霊夢と結婚した   作:毎日三拝

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結婚生活十四回目「最善」

 笑う門には福来る。

 いつも笑い声に溢れている家庭にはいずれ幸福が訪れる、という意味の諺だ。僕はこの諺が実に好きだった。

 数多在る絶望の中にも最後には希望が残っていたパンドラの箱のように、諦めなければ最後に自分を不幸に陥れていた前提を覆すかもしれない。そんな甘い毒のような、夢物語のような現実逃避を幼い頃から僕はして生きてきた。

 両親が死んだ時も、近場に住む知り合いが亡くなった時も、そして今回も。暗い淵に立ち、底が見えない崖を眺めながら笑う。悲しければ素直に泣けばいいのに僕は最後にはいつも笑っている。

 だからだろうか。

 人生の先輩として、先生として教え子に教える最初の事がいつもそれだった。

 

「いつも笑顔であれれば人は幸せになれる!」

 

 そう教卓で語る僕に対して操さんは微笑み、本居さんは信じてくれた。

 思えば僕という教育者は無能だったが、教え子は有能でとてもよく恵まれていたのが分かる。文学や数学を彼女達に教えつつ、僕も彼女達から多くの事をよく教わっていた。本当に有り難い事である。

 失ってから分かる事が多過ぎるのが人間の致命的な欠陥だと当時は思った。そんなに大事なら鍵の付いた箱に大切に保管でもしてればいいのに、なんて馬鹿みたいな考えをしていた。

 だからだろうか。

 致命的に間違った事に気が付かなかったのは。

 操さんを失ったあの日、いずれ手に入れていた温かな家庭を失ったあの日、家族だった人達を失ったあの日から僕は考えていた。

 

『どうすれば"二度と操さんのような被害者を出さないようにする出来る"?』

 

 そして答えを見つけた。

 誰かが被害を受けるのならばその原因を正せばいい。

 僕が考え出した答えとはスペルカードルールの改変である。

 元々、弾幕決闘の規定は『吸血鬼異変』という幻想郷中を巻き込んだ騒動から省みて、妖怪の賢者や博麗の巫女などが試行錯誤して導入されたものだ。

 その規定に沿って行われた決闘で問題が起きたのならば、改善しようとするのは自然な流れではなかろうか。

 当時はそうだと信じて疑わなかった。

 種族の差を考慮した最大限の譲歩。人間側が更なる有利となる条件を規定に組み込む。決闘の際に弾幕の殺傷能力を無くす結界を巡らすなど様々な案が頭の中に浮かんでは消えていく。

 寺子屋も長らく休業し、収入も無いまま部屋に閉じ篭る。

 その中で永遠と考え付いた改善案を箇条書きにしていく。見返すと白い和紙に黒く歪な言葉が並んでいた。物騒な言葉も並んでいる。

 苦悩に苦悩を重ねた結果。

 僕は辿り着いた。僕なりの最善に。

 

  ■

 

 蒸し暑いあの夏から大分季節は経ち、寒々とした冬が近付いている。

 妙に晴れ晴れとした気持ちで障子窓を開け放つと冷たい空気が吹き付けてきた。

 

「寒いな・・・・・・」

 

 能天気に感想を零す。

 徹夜明けの調子はどうも毎回変になる。

 頭を振るい、思考を正常に戻そうと妙な気分を取っ払う。ボサボサになった黒髪を振るうと汚らしい頭垢が散らばり落ちていく。

 この頃の僕はスペルカードルールの改善案に夢中で風呂に入るのも週に三回入ればいい方だった。

 無精髭も伸び放題、肌は荒れ放題、服も汚れ放題と劣悪な状態だ。過去の自分の事でも実に汚らしいと思える。

 でも、そうなった原因を見遣ればそんな事など些事の様に思えた。

 机の上に纏めてある紙束。表紙には『弾幕決闘の規定改善案』と書いてある。

 大分時間が過ぎてしまったけれど、僕の中に充足した満足感があった。これで操さんの死から、家族を失った日から一歩進める……。

 そう信じて疑わなかった。

 書類と睨めっこを続けていると倦怠感が出てきた。早目に行動しなれば睡魔に襲われてしまいそうであった。

 

「まず風呂に入らなきゃな」

 

 これから人と会うのである。

 身嗜みを整えなければいけない、と僕は桶に水を汲みに共同の井戸へ向かった。

 久々に太陽の光を直接浴びた気がする。

 記憶にある日の光よりも眩しい気がした。

 周囲の人々は慌しく動き回っている。

 思えば季節は秋。収穫の秋にして冬の準備期間である季節だ。

 この季節の人里は慌しく動き回っている。人間には厳しい寒さの冬が来る前にそれを越せる準備を整えなくてはならない。

 誰もが必死で、誰もが僕の存在など気にはしていなかった。

 

 ■

 

 人里には代表となる人物達が数人居る。

 商業関連の人物で遠野家のライバルとなる霧雨商店の店主。半分妖怪の守護者な寺子屋の上白沢慧音先生。稗田家ご令嬢の九代目阿礼乙女の稗田家当主。

 そして最後に人妖の調停者たる博麗神社の巫女だ。

 僕はずっと考えていた。

 規定を変える提案をあげるならば誰が適当か。また一介の人間である僕が会え、新たな規定を設けられる発言力のある人物という限定もある。 

 そうして考えに考えて行き着いた人物が現博麗の巫女、博麗霊夢ただ一人だった。

 彼女は弾幕決闘のルールを定めた人物でもあり、そのルールに則って弾幕決闘を見事成功させた立役者にして功労者。加えて人間側勿論の事、妖怪側にも発言力のある人物だ。

 よくよく考えれば直ぐに分かる事だった。

 霧雨商店の店主や稗田家の当主は人間側の代表格であるが、幻想郷全体に意見出来る程でもない。上白沢先生も同様だ。

 基本的に幻想郷での人間達の立場は低い。数多存在する妖怪達の加護があって初めて僕達は対等に生きていけている。

 というよりも生かされているといった方が的確か。

 そんな複雑である関係も博麗の巫女たる彼女には当て嵌まらない。

 博麗の巫女は存在しているだけで意味を持つ。幻想郷を維持している結界"博麗大結界"。それを管理している者こそが博麗の巫女である。

 ゆえに彼女は特別なのだ。

 当時の僕が持っていた博麗の巫女に関する知識はそこまでしかなかった。当時の嫁さん自身は人里での知名度はそれほど無い。

 時折、天狗が発行している新聞などで人柄が知れる程度である。

 巫女と言えばどちらかというともう一人の巫女の方が有名であった。

 博麗神社自体が人里から信仰もなく、妖怪が蔓延っているという噂があったので近寄り難いという難点もあったが、新参の神社である守矢神社は信仰を得る事に貪欲だったからかもしれない。

 つまり何が言いたいのかと言えば僕は博麗霊夢について何も知らなかったのである。

 

 ■

 

 大変だった。

 博麗神社に辿り着くまで相当な苦労が僕に押し寄せて来た。それも何度も。

 少しばかり長い間引き篭もっていた僕の体力自体が情けない事もあったのだが、それにしても大変だったのである。

 多くは語らないが噂に聞く三妖精なる奴等を僕は許さない。

 なんとか守り通した鞄を撫でながら、人里から態々遠回りして鳥居側の階段を昇っている。

 一段、一段しっかりとした造りで感心するばかりなのだが、あまりにも長い階段なので落っこちそうで怖い。

 これは参拝客も来辛い筈だと納得した。

 さて、長い長い階段を昇りきると其処には広々とした境内があった。

 桜の名所としても有名な博麗神社だが、今は枯葉が散らばる景観である。その中央に人影が存在した。

 背中まで伸びた艶やかな黒髪、それを後ろで纏めている大きな紅いリボン。紅白のお目出度い巫女服を纏った彼女は冷ややかに此方を見ていた。

 黒曜石のような美しい眼差し。

 思わず惹かれてしまうような魅力がある。

 

(この少女が博麗の巫女……なのか?)

 

 こうして僕は将来の伴侶に出合った。

 

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