幻想郷の東の端。人里から向かえば危険な獣道を通り抜けなければならない本来の役割を果たすには立地の悪過ぎる場所に幻想郷に二つしかない神社の片方が存在している。
その神社の名称は博麗神社。神様を崇め奉る祭殿である筈が信仰する信者など居ない寂れた神社の事だ。
幻想郷を一望出来る絶景の場所だったり、春季はそれは見事な桜が咲き誇る名所でもあるのだが、それでも人間なんて滅多に訪れる事は無かったり。
代わりに人間以外の者達には好評で肝心の信者になる対象である人里の人間達からは"妖怪神社"と呼ばれて敬遠され益々寄り付けない状態に陥っている。
現状、博麗神社は神社として機能していないと言っても過言では無いだろう。そしてそれを何とかする役目を仰せつかっている筈の巫女は如何しているのかと言うと炬燵の中で丸くなる猫と寝転がりながら戯れる日々を送り、何ともやる気無しの様子であるのだ。
博麗の巫女。博麗霊夢、僕の嫁はまるで駄目な巫女であった。
「ねえ」
上半身を起こし、炬燵越しにじっとりとした目で此方を見遣る彼女。
訂正。妙に勘の鋭い駄目な巫女だった。直ぐに誤魔化しつつ否定の言葉を紡ごうと口を開こうとする。
「やっぱり駄目な巫女だとでも思ったのね。人の悪口と陰口は何となく分るものよ」
否定する言葉も肯定する言葉も止められる。
基本的に嫁さんは人の話を聞かない。自身の直感を頼りに物事を進めるきらいがあるし、その勘が滅多に外れないのも始末に悪い。
つまりはこういう状態に陥ったのならば素直に降伏し謝罪するしか道は残されていない。
炬燵から抜け出し、嫁さんと向き合って三つ指を軽く床につけ頭を垂れた。夫婦円満の秘訣、土下座である。
「ん」
ある程度だが満足したかのような声が耳朶に届く。
安堵の心地を得た。男性として情けない状況だが、元々巫女としての彼女を心配する反面で日頃の態度に対する陰口を心中密かに考えていた僕が悪いのだ。こればかりは仕方の無い事だろう。
それにしても肌寒い。
炬燵の温い心地が恋しくなった僕は頭を上げて、何時もの定位置である嫁さんとは反対側に潜り込もうと立ち上がる。
「ねえ」
嫁さんの声に反応し、其方に顔を向ける。
右手をひらひらと動かし、自分の方へ誘うように手招きしていた。まだ怒っているのかと疑うが表情は普通のままだ。
多少なれど困惑しながら嫁さんに近寄る。
すると今度は自分の隣に座るように手で合図をされた。素直に従いその場に腰を下ろすと彼女は僕の手を引き炬燵へと引き摺り込んだ。
相も変わらず出会った頃から変わらない突拍子である。
何時の間にか嫁さんと並んで寝転んでいた猫は何処へと消えていて、僕は彼女と向かい合う体勢を取らされていた。女の子特有の甘い香りが僕の鼻腔を蕩かす。黒曜石の瞳が此方を覗いている。鼓動が静かに高鳴る。新婚とは言え結婚した相手に今更ながら綺麗だな、と思う。
見詰め合うだけの時間が段々と流れていく。
初心な緊張で張り詰めた空気を壊したのはやはり彼女からだった。
「罰ね」
嫁さんはそう短く宣言すると少しだけ空け離れていた距離を無くすと僕の背中に手を回し、胸に顔を埋めた。鼓動が更に早くなるのを感じる。それを聴かれているのかと思うと恥ずかしく感じるばかり。
彼女は時偶こうして何かしら理由をつけては抱き付いてくる。
そうした時、僕は今と変わらぬ状態で一人忙しく慌てながら落ち着くのを待つだけしかこの時間を遣り過ごす術を知らない。
幸せなんだか不幸せなんだか分らない何所かむずむずとした痒さを一身に感じて悶えていると可愛らしい寝息が聞えてくる。それに安心して一先ず人心地を付く。
同時にふとこうなった原因である思考を思い返す。
僕が思うに彼女は巫女としては駄目なのかもしれないが僕の嫁さんとしては文句の無い女性である。それだけ理解していれば神社など如何でもいいかと思えてきた僕も巫女の旦那としては駄目なのかもしれない。
そうして人の事を言う資格の無い僕は現状を甘んじて受け止め瞼を閉じた。