ダンジョンに鉄の華を咲かせるのは間違っているだろうか 作:軍勢
オルガが落ち着いたのは、三日月が東から幾分か登った頃だった。
「すまねぇ、みっともねぇ真似しちまった……」
「気にしないでいいよ、と言うよりボクがそうさせちゃったからね」
褐色の肌にほのかな朱色を浮かべてバツの悪そうな表情で謝罪するオルガに対してヘスティアはまるで自分がそうするのは当然だと言うような態度と表情で返す。
だがオルガにしてみれば会って間もない……それも少女と言っていい姿のヘスティアに自分の醜態を曝してしまったのだからそう簡単に割り切れるものでもないだろう。
だが相手が気にしていないと言うのにこれ以上何か言うのも違うと思い、オルガはその話を打ち切る事にした。
「けどコレだけは言わせてくれ……その、ありがとよ」
「ふふっどういたしまして」
素直に感謝を述べようとしたがどうにも恥ずかしさが入ってしまい少々ぶっきら棒な言い方になってしまう。
その姿は何処にでもいる大人になり切れていない青年のものであり、そんなオルガからの感謝を聞いたヘスティアは笑顔でその感謝を受け取った。
「さて、オルガくんの事は聞いたから次はボクがこの世界の事について説明するね!」
「あぁ、よろしく頼む」
そこからはオルガの全く知らない世界の話だった。
ひょっとしたら娯楽の中にはそういった内容の書物もあるのかもしれないが……孤児であり、鉄華団の団長として全力疾走していたオルガには娯楽というものは縁のないものだった。
それ程までに夢物語と言っていい程にオルガの常識からは乖離していた。
ダンジョン、モンスター、魔石、
聞けば聞くほどに摩訶不思議としか言いようのない存在と概念、元の世界とのあまりな差異にありえないと思うが、先ほど自分の眼でその一端を見てしまったのだから現実と受け入れるしかない。
だがレベルが上がればあの巨大な怪物も一人で斃せるという事実には頭を抱えたくなってしまうのは仕方ないことだと思いたい。
「――っと大体の説明はこれでいいかな? ……ってオルガくん大丈夫かい?」
「あぁ、大丈夫だなんでもねぇさ……あぁ、大丈夫だ問題ねぇ」
「いやいやいや! 目が死んでるよ!? なんか答えも投げやりになってるし!」
説明が終わる頃には色々と尽き果てた様な、自棄になったような状態となったオルガだった。
今まで色々と決断を迫られたり厄介な状況になったりを経験してきたオルガだったが、流石に許容オーバーとなってしまったのは誰も責められないだろう。
だが、その後約10分程で気持ちを切り替えられたのは流石と言っていいかも知れない……まぁ、ただ単に開き直っただけかもしれないが。
「冒険者にダンジョン……本当に全然違うんだな」
「ボク達からすれば木星まで君たちが自由に行き来してるのが信じられないけどね」
お互いに世界の話をしても信じられない、信じがたい事は山ほどある。
住む世界が違えば常識すら違う、如何に信じがたくともそれがお互いの生きてきた世界なのだからそこは割り切る方が建設的だ。
それよりもヘスティアはオルガに聞きたいことがあった。
「さて、お互いの世界の話は終わったけど……一つ聞いてもいいかい?」
「ん? なんだよ聞きたい事ってのは」
「君はこれからどうするか……いや、何をしたいと思ってるのかな?」
時期的に言えば、その問は余りにも早すぎる問だろう。
目が覚めてみれば全くの別世界に放り込まれており、その事を先ほど知ったばかりの人間にこれから何をしたいのかを問うのは些か性急に過ぎると言うものだろう……だが、それでもヘスティアは問いたかった。
「何をしたいか……か」
当然ではあるが、その問にオルガは即答できなかった。
突然別世界に放り込まれた事もあるが、此処にはそれまで自分の根幹となっていた鉄華団という家族が居ない事が大きい。
家族の為なら頑張れた、彼らの為ならどんなにキツイ仕事もやり遂げられると突き進んできた。
だがそれが外された今、何をしたいのかと問われれば何もなかった。
ただ、進み続けるという死に際に悟り、家族たちに残した言葉だけは強烈に今も自分の中にあった。
(何をしたいか……思いつかねぇ……あいつらには進み続けろって言った俺がこの様とは情けねぇ)
オルガの夢はたどり着いた場所で皆でバカ笑いをしたいというものだった。
だがその夢は破れ、自分もまた凶弾に倒れてこの世界に来ている。オルガの夢は鉄華団そのものだった。
(こっちに来てるかもしれねぇシノ達を探す? ……それは家族を理由に逃げてるだけじゃねぇのか?)
居るなら探し出したいというのが本音だ、だが居るか居ないか不明な状態でしかも伝手も何もない状態で探し出せるのは不可能に近いだろう。そして、そんな状態でただがむしゃらに世界を放浪するなんていうのは逃げだ、進んでいるとはとてもではないが言えたことではない。
他ならぬ自分が死に際に行ったのだ、進み続けろと……立ち止まるなと。ならそれだけは死んでも通さねばならない筋だとオルガは思っている。
そして何よりもだ、
(そんな俺じゃ胸を張れねぇよな)
情けない姿を見せたくはない、例えもし再会出来たとしてもそんなオルガを彼らは喜ばないだろう。
(そうだ……俺はアイツ等を見つけた時、アイツ等が俺を見つけてくれた時に俺は胸を張って言いたい)
(
例え見つからなくても、例え会えなくとも……あの世に行った時に胸を張ってアイツ等に自慢できる場所を作る。
それがオルガの
何だかんだと言いながら結局はソコに落ち着くのかと内心オルガは自嘲したが、それが自分なのだと諦めることにした。
「もしよかったら、提案があるんだ」
そんな思考の海に沈んでいたオルガを引き上げたのは、質問をしたヘスティアだった。
悩んでいる。目の前の青年、オルガ・イツカはこれからの事を悩んでいる。
それは分かりきった事だった、けど彼は下手に時間を掛けるとダメな気がした……彼は進み続けなければ死んでしまう生き物に似ているから。
歩くような速度でも良い、だが止まってはいけないというちょっと面倒な気質の持ち主であるというのがオルガにヘスティアが抱いた印象だ。だから尚早とは分かっていても問いかけたのだ。
そしてもう一つ、ヘスティアは思ったのだ。
目の前の青年、オルガ・イツカとならいいファミリアを築いていけると。
少なくとも他の
それは先ほどの話からも家族を大切にし、いつも家族達の事を考えて行動していた事がにじみ出ていた。死なせたくなかった、幸せにしてやりたかったという彼の思いは彼が意図せずとも伝わって来るほどに強い。
だから、すこし卑怯だが誘う事にした。
「もし良かったら、ボクのファミリアに入ってくれないかい?」
だが、これは提案だ。自分の手を取るのも撥ね除けるのも、全ての決断は目の前の青年の意思に委ねる。
「まだ
そう言って、ヘスティアはオルガに手を差し出した。
嘘は一切吐かない、今の状況も包み隠さず全て打ち明ける。
例えソレが原因で断られようとも、自らが庇護すべき対象を騙すなどヘスティアの神としての矜持が許さない。
少々卑怯な真似をしてしまったが、それがオルガに向けるヘスティアなりの誠意だった。
そして、そんな覚悟で出された手を……褐色の手は握り返した。
「……えっ?」
「なんて顔してんすか、ヘスティアさん」
「いや、まさかすぐに手を取ってくれるとは思ってなくてね……?」
「おいおい、俺はそんなに薄情者に見えたのか?」
「でも、自分で誘っておいて言うのもなんだけど……この世界に居るかもしれない鉄華団の人達を探すとしたらもっと大きなファミリアに入った方が良いんじゃないかな?」
正直言ってオルガがこの世界に居るかもしれない鉄華団を探すという目標は大手のファミリアの方が有利だろう。
資金も組織力もある大手のファミリアで実力を付ければその権力もある程度行使出来る可能性だってある。
少なくとも無名以前に、まだ立ち上げてすらないファミリアで一から成り上がるよりは余程現実的だ。
「……デカイ組織に入れば、その分しがらみも多くなる」
それはテイワズに入っていた頃に痛感した事だった。
勿論小さい組織が自力でやっていく大変さも知っているが、それでも身内に足を引っ張られるという厄介さと憤りはオルガの中で強烈に残っている。
「それに、そのファミリアが鉄華団の団員を受け入れてくれる保証は何処にもねぇ」
例えそのファミリアで名を上げたとしてもオルガは団員の一人に過ぎない。
オルガが言ったように鉄華団の団員が見つかったとして、それを受け入れられるかどうかは不明だ。
他にも入ったファミリアがCGSの様な奴らだったら目も当てられない、第一ヘスティアの説明で下界に来ている神は暇潰しで降りて来た碌でなしが多いと聞いたためにオルガの中でファミリアへの警戒心が高い。
「それだったら自分で立ち上げる方が何倍も良い……それにヘスティアは信用できるしな」
「ははっ、そう言ってもらえると凄く嬉しいよ」
まだ一日と経っていない間柄だが、オルガはヘスティアの事を信じられる神だと思える様になっていた。
兄貴と慕っていた名瀬・タービンとは少し違うが、大きい大人……いや、この場合は大きい神と言うのか? 少なくともヘスティアは自身の状況を誠実に伝えた後にオルガへ提案という形で選択を委ねた。
それがオルガには新鮮で……この神とならやっていけると思えた理由だった。
「それで、君のやりたい事は決まったかな?」
「……そうだな、取り敢えずはオラリオ一のファミリアにする事でどうだ?」
ヘスティアの質問に対し、片目を瞑りながら悪戯小僧の様な笑みを浮かべるオルガ。
人材も、資金も、設備も無い無い尽くしな文字通りゼロからのスタートではあったが、二人はそんな事は知ったことかとでも言うような笑顔だった。
「これから頼みますぜ? 主神」
「当然! 嫌って言ったってもう離さないからね!」
この日、オラリオの片隅で一人の女神の下で一人の
この二人から始まった物語がどの様な結末となるのか、どの様な道筋を行くのかはまだ誰も知らない。
はい、まだ四話な癖に三週間近く掛かるとかアホじゃねぇの?と罵られても何も言い返せない作者です。