ダンジョンに鉄の華を咲かせるのは間違っているだろうか 作:軍勢
オルガが神ヘスティアの
冒険者となったオルガはダンジョンに潜り、モンスター達と戦い魔石を取り出してギルドで換金をするという一般的な冒険者として過ごしている…
――――事はなく、未だにダンジョンに一度も潜っていなかった。
寧ろまだ正式にファミリアの設立をギルドに申請しておらず、公式的には未だヘスティアファミリアは立ち上げられていなかったりする。
では何をしているのか、現在のオルガは―――
「おう、新入り!精が出るじゃねぇか」
「ウス!まだまだ行けますよ?おやっさん」
「ハッハッハ!その調子でやってくれんなら報酬に色付けといてやるよ!」
「あざっす!それなら尚更気合が入るってもんですよ!」
角材を肩に乗せながらせっせと労働に勤しむオルガ…その姿は正に―――労働者だった。
そう、オルガは今ダンジョンに潜らず労働に精を出しているのだ。
「兄ちゃん!あんま張り切り過ぎて腰痛めんなよ!」
「そうそう、コイツみてぇにギックリ腰になっちまったらつれぇぞ?」
「うるせぇ!テメェだってこの間余所見してた所に頭ぶつけた上にバケツに足突っ込んでひっくり返ったじゃねぇか!」
「おまっ!それは内緒って言っただろ!?」
「「「「ギャハハハハッ!!!」」」」
そんなやりとりに他の労働者達の笑い声が響く。
馬鹿を言って怒られて、そんな労働者達を見ながらオルガはこう思った。
(あぁ、なんか良いな…こういうのもよ)
嘗て目指したモノに近い光景、そしてこれから目指していく光景にオルガは自然と口が緩んでいた。
――さて、何故オルガが労働者として働いているかだが、
それというのもオルガがヘスティアの
「はい!これがオルガくんのステイタスだよ」
ピラリとステイタスが記入された紙をオルガに渡すが、それを受け取ったオルガは目を走らせて一言、
「……なんて書いてあるかサッパリわからねぇ」
当然の事だが世界が違えば文化も違う、即ち文字も違うということだった。
そんな当然な事をうっかり忘れていたオルガとヘスティアは冒険者としてダンジョンに潜る前に、ファミリアを正式に設立させる前に先ず足元を固める事を決めたのだ。
尚、この事実に気づいたオルガは必死に覚えた文字と知識の大半が無駄になった事に凹んだ。
勿論今も使える知識もあるので丸々無駄になった訳ではないがそれでもやはり、元々学の無い孤児だったオルガが支払った努力と時間を思えばその落胆は察するに余りあるだろう。
そんな事もあり、冒険者となる前にオルガは文字やこの世界の常識について学ぶことを優先した。
また、当然の事だがオルガは現在無一文でありヘスティアもまたバイトをしているとはいえ資金は殆どないので装備を買う資金にも困る状態だった事もあり、まずは最低限の準備をするべく労働に精を出すこととなった。
装備を整えるのはギルドに借金をするという選択肢があったが、流石に新しい出発から直ぐに借金まみれというのは避けたかった。
鉄華団という企業を経営していたオルガにとっては借金というものは不倶戴天の敵である……かと言って全てを自前で調達するまで冒険をしない訳にはいかないので一月だけファミリアの設立を遅らせての労働と勉強という二重生活を送る事となった。
尚、この後36時間労働どころか72時間労働なんてものをしたオルガに対してヘスティアは珍しく激怒した。
…とは言え怒鳴るとか暴力を振るうとかではなく子供に聞かせるように懇切丁寧な口調で、だが目が一切笑っていないという怒鳴られる事もしつけという名の暴力も散々受けてきたオルガとって未知な叱り方をされた為にあえなく陥落した。
反論も言い訳も淡々と返されて逃げ道を失わせていくというその姿にオルガはある種の恐怖を抱き、出来るだけ怒らせない事を心に決める程だった。
「しかし生き生きと仕事をするよなアイツ」
「装備を買うために仕事してるって話しだが、一切手抜きもねぇからな」
精力的に働くオルガを見て、他の労働者も感心してしまう。
オラリオに来るのは皆冒険者を目指す、ファミリアに入ってダンジョンに行くのが大多数だ。
ただ、その前に装備を買うために働くという選択をする輩は殆どいない……殆どの者はファミリア内の中古品を渡されるか、ギルドに借金をして購入するかだ。
冒険者になりに来たのに労働に精を出すというのが気に入らないのだろう。
…そして、そんな奴らがいる中でオルガの様に労働を楽しんでいる奴は稀だ。
「冒険者かぁ……アイツはどうなるかねぇ」
「さぁな、夢を見てオラリオに来て無残に散った奴らなんかゴマンと居る……だがまァ、応援はしとくのは勝手だろ?」
「そうだな、成り上がったら酒ぐらいは奢ってもらうか!」
毎年オラリオに来て敗れていく者達を見てきた彼らだが、気に入ったヤツを応援位はする。
ダメだった時は酒に付き合って愚痴位は聞いてやろう、上手くいったら酒を奢ってもらおうという位だが……それでも頑張っている奴を嗤う事はしない。
こういう場所で働けているのもオルガにとっては幸運なことだった。
「テメェら何グダグダ喋っててやがる!給料差っ引かれてぇのか!?」
「「スンマセン親方ッ!それは勘弁して下さい!!」」
時折響く親方の怒声と悲鳴、そしてそれを見て笑う人達。
オルガの労働は思いの外心地よい時間となっていた。
空が赤く染まり、太陽が夕日となって西の空に落ちていく時間。
オルガよりも一足早くヘスティアはバイトから帰っていた。
ただいまと言っても何も返ってこないが、それでも寂しいとは感じなかった。
今は一人ではない、たった一人だが
「オルガくんはまだかな~、今日はジャガ丸くんが何時もよりひとつ多いんだぜ♪」
鼻歌を歌いそうな程に機嫌がいいヘスティアだったが、ふと机の上に置かれていた用紙が目に入った。
そして、それまでの機嫌の良さに陰りが差した。
それはオルガをファミリアにした日にステイタスを記載したもの…それを見て、ヘスティアはオルガの背中に刻まれたステイタスを思い返していた。
オルガ・イツカ
Lv.1
力:I0
耐久:I0
器用:I0
敏捷:I0
魔力:I0
《魔法》
・
・
《スキル》
【苦心惨憺】
・逆境時に経験値増加
・守る対象の数によって効果上昇
魔法こそないが、スキルが既に一つ発現していた。
逆境に立ち向かい続けたオルガの経験がそのままカタチになったかの様なスキルだった。
……だがただ一つ、スキルの効果についてヘスティアは一つだけ意図的に記載しなかった事がある。
ソレは余りにも悍ましい内容だったが故に、ソレは余りにも悲しい内容であったが故に……。
その効果の内容は――
・守る対象が死亡した場合、一時的に全アビリティ能力超高補正
「大切なヒトが犠牲になることで発動するなんて……悲しすぎるよ」
スキルはその人物の経験から形を成したモノだ。
言い換えるならばそのヒトの人生とも言っていいかもしれない……だからこそ、ヘスティアは悲しかった。
オルガの辿った道筋は本人から聞いていたが、こうしてカタチとなった事でその道筋がどんなに険しかったのか突きつけられた様な気がした。
この効果について本人には話すべき事なのかもしれない。
だが、ヘスティアは告げなかった……それが不義理と承知しつつも。
何故ならコレは悪魔の誘惑だから。知れば必ず頭を過る……悪魔の囁き。
ヒトは弱いが強い……困難を乗り越える強さを持っているが、時に容易く道を誤る弱さも持っている。
だからこそ、このスキルの効果は危険だった。
自己の生存の為に仲間を犠牲にするという最悪の選択を突きつけてくるのだから。
しかも、それを行えばその窮地を脱せる可能性が高いという事実がその誘惑を強くする。
例え拒絶しても、その誘惑による無駄な思考は決定的な隙を生んでしまう可能性が高く、万が一ソレを選んでしまえばあとに残るのは深く重い罪の意識に苛まれる日々だ。
どの道待っているのは碌でもない結末。
だからこそ、本人にも伏せるべき内容とヘスティアは判断した……知らなければ選択肢は存在しないのだから。
「ハァ……
唯一の
どこか楽観していたのかもしれない自分に説教の一つもしたくなる、『家族を持つのは軽いことではない』と。
「…っと、もうすぐオルガくんも帰ってくるかな……よし!それなら落ち込むのは終わり!!」
パンッ!と両頬を叩いて気合を入れる。
家族が帰ってくるのに沈んだ顔でなどいられない、笑顔で明るく『お帰りなさい』と迎える。
下界で出来る事は少ないが、それでもソレから始めようとヘスティアは決めていた。
『ただいま』と『お帰りなさい』という挨拶が廃教会で交わされたのはこの少しあとの事。
他の鉄華団の人達について感想があったのであとがきに一応記載します。
他の鉄血の人達も出したいなぁと思ってます、でも冒険はオルガくんに暫く頑張ってもらう事にしました。
”彼”とは再会するにしても、オルガくんには成長してからの方がね。