「…………」
彼女は前へ一歩、足を踏み出した。
「ひっ、ひぃっ!」
細身の男は、しりもちを着いたまま後ずさる。
「私、寝てたよね?」
「う…あ……」
彼女はコテッと首を傾げる。
「その時に殺したのね?」
「ぁ……嘘だ嘘だ嘘だ……!」
彼女は顔を男へ近付ける。
「あら?」
「あ、はは、夢だ、これは夢だあは、はははは! はははははは!」
男は狂ったように笑い始めた。
「?……あはっはっははははっはっははっ」
それに釣られて、彼女も笑う。何が面白いのか分からないが、笑う。
体から離れた、自らが両手に持つ彼女の顔で。
「はははは!」
「あはっはっ……あぁ」
何かを思い付いたようにポンと手を打つ。当然、その手に持っていた顔は床に落ちる。
「壊れたのね」
そして顔を元の位置に戻す。ざっくりと切られた切り口同士をグリグリとくっつける。
「可哀想に」
その原因の半分以上は彼女自身にあるのだが、それを指摘する人は居ない―――指摘出来る様な人が居ないというのと、この場に人が居ないのと、両方の意味だ。
「貴方も、殺してあげるわ」
―――――――――
ある日。
「あら……えぇと……」
彼女は珍しく困っていた。彼女の目の前には赤ん坊が。
「おぎゃぁ! おぎゃあ!」
「えぇと……よしよし……」
彼女は赤ん坊の頭を撫でる。
この赤ん坊、彼女の住んでいる城の門の前に捨てられていたのだ……まるで死なない彼女に見付けてもらって処理してもらおうとでも言うかのように。
「オギャア!オギャア!」
「どうしましょう……お腹空いたの? 眠いの? 寒いの?」
「オギャ、オギャア!」
赤ん坊が彼女の問い掛けに答えられる訳もなく。
「ほ、ほらほら、指ですよ~」
苦し紛れに彼女は、白く細い指を赤ん坊の口元に寄せる。
赤ん坊は必死に吸い付く。
「んっんっ」
「やっぱりお腹が空いていたのね……とはいってもご飯なんて……お乳も出ないし……」
「んっ……ふぎゃあ、オギャア!」
彼女の指をいくら吸ってもご飯が出ないと理解したからか、赤ん坊は更に激しく泣き出した。
「…あぁ、そうね。そうしましょう」
彼女は不意に床の骨を取り上げ、自分の乳房を切り付ける。
「はい、どうぞ」
赤ん坊へ真新しい切り口を押し付ける。赤ん坊は、彼女から出てくる血を、飲み始める。
「……ふぅ」
彼女はお乳(と見せ掛けた血)を赤ん坊に与える。
ふと、彼女は遠い遠い昔を思い出した。自分がまだ『人間』として生きていたあの頃を。そう、
何が原因でこうなったのか……そう…あれは―――
オギャア! オギャア!
「あ、あら?」
赤ん坊の泣き声で彼女は現実に引き戻された。
「はい、ゲップしましょうね」
抱き上げ、背中をとんとんと叩く。
ケップ
「ふふ……可愛い音ね」
彼女は久し振りに、普通に笑った。