そこに女が座っていた。
そこ、とは廃城。
元・王の間の玉座。そこにその女が座っている。
歳は幾つだろうか。20ぐらいに見える。
見えるといえばかなりの美人だ。
そして雪さえも濁って見えるような白い髪が腰まで届いている。
だが、着ている服はボロボロ。ボロの服どころかかろうじて布をまとっているようにしか見えない。
その色は鮮血のように真っ赤。
「……」
彼女は何かを待っている。
「……」
ずっとずっと、彼……或いは彼女を待っている。
「……お腹すいた」
彼女はそう言って、右手で自らの左手を持ち上げる。
「はむ」
喰い千切った。親指の下の肉の部分を。
「んぐ」
しっかり咀嚼し、飲み込む。
「ふぅ……いたた」
左手からは血が吹き出ている。とても『いたた』で済むような傷では無い。
「あ、勿体無い」
左手の傷口に口を付け、吹き出ている血を飲む。ごくごくと。
「ん、んく、はぁっ、ん」
直前の肉を噛み千切る部分さえ見ていなければ、また、たまにこぼれる血を見なければ、実に扇情的な光景である。
……それを見ているのは、部屋の床に放られているしゃれこうべだけだったが。
――――――――――
彼女は寝ない。彼女にとって睡眠とは恐ろしいものだから。悪夢の巣窟だから。
「誰も来ないなぁ」
だからよく時間の感覚が無くなる。
どんな者だって真夜中の廃城に乗り込もうとはしない。ましてや、彼女の噂が立っているのだから……。
だから城を徘徊しようと誰も来ない。
「こないだは何人来たっけ……4人だったっけ?」
それでもふらふらとあてどなく歩きながら、最後に会った人間について考える。
男男男女。剣と、杖と、棒と、拳だったか。
「中々面白かったなぁ。結局、逃がした……逃げてくれたんだよね」
誰にともなく言う。
そして歩くのに飽き、疲れもしたので玉座に戻り、ぼんやりと座る。
「来ないかなぁ」
それっきり、喋ることは無かった。
――――――――――
ふと誰かが歩く音に気付く。
(1、2……3人。軽いから軽装備)
永く生きている彼女にとってこの程度は朝飯前だ。
「―――」
そして彼女は息を潜める。それだけで、気配が無くなる。
玉座に深く腰掛け、背もたれに寄りかかり、力を抜く。それで、もはや生気が無くなる。これでは目視したとしても生きてると気付けるかどうか。
赤と白の派手なコントラストさえも、背景の一部……まるで大きくて綺麗な写真が置いてあるかのように見える。或いは、精巧な人形か。
ガチャ
「な、なぁ……帰ろうぜ……」
「諦めろってケンジ。アキトがやめる訳ないし、そもそもここが一番奥だし」
「そ、そんなぁ」
「そーゆーこった!」
「威張って言うことじゃ無いけどね」
(怖がりがケンジ、ガキ大将がアキト。それともう一人冷静な子供。……なーんだ)
ひっそりと残念がる彼女。だが顔には出ない。その程度ではピクリとも動かない。
「お、あれなんだぁ?」
「ひぃっ」
「……絵画? いや、違う。人形……こんなところに?」
「なーんだ、人形かぁ」
アキトが彼女の顔をしげしげと見る。
そして、頬をつつく。
「うわっ!?」
「ひぃっ!?」
「な、なんですかアキト、急に大声出して」
「ら、ら、ライチ! こ、こ、こ、こ!」
人形かと思って触ったら人間でしたー、なんて言葉を無くすほど驚くだろう。
(ふーん、ライチか。アキトの指は硬かったけど……まだ子供っぽい)
「アキト落ち着いて。ケンジも。で、なに?」
「これ! 人形じゃねーよ!」
「え? どう見ても人形じゃないですか」
「お、おばけぇ!?」
「そんな非科学的な……」
「だ、だったら触ってみろって! これはぜってー人形じゃねーって!」
アキトが必死に意見を言う。が、流石は『非科学的』なんて難しい事を言ってのけるライチ。一笑に付している。
「なぁ……帰ろうぜ……」
「だーっ、喧しい引っ付くなぁ!」
「……ケンジ、僕がこれを少し触ったら帰りますよ。アキト、良いですよね?」
「あぁ。ったく、お化けが居るって言うから来たのによー」
アキトがぶつくさ文句を言うのを聞き流し、ライチが彼女の顔に触れる。
「っ!?」
ビクッと震える。そして……
「……」ゴクリ
息をのみ、手のひらで頬を包む。
「ライチィ…もう良いだろぉ……帰ろうよぉ……」
「……先に行っててください。僕はこれに興味が湧きました」
「…でた、ライチの『興味が湧く』。はぁあ、ケンジ、帰ろうぜ」
「お、おぅ……ライチ、ちゃんと帰ってこいよ……?」
ケンジが恐る恐るそう言うが、ライチにはもはや聞こえていないようだ。
「これは人形じゃない……けど、人形としか……」
アキトとケンジはさっさと出ていった。
ライチは彼女の顔を撫でる。撫でていき、その指が口元を通ったとき
「はむ」
「~~~~~~~~~~~っ!?」
彼女は指をくわえた。
ライチはあまりの驚きにバックステップをかまし、何かに躓いて転び、そのままごろごろと転がっていった。
壁にぶつかり、やっと止まった。
「あはっははっはっはっはははっ」
不気味で変な区切りの笑い声。彼女の笑い声である。
「に、人形じゃない……!」
「お化けでもないわよ?」
彼女は立ち上がり、ライチに近づいていく。
「強いて言うなら」
ライチは動けない。恐怖で、そして見惚れて。
そんなライチに、彼女はスッと右手を差し出す。
「
ライチが動かないので彼女はしゃがみ、ライチの肩に触れ、そのまま腕を撫でていき、手首を掴み、立ち上がらせる。
「それとも……うふふ」
「あ、あぁあの!」
「ん?」
ライチがつっかえながら話しかける。
「貴女はなんなのですか!?」
「さて、何かしらねぇ? うふふ……」
彼女は誤魔化すように言うが、その顔は本当に自分がなんなのか分からないかのように困った表情だ。
と、不意に無表情になって聞く。
「ねぇ、怖くないの?」
「何がですか?」
「わたしが」
言われてライチは、今更ながら彼女の姿を見直す。
ボロボロの服。銀髪。そして、美人。
「えっと、その、むしろ何処が恐れる理由になるんですか?」
「服は?」
「その、露出が多いと思います、けどっ!?」
彼女がわざわざ服をずらす。服が隠すはずのその豊満な胸が見え。まだ子供なライチは顔を真っ赤にして横を向く。
「ぷふ……かーわいー」
「ぐ……キャラが…笑い方がブッレブレですね」
「んふふ?」
「ほら」
と、彼女が何かに気付く。遠く遠く、城を出て、囲む木々を抜け、道を進む足音。
(少ない……かな。足りないなぁ)
「どうしたんですか?」
「うーん、ライチは帰った方が良いよ」
「え?」
「ほらほら」
彼女はライチを後ろから押す。が、ライチは抵抗する。
「い、嫌です!」
「なんで?」
「えっと、その、えーと」
「うぅん……でも……あ、もう遅い」
「え?」
城に誰か……いや、何者かたちが入ってくる。
「ライチー!」
「え、お、お父さん!?」
「ライチ! 無事だったか……っ!? ライチそれから離れろ!」
「え? え?」
ライチの父親とは別の人がライチを捕まえ、戻ってくる。
「あらあら」
「くそっ、悪魔め! ライチをどうしようとしてた!」
「あーんーそうねーおしゃべり?」
「く、くそっ、ふざけやがって!」
「えっちょっお父さん、アキトのお父さん、ケンジのお父さん!? どういうこと!?」
ライチが城に入ってきた人たちに叫ぶ。
(あ、子供たちのお父さんなんだ)
「そいつ……それは、化け物だ!」
「あら大正解」
「そんなこと……!」
バンッ
近距離で撃たれたショットガンの弾は、拡散と同時に彼女の顔の半分を吹き飛ばした。
彼女は、倒れる。
「この○○○が!」
「お、おい、やりすぎなんじゃ……」
「いぃや、むしろ足りない! 今のうちに逃げるんだ!」
「でも、でも!」
「ライチ……ダメだ。あれはダメなんだ」
ライチは男たちに連れられて城を去っていった。
数分たった後。
「まったくもぅ、殺すならしっかり殺してよね」
既に元通りになっている顔を左手でさする。
「……そういえば、あの男、前に会ったのかな?」
彼女はいつ死ねるのだろうか。
「ま、いっか」
それは誰にも分からない。
「……ねぇ、何処かの誰か。はやく、はやくやってきて? 殺してよ。私を殺してよ。もう痛いのは嫌なの。辛いのは嫌なの。神様お願いします。どうか、どうか。
――― 私だけの勇者様を……!」
彼女の願いは、届くのだろうか。