星の距離─Ex,memorys─   作:歌うたい

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副題『女心と秋の空』




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Interlude,Act1 渋谷凛

 

風待月を追い越して、短冊に願い事を飾り付け、星を想う夜からどれくらい経っただろう。

 

薄雲に覆われて寒々しさに拍車をかける空模様をそれとなく見ながら、最近ではすっかり貴重な暇をジャグリングで弄ぶように無感動を装おった指先が、雑誌のページを捲る。

灰色から少しきつめのカラフルへと目線を落とせば、意中の男に対するアプローチが云々と、砕けた言葉で綴られている。

男を落とすには、と髪型やらファッションやらお薦めのコロンが、とか然り気無くマーケティングへと誘導する内容に、白々しくうーむ、と唸ってみても、答えは返ってこない。

 

気を利かせてくれた未央と卯月には悪いが、早くも心が折れ兼ねない不甲斐なさに、なるべく音にはしないようにそっと吐息を1つ。

 

「……」

 

男は女のこういう部分に弱いだとかが記してある内容は、確かにへぇ、と感心してみてもいいかも知れないけど。

注釈として、普通の男なら、と追記するべきじゃないかなんて可愛げもない感想を抱くくらいには、未央から押し付けられたこの雑誌は私のへっぴり腰な進歩状況にとって、バイブル化など夢のまた夢。

けれどこの場合、特集内容の不備に不満を溢すより、普通という枠には収まってくれない相手に傾倒してしまった私の方が悪いのだと考えるのも今更だった。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

スッキリとした顎に手を添えながら黙々とファイリングしてある何らかの資料を読み漁る仏頂面を盗み見て、まごついて。

最近はすっかり、蘭子の専属プロデューサーとして活躍して下さってるスーツ姿の彼は、少しくらい気に掛けてくれても、と拗ねがちな私の心なんて素知らぬフリ。

雪みたいに白い肌を、雪溶けみたく鮮かに変えてしまいたいと今でも思う、関係性ごといっそ丸ごと。

その為の策だったりを未熟な頭で考えてみた結果、これはどうだろうと閃いたアイデアはやっぱり在り来たりで、しかも突拍子もない。

 

日頃お世話になってるから、という名目で何かプレゼントを渡す。

 

改めて字面を見詰めれば、駆け引きも何もない、ともすれば子供が親にする孝行みたいにも見えて、経験値や知識のあまりの乏しさに愕然としてしまう。

けれど、他に何か手立てを考えようにも、相談する──否、相談出来る相手はかなり限られてくる現状は、一方通行がプロデューサーとして働く事になったあの日に抱いた懸念通り、厄介な事になってしまったから。

 

完全にパーペキにアウトな蘭子を初めとして、指折りに数えるのも億劫なくらい、ライバルやそれに近い存在がポツポツと増えて来ている。

元々、女の敵だと指摘したりしたのもあって、ある程度覚悟していた事だけども、やはり常々危機感を抱かなくてはいけないのは、存外しんどいものだった。

 

一方通行との初対面以降よりずっと彼にあれこれ勝負を挑んではこてんぱんに泣かされてるみくだったり、自分の恋心を応援してくれているニュージェネの二人とかはまだ大丈夫だけども、他の何人かは少し怪しい。

この前なんて、一方通行と二人で夜景を見に行ったと嬉しそうにアーニャが話していたのを又聞きした際には、いよいよ懸念が表面に出始めたかと口元を強張らせたものだ。

 

そんな環境下に於いて、男の人の中でも特別不透明なタイプである一方通行相手に、何をプレゼントすれば良いのだろうかと頭を悩ませて、答えが出ないまま既に3日が経って。

もう、本人からそれとなく聞くしかないだろうなと、参考にしてみようと流し見ていた雑誌をパタリと閉じて、なるべくクールに、余裕っぽく。

 

 

「あにょさ、いっ……」

 

「……?」

 

噛んだ。

よりにもよって開口一番で。

歯を見せ付ける様な形で一時停止した私を、紅い瞳が至極不思議そうに丸みを帯びる。

あ、この人のこの表情好きだな、なんて現実逃避を兼ねた思考がぼんやりと広がるが、羞恥心ごと誤魔化し切れる程に心理的な情緒は穏やかな造りをしていない。

 

クールで余裕っぽく、だなんて最早額縁に飾る絵空事。

慌てて咳払いをしてみたけども、何故だか噎せて、若干半泣きみたく涙腺が熱くなる。

多分、近い将来、この風景を思い出しながらベッドでのた打ち回る羽目になるんだろうなと、へこたれそうなナイーブさに今すぐ逃げだしたくなるけども。

そういう時に限って、それとなく腕を引く様に声が掛けられるのは、一種の計算なのだろうかと勘繰りたくもなる。

 

「……ンだよ、喉なら渇いてねェぞ」

 

「ふ、ふてぶてしい事言うね。別にコーヒー淹れようかなんて言ってないけど」

 

それとなく逃げ道を用意してくれたのに、不貞腐れ気味に噛み付く辺り、自分でも頭を抱えたくなる私を、相変わらず静かな視線が射抜く。

 

「あっそォ。ンじゃ何か用か」

 

「えっ、あ、まぁ用が無い訳じゃないんだけどさ。最近、順調かなって」

 

「あァ? ンなモン順調だよ。順調過ぎて更に仕事押し付けられそォだよクソッタレが」

 

「!! ──あ、蘭子の他にも誰かしらの担当するって話、やっぱり本当なんだ。も、もう決まったの?」

 

「細けェ事はまだ知らねェよ」

 

「……本当に?」

 

「…………俺が言われてンのは、担当が増えるから覚悟しとけっつー事ぐれェだ。知りたいのは寧ろ俺の方なンだよ」

 

口をついて出た言葉から引き出せた関心事にうっかりと会話の軌道を逸らしてしまうけども、それはそれで気になってしまう。

 

当初は美波さんよりも若いプロデューサーという事に不安だったり微妙な反抗や抵抗だったりがあったメンバーも、形はどうあれ一方通行の手腕は認めている現状。

ユニット、或いは個別に与えられる仕事をこなして行く日々、度々プロジェクトメンバーで集まる事もある中、彼についての話題は色々と尽きない。

 

それもついこの間、かな子ちゃんがちひろさんから聞いたという一方通行が新しく誰かを担当するというホットニュースには、私だけでなく恐らくメンバー全員が注目している。

思惑もまぁ、それぞれではあるけども。

ついでに云えば、プロジェクト内外を問わず注目されているんだけども。

 

「……プロジェクトメンバー以外は候補に挙がってないんだっけ?」

 

「当初の成果次第によっては、ある程度慣れてるプロの奴に担当させる腹積もりだったらしいがな」

 

「……へぇ。ま、その活躍ぶりは本人から色々と聞いてるけど。色々と」

 

「絡むンじゃねェ、鬱陶しい」

 

「ぐっ──ち、ちなみにさ……その成果次第で担当するプロのアイドルってのは誰かしらか決まってたの?」

 

「あァ?……まァ、高垣か、城ヶ崎の姉のどっちかだったらしいが」

 

「……ふーん。確かに、どっちも知り合いだったらしいもんね。美嘉さ──美嘉とも、私がアイドルになるって決めた時にはもう知り合いだったみたいだし。楓さんに至ってはそれ以前からの付き合いなんでしょ」

 

「それがどォした」

 

「…………別にまぁ、どうもしないけど」

 

別に知り合った順序が恋愛において、何もかものアドバンテージにはならないという事に『励まされる』面もあるけど、『焦ってしまう』面もあるのだと身に詰まされる想いを八つ当たり気味にぶつける訳にもいかず、ぷうと口を尖らせてしまう。

というか、いつぞやに『Happy Princess』のコンサート、というよりバックダンサーを務めた興奮だったり城ヶ崎美嘉の凄さについてだったり柄にもなく熱弁していたのをしれっと流していたのは何だったのか。

 

どうにもモヤモヤと鬱屈した気持ちを募らせながらも、当の本人にそれをぶつけたいのは山々だけど、振られた身でそれは幼稚で身勝手な想いの丈だからと、辛うじて我慢。

気まずさから、つい逸れてしまって、苦い気持ちだけを噛み締める形に終わってしまった話の本筋を、そもそもの目的を思い出して、気持ちを切り替えるべく深い吐息を1つ。

 

それとなく、あくまで『何気なさ』を装ってみる、けども。

何かを渡す心積もりなのに、まるで欲しがる様に座った

ままの一方通行の目を覗き込んでいる辺り、どことなく格好がつかなかった。

 

 

「あ、あのさ……話は変わるんだけど、こういうのどう思う?」

 

「……防寒着か。なンだ、ファッション系の仕事でも来てンのか」

 

「いや、そうじゃなくって……ほら、一方通行って寒がりじゃん。今日だって寒い寒いって言いながら出勤して来たし。だから、その……」

 

「……あァ?」

 

「まだ早いかなと思うけど、スーツの上からコート羽織るくらいだしさ。今日だって出勤するなり直ぐにコーヒー淹れてたし」

 

「……」

 

「ホットコーヒーばっかで賄えるものでもないでしょ? 此処で飲むならまだしも、外勤の時はそうもいかないし。最近は蘭子と一緒に殆ど出てばっかりだし……だから、どうかな……って」

 

「……」

 

 

広げたページで指し示したのは、マフラーとかニット帽を始めとした、少し早めの防寒グッズの特集ページ。

寒がりな彼にならそう悪い反応をされないであろう分野から切り込もうとするけども、やはり突拍子もなさすぎたのが災いしたのか。

私の奥底を測ろうとするみたいに紅い瞳が細くなるにつれて、慌てて取り繕おうとすればする程、しどろもどろに拍車が掛かる。

 

何か、してあげたいと思った。

それは勿論、無償の善意なんかじゃなくて、ともすれば露骨なまでに見返りを求めているのは私が一番分かっていて。

一向に縮まらない距離に焦って、このもどかしさを楽しめる余裕があってこそ、と強がるには経験値の足りなさが浮き彫りになって。

こうしたい、こう成りたい、こう在りたい。

整えた予習は実践ではまるで通用しない歯痒さに、ついには『余計な事』まで言い訳に乗せてしまうから、顔が重くなる。

 

でも、何より辛くて──幸せなのは。

 

 

「──これ見せられると、何処ぞのバカに台無しにされたモンを思い出しちまう」

 

「……?」

 

「それなりに気に入ってンだがな、あの白いマフラー……まァ、その内、買い換えるか」

 

「……ぁ」

 

「……チッ、オマエがコーヒーコーヒー煩ェから飲みたくなっちまった。オラ、その雑誌退けろよ」

 

「あ、うん……」

 

素っ気なく、でもどことなく照れ隠しみたいに私が差し出していた雑誌のページを掌でペシペシと払って、宣言通りコーヒーを淹れに椅子から立ち上がった一方通行。

カツカツと足早に給水スペースに向かう後ろ姿をぼんやりと眺めながら、彼にしては珍しく分かり易く、わざわざ装ってくれたらしい独り言を反芻する。

 

その内、買い換える。

何か、してあげたいと漠然と想ってばかりの私にはとても都合の良い言葉。

 

それはきっと、押し付けがましい気持ちを宥める様に、如何にも仕方なく彼が折れた形みたいになるけども。

それはやっぱり私が最初に望んだ形なんかじゃなく、寧ろこれでは本末転倒だと思うけども。

 

何か、してあげたいと思ったのは形だけ。

違う。

本当は。

何か、したいと思っただけ。

 

その未熟さを突き付けられる辛さ。

その至らなさを受け止めてくれる幸せ。

それは確かに彼に会うまでは得難かった幸せで。

それは確かに彼に会うまでは押し込んでいた辛さで。

 

結局、そう、言うなれば。

『お陰様』で、どちらも捨てたい筈なのにとても貴重なモノにも思えるから。

 

いつになったら、その『お陰様』から卒業出来るんだろうか。

 

 

「……マフラー、か」

 

 

それでも。

──じゃあ、手編みとかどうだろう、と。

重過ぎるかな、なんていって苦笑を溢したくなる私の心が、甘い眩暈を起こしてばかりで、言うことを聞いてくれない。

女の心は秋の空とも云うけれど、本来の意味とはもう1つ別に、見詰め合わないといけない事ばかりを隠す様に雲が掛かる事を指すのなら。

 

それならいっそこの通り、ぐうの音も出ない。

窓の外の曇天の様に。

 

 

 

 

 

 

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