星の距離─Ex,memorys─   作:歌うたい

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副題『アリアドネの糸を手離して』



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Interlude,Act1 高垣楓

不思議だって、よく言われる。

他愛のないお喋りをして、気付けば風船みたく膨らんだ気持ちの儘に笑うから、子供みたいだと。

見た目は大人、頭脳は子供、名探偵ではないけれど。

 

私の第一印象を繰り越して、内面に触れる度に、不思議と言われることは多くて、では不思議って例えばどういうものなんだろう。

 

見上げた先にある、フワフワと柔らかいはずなのに、大きくて呑み込まれそうな怖さも感じる夜空の厚雲だろうか。

日本酒が通り抜けた後、さっぱりとしているのにじわりじわりと喉が熱くなる、あの感覚もそうなのか。

二面性、相反性があるものにそう覚えるのなら。

 

私が一番不思議だと思う隣の真っ白な男の子が、案外分かり易いのは、私の感性というものが未完成という証明なのだろうか。

 

「プロデューサーには、もう慣れました?」

 

「さァな。まだ1ヶ月も経ってねェンだ、慣れてるかどォかも分からねェよ」

 

「ふふ、そうですか。じゃあ、1ヶ月も経ってないのに蘭子ちゃんをあんなにも笑顔に出来てるのも、まだ分からない?」

 

「……」

 

「私とこうして一つの傘に入ってる所を見られたりしたら、どうなるかも?」

 

「今日の摘まみは全部、明日の弁当に回すか」

 

「そ、それは酷いです! 謝りますから、月二回のささやかな幸せを奪わないで下さい……ねっ?」

 

「俺からすりゃァ、月二回の不幸だがな。オマエと飲む時は梅子も抑えねェからクソ面倒なンだよ、主に絡みと後処理が」

 

「ついついお酒が勧んじゃうんですもん。良妻賢母のお摘みが美味しいのがいけないんですー……あ、今のは妻とお摘みをかけて」

 

「注釈は要らねェよ。ったく、雨降ってンだから身体冷える様な事言うな」

 

変化球で攻めた洒落はお気に召さなかったようで、呆ればかりの溜め息がアスファルトに出来た浅いため池へと落っこちる。

不慣れさで生まれる苦労や苦悩を少しも貼りつけない仏頂面なお顔は、手を伸ばせば触れれるくらいに近い距離にあるのに、白々しい白さで何かを隠そうと前だけを見詰めている。

 

でも、その手にある大きな黒い傘を掴む長い指が、ピアノの鍵盤を撫でる様に順繰りに波打つ仕草は、素直に照れているんだろう。

困ってもいるみたいだけど、あんな可愛い娘に好かれているのだから、それくらいは必要経費として受け止めるべき、とは言えない。

今度こそ折角のお料理が無くなっちゃうから、というのもあるけれど。

 

「そんな時は、お酒で暖まるのが一番です」

 

「教師の前で飲酒するほど馬鹿じゃねェよ」

 

「大丈夫、梅子さんは私の味方ですから」

 

「……最近、やたらアイツに飲ませンのって、やっぱそれ目的かよ。チッ、こォいう時に1人だけ逃げやがって、あのクソ犬……」

 

「あら、今日もマルギッテちゃん居ないんです?」

 

「ウチのカレンダーにオマエが来る日だけ丸してンの、誰だと思う」

 

「あぁ、マルギッテちゃんが丸を……今のは良いですね、今度使います」

 

「笑えねェ……」

 

痩せ我慢には慣れていそうな顔が、眩暈を堪えながらも口の端っこを歪ませている。

この新人プロデューサーさんは、痩せ我慢が得意だ。

だから私が呆れさせれば『安心したように』溜め息を着ける。

そこに苦労を隠せるから。

木を隠すなら森の中、ニュアンスを半分に分けて器用に費やすことで人の感性を錯覚させる。

watermelonのパワーストーン。

ケーキみたいに割ってしまえば、きっと意外な色をしているんだろう。

 

「そういえば、ちひろさんが言ってましたけど、そろそろ担当を兼任させても良いんじゃないかって言ってましたよ」

 

「……そォいや、今はオマエと城ヶ崎のマネージャー担当か。チッ、人使い荒ェなオイ。事務作業押し付けといて、更にこき使うつもりかよ」

 

「でも、今西部長の判断らしいですよ。ふふ、一方通行君としては、担当するなら 誰が良いですか?」

 

「あァ? どォだかな。手が掛からねェ奴なら誰でも」

 

「私とかはどうです?」

 

「その期間酒を絶つってンなら考えてやる。つゥかプロジェクト以外の奴まで面倒見るつもりは無ェ」

 

「そんなに邪険にしなくても……ちなみに、プロジェクト以外でも結構話題になってますから、期待の新人プロデューサーだって。いつかは私を担当する事もあるかも知れませんよ?」

 

「……仮にもプロに学生を宛がわねェだろ」

「さぁ、どうでしょうか。私や美嘉ちゃんはその日が来るのを待ち遠しく思ってますけど。美嘉ちゃんなんて、一方通行君さえ居れば2学期の試験は楽勝だって言ってましたし」

 

「あンのクソギャル、遂に平均ラインから落ちやがったなァ……つゥか、あの馬鹿ピンクもオマエも、プロデュース目的じゃねェだろ、オプション目当てだろ、あァ?」

 

「『それはそれ』、『これはこれ』です。どうゆうプロデュースをしてくれるのかなぁって想像してみると、これが中々愉しくて」

 

「はン、既に思い描いてる道筋持ってンのに、妙な期待してンじゃねェよ」

 

「目指す場所が合っても、そこに辿り着くまでの過程は幾つもの寄り道がある方が面白いのです」

 

「……そォかよ」

 

「ええ、そうです」

 

こう在りたい、こう成りたい。

確固たるビジョンがあったとしても、偶には余所見をしたっていい。

月でも星でも海でも道端にでも、目を留めれば新しい発見が転がっているかも知れない。

それはゆとりや余裕があるからこそ言えるのだろうけど、ゆとりや余裕がなければない程に必要になって来る何て事ない気持ち。

 

貴方もそうですよね、一方通行君?

音にしない言葉は、今日もお酒と一緒に飲み干してしまおう。

違うのは、ビジョンの形。

その先に私は私の姿を簡単に見つけてあげれるけれど。

この子はまだ、自分の姿をそこに置いてあげる事が出来ないんだろう。

 

パシャりと、爪先で突いた小石が転がった先の水溜まりで跳ねて。

水面に浮かぶ電灯の月が、千切れて、波を打つ。

 

「今日は熱燗ですね」

 

「……飲み過ぎンなよ」

 

「それは、難しいかも知れませんね。最近志乃さんも私もお仕事も忙しくてご無沙汰だったし」

 

「ほォ……つい二日前の夜中、酔っ払ったオマエからの電話で叩き起こされた気がすンだが。つまりあれは俺の夢だったと」

 

「お、お摘みはイカしたイカの炙りが良いですね。ど、どうです今の。やはり分かり易くベーシックな──」

 

「高垣さァン? なンか汗掻いてますけどォ、暑いンなら雨にでも打たれてみますゥ?」

 

「……あの、ですね。そのぅ……あ、あれは決して悪気があった訳じゃないんですよ。ほら、話題になってるって言ったじゃないですか。それでですね……」

 

「柊と川島に随分と饒舌に語ってくれたみてェじゃン。オマエに膝枕してやる約束なンざ、した覚えはねェンだがなァ?」

 

「あー……それは、だって。偶にしてくれるから、ちょっとした予約席みたいに思っても良いかなぁ、と思いまして……」

 

「オマエが強引に滑り込んで来るンだろォが! ンでもって愚図るし絡むし挙げ句、勝手に寝やがるし」

 

「マルギッテちゃんの柔らかい太腿も良いですが、私は硬めの枕の方が好みなんです」

 

「知るかよ、ンな事。後片付けの邪魔にしかならねェンだっつってンだろ」

 

「そう言われても、手酌は寂しいんです」

 

「ンじゃ梅子を潰さなけりゃァ良いだろォが」

 

「飲みっぷりが見てても気持ち良くて、つい……」

 

「良い歳してホント、オマエらは……」

 

「ええ、良い歳ですから、若い男の子にお酌をして欲しいとついつい思っちゃうのも仕方がありません。ですから、今日もお願いしますね」

 

「ざけンな、一人で干上がってろ」

 

例えるなら、余所の家にある玄関前のセンサーライト。

たった一歩分の境界線に踏み込めば、ピカリと光る、見上げた先の無機物。

激しい雨の中で走る、黄色いフォークみたいな稲妻の前兆の様に視界を奪うほどに強くはない。

背を向けて離れれば追って来る事もない機械染みた冷たさの裏に、きっと色んな事を考えているんだろう。

 

アーニャちゃんは彼を、星に隣り合う月みたいだと言っていたけれど。

もっと単純で良い。

もっと簡単が良い。

それは私なりの希望的観測なのかも知れないけれど。

 

「……肩、濡れません?」

 

「こンだけデカけりゃ濡れねェよ」

 

「鞄は?」

 

「問題ねェよ、直ぐ渇く程度だ」

 

「……もっと寄りましょうか?」

 

「必要ねェ。何だいきなり」

 

「んー甘えてばかりも悪いかなと思いまして」

 

「そォ思うンならせめて飲む量減らせ」

 

「『これはこれ』、『それはそれ』ですよ」

 

「……チッ」

 

夏影も幽かな、不思議と人の居ない遊歩道。

時折車道を霞めていく風切り音が銀色の雨に消えていく。

子供の様に跳ね回る滴達に唆されるままに、木で出来た固い猫の尾を握る長く細い、けれどゴツゴツとした掌の上、剥き出しの鉄アルミへと手を伸ばせば。

 

「……なるほど。アーニャちゃんの気持ち、よく分かります」

 

「いきなり何だ、酒盛り前からもォ酔ってンのかオマエ」

 

「ふふ、さぁ? ただ、月見をするには良い夜だなぁと」

 

「……月なンざ見えねェが」

 

「んー、そうでもないんですよ」

 

私の右手と彼の左手。

重なる事はないままほんの少しの空白だけを残して、傘の骨子の冷たい感触に目を細めていれば、怪訝そうに私を見下ろす隣のセンサーライトが僅かに首を捻る。

 

傾けた視界から見上げれば、あぁ、確かに。

 

真っ暗な傘を照らす街路灯の電気照明。

ポリエステルの夜空。

 

粒立った縫い目の隙間から射し込む、ポツポツと小さな光の雨霰が、星ならば。

 

手を掴める距離にお月様が咲いている。

星に隣り合う月。

 

掠めた願いが、泣き黒子を刺激して。

 

少しだけ、泣きたくなった。

 

 

「……一方通行君」

 

 

「なンだ」

 

 

「今夜は、寝かせませんよ?」

 

 

もう直ぐそこまで、秋が来ている。

遊歩道に並び立つ街路樹がやがて、紅く染まる頃。

赤化粧に身を費やした楓の葉達が、この道端を埋め尽くす。

 

そして、冬になれば。

 

枯れ細んだ()に寄り添う様に、雪が舞う。

 

 

楓の木の頼りない、枝の先に。

 

雪の華が、咲いてくれる。

 

慰める様に。

 

 

 

 

 

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花言葉『美しい変化、遠慮』




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