話題を振る。
「提督はさ…誰にでも簡単に言うのか?」
「何をだ?」
「その…か、可愛いとか、綺麗だとか、さ」
「簡単には言わないさ。それにだれにでもという訳でもない。江風だから言った」
「ンン?!それってどういう――」
「さぁ、それは内緒って事でな?」
「そ、そっか…。へへ、そっかぁ…」
緩み切った笑みを隠そうとせず可愛らしく指をもじもじとさせている。
直接言わなくても意味は伝わったという事だろう。提督も小さく笑みを浮かべる。
暫くは緩み切った和やかな空間となっていたのだが、執務室に置いてある時計が鳴った事でその空間は壊される。
「あっ…こンな時間か。提督、江風もう帰ってもいいかな?あんまり遅いと海風の姉貴が心配するし」
「んっ。そうだな。明日の出撃に江風は入ってるからな。休息はしっかりとな」
「へへっ。張り切ってやるから見ててくれよな」
「それと、構って欲しかったら普通に誘ってくれて構わないからな」
「んっ。わかった」
何気ない言葉を交わすと、江風は朗らかな笑顔を浮かべて扉の前まで行ったが、扉の前で止まり、踵を返して提督の元にまた戻る。
「どうし――」
提督が言葉を言い切る前に江風の手によって、提督の目元が塞がれ――そのまま柔らかい感触の物が提督の顔に触れた。
「きひひー!おやすみ提督!!」
そう言って江風は一目散に執務室から退室した。
突然の事に固まっていた提督は、バタンと大きな音を立てて扉が閉まるのを見届けると、彼女の触れた個所をなぞるように指で触れる。
「やれやれ」
――彼女にからかわれる日々はまだ続くのかもな
次はどうやって江風に返そうかと考えながら、提督は執務室の戸締りの確認に移った。
江風は改二より改までの方が個人的には好きです。