星の距離─Ex,memorys─   作:歌うたい

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副題『水溜まりの成分証明』




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Interlude,Act1 城ヶ崎美嘉

第一印象はどうだったかと聞かれれば、外側と内側が一致しないヘンテコな奴だと思った。

恋愛小説とかで良くありがちな、雨の日に捨て犬に傘を差してあげる一匹狼の不良、というギャップとは少し違う。

そんなシリアスな場面でもないし、寧ろのほほんとした平坦な日常の一幕で、微妙に馴染めてない浮いた感じは独特で、思い出しても笑ってしまいそうな、その程度。

 

大きな大きな白猫が、構って構ってときゃーきゃー纏わり付いて来る色んな小動物達を、面倒臭そうな顔で毛繕ってやってる、多分そんなイメージが一番しっくり来る。

 

真っ白なポニーテールを引っ張られたり脚にしがみついたり登られそうになったりされながらも、むっつりとした仏頂面を変えずに。

黒いシンプルなカッターシャツの上に短いピンクのエプロンを装備しながら、カチャカチャと食器を洗う手つきは微睡みを誘う様に優しかった。

鬱陶しそうに子供達を諫める言葉は口汚いのに、低く艶っぽい声も、足元を見下ろす真紅の瞳も、穏やかで優しくて。

 

あぁ、しっかり者の真与が甘えてしまうのも無理はないか、と納得するのは簡単だった。

 

「なにサボってんの、プロデューサー」

 

「……オマエにそォ呼ばれンのも気持ち悪ィな」

 

「一回呼んでみたかっただけだって。そんなしかめっ面しなくたって良いじゃんか」

 

「憩いの一時を邪魔されたンなら顔の一つも顰めるだろォよ」

 

「邪魔扱いは流石に酷くない? あーあ、今度真与に愚痴っちゃおーかな、 いっくんに嫌われてるかもしんないって」

 

「……止めとけ。最悪、半泣きになりながらオマエの良い所を延々と語り出す事になンぞ。アイツには冗談が通じねェの、知ってンだろォが」

 

雨上がりの所為で夏の残り香はどこへやら。

まだ9月だし暑いでしょと薄着をチョイスしたのは失敗だったみたいで、少し肌寒いくらいの青空日和。

346プロダクションの駐車場から少し歩いた裏側の開けたエリアの隅でブラックの缶コーヒーを傾けているスーツ姿に声を掛ければ。

相変わらずの仏頂面で振り返るから、揶揄かいの言葉にも熱が入る。

 

「勿論、冗談だって。アタシが真与を泣かす訳ないじゃん、大事な友達なんだし。でも、いっくんって真与……ってか、ちっちゃい子供に弱いよね。男女関係なく」

 

「アイツは兎も角、あのクソガキ共には言っても聞かねェから諦めてンだよ、悪ィか。つゥか、一番面倒臭ェのオマエの妹なンだが」

 

「あーそれはしょうがないって。莉嘉、昔はお兄ちゃん欲しがってたし。それに甘やかしたら付け上がるタイプだから」

 

「あァ? 甘やかした覚えはねェが」

 

「いや固いジュースのプルタブ開けて貰ったり、宿題見てあげたりしてんでしょ? それにこの前も真与ん家で御飯作ってあげたらしいじゃん。そりゃ懐くって」

 

「……別にオマエの妹の為だけに作ってンじゃねェのにか。単純な奴だ」

 

「シンデレラプロジェクトの皆に、良く自慢してるらしいけど。結構皆食い付いて来るから、いっちょ前に優越感でも感じてるんだろうね、あはは」

 

「笑ってンじゃねェ」

 

「まぁ、でもありがとね。ウチの両親もお礼したいって言ってたから、今度真与と一緒に来てみる?」

 

「断る。面倒臭ェ」

 

「ほんと付き合い悪いなーもう」

 

両親は共働きで夜遅くまで家に居ない事も多い上に、アタシだって仕事も多く、てんてこ舞いな日々。

持つべき者は幼馴染で、実家の近所に住んでいる甘粕一家に莉嘉の面倒を見て貰っているのだが、それがアタシと、今では346プロダクションの新人プロデューサーであるいっくんとの縁を結び付ける切っ掛けになったのだから不思議だ。

 

といっても、アタシがいっくんと顔を合わせたのは今年の2月だから、名前だけは真与や莉嘉から聞いていたけれども、別段昔からの仲という訳じゃない。

まぁ、いっくんと如何にも親しげに呼んでいる相手だけども、思えば出会った当初から殆ど、この距離感な気がする。

そもそも、莉嘉が一方通行の事をいっくんって呼んでるから、私も流れでそう呼んでるだけだし。

勿論、最初は嫌がられたけども。

今でも嫌そうな顔をされるけども。

けどしつこく食い下がったり本気でお願いすれば、意外と面倒見が良かったりと、仏頂面の裏側は色んなモノがあるから面白い。

ツンデレのデレ探しは、まるで宝探しみたいだと愉しそうに言い切った莉嘉の言葉には、確かにそうだねと擽ったい気持ちになった事は、勿論本人には言えない。

 

「でさ、結局何で此処に居る訳? 蘭子ちゃんはどしたの?」

 

「風邪だとよ」

 

「あー……まぁ季節の変わり目だしね。そんで暇になっちゃったのか。ん、それなら他のメンバーの面倒見るもんじゃないの? 凛とか凛とか凛とかのさぁ」

 

「うざってェな、クソピンクが。千川にゴスロリの看病命じられてンだ、その上、他のユニットは大体出払ってる」

 

「へぇ、いっくんが付きっきりで看病してあげんの? 凛とか拗ねてそうだけど、いいのかなー?」

 

「……知るか。つゥか鬱陶しい絡みしてンなよ、オマエ」

 

「いやだって、ねぇ? キスまでした相手が他の女の子の面倒見てるってんだから内心穏やかじゃないでしょ。ましてやその他の女の子も恋敵になっちゃってるのは一目瞭然だし?」

 

「……ふン、他人の事に首突っ込ンでる暇あンのかよ、『処女ビッチ』が」

 

「んぶっ……そ、その呼び名ほんと止めて、マジで風評被害だから…………ん? てか、ちひろさんに看病行けって言われたのに此処に居るんだから、結局サボりじゃん」

 

「……息抜きぐれェ別に良いだろ」

 

「ま、そうだけどさ」

 

下手に揶揄かうときっつい返しをされるから、もう少し言葉を選んでおくべきだったと後悔。

溜め息がちに大きく伸ばした身体を、薄氷の吐息を混ぜた様な冷たい風が肌を刺す。

横目で覗いた紅い瞳がぼんやりと薄くなって細くなる仕草は、ほんと猫みたいだ。

 

「んーところでさ、いっくんにお願いあるんだけど」

 

「チッ……なンだ」

 

「実は1学期の期末で古典と数学Ⅱがギリギリで、次の中間もヤバいかもしんないんだよね。でさ……此処は全国模試トップ様の力を借りたいんだけども……」

 

「……いつも平均だからって余裕ぶっこいてそのザマかよ。だらしねェ……」

 

「しょうがないじゃん、仕事滅茶苦茶忙しかったのいっくんだって知ってんでしょーが。ね、マジでお願い、ちゃんとお礼するから、いいっしょ?」

 

「甘粕に頼め」

 

「真与にはこれ以上負担かけられないんだって。千花ちゃんって友達の勉強も見てあげるみたいだし、バイトも忙しそうなの、いっくんも知ってんじゃん……」

 

「……俺もクソ忙しい身なンだが」

 

「ぐっ、確かに…………」

 

「……」

 

「……うん、ごめん。やっぱ今のなし」

確かに、真与が大変そうだから頼めないというのなら、いっくんに頼むというのも可笑しい話なのかも。

彼の保護者や同居人の分も弁当作ったり、アタシと同じ高校三年生だから当然、学業もあるし、家事も大体はいっくんがしているらしい。

その上、プロデューサーもしなくちゃいけないともなれば、下手したら相当に大変な毎日を送っているのかも知れない。

 

正直、頼り甲斐があるのは言うまでもなく、いつも涼しい顔で色んな事をこなしてる様に見えるからと、つい甘えてしまった。

いけない、アタシとした事が、ちょっと冷静になろう。

ぽつりと溜め息混じりに落とした撤回と謝罪に、呆れがちな舌打ちが一つ返されて。

 

ヤバい、もしかしてホントに嫌われちゃったのかも。

今になってサッと背筋に氷が貼り付いた様なぞっとした感覚は、呆気なく溶かされた。

 

 

「……数学Ⅱと古典だけだ、他は自分でやれ。この俺が教えてやるってンだ……もし高得点取れなかったら、地獄を見せてやっから覚悟しとけよ」

 

「えっ……い、いいの? 忙しいんでしょ?」

 

「今更殊勝になンじゃねェよ、調子狂う」

 

「……ふふ、あんがとね、いっくん。お礼何が良い? 頬っぺにキスでもしよっか?」

 

「罰ゲームじゃねェか」

 

「ちょっ、はぁぁあ!? いや、アタシこれでもカリスマアイドルで通ってんだけど!? ば、罰ゲームって言い草は流石にないでしょ!」

 

「カリスマだァ? ハッ、金ピカの足元にも及ばねェレベルで胸張ってンなよ」

 

「いや、金ピカって誰……ふん、良いし、後からやっぱしてくれって言われても絶対してやんない」

 

「上の口も処女のカリスマさンが何言ってンだか」

 

「はぁぁあ!? は、なにゃ、なんで知って……」

 

「カマかけだ、馬鹿。ンじゃ、クソどォでも良い事が判明した所で、俺はもォ行くぞ」

 

羞恥心で顔がカァっと熱くなって、薄着による寒さは感じないけども、ちっともありがたくない。

確かにちょっと調子乗ったかも知れないけど、このあしらい方は流石に腹立つ。

 

空の缶コーヒーをゴミ箱に放り投げながら、しかも捨て台詞に乙女の秘密をどうでも良いとか酷過ぎる。

 

「このっ……いっくんのバーッカ!」

 

気にいらない。

腹立つ。

ムカつく。

性格悪過ぎ。

 

何が一番頭に来るって、普段は摘まんでも引っ張ってもかったい仏頂面しか浮かべない癖に。

こういう手痛い一発を放つ時にかぎって、少しだけ愉しそうに笑うとこ。

 

ヒラヒラとおざなりに手を振りながら、恐らく風邪を引いたらしい蘭子ちゃんのとこへ去っていく、高い背中。

真っ赤にするだけしといて、フォローもなし。

真与みたいにちょっとした妹みたく接して貰うのも嫌だけども、これはこれで酷い気がする。

 

どうでも良い?

いやどうでも良くないから。

 

 

──第ニ印象を言うならば。

 

 

1回だけでも良いから、いつかギャフンと言わせてみたい奴。

 

振り返る事もなく遠退いて行っちゃう背中を、蹴りたい背中を歯軋りしながら睨むのが、関の山。

 

『息抜き』がてらに凹まされてばかりの関係性。

 

それは何という名前かと問われても、空欄ばかりが目立つモノ。

 

答案を埋めるだけの言葉を、アタシはまだ、知らないまま。

 

 

奥底の柔らかい所だけを掬い取って、上唇で弄ばれるだけ。

 

 

あぁ、蹴りたいなぁ、アイツの背中。

 

 

 

 

 

 

 

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