霊夢と結婚した   作:毎日三拝

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結婚生活一回目「幻想郷」

 東方の地にある辺境の山奥。其処には幻想郷と呼ばれている理想郷が存在する。

 浮世からは隔絶された秘境の地とでも言うのだろうか、我等が住まう幻想郷は一つの世界その物になっているらしい。

 結界。領域を二分化する摩訶不思議な術の名称。その技術を利用して幻想郷は科学が発達する外の世界と分け隔てられ各々の秩序を区域し、保たれている。小難しい話だが簡単に説明すると結界って凄いね、という話に間違いないだろう。

 話の続きとなるがこの幻想郷には決して忘れてはならない特徴がある。外の世界では非常識とされている物が常識になるという。

 それは伝説、英雄譚、絵本の中に登場する世間一般では在り得ないとされている者達の全面的肯定。

 幻想郷。其処は唯の理想郷ではなく忘れ去られなければならなかった者達が最終的に追い求めた忘却の彼方にある理想郷なのだ。なのだ。大事な事なので重ねて言う。

 ま、これ全部嫁さんの受け売りなんだけどね。

 

「ねぇ」

 

 そんな事を誰に乞われたのでもなく自分の頭の中で住居地について思考していると嫁さんの声が耳に入る。答えなければ後が怖いので仕方なく口を開いた。

 

「ん」

 

 短い返答。

 相手もそれで十分だったらしくそれだけだった。

 季節は冬。外気が肌寒い中。木炭に火を灯してから炬燵に身を入れれば意識が蕩ける程の幸福感に満たされ全てが二の次になる。冬季の炬燵は幻想郷を覆う結界よりも摩訶不思議な力が働いているに違いないだろう。

 嫁さんも勿論、狭いながらも身を寄せ合い炬燵を堪能している。

 つまり何が言いたいのかと二人とも喋る事すら億劫になってしまっているのだ。ここまで人間を堕落させ怠け者にする炬燵とは案外世界を滅ぼす切欠になってしまうのかもしれない。きっと古代人が滅亡したのは炬燵の所為だ。ゆえに僕が駄目人間なのも炬燵の所為なのだ。

 腹が鳴った。そういえば昨日の夜から食べ物を一切口にしていない気がする。 

 

「ねえ」

 

 またしても嫁さん。

 その声の意味するものを僕は何となく察した。

 

「昨日の残り物でいい?」

「ん」

 

 肯定の声。

 彼女も先程の僕のように短い返答する。

 改めて思考を回せば彼女も僕のように昨日の夜から食べていないのだ。嫁さんと僕はまるで似ていないが夫婦として妙な所で通じ合っているらしい。主に腹の具合とかな。嫌な運命だ。

 炬燵から這い出ると喪失感に見舞われ、後に引き攣るような残念な気持ちになる。いっそ炬燵と結婚したかったなどと思考が過ぎったがそれはないと首を振った。

 嫁さんは僕に過ぎたる人だったから当然と言えば当然である。

 実の所、彼女はこの幻想郷でかなり身分が高く、発言力も伴っている一種の権力者だ。それに対して僕はこの山奥にある住処から降った場所にある人間の集落に住まう一般人に過ぎない。本来ならば結婚相手所か彼女を世話する小間使いでもおかしくは無い身分だった。

 そう改めて現状を考えれば本当によく添い遂げられたものである。

 台所へと向かい、二つある竈の両方に木炭を投げ入れて火をくべる。片方は昨日の残り物である煮物が入った鍋をその上に乗せると温め為だ。もう片方は温めているその間に米を炊く用にする。

 しかし、米を炊くには外にある井戸から水を汲みに行かないといけない。冬場に水を扱うのは地獄の所業である。覚悟を決めると戸を開放し、閉めてから冷気が吹き付ける外へと走って行く。

 

「寒いっ!」

 

 思わず心の声が口から飛び出す。

 つい先程まで天国を味わっていたのに地獄へとすぐさま落ちるとこれ如何に。

 寒さに震える身体を鞭を入れると早々に井戸水を汲み、暖かみが待つ室内へと飛び込む。

 

「温いっ!」

 

 嫁さんが寝ているだろうから声の音量は抑え目にして作業に移る。

 人里で買って来た米俵から二人分の米粒を掬い釜に入れていく。粒と粒が擦れ合って独特の音が鳴る。不思議と落ち着く気分になるその音を何度か聞き流すと今度は井戸水を釜に入れ、手で米粒を撫で回すように洗う。

 ひたすら洗米。水を替えても洗米。

 ちなみに洗米時に使用した研ぎ汁は後々使えるので桶に入れて保存しておく。米の研ぎ汁は主夫の便利道具だ。

 洗米を終えて新鮮な井戸水に変え、釜を空いている竈に乗せ蓋をする。これにて夕飯の準備完了。後は鍋と釜の様子を窺い、火加減を調節するのみである。

 竈から発せられる火が燃え盛る暖気で先程冷気に当てられた身体を暖めるべく手を翳す。確かに暖かいけれど直ぐには凍えた身体から抜けきれない。

 煮え加減を注意しながら縮こまっていると背後から覆い被さる重みを感じた。

 

「ねえ」

 

 嫁さんの声。甘えるような蕩けた声だった。

 それよりも僕は炬燵から抜け出してまでした彼女のこの行為に少なからず驚く。夫婦と言えど分らないものはまだあるようだ。

 

「暖かい?」

 

 虚を突かれた気分。

 背中から感じる彼女の温もり。その体温に頬が緩む。

 

「ん」

 

 僕の短い言葉の肯定。

 余計な言葉など無粋でそれだけでも分かり合える。炬燵の魅惑的な温かみよりも余程幸せを感じずにはいられないものがある。新婚の身分で分ったような事をぬかせば夫婦とはそういうものなのかもしれない。

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