霊夢と結婚した   作:毎日三拝

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結婚生活二十日目「遠野夫妻」

 久々に会った二人は痩せ細っていた。

 少し福与かだった体が小さくなり、頬がこけ、目の下には隈がある。おまけに肌が白い。栄養が足りていない証拠だ。

 幻想郷の人里と非常に限定された区画であるが霧雨百貨店に次ぐ人気を誇る夫妻は裕福である。富と権力を持つ者を順番に並べれば上から数えた方が早いだろう。

 そんな彼らがにこやかな笑みを湛えて訪れて来た……。

 

「お久し振りです」

 

 あまりにもこれまでの心労が察せられる姿に驚いてしまったが声を搾り出せた。恐らく笑顔は完璧だろう。僕は小父さんと小母さんがが来てくれただけでとても嬉しかったから。

 

「ええ、そうね」

「ああ、そうだな」

 

 夫妻が頷きあう。何か親交を確かめ合う儀式の様だった。

 その様は傍観者の立ち居地で見れば何かがおかしいかった気がする。でも以前の僕はどうしようもなく当事者の一人だった。

 

「立ち話もなんですから入ってください」

 

 遠野夫妻を家に迎え、中に入って貰う。

 無言のまま奥の座敷へと案内をして対面に用意した座布団に彼らは納まった。そのまま僕も腰を落ち着ける。久々の団欒の様な心持だった。

 多くの言葉が頭を過ぎり、何を話したらいいか分からなくてもごもごと口を噤む。

 訪れて来た人達の言葉を待つべきだと思った僕はそのまま何も話さずにいた。室内に嫌な静寂が満ちる。

 浮き足立っていた気持ちも沈んでいく。

 なんだか妙だなと気付いたのはその時だった。

 対面する彼らの表情は以前としてにこやかだったのだが、作ったモノであると感じる。口の端を吊り上げたまま喋らない。

 

「……ははは、本当に久し振りですね。商売の調子は如何ですか?」

 

 僕は堪らず世間話にでもしようかと口を開いた。

 対して彼らもまた合わせる様に言葉を吐き出す。

 

「順調よ、ねぇあなた」

「ああ、そうだな」

 

 一先ず安心する。

 不気味に感じるほどの人間味の無さが先程まであったが話が出来るとなれば違う。やはり相手も僕と同じく話す言葉を選び過ぎてしまっていたのだと邪推した。

 

「そうですか、それは良かった」

 

 一旦話を閉じる。広がらない内容を口にしても使用が無い。元々、二人相手には聞き役に回っていた僕はいつもの様に言葉をまた待つ。

 だが小母さんと小父さんはそれきり口を噤み、先程と同じ状況に陥ってしまった。

 やはり何かが違う。

 気付いてしまった時、僕は微細に表情を変えたのだろう。

 やっと彼らは反応する。

 

「話があるの」

 

 そう切り出したのは小母さんからだった。

 彼女は着物の胸元から一枚の紙を取り出しながら続ける。

 

「私達の今後に関る話があるわ」

「ええ」

「私達は大事なものを失ったわね。娘を、そして娘婿となる貴方との関係を私達は失い。貴方は逆に私達との関係や嫁を失った。そうよね?」

「……ええ、仰るとおりです」

 

 言っている言葉は念入りに確認するかのようだ。

 小母さんは薄く微笑み、取り出したる紙を広げると見られるのは縁が赤く染められた特殊なモノのよう。その紙には見知らぬ文字が書かれていた。

 何だろうかと、好奇心が強くなるが尋ねる前に小母さんの言葉を待つ。

 

「良かったわ。先生もまだそう思ってくれたのね。私達はてっきり葬式の際に伝えた通り、誰かを嫁に迎えていてもおかしくないと思ってたわ。新たな生活を手にして全てを過去へと清算してたとも思ってた」

「そんな、不義理な事……半年以上は経ちますが婚約者を失ってそれはないです」

「別にいいのよ。貴方も結婚の適齢期を過ぎているでしょう? 義理で縛るのは土台無理な話」

 

 責められていない筈なのに言葉攻めにあっている。

 心が痛い。そうな奴だと思われていた事が苦しい。否定したかった。でもその時の僕には完全な自覚こそなかったが否定し切れない事実があった。

 だから余計心が痛い。

 

「死んだ両親に誓って言えますが僕はそれを良しとしません。絶対に」

 

 関係性が切れてしまったからとはしたなく次の関係を求めるほど厚顔じゃない。心奪われる何かがあったとしてもそれ以上は求めはしない。

 確かに邪な心はあれど操さんや小母さん、小父さんには誠実である。

 どうしてもそれだけは理解して欲しかった。

 またも沈黙が続く。夫妻の表情は笑顔を形作ったまま崩れない。変化が無いことが不気味に感じ始めた頃、小母さんが表情を変えた。

 

「――嘘ね」

 

 乾いた言葉が室内に響く。

 背筋が凍り、悪寒を感じる。小母さんの一切の感情が抜け落ちた顔。小父さんの方を見遣れば依然として笑顔を崩さない。いや、笑顔を面に貼り付けているといった方が適切だった。

 

「嘘、うそ、ウソソソソソソソソソ」

 

 壊れた蓄音機の様な声。口を開かずに断続して単語が流れ落ちてくる。

 

「全部知ってる。全部分かってるのよ」

「……何がでしょうか?」

 

 恐る恐る言葉を捻り出す。怯えながら僕は必死に相手の顔色を窺っていた。

 小母さんは抜け落ちた表情を直す様に顔を掌で覆う。先程取り出した紙がくしゃりと手の中で潰れていた。

 

「白々しいわ。分かってるの。先生、貴方は不義理を働いたわね。ええ、そうに違いない」

「そんな……ひどいですよ、言い掛かりだ!」

「煩い、煩いわね。声が響くでしょう? 怒鳴るのは行儀が悪いわよ」

「今はそんなこと関係無いでしょう! 小父さんも僕がそんな奴だと思いますか!?」

 

 小父さんに縋れば、彼はまだ笑顔を崩さずこちらを眺めている。というよりも俯瞰に徹しているような風であった。つまりは無視である。

 

「小父さん?」

 

 おかしい、おかしいと感じ入ってはいたがこれはもう不自然だ。

 振り返れると彼は先程から同じ言葉しか口に出していない。しかも小母さんに問われて漸くと口を開く形だ。まるで操られているかのよう。

 動揺を隠せず唖然としていると小母さんは蛇の様な笑みを浮かべる。

 

「ねぇあなた呼ばれてるわよ?」

「ああ、そうだな」

「……おじ、さん?」

 

 けひ、けひへひ。

 そんな人外の笑い声が遠くから響き渡り、僕はぞっとする。これは拙い――。

 気付いた時には体が何時の間にか金縛りにあって動かない。指先すらぴくりとも反応せず。

 

「それでね、話があるのよ」

 

 びくともしない己が体を動かそうと意志を働かせようとしている僕の頬を撫でて、小母さんだっただろう誰かが一方的に話し掛ける。

 

「やってもらいたいことがあるの」

 

 嫌な予感がする。とてつもないほどの予感があった。

 

「ちなみに拒否権はないわ、けひ」

 

 あっ、とあの人外の笑い声が小母さんの口から直接聞えた時。

 僕の意識は闇へと誘われた。 




時間がやっとできたので投稿。長らくお待たせしました。
それにしても急展開ですね。次回をお待ち下さい。
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