霊夢と結婚した   作:毎日三拝

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結婚生活十二回目「家族」

 日差しが弱まり、西空に浮かんでいた太陽が橙色に変わりながら沈んでいく。代わりに風が強く吹き抜け、吊り下げている風鈴を鳴らす。涼やかな夕暮れ時。

 操さんが人里から出てから生徒も来ないので、変わらず窓際にて寝転がっていると蝉の鳴き声の代わりに叫び声が轟いてきた。

 騒がしいな、と起き上がるも怠けて耳だけを傾ける。

 次第に叫び声はより悲痛さを増して聞えてきた。

 だが、肝心の内容は聞き取れない。いや、頭が理解してくれなかった。

 漸く言葉を受け取ると前後不覚になる程に視界が歪んでいく。窓際に寄り掛かり、反芻するかのように吐き出す。

 

「遠野の息女が死んだ……?」

 

 遠野の息女って誰だっけ。

 真っ白になる頭の中で僕は現実を受け止めきれず、必死に他に該当する存在を探した。そうだ、遠野の息女って遠野操だけではないと思おうとした。

 

(彼女に姉妹は居ない。また従姉妹も存在しない。幻想郷にある遠野姓は一つだけ。じゃあ遠野の息女って誰だよ、誰なんだよ!)

 

 目を固く瞑り、歯を食い縛りながら考える。

 普段使わない頭脳を最大限回しながら、只管考えた。彼女の代わりとなる人物を。

 寺子屋もどきに金切り声を上げる誰かが駆け込んで来るまで僕は遠野操が死んだ事実を潔く認める事が出来なかった。

 

 

 

   ■ 

 

 

 数時間は経過していたと思う。

 呼びに来てくれた遠野家の丁稚である清太郎さんに抱えられながら遠野家の屋敷に着いた僕。其処で僕は漸く彼女と対面する。

 操さんの身体は既に清められて、白装束の格好で布団に行儀良く寝かされていた。

 横に乱雑なまま畳まれて置かれていた着物らしき物が目に入る。一寸ばかりそれが何か理解出来なかったが、それが彼女が今日着ていたお気に入りの着物だと気付くと僕はふと思った。

 現実味の無い色だと思った。それは間違いなく非日常にある色だ。

 彼女の着ていたお気に入りの赤い着物がより赤黒い色合いに染まっている。リボンも同様だ。僕は赤は好きだが、その色は好きになれそうにないと感じた。

 

「このたびは真にご愁傷様です。突然の事で大変でしたね。心からお悔やみ申し上げます」

 

 操さんの脇に佇んでいた遠野夫妻にそう声を掛けた。意識していた訳ではないけど、しらじらしいまでに定番な言葉。自分でも驚くくらいに冷静な言葉だ。

 

「……ああ、先生(せんせい)か。悪いね、来てもらって」

 

 小父さんは此方を向くと無機質な表情でそう言った。小母さんは操さんと向き合ったまま此方に背中を向けているだけで身動ぎもしない。その光景に家族を失った者だけに分かる悲痛さだけを感じた。

 僕も両親を失った時はこういう感じだったのかもしれない、と他人事のように思った。

 

「息子同然の君が来てくれたから持て成すのが普段の私達だが、生憎とそういう雰囲気なのでね。察して貰えると助かるよ」

「……当然かと。僕の事は気になさらずに」

 

 小父さんは薄く微笑むと操さんに向き合う。表情は確かに笑みを形作っていたが、そこに感情は存在していない、そんな微笑だった。

 それから場は静寂に包まれる。

 暗く、厳かで、空気が乾いた雰囲気だった。逃げ出したい気分だった。

 

「ねぇ、先生(せんせい)

 

 それまで頑なに沈黙を保っていた小母さんの声がした。

 場の雰囲気がまた一段と重たくなった気がする。小母さんが重大な何かを伝えようと決意を固めたのかもしれない事をなんとなしに悟った。

 

「はい」

 

 頷いて、僕は言葉に備える。

 

「本当に悪いのだけれど……見ての通り私達にはもう娘は居ない。だから悪いのだけれど……悪いのだけれどね、……嫁は他家から……貰ってくれないかしら」

 

 段々と掠れていく声。

 涙混じりの言葉が心によく響いてくる。 

 

「残念だよ、私達は君の存在を息子同然に思っていた。だから血縁上も息子であって欲しかった。残念だよ、本当に」

 

 僕の心情を畳み掛けるように小父さんは呟いた。

 それが止めだった。彼女に情けない姿を見せないようにと間違った意地が決壊する。

 

「……あい、ぼくもざんねんです」

 

 固く握り締めた手の甲に水滴が零れてくる。

 本当は小父さんと小母さんを父親と母親と呼びたかった。

 実の両親が死んでからも家族同然に接してくれていた方達なのだから僕にとって紛れもない家族に違いなかった。

 でも、もう僕は彼らの家族になれない。

 彼らと僕を繋ぎとめてくれる存在だった彼女を失ったからだ。

 僕は彼女を通して二人を両親だと思えていたし、二人も娘を通して僕を息子だと思っていた。

 別に小父さんと小母さんをこれからも家族同然に思い、第二の父親と母親と呼ぶのは簡単である。だけれど、家族とはそんなもんじゃない。

 血縁的に何の繋がりもない人物を家族と呼べるほど僕は純粋でもなかったし、素直な人間じゃない。

 続けて零れ落ちていくそれを涙だと理解するには視界が霞み過ぎていた。

 

 その日、僕は家族を失った。

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