読者様や投稿者様も今年一年御疲れ様でした。
来年も頑張って投稿を続けていきますので、よろしくお願いいたします。
孤独に過去を振り返れば経験した多くの恥を思い返す。
良かったこと、楽しかったこと、嬉しかったこと、全ての僕にとって人生前向きになる経験は決して一人だけでは振り返れない。
誰かが、隣に居て語り合える誰かが居る時、人は過去の話に花を咲かせる事が出来る。
ゆえに生涯を共にする伴侶がいるのは良いことだ。とても好いことだ。
数年前に買った箸や食器を使えば、それに対して語り合える。ほんのちょっとしたことが食卓に華を飾る彩となりえる。
共有してきた記憶には確かに苦い経験や辛い過去があるに違いない。
孤独に振り返れば地獄の様な心地を味わえる。
でも、隣に誰かがいるならば話が変わっていく。
苦い経験が失敗談として変わり、辛い過去がありがたい経験談となる。
それらを二人で共有するならば同じ間違いを犯さない繋がりとなることもあるだろう。
夫と嫁。
たった二人の絆が尊い財産となるならば、きっと子供も加えればもっと豊かな物となるかもしれない。
二人よりも、三人。三人よりも四人。
増えれば増えるだけ、共有の財産は増えていく。
幸福だけではないし、より辛い経験もあるのかもしれない。
だけれども家族ならば越えていける。
僕が求めてきた家族像とはそういうものだった。
両親が他界し、新たな愛情に飢えていた僕は操さんとその両親に多大な期待を寄せていた。
操さんと一緒になって幸福な過程を築き、いつかは死んでいく自分をほのかに妄想していた気もする。はっきり言えば気持ち悪いやつだった。
そんなやつが家族を、いずれなる家族だった人を失う。
字面だけ並べても悲惨な末路しか浮かばない。自分で言うのもなんだが、それは地獄だった。
なによりも家族を追い求めてきた僕が家族を失う。
二度も失った。
だからだろう。
僕は大きな期待を嫁さんに寄せている。
操さんとその家族にしていた期待よりも大きく。
失えれば補い、それを上回るのは人間の性である。
こんな物事を悲観的な方向に考える僕であるが、いつかは辛い過去を得難い経験だったと笑えるように成長していきたいと思っている。
一人じゃなくて、夫婦二人で。
■
灼熱の炎が宿るような紅い落ち葉。真昼の太陽を連想させる黄色の落ち葉。
季節は野山の木々が枯れ往き、色変える紅葉が背景として映える秋である。
大量の落ち葉に毎日悩む季節でもあるが博麗神社を囲むように並び立つ大木の美しさを省みれば些細な悩みなのかもしれない。
それにしても……
「はぁ、暇だわ」
それには同意。
風景を眺めるだけでは自己満足しか出来ない。
境内を引き続き掃除しながら、ちらりと声の主を覗き見る。賽銭箱下にある階段でいつもの御茶を啜る嫁さんの姿が其処にあった。
退屈そうな雰囲気を醸し出しながら、凛とした態度を貫いている。
なんともどちらつかずな器用なものであった。
「ねぇ」
何時も通りの掛け声。
嫁さんの方へ振り返れば、自分の座る隣をぽんぽんと軽く叩いている。
「ん」
此方も何時も通りに短く答えた。
竹箒をその辺に立て掛けてから遠慮無く隣に座る。ほんのりと感じる彼女の体温が不思議と心地良かった。ずっと隣り合っていたいと思えるほどに。
「はい」
差し出された湯飲みを受け取る。
「ん」
両手を添えて、湯飲みを口許へ傾けると中身は既に飲める温度だった。
若干猫舌である僕にはとてもありがたい。先程から姿が見えないと思ったらそういう事だったのか、と納得するしかなかった。
神社の賽銭箱下にある階段に居座り、互いの為に揃えた湯飲みを持ちながら、同じ風景を眺める……。
悪くはない。むしろ至福の時間だ。
でもお茶ばかりでは口寂しいので、お茶請けが欲しい気がする。
――パキッ
小さい乾いた音が聞えたので、隣を見る。
嫁さんの手元には半分に割った煎餅があった。
「欲しい?」
首肯し、正直に答える。
すると半分に割れた片方を僕の口許へ運び、僕はそれを咥えた。
片手を添えてから前歯で圧し折ると煎餅独特の乾いた音が口内に響き渡り、遅れて香ばしい醤油の風味も広がっていく。
煎餅はやはり醤油風味がよく合う。
そんな感想を懐くと共に御茶が欲しくなる。
湯飲みを持ち、煎餅を持ち、それらを交互に口の中へと放り込んでいく。気が付けば片手は空き、湯飲みの中身は空っぽになっていた。
「おかわりは?」
物足りないくらいが丁度良いので、断る。
「ん」
ちらりとこちらを確認し、急須を持って台所へと向かった。
それにしても秋頃の彼女は妙に甲斐甲斐しい。冬には炬燵で猫のように丸くなるけど。
理由はなんとなく分かる。
本来の博麗神社は秋口から季節の移り変わりまで忙しい。
秋と言えば収穫。実り、豊穣を神様に感謝し、祝う季節だ。
そして、神事と言えば神社であり、里の人間を代表して崇め奉る信仰を司るのが博麗神社の役割だったと思う。過去の記憶を探れば博麗の巫女が収穫祭に参加していたという話を聞いた覚えがある。
日中は引き篭もっていた僕は里の行事に殆ど不参加を貫いていた。
ゆえに当時の彼女を僕は知らない。
天狗達が出版している新聞や伝聞のみで、彼女がそういう人物であると知識のみで判断していた。実際に会ったら想像とは掛け離れた別人で戸惑ったけどさ。
まぁ、そんな訳で秋という季節は彼女にとって本来忙しい季節だった。
昔も閑古鳥が鳴く閑散とした神社だったが、現在はそれに輪をかけて暇になっている。偶にあった参拝客も今では誰も来やしない。
人間とは習慣の生き物だ。
環境によって変わる事もあるだろうが、長年身に付いた習慣は消えない。
怠惰な巫女さんだけど、きっと秋は動かないと落ち着かない季節になっているのだろう。行事に精を出す代わりに世話を焼く、それが彼女なりの落ち着き方だったのかも。
もしかしたら嫁さんにとって秋とは辛い季節なのかもしれない。
過去の記憶とは決して消えない染み付いたものだ。良かったことも、楽しかったことも、辛かったこと、苦しかったことも纏めて同じ過去の記憶になってしまう。
上手な過去との付き合い方は割り切って未来に生かすしかない。
僕はそれに失敗した。
最悪な失敗だった。取り返しのつかないことだった。
それゆえに今の暮らしがある、という皮肉な結果になったけれど、きっと過去の選択肢は多く無限にあったんだと振り返ればそう思える。
だから彼女には後悔しない生き方をして欲しい。
そう教師であった自分は思うのだが、この季節を悪くないと思えてしまう駄目人間ある自分がいる。
だってそうだろう。
結ばれた経緯はどうあれ恋し、愛した人に世話を焼かれて、迷惑だと感じるやつなんてそうはいない。いてたまるものか。
そうだよ。
僕はどうしようもなく彼女が好きで、愛していて、そして……どうしようもない人間失格者だ。
冷たい秋風が吹いて、紅葉とした木々の葉を落としていく。
先程掃除した筈の場所に紅と黄色の絨毯が敷き詰められている。
それを嫁さんが戻るまで呆然と眺めていた。
■
無性に炬燵が恋しくなる季節。それが冬。
年末の大掃除に取り出す炬燵のなんともいえない愛らしさよ。
暖めれば安らかに包んでくれるその包容力は人間を駄目にすること間違いなし。駄目人間製造とでも改名しても誰も異を唱えない気すらするね。
嫁さんは既にこの快楽に身を委ね、寝ている。もう駄目人間だ。
秋頃の甲斐甲斐しい彼女はもういない。彼女に会いたければ来年まで待つしかないだろう。
「ねぇ」
小声で呼ぶ声がした。
駄目人間になった人物には共通点がある。それは怠惰になって短気になるということ。
僕は後が怖いので短く返答する。
「ん」
恐らくただ呼んだだけ。
意味の無い行動だけど、彼女にとって意思疎通を円滑にするためのものなんだろう。面倒臭がりの癖してこういうことに本能的な直感で敏感だ。
以前の嫁さんが多くの存在に好かれていた理由でもあるのだろう。
炬燵の中の温もりを味わいながら無意味な会話を続けていると腹が鳴った。可愛らしい小さな音だ。
「ねぇ」
それが意味するのはすぐに分かった。
炬燵から抜け出して立ち上がる。温もりが離れていくのが寂しい。
「昨日の残り物を温めようか」
「お願い」
短いけれど何時もよりも長い肯定の言葉。
味気ない会話だけど、いつもと違うとなんか嬉しいものだ。嫁さんもそうした夫婦円満のつぼをよく押さえている。
「ああ、待ってて」
「ん」
相変わらず嫁さんと僕の腹具合は似ている。
同じ生活を続けているとこうなるものなのだろうか。よく夫婦は似るものだというけれどそういうことなんだろうかね。
夫婦生活を営んでいるとこうして毎年、毎年違った発見がある。
確かに去年もこうだった記憶がおぼろげにあった。彼女に催促されて夕飯の準備を僕がする。冬の定番だ。秋とは逆転の生活である。
でも、何かが違う。
去年の僕と今年の僕の違う点とは何か。
それは恐らく経験というやつなのだろう。或いは考え方の違いか。
人間は季節を跨ぐ事に変わっていく。根っこの部分は早々変わるものではないけれど、浅い部分、意識していない部分はすぐに変わっていく。
心底面白うものだと思う。
人間は環境に適応する生物だと云われている。だけどそれは身体的特徴ではなく、精神面的にという話だと思う。
僕達はどんなに幸福な環境でも、辛い環境でもいつか慣れる。適応する。
彼女と僕は現在の生活にすっかり慣れてしまった。根っこの部分で変われなくとも生きていく為に余分な部分を切る捨てて、そういうものだと無理矢理納得している。
感情を心の奥底に溜め込んでいるのが現状だ。
そんなことで幸福だなんて嘘に決まっている。上辺だけの幸せなんて不幸となんの変わりもない。
だから僕はいつか嫁さんを心の底から幸せだと言わせてみたい。
「えい!」
考え事をしながら夕餉の準備を整えていると突然彼女が後ろから抱きついてきた。
炬燵とは違う温かい温もりを感じる。
「えへへ、温かい?」
無邪気な笑顔を浮かべてそう聞く彼女。
なんだか毎年、時が経つ毎に嫁さんは童心に還ったような態度になっていく。年相応になったというべきか。
「うん、ありがとう」
お礼の言葉を返すと彼女は更に笑みを深める。
そこには以前の博麗の巫女と呼ばれていた存在なんて居なかった。博麗霊夢という少女が、僕がよく知る彼女が其処にいるだけだった。