季節。一年を春夏秋冬と四分割した比較的明瞭に変化する気温の変化を句切る別け方である。
ざっくりと説明するならば春が温かく、夏が暑く、秋が肌寒く、冬が凍える季節だ。正確に言うと季節の変化は温度だけではないけど面倒などで割愛させて頂く。
僕が季節の説明で何が言いたいのかと言うとあれだ。季節の変化は温度だけじゃないって部分。身近に起こる変化もあると理解して欲しい訳だ。
季節が変わる毎に移ろうのは何も温度とか気候とか地球規模の現象だけじゃない。植物の心は分からないが、生き物は必ず季節毎にその心内にある何かを変化させている。年中変わらずに在るっていうのは基本的に無理な話だから。
もう何度目になるか分からないけど、一応紹介しておく。
僕の嫁さんは博麗霊夢。博麗神社に住む現在の博麗の巫女である。そして僕がその旦那となる。つまり夫婦だ。
そんな身近にある人物の変化はそれはそれは顕著に分かる。夫婦となったものだけの特権でもあるのかな。好いて愛した想い人を良くも悪くも知れる、結婚とは男女がお互いを理解するのにとても必要な儀式だったのだと今更ながら痛感するばかりなのです。
今回はそんな春夏秋冬に纏わる嫁さんの変化を説明して、惚気ようと思う。
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春。始まりの季節。
長く厳しい冬を越え、まだ肌寒さを感じさせるが生命の息吹をとても感じさせるそんな季節の一角。
個人的にはお世話になっていた炬燵との別れを惜しみつつ、外出する度に首元に纏っていた襟巻きを外さないといけないと考えると口元が寂しく思える季節だと僕は思う。
嫁さんも僕と同様の事を考えていたらしく、春が来ても炬燵を中々仕舞えずにいたり、そこまで冷え込んでいないのに襟巻きをして境内を清掃していたりする。
少しばかりだらしなくも感じるが、年頃の娘がしている事だと思うと途端に可愛らしく感じるのは何故だろうな。おっさんの僕には真似出来ない類だね、見苦しいし。
「花見酒したいわね」
基本的にこの季節になると嫁さんは唐突にこういう事を言い出す。
桜の咲き始めでそれを肴に酒を飲み、満開の花弁を眺めてはそれを肴に酒を嗜み、散り際になると惜しみながらもそれを肴に酒を舐める。
ていうか、桜を理由に酒を飲みたいだけなんだろう。
この傾向は嫁さんだけではなく、幻想郷中の人妖全てがそんな感じだ。理由があればお目出度くも無いのに祝杯を上げ、お目出度い事があればそれを理由にして盛大に祝杯を上げる。宴会を開ければ何でもいいのかもしれない。
今年も何度か花見をしながら彼女と御神酒を頂いた記憶がある。
神様に捧げる物を巫女である嫁さんはきょとんとした顔で
「勿体無いじゃない?」
と、当然の如く言い放つ。
元を正すと彼女がせっせと作っている物なので文句も何も無いが、釈然としないのは何故なのだろうか。まぁ、僕もそのお零れに預かっているから人の事を言えないんだけどね。
春の温かな気候でまどろみつつ、見事な桜の薄紅色を眺めていると、嫁さんはいつも突然に僕の方へ倒れこんでくる。
膝枕をしてあげて、頭を乗せながら顔を覗き込むと朱色に頬が染まっていた。酔っ払っている。
実は春にしか見せない嫁さんの変化がこれだ。
私生活で凜とした態度を取り、年中変わらず毅然とした姿勢を貫いているように見える彼女だが、夫婦で春の花見酒をしている時だけこういった行動をする。
春独特の雰囲気の所為か、彼女の頭が特別お目出度くなるというか、なんというか。兎に角、甘えてくるのである。
寝返りを打ちながら丁度良い頭の納まりを探す彼女。見下ろす僕と見上げる彼女の構図がお気に入りのようだ。
「ふにゃ~ん」
眠いのか、妙に可愛らしい口調で欠伸をする。
こんな時、彼女は決して口にする事がないような言葉も平然と口にしたりした。
「ねぇ、好き?」
何が、とは惚けられない。
彼女は酔いが回っているけれど、僕は素面である。正直、扱いに困る。
「ねぇ、ねぇ」
僕が答えるまで彼女は僕の着物の裾を掴んで揺らしながら駄々を捏ねる。濃厚に香る甘い雰囲気で僕も酔ってしまいそうな気分になるのは何時もの事。
初めて彼女がこの姿になった時には心臓が破裂して死ぬかと思った。
「ねぇ、ねぇ、ねぇ」
揺らすのを止めず、駄々を捏ね続ける彼女。
結局、覚悟を決めて、喉奥から精一杯の返答を絞る出すまで続くそれ。毎度、毎度、蕩けて消えてしまいそうな位に甘い。
「……好きだよ」
漸く言葉にする。
すると
「誰を?」
こうくる。
恥ずかしくて死にそう。
年上の威厳とか、彼女の夫としての責任とか、そういったものが邪魔して素直になれない自分。青臭いほどに若ければもっと楽に言えるのだろうな。
「…………霊夢、君が好きだ」
この台詞を口にする時はいつも顔が熱い。春じゃなくて夏だと思えるほどに。
「えへへー」
確認したとばかりに決まって照れ笑いをしながら彼女は眠る。
寝付きの良さは嫁さんの長所だと思う。お陰様で寝ている彼女を見下ろしながら火照る頬を酒と桜で冷ます作業が始まる。
幸せとはこういった時間の事を指すのかもしれない。
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夏。四季の中で最も変化の多い季節。
比較的に過しやすい春の陽気が厳しい夏の日差しに変わっていく。痛い位に素肌を焼き、褐色へと染められる。こういう時に妖怪の一年中変わらない姿に憧れを持つ。花屋の常連らしい妖怪などは日傘を差しているから例外もあるようだが。
『夏季と言えば何を思い浮かべる?』
そんな質問をされれば祭りと答えられる程に祭りは夏の風物詩だ。
起源は明らかになっていないが、夏に行われる祭りは厳しい気候で多大に労力の掛かる農事を労わるものらしい。
だからだろうか。
幻想郷でも夏の祭りは盛大に行われる。
人里を中心にして人間・妖怪など種族を問わず、出店を出したり花火を上げたりと盛り上がる。
とある事情により、もう数年は参加していないが毎年楽しみにしていた行事だった。妹みたいな人と親みたいな人達に囲まれて幸せだったっけ。もう遠い昔のように感じるな。
さて、夏季における嫁さんの変化とはその祭りに関係する。
夫婦になってから夏祭りというと博麗神社で二人涼やかに花火を眺める事だ。密やかに酒と摘まみを用意して、縁側に座りながら夜空へと打ち上がる花火を楽しむ。
この時の彼女はいつもの巫女服ではなく、白を基調として赤い文様の入った浴衣である。偶には紅白色以外の服装を眺めてみたい欲求もあるが、やはり彼女にはそれが似合っている。
「今年の花火はどんなのかしら?」
「去年みたいな派手過ぎるのは嫌だなと思うよ」
「え~、花火は派手なのが映えるんじゃない。もっと豪勢に打ち上げればいいのよ。足りないなら弾幕を放つとか」
「それやって前に収集つかなくなったじゃないか」
そんな取り留めの無い話を続けながら、花火が上がる時間を待つ。
会話が繋がらない細かな時間に酒と摘まみを頂く。彼女の方を見ると陶器の酒器に注いだ酒を口許へ運び、舐めるように啜っていた。
花火が上がる前、人気の無い神社には静謐な空気が流れている。一種の神聖な雰囲気が存在していると言ってもいい。
嫁さん、博麗霊夢はその神聖な空気に慣れ親しんでいるように感じた。
まるで紛れている異物が僕の方だ、と自意識過剰に思わされてしまう位にだ。
春の花見頃の彼女とは違い、この季節の彼女は物静かで一人酒を舐めている姿がよく似合う気がする。夫として寂しい気もするが、僕が隣に居ると絵にならないからな。
そうして少しの疎外感を味わっていると彼女は此方へ振り向く。
「関係無いわ」
鼓動が震える。
夏季の嫁さんは妙に鋭い。覚妖怪のように心情を読み取ってくる。
「馬鹿ね」
くすっと笑いながら彼女は酒器を床に置く。
「あんたは私の何? 保護者? 身近な親類? それとも赤の他人かしら?」
口を噤んだまま僕は頭を左右に振る。
「そうね、そうだわ。あんたは私の何?」
「……君の夫だ」
彼女は満面の笑みを浮かべ、僕の頬に白い手を当てる。
「はい、旦那様」
これは完全なる不意打ちだった。
夏は女性を大胆にするという言葉があるが、それは嫁さんも決して例外ではないらしい。春先と変わらず頬を赤らめて年上の尊厳を失う僕。
恋愛事というのはいつも女性側の方が強い。対して男は慌てるしかないと聞いた覚えがあるが、結婚してそれをしみじみと感じている。
年下の嫁に居てもいいのだと諭される僕のなんと情けない姿だろうか。
でも満更でもない。
――後編へ続く