星の距離─Ex,memorys─   作:歌うたい

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副題『未完成電流交差』



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Produce,Act2 神崎蘭子

神崎蘭子は厨二病である。

 

思考もそうだが、何より言語が非常難解である。

つまり基本的に何言ってるのかが分からない。

だからこそ、彼女とコミュニケーションを取ろうと思うのなら、非常に高いハードルを越えて行かなくてはならない。

 

よって学校では風貌も相まって浮きがちで、不理解の壁から避けられる事も多々ある。

けれど、その事実を悲しいと思う純真な心を持っているし、その事実の原因は自ら異端を振る舞う自分にこそあると弁えているぐらい素直であった。

だからこそ、有りの儘の自分を受け入れてくれる人間には朗らかな笑顔を向けるし、理解者には子犬みたいに良く懐く。

 

ただ、そんな彼女にも例外が生まれてしまった。

 

 

 

「煩しい太陽ね!」

 

「……」

 

「お、おはようございます……」

 

「ン。なンか飲むか」

 

「杯に注ぐのは豊潤なる果実。甘美たる柑橘の饗宴こそ私の喉を潤すわ……」

 

「ほォ、ブラックが飲みてェと」

 

「あっ、あぁ、待って、待ってくださいぃ……ブラック苦いです……飲めないです……」

 

「……オラ。今日は直ぐ移動すっから早めに飲めよ」

 

「あ、オレンジジュース……」

 

「『フラムベルグ』で掲載した分がハネてな、マーケット広告の宣材写真が欲しいンだと。ついでに其処の提携会社が新しくオープンプランを固めてるらしいゴスロリ喫茶の制服について感想も」

 

「んくっ……ぷは。ほほう、堕天使の正装か。我が審美眼に留まるだけの代物かどうかの託宣を望むとは。クククッ、衆愚ながらも試み自体は面白いわね。気概は認める、我が同族よ、その正装の写真を献上せよ」

 

「勘違いしてンなよゴスロリ。宣材撮った後、喫茶店に直接行って直接着て貰う。そっちのが向こうも泊が付いて宣伝しやすいンだよ」

 

「ちょ、直接…………クククッ、思い上がるか、その意気や善し。赴きましょう、同族。漆黒の堕天使が魅せる本物の祭典を衆愚の目に焼き付ける為に!……あ、ご馳走様です」

 

「張り切ンのは良いが、口端にジュース付いてンぞ。急げとは言ったが、ガキみてェにはしゃげとは言ってねェよ。さっさと拭け」

 

「えぅ……はい……」

 

ポンと乱雑に投げ渡された青いハンカチで口元を拭きながら、蘭子は思う。

新プロデューサー、一方通行。

彼は恐らく、蘭子の扱う言葉の意図を掴んでいる。

自分に言い直させなくとも、さほど問題なくコミュニケーションは取れる筈である。

 

では何故、敢えて無視したり睨んだりして、遮ったり言葉を変えたりさせたりするのか。

その真意は仏頂面な白い貌には見えないからよく分からない。

でも、蘭子にとっての個性を否定するかの様な言動や悪態の筈なのに、どうしてか、拒絶されているという感覚や壁を感じたりはしないのが不思議で。

 

命を救われた相手だから、冷たくされても良いんだ。

そう結論付けるには、何かが違って。

彼に睨まれる一方で、ほんの少し安堵に似た感覚が沸き立つ原因を解き明かすには、彼女の歩んできた14年の歳月は短いのかも知れない。

 

 

 

──

 

 

「闇に飲まれよ!」

 

「……」

 

「お、お疲れ様です」

 

「ン。取材終わったか」

 

「然り! 我が審美眼を満足させるとは、罪深き人の身ながら誉れるに値する。戯れに時を食む怠惰とならずに済んだ事を感謝しようぞ、同族……」

 

「あ、プロデューサーさん、お疲れ様です。いやぁ蘭子ちゃんノリノリで協力してくれてホントに良かったですよ。オープンが楽しみです」

 

「どォも、葉山さン。此方としても良い話を持って来てくれたと思ったモンで、このくらいの協力なら。その分、これからも贔屓にして貰えると」

 

「勿論ですよ。あ、ついでになんですけど、もう少しお時間あります? 折角なんで、蘭子ちゃんに接客を体験して貰おうかと思いまして。どうやら以前贈ったアクセサリーの御礼がしたいそうなんで、本当なら御気持ちだけ受け取るつもりだったんですが……」

 

「……神崎がそォいうなら俺に反対は出来ませんよ。迷惑じゃァなければ、コイツに社会勉強させてやって下さい」

 

「あはは、迷惑なんてとんでもない、光栄ですよ。で、ですね……プロデューサーさんにお客様役をお願いしたいんですけど。ね、蘭子ちゃん?」

 

「う、うむ! 近日の我が同族の献身には私も思う所がある。よって此度、戯れとはいえ我が奉仕を受ける権利を汝に与えよう」

 

「……」

 

「うっ……だ、ダメですか……?」

 

「……店に迷惑かけンなよ」

 

「む、無論よ!」

 

「はァ……すンませン葉山さん」

 

「うふふ、いえいえ。じゃあ蘭子ちゃん、厨房に行きましょうか」

 

「いざ、出陣の刻!」

 

「……」

 

 

『Phantasmagoria』という店舗名を看板にするだけあって、テーブルは欅から直接くりぬいた様な大胆な自然さとモダンな店内照明、壁はコンクリートとステンドガラスの分配設置。

お洒落というよりは教会の静謐さとバーを融合させたミステリアスな雰囲気は挑戦的だなと、何やら新たな挑戦に意気込む蘭子の背中を見送りながらぼんやりと考えるのは、現実逃避ではない。

 

この店のオーナーでありゴシックファッションのデザイナーも兼任しているらしい葉山という女性の何やら微笑ましい視線に、一方通行は溜め息を溢したくなる。

 

「……大丈夫かアイツ」

 

プロデューサーになったばかりの一方通行が、まずは専任的にマネージメントを兼ねてプロデュースすることになった蘭子は、割とドジである。

恥ずかしがり屋でどっちかといえば内向的。

奇妙な仮面の裏は明け透けで、それが愛嬌に繋がるのは良いことなのだろうが。

 

やがて、誰がどうみても緊張してると一目で分かるくらいカチコチと固い足取りでワンボックスのテーブル席に座る自分の方へと近付いて来る自称堕天使。

期間的にはまだデビューから半年くらいの新米アイドルだが経験的にはそれなりにあるから、照れはあるものの仕事はこなせる筈の彼女の顔はかなり赤い。

つい先ほどまで『Phantasmagoria』の宣伝用の写真を撮る時にカメラマンに向けた堂々とした表情は見る影もない。

そしてその原因が、風邪でも引いたのかと惚けるまでもなく分かっているので、どうしたものかと溜め息を喉奥で噛み殺した。

 

「ひょっ、今日は我が饗宴の来賓として良くぞ来られたわ! こにょ、っ、この私が汝を歓待し遥かなる悠久へと汝を誘う光栄を噛み締め、静かなる晩餐へと浸るが良い!」

 

「……」

 

言葉は荘厳で非常に上から目線だが、つまりは「いらっしゃいませご同族様」と言いたいらしい。

それでは店のコンセプトが違って来るのだが、恭しく両手で差し出されたメニューを無言で受け取る。

藪をつついて闇に飲まれるのも面倒だと口をついて出そうな悪態は、辛うじて胸の内に霧散出来た。

 

「……アイスコーヒーひとつ」

 

「や、闇を飲まれよ!」

 

蘭子が紡ぐ『闇』とは随分多様性のある単語である。

夜だったりコーヒーだったり、黒ければ良いのかと思うが、考察した所で今更である。

決め台詞みたく言い放って、わちゃわちゃと厨房へと戻る蘭子を迎える葉山の浮き立った声が、実に愉しそうに高周波を跳ね回っていて。

 

取引相手として葉山の機嫌が上々なのは結構なことだが、面白半分に焚き付けるのは後免被りたい。

恐らく店の内装や制服についての感想を蘭子の口から直接聞いた時辺りに、勘づいたんだろう。

自分が蘭子の言葉を噛み砕くよりも、直接伝える方が双方の為と席を外したのは失敗だったか。

 

「…………ど、どうぞ」

 

「どォも」

 

最早接客というより茶酌みと変わらない。

意識を空にしていても分かる。

オーナーである葉山ではなく、蘭子自ら淹れたアイスコーヒーを受け取れば、ウズウズと落ち着かない様子で一方通行の一挙一動を見守る不安気な紅い瞳を見れば、より顕著に。

 

「…………」

 

「…………」

 

薄水色のストローで味わう苦味は、インスタントではあるが悪くない。

ただ揺れる喉元を黙って見られるのはあまり良くない、というか居心地が悪い。

しかしオーナーの葉山は勿論、何も言わず、ただ厨房から顔だけを覗かせているのだから、きっと『これ』は彼女の提案なのだろう。

アイドルとはいえまだうら若い乙女へのちょっとしたアシスト。

舌で転がし慣れた苦味が、なんともいえない濃さを滲ませる。

 

「……ちゃンと出来てっから、そォ見ンな」

 

「!!!」

 

潤った吐息がやけに艶めく。

少しばかりの苦笑はどうやら好意的に彼女に伝わったらしく、両手を握り締めて胸元で並ばせて、グッと喜びやら達成感やらを反芻している姿のどこか『堕ちている』のか。

 

「と、当然よ! 我が手に掛かればこの程度の奉仕など!」

 

「ハイハイ、騒ぐンじゃありませン」

 

「良かったわね、蘭子ちゃん」

 

「是非もなし!」

 

短くて長い夏、明銘な感情ばかりを向けられる立ち位置を、まぁ良いかと思える様な図太さが、手に入れたばかりだからこそ多少持て余してしまう。

 

幼子の様にあどけなく笑う彼女の頬に灯る朱に熱を見出だしたのか、コーヒーの中で早くも角を無くしたアイスが転がって、カランと鳴った。

 

 

 

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