魔法先生ネギま!-Fate/Crossover servant-   作:魔黒丼

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第10話

 ―――入念に本の内容を確認しながらエヴァは茶々丸に指示を出し、魔法陣を完成させていく。

 水銀を使用した特殊な魔術溶液を茶々丸はむらなく垂らし、紋様を刻んでゆく。

 

 奥にある簡易的な祭壇には先ほどの豪著な鍵が祀られていた。

 

 ここはエヴァが別荘と呼ぶ場所に作られた一室。白亜のような白く無機質な壁に囲われたこの部屋で彼女はサーヴァントの召喚を試みることにした。

 

 召喚のための呪文を何度も確認しつつ、かき集めた魔力を循環させる。

 

 内心、エヴァは浮き足立っていた。

 英霊とは人類の守護者、それを吸血鬼である自身の使い魔として使役できる事実に。

 しかも今自身が呼び出そうとしているのは、その中でも指折りの存在だ。それを今や人外に成り果てた自身の意のままに出来るなど何たる皮肉かと、エヴァは高笑いをしたくなる衝動を抑え込み、今は淡々と儀式の準備に集中していた。

 

 「…マスター、完成しました」

 

 水銀の入っていた容器を片付け、茶々丸は主人の傍らに侍る。

 そしてエヴァも、手に持つ本をパタンと閉じ、魔法陣に向かってゆっくりと近づいて行く。

 

 やがて描いた陣に足を踏み入れる一歩手前で立ち止まり、エヴァは魔力を高ぶらせる。

 

「…始めるぞ」

 

 そう宣言し、エヴァは魔法陣に向かって右手を翳した。

 

「――()に銀と鉄。()に石と契約の大公。降り立つ壁には風を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 敢えて本には書かれていた一節を飛ばし、エヴァは朗々と呪文を唱える。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)…繰り返すつどに五度…ただ、満たされる刻を破却する」

 

 全身を巡る魔力が最大(ピーク)に達するのを感じ、同時にそれが急速に吸い取られてゆく。

 チリチリとした痛みが翳した右手の甲に走り始めるが、エヴァは構わず詠唱を紡ぐ。

 

「―――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば答えよ」

 

 視界が暗くなる。召喚に選んだこの場所(別荘)()に比べて大気中の魔力(マナ)が充溢しているとは言え、取りこんだ魔力が湯水のように流れてゆく。

 

「誓いを此処ここに。我は常世とこよ総すべての善と成る者、我は常世総ての悪を敷しく者」

 

 もはや背後に控え、儀式を見守る茶々丸の存在も、彼女の意中にはない。

 体中に流れ込む魔力の奔流を限界まで加速させ、エヴァは呪祷の結びをつける。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ―――天秤の守り手よ!」

 

 瞬間、逆巻く風と稲光。

 同時にエヴァは右手の甲を襲う激痛に蹲る。

 

「っ! マスター!?」

 

 主の異変に気付いた茶々丸だったが、巻き起こる風圧に近寄れず、燦燦とした魔方陣が放つ輝きに二人は堪らず目を閉じる。

 

 やがて風はおさまり、閃光はその輝きを弱めていったが、それでもいまだ魔方陣からは眩い光が滔々と溢れていた。

 

 直後、エヴァは光の奥に鎮座する圧倒的な存在感に気が付いた。

 

 いつの間にか消えていた右手の痛みも忘れて立ち上がり、エヴァは光の奥より徐々にその姿を現す黄金の影に目を奪われる。

 茶々丸も同様に、自身に内蔵されていた魔力センサーの警報も無視して、現れいでるその立ち姿に目を離せずにいた。

 

 黄金の髪、黄金の鎧。豪奢を極めた鎧の男は、深紅の双眸で泰然と彼女らを見据えていた。

 

 エヴァは自身の予想が正しかったことを確信する。

 それはかつて、人と神が共に在った時代に君臨し、人と神の袂を別った原初の王―――。

 

「…勝ったぞ茶々丸。この戦い、私たちの勝利だ…!」

 

 勝利を確信し高らかに断言する彼女ではあったが、その右手に紋様のような謎の痣が刻まれていることに気付くのは、それからもう少し後のことだった。

 

………

……

 

 午前中の授業が終わると同時に夕映は明日菜に捕まり、足早に教室から連れ出されると中庭の一角にあるテーブルに彼女と対面になるように座らされた。

 

「エヴァンジュリンのことは昨日ネギから聞いたわ…さて、今度はアナタについて聞かせて貰えるかしら?」

 

「えー…」

 

 まるで取り調べのような状況に戸惑いつつも、まずは一つ夕映には確認せねばならない事があった。

 

「その前に一つよろしいですか?」

 

「ん?」

 

 小さく挙手をして逆に質問を返す夕映に明日菜は一瞬目を丸くする。

 

「アスナさん…あなたもネギ先生と同じ側(・・・)の人ですか?それがはっきりしなければ答えるワケにはいきません」

 

「あー…」

 

 と、今度は明日菜が気まずげに目を逸らた。

 

「私の場合は最近知っちゃったって言うか…アイツに巻き込まれたって言うか…」

 

 途端にしどろもどろになる彼女の言葉を聞いて夕映は凡そを察した。

 

「なるほど。つまりアスナさんも魔法の存在を知ったのは最近だと言う事ですね」

 

「え。『も』ってことは…綾瀬さんも…もともと魔法使いじゃなかったってこと?」

 

「正確には今もまだ、私は魔法使いではありません」

 

「…?どういうこと?」

 

 そこからは互いの情報交換だった。

 明日菜はネギとの出会いから現在(いま)に至るまでを、夕映は春休みの探検から今日に至るまでを、互いにそれらを語り終える頃には昼休みも半分を過ぎていた。

 

「ふーん、昔の人物をねぇ…」

 

 どこか要領を得ないような漠然とした表情で明日菜は呟く。

 

「はい。信じられないかも知れませんが、あのライダーさんは本当に…」

 

「あぁ分かってる分かってるって!流石にあんなモノまで見せられたら信じるわよ」

 

 そう言って明日菜は一旦話を区切ると、自販機で買ったお茶を飲み干した。

 それに倣うように夕映も買ってあった紙箱容器の“トマトミルク”を一口含む。

 

「正直…魔法がここまで身近に潜んでいるとは思いもしませんでした…」

 

 そう感慨深そうに呟きながら夕映は空を仰ぐ。

 

「そーね…もう色々ありすぎて何が何だか…」

 

 対照的に明日菜はげんなりとした口調でテーブルに伏した。

 

「あんな子供(ガキ)が先生ってだけでも意味がわかんないのに、さらに魔法でしょ?挙句の果てに吸血鬼やら昔の英雄やら…もー、一気に起こりすぎて頭がパンクしそうよ」

 

「そうでしょうか?私としてはここ最近の非日常(ファンタジー)な出来事には胸躍る思いです。学校のつまらない授業より余程 充実してますよ」

 

 そう普段と変わらぬ表情(ポーカーフェイス)の中に満足げな笑みを浮かべる夕映だったが、次第に何故かその表情は曇ってゆき、やがてうつむき加減で頭を抱えながら彼女は深刻そうに言葉を続けた。

 

「ですが…心配事が無い訳ではないのですが…」

 

「なに?エヴァンジュリンのこと?」

 

 問い掛ける明日菜の言葉に夕映は力なく首を横に振る。

 

「いえ…ライダーさんの事なんですが…」

 

「? ライダーさんって…綾瀬さんの使い魔っていうヤツなんでしょ?味方なんじゃないの?」

 

「いえ、その…味方には違いないのですが…」

 

 奥歯に物が挟まるような言い方に明日菜は怪訝に眉を顰める。

 すると夕映は近くに聞き耳を立てる人間が居ないことを確認し、それでも警戒を解かない彼女は明日菜にだけ聞こえるよう小さな声で囁いた。

 

「どうやらライダーさんは…世界征服を企んでいるようなんです」

 

「―――はぁああ!?」

 

 堪らず吃驚して立ち上がる明日菜を慌てて宥め、夕映は何とか彼女を再び席に着かせる。

 

「お、落ち着いて下さい。気持ちは分かりますが…」

 

「あ、ごめんなさい…いや、でも…えぇ?」

 

 促されて何とか椅子に座る明日菜だったが溢れ出る当惑の感情だけは抑えることが出来なかった。

 

「使い魔って…魔法使いの手下みたいなモンじゃないの?それが勝手に世界征服って…」

 

「私も正確に理解しているワケではありませんが、概ね使い魔に対する認識はそれで合っていると思います。ですが、ライダーさんはただの使い魔ではありません」

 

「確か昔の偉い人なんでしょ。イスカンダル…だっけ?有名な人なの?」

 

「はい。古代ギリシャを統率し、その後はエジプトや西インドまでも席巻する偉業をわずか10年足らずで成し遂げた大帝国の王様です。アレキサンダー大王、と言う名前ならアスナさんも聞いたことがある筈です」

 

 夕映の説明を聞いた明日菜は、開いた口が塞がらなかった。

 

「えぇ…なんだってそんな“超”がつくほどの有名人が使い魔なんかに…?」

 

「確かにそれは私にも謎なんですが…ともかく、そんな『東方遠征』と言う名の偉業を成したアレキサンダー大王ですが、わずか三十弱という若さで遠征中にこの世を去ってしまいました」

 

 そこまで聞いて明日菜は押し黙った。過去の偉人と聞いていたとは言え、予想だにしなかった大物の登場に驚きよりも困惑の方が勝っていた。

 やがて大きな溜め息を吐くと、再び彼女はテーブルに突っ伏くした。

 

「なるほど…つまり、せっかく復活したんだからもう一度世界征服に乗り出してやろうって…そういうこと?」

 

「恐らくは…」

 

 憶測の域を出ないが、十中八九そうだろうと二人は判断した。

 何とも言えない重苦しい雰囲気が漂う。

 昨夜の吸血鬼の一件も、ひとまず食い止めたとは言え根本的な解決には至っていない。だと言うのにここに来て新たな懸念材料が増えた事実に、明日菜は更にテーブルに顔をめり込ませる。

 頼れる存在と思っていた味方が、実はとんでもない爆弾だった事に落胆を禁じ得なかった。

 

「…で、そのライダーさんは今どこに居るの?」

 

 せめて厄介ごとの原因が今は何処に居るのか、それを把握したくて訊ねた明日菜だったが、返ってきた答えはまたしても彼女の予想を大きく超えるものだった。

 

「はい、ライダーさんは今日から馬術部の仕事があるからと言って早朝から牧場の方へ行かれました」

 

「ば、馬術部?」

 

 さらに困惑顔の明日菜の気持ちが夕映には痛いほどよく分かった。

 かく言う彼女も、今朝方にいつものゲームロゴTシャツに大型サイズのオーバーオールを着こんで意気揚々と出て行った彼の姿は忘れようとしても忘れられなかった。

 

「冗談に聞こえるかも知れませんが、今のライダーさんはアレクセイと言う偽名を名乗り馬術部の臨時顧問と言う仮の身分で生活しています」

 

「も、もう好きにして…」

 

 馬に乗って学生たちに馬術を教えるライダーの姿を想像した明日菜は混乱も呆れも通り越してただひたすら脱力するばかりだった。

 

 ともあれ、世界征服を目論むライダーではあるが、現状に関しては早急に対策を急ぐ必要もなさそうだった。それが分かっただけでも良しとしようと、半ば投げやりになりつつも明日菜は次の議題を持ちだす。

 

「ライダーさん…に関しては一旦置いておきましょ…いま問題なのは…」

 

「エヴァンジュリンさん…ですね」

 

 確かめるように呟いた名前に二人の表情が引き締まる。

 

「ネギから聞いたんだけど、どうやらアイツ…ネギの血を狙ってるみたいなの」

 

「ネギ先生の…ですか?」

 

「そう。ネギのやつ、すっかり怯えちゃってまともに聞けなかったんだけど…なんでもこの学園(麻帆良)にずっと縛られ続ける呪いみたいなのを掛けられてるらしくて、その呪いを解くためにはネギの血が必要なんだって」

 

 

「―――その通りだ」

 

 明日菜の説明を是と認める第三者の声が割って入った。

 聞き覚えのある声色に振り返る夕映と明日菜。その視線の先には、今まさに議題に上がっていた少女の姿があった。

 

「アンタは…!」

 

「エヴァンジュリン…さん…!」

 

 気色ばんで立ち上がる夕映と明日菜に対し、エヴァは昨夜対峙した時と同様、背後に茶々丸を控えさせたまま不敵な笑みを浮かべて二人を見据えていた。

 

「まあ落ち着け。今ここでお前たちと事を構えるつもりはない」

 

「信じられるわけ無いでしょ…アンタはネギを襲ったんだから!」

 

 さらに怒気を強めて拳を構える明日菜に対し、そんな剣幕も風で受け流すような涼しげな表情でエヴァは続けた。

 

「そう粋がるな…安心しろ、神楽坂明日菜。少なくとも、次の満月まで私たちが坊やを襲ったりする事はないからな」

 

「え?」

 

「どういう事ですか?」

 

 当然の如く訝しむ二人に対し、エヴァは口角を指で引き上げて見せた。

 すると夕映は昨夜の彼女と明らかに異なる変化に気が付いた。

 

「あ!牙がありません…」

 

「そうだ。今の私では満月を過ぎると魔力がガタ落ちになる。次の満月までは私もお前たちと同じただの人間…坊やを攫っても血は吸えないと言うことさ」

 

 だが、と続けて彼女は鋭く目を尖らせる。

 

「次はああ(・・)はいかん。必ず坊やの血を全ていただく…」

 

 低く、地を這うような怨嗟の滲む声を以って、エヴァは暗に邪魔は許さないと告げていた。氷のような冷たい眼差しで睨み据える彼女の双眸を、夕映と明日菜は真っ向から睨み返す。

 

「やってみなさいよ!言っとくけどね、ネギに手を出したら許さないからね!」

 

 正面切って言い返す明日菜に対し、エヴァは更に笑みを深める。

 

「ほう?やけに坊やのことを気に掛けるじゃないか」

 

「うっ」

 

「フフフ…子供は嫌いじゃなかったのか?それとも、同じ布団で寝て情でも移ったか。ええ?」

 

「う、うるさいわね!関係ないでしょ!!」

 

 さも愉快気に問い詰めるエヴァの嘲笑に耐えきれなくなったのか明日菜は顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。そんな彼女の姿を見て満足したのか、エヴァは不遜な笑みを浮かべたまま踵を返した。

 

「フ…まあ良いがな。仕事があるので失礼するよ」

 

 そう言い残し、立ち去ろうとしたエヴァと茶々丸。だが―――

 

「ま、待って下さい!」

 

 それを呼び止めたのは夕映だった。

 まさか引き留められるとは思わず、視線だけを寄越しながらエヴァは怪訝な表情で立ち止まる。

 

「――何かようか?綾瀬夕映」

 

「二つだけ()かせて下さい…なぜネギ先生なんですか?呪いを解く方法はネギ先生の血しか無いんですか?」

 

 投げかけられた問いに彼女はさも退屈そうに鼻を鳴らした。

 

「神楽坂明日菜から聞かなかったのか?私に呪いを掛けた魔法使いがあの坊やの父親だからさ…つまらん質問ならもう行くぞ」

 

 憮然と吐き捨てて立ち去ろうとするエヴァを夕映は慌てて引き止める。

 

「あ、あの!もう一つだけ答えて下さい!」

 

「…なんだ、さっさとしろ」

 

 だんだんと苛立ちを見せ始める彼女に向かって、夕映は会った時から抱いていた最大の疑問をぶつけた。

 

「あの…どうして昨日会った時よりも怪我が増えているんですか(・・・・・・・・・・・・)?」

 

 足早に去ろうとしていたエヴァの身体が、まるで時が止まったかのように固まった。

 

 そう、夕映の指摘のようにエヴァと茶々丸の姿は何故か昨夜、最後に別れた時よりもボロボロになっていた。

 彼女の記憶が正しければ、昨夜二人が食らった攻撃と言えば顔に直撃した明日菜の飛び蹴り一発だった筈である。にも関わらず、二人の身体にはあちこちに擦り傷や掠り傷の後が多数見られ、しかもエヴァの右手には(・・・・)痛々しく包帯まで巻かれていた。

 

「……」

 

 質問に答えず押し黙ってしまったエヴァを夕映は心配そうに見つめる。

 

「やはりあのまま屋上から…」

 

「ええい違うわ!そんな無様な真似をするか!!」

 

 的外れな心配を始めた夕映の言葉をエヴァは怒鳴り散らして否定する。

 

「ではその怪我はいったい…」

 

「う、うるさい!そんなこと、お前に答える義理はない!行くぞ茶々丸!」

 

 最後は一方的に喚きたてて立ち去ってゆく二人の後ろ姿を、夕映と明日菜は激昂の理由も分からぬまま茫然と見送った。

 そんな中、昼休みの終わりを告げる予鈴が無情にも鳴り響く。

 夕映と明日菜は、そろって次の授業に遅刻した。

 

………

……

 

 ―――彼女、雪広あやかは有頂天になっていた。

 翼があれば飛んで行きそうなほど舞い上がる彼女をここまで煽て上げたのは、彼女の意中の相手であるネギを取り巻くある噂からだった。

 

 ――曰く、ネギの正体は何処(いずこ)の国の王子様であり、教師として赴任したと言うのは仮の姿で実は生涯を共にするパートナーを探しに日本にやって来た、との事だった。

 

 一度は沈静化した噂ではあったがこの日、ネギと同居している明日菜が実際にパートナーを探していると発言してしまったが為、再びこの噂は再燃してしまった。

 それにより3年A組のほとんどの生徒は蜂の巣を突いたような騒ぎに包まれ、色めき立った少女たちは暴走した挙句に『ネギ先生を元気づける会』などと称して浴場を貸しきった水着パーティーを立案していた。

 

 ここにクラスのブレーキ役である神楽坂明日菜が居れば全力で止めに掛かっただろうが、タイミング悪く彼女はその場に立ち会っては居らず、加えて示し合わせたかのように夕映も居なかった為、この騒ぎを彼女に知らせる人間は皆無となってしまった。

 

 ブレーキ役を失った少女たちはもう止まらない。もはやお祭り騒ぎの彼女たちは和気あいあいと言った調子で各々の水着を手に大浴場へ向かってゆく。3年A組の委員長である雪広あやかも彼女たちと同様、浮き足立った様子で大浴女まで足を進めていた。

 

「あぁ…ネギ先生。そのお心を癒せるのは(わたくし)しかおりませんわ…」

 

 うっとりと酔いしれるように、それでも足取りは軽やかに夕方の麻帆良を歩いて行く彼女は今にも踊り出しそうなほど舞い上がっていた。

 普段は比較的しっかり者の彼女ではあるが、子供先生(ネギ)の事となると途端にアレ(・・)になってしまうのは、クラス全員の共通認識である。

 

「いいんちょー、抜け駆けは禁止だからねー」

 

「おだまりなさい!ネギ先生の伴侶の座は渡しませんわー!」

 

 昂揚した気分に水を差すようなクラスメイトの言葉にあやかは目を剥いて威嚇する。

 しかし、そんなやり取りに気を取られたせいで彼女は道の角から飛び出してきた小さな人影に気付かなかった。

 

「あ、いいんちょ!危ない!」

 

「え―――きゃあ!」

 

「うわっ!」

 

 静止の声も間に合わず、どしんとぶつかった二人は互いに尻餅を着きあった。

 

「イタタタ…もう、なんですの」

 

 苦悶の声を漏らしつつ、打ち据えた腰をさする彼女の耳に―――

 

「アイタタタ…うっかりしてたなー。よそ見してたとは言え、誰かにぶつかるなんて」

 

 ―――そんな鈴の音のような澄みとおった少年の声が聞こえた。

 

 ハッと顔を上げる彼女の目に最初に飛び込んできたのは絹のような艶やかな金色の髪。血のように赤いルビーのような瞳、僅かに紅潮した頬は幼い丸みを帯びつつも蠱惑的にすら感じられる色気があった。

 

 思わず瞠目する彼女の目の前には、紅顔の美少年と呼ぶに相応しい男の子が、ズボンに着いた砂を払いながらゆっくりと立ち上がっていた。

 

「大丈夫いいんちょ!」

 

「もーしっかりしてよ いいんちょー」

 

 駆け寄って来るクラスメイトたち声が全く耳に入らないほど、あやかの意識は全て眼前の少年に奪われていた。

 やがて立ち上がることも忘れていた彼女の前に、少年の小さな手が差し出された。

 

「大丈夫?お姉さん」

 

 再び耳を刺激する甘い声に胸が熱く脈打つのを感じた。

 

「え…あ、はい…」

 

 意識もはっきりしないままに彼女は少年の手を取って立ち上がる。

 

「ぶつかってしまってごめんなさい。怪我はありませんか?」

 

「は、はい…大丈夫…ですわ…」

 

「良かった。本当ならちゃんとお詫びをしたかったんですが…少し急ぎの用事があるので、これで失礼しますね」

 

「ぇ…ぁ…」

 

 立ち去ろうとする少年にあやかは無意識に手を伸ばしていたが、少年はするりとその手を躱して、溌剌(はつらつ)とした声を上げて手を振った。

 

「今度会ったら、キチンとお詫びさせて下さい。さようなら、お姉ーさん!」

 

 最後にぱぁっと花が咲いたような天真爛漫な笑顔を見せると、少年はそのまま夕日に染まった麻帆良の街並みへと消えていった。

 

「いやぁ―…スンゴイ美少年だったねぇ…」

 

 思わず唸るハルナの言葉に何人かが頷いた。

 

「ホント、ホント…ネギ君に負けず劣らずの男の子だったわね」

 

「ネギ君とはまた違ったタイプで…あれ?いいんちょ?」

 

 そこで皆があやかの異変に気が付いた。

 立ち上がってもまだ静寂を保ったままの彼女は、立ち去って行った少年の方向をみつめたままボーっと立ち尽くしていた。

 

「おーい、いいんちょー?ダイジョーブ?」

 

 そこでようやく我に返ったあやかだったが、今度はその顔がみるみるうちに夕日よりも赤く染まってゆく。

 

「ぃゃ…ちが…わた、わたく…私は…そんなふしだらな女じゃ…私は、私は―――私はネギ先生一筋ですわーーーーー!!」

 

「いいんちょ!?」

 

 突如叫び出した彼女は周囲の制止も振りきり、脇目も振らず一直線に駆け抜けて行った。

 その胸中に一体なにがあったのか。誰も理解できぬまま少女たちは、泣きながら夕陽に向かって走り去るあやかの背中を黙って見送ることしか出来なかった。

 




………
……

…続くんだよな?

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