虚なる闇が、流れて移ろう。
神剣宇宙の静かな流転。
紺碧の静寂に漂う、虹綺の輝き。
その底を見せる事を拒むかに思わせるほどに暗い、昏い、闇の中。 星に見紛わんばかりの煌めきを放つそれらは、しかし星ではない。
それは『樹』
全ての世界の根幹を成す、大いなる存在……その名を『時間樹』
大系世界(えだ)の剪定(しゅうせい)、新たな世界(は)の創造、枯れた世界(くちば)の吸収……全ての作業を己で成し遂げ、時間樹を維持し続ける。
一つの『永遠』を手にした時間樹の目的は自身の維持以外には無く、その無欲もまた彼の永遠性を助長させる要因となっている事は明白か。
その永遠を内包する時間樹の光は綺羅星の如き輝きをもって、虚無の空間を煌々と照らし続ける。
その輝ける虚空の中を流れる様に進む一つの集団があった。
否、集団と呼べる程に数は多くない。精々が3、4といった所だろうか。
虚無の空間に樹々が立ち並ぶ中、それらは人間の形を成して飛翔を続ける。
闇と煌めきだけが辺りを包む中、人型の存在というモノは酷く浮いて見える。
だがしかし、その一団が浮いている事は勿論ながら、その中でも一際浮いた存在がいた。
男である。
4人連れでありながら、そこに男が1人しかいないのだ。
男女比1:3ならさして珍しい話でもないのだが、その比率がそのまま数に繋がるのであれば話は違って来る。通常であれば不和の原因となりうる異物として腫れものが如く扱われる筈だが、この集団はその男を中心として据えているのであろう、誰もが自然体でいた。
その集団は騒ぐでもなくはしゃぐでもなく、粛々と空間を進む。
そんな中、一人の少女が不意に静寂を破りその口を開いた。
「飽きた」
~~~~~
「……ナルカナ、貴女その言葉何回目だと思ってるのかしら?」
呟いた少女の左を飛ぶ、赤みがかった髪をなびかせた少女が溜息混じりに答えた。
彼女の名は斑鳩 沙月。
「だってー、飽きたモンは飽きたんだもん。仕方ないじゃない」
先程「飽きた」と呟いたナルカナと呼ばれた少女が懲りずにその小言に答える。
歳の頃は同じだろうが、その身に纏う気怠げな雰囲気や黒く伸びた艶やかな髪が、彼女に段違いの色香を醸し出させていた。しかしそんな色香や雰囲気を惜し気もなく振り撒こうとも、本人のこの子供っぽさの前では粉微塵である。
「…ちなみに今の二回を含めると四十一回目だぞ?」
二人の前を飛ぶ妙に達観した口調で話す少j……幼女がどうとも言えないコメントを入れた。
「失礼だな」
黙れ神性ロリ。
その名を聖レーメ。とある神剣に宿る神獣にして、先頭を飛んでいるエターナルのパートナーである。
そんな少女達の言を受け、一番前を飛んでいるこのメンバーの黒一点が口を開いた。
「まあ、分からないでもないかなぁ……かれこれ…?」
そう言いながら男は、胸元から古びた懐中時計を取り出す。
「四日になるのか……ナルカナ、どっかに腰を落ち着けるか?」
メンバー唯一の男にしてこのグループのリーダー、そしてとある永遠神剣第一位の担い手。
名を世刻 望という。
「ちょっと望くん、ナルカナの言う通りになんかしてたらいつまで経っても進めないわよ」
沙月がすかさず望に指摘する。しかし、それは意外な所から横槍が入るのであった。
「そうは言うが……サツキよ、前の世界の滞在期間が些か短すぎたから、吾とてそれなりに疲れておる。ここは吾も何処か適当な時間樹で休む事に一票を投ずるぞ」
「レーメちゃんも!? ああもう、望くん! 主としてもリーダーとしてもココはビシッと…」
「すみません、俺も休むに……」
「!!」
沙月は望のまさかの裏切りに言葉を失う。ぱくぱくと口を動かすだけで、上手く言葉が出てこない。
その隙にナルカナが我が意を得たりと、周りをキョロキョロと見回し始めた。
「よーし!! 休憩出来そうな時間樹……はなんかつまんないな。こう、ビビっと来た時間樹に腰を落ち着けよー!」
「そんなに元気ならまだまだ大丈夫でしょ!!」
「やーだー! 景色に飽きたのー!」
ナルカナと沙月が言い合いを始める。
それを尻目に二人で肩を落としながら望とレーメは時間樹の群を見渡した。キラキラとした輝きを放つそれらは、見ているだけで神秘的なイメージを掻き立てられる。望は分枝世界の輝きを最も感じ取れるこの光景を俯瞰する事を、己の密かな楽しみとしていた。
「おっにさーんこっちらー!」
「待ぁちなさーい!!」
後ろで中々に派手な光や不穏な音が響き始めたが、望は敢えてそれらを意識の外に追いやる。
「…ん?」
ふと、望の視界の端を何かが掠めた。僅かな違和感ながら、どうしてもその違和感を拭い去る事が出来ずに気になったソレへと近付く。
「……これは…」
「時間樹の苗木ね」
「うぉ!?」
いつの間にか傍に来ていたナルカナの言葉に望が取り乱した。だが、それを気にも留めないナルカナはその苗木へと近寄る。
「…………」
何がそうさせたのか、みるみるナルカナの表情が険しい物へと変わって行く。
その表情の変化に何か良くないものを感じ取った望は、それでもナルカナに尋ねる事にした。
「…どうした?」
「どーしたもこーしたも、マズイわよこの苗木。放っておいたら丸ごと枯れるわ」
「そうじゃな、かなり切迫しておる」
ナルカナと共にその時間樹を検分していたレーメが、その言葉に同調を示す。当たってほしくない予想が的中した望は、思わず頭を抱えこんだ。
「望くん! ナルカナこっち!?………ってどしたの? 深刻な顔して」
どうやらナルカナを見失っていたらしい沙月が光輝を構えながらこちらへ近付き、一拍遅れた反応を見せる。
「サツキのこういった時の反応の遅さが普段の物腰からは想像もつかんのじゃが……」
レーメが呆れながら米噛を押す。
そんな中、望は真面目な顔で沙月に宣言した。
「先輩、次の行き先が決まりました」
~~~~~
「じゃあ状況を整理するわね?」
沙月が持ち前の委員長気質を発揮し、時間樹の苗木についての説明を始める。
曰く、
・神剣以外の外的要因によって分枝世界の至る場所に穴が空けられている。
・通常であれば分枝世界の修正力や自浄作用が働く筈だが、何かしらの抑止力がその働きを阻害しているらしく修正の兆候は見られない。
・更にその穴は分枝世界同士を固定し、分枝世界同士をつなぐ事で一定のネットワークを築いてることが推察される。
・その穴から時間樹外へのマナ流出は今の所は見られないが、ふとした切掛から分枝世界同士の連鎖的マナバーストの可能性が考えられる。
「とりあえず此処までが現状ね。何か質問あるかしら?」
「はいはーい! なんでこの私じゃなくて沙月が取り仕切るのかしらー!?」
「無ければ次に行くわよ?」
「ナルカナ様を無視するなー! 永遠神剣第一位なんだぞー!」
沙月がナルカナを鮮やかにスルーする。最近になって身につけた能力だ。
「今は使い手がいるであろうに…」
レーメの呟きに、望が苦笑いした。今は使い手についてはアンタッチャブルなのだろう。
「最近望が黎明ばっかり使っててナルカナ様は不満なんですー!」
「神剣としてだけじゃないから余計にねー♪」
手痛い沙月の追撃が飛ぶ。案の定、ナルカナはその挑発にこの上無い程に食いついた。
「んなっ! あっ…アンタ! 言っちゃならない事言ったわね!?」
「フフッ、その発言は認めたも同然ね!」
「身につけたというスルー能力は一体何処に行ったのだ…?」
いつの間にか沙月が以前と同じ様にナルカナに突っ掛かりに行っている。
「まあまあ、先輩もそのあたりで……」
これ以上の事態の混迷化はマズイと判断した望は互いの説得を試みようとした。
が、
「ちなみにブランクで言うならばサツキの方が長かったりするぞ?」
「レーメぇぇ!? 余計な事は言わなくて良いぞ!?」
「勝った!!」
「何よ何よ! 期間なんかほんのちょっぴり違うだけじゃない。そんな誇らしげにしても大差ないじゃない! 胸勝ってるからってそんなに誇張しなくたっていいじゃない!! 望くん、後で覚えてらっしゃい!!」
「ちなみにサツキは知らん筈だが、ノゾムがナルカナと最後に通じたのは三ヶ月前になる」
「なぁんですってぇ!?」
「ますます勝った!!」
「ちなみに吾は先月だがな」
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「「の・ぞ・む?」」
「ついさっき逃げたぞ?」
「「待ちなさぁぁぁいっ!!!」」
閑話休題
「とーにかくっ! 今回の時間樹は一筋縄とはいかないわ。少なくとも時間樹内限定とはいえ、世界を自らの意思で渡り歩ける連中がいるという事。ここが一番厄介ね」
元の冷静さを取り戻した沙月が、仕切り直しにこれからの方針を打ち出す。
よく分からないボロクズの様な肉塊とか、沙月達に付いた『紅黒い染み』とか、周囲に微かに漂う焦げ臭さとかは気にしちゃいけない。
繰り返す。気にしちゃいけない。
「今回も分割行動にする? 私は別に構わないけど……」
ナルカナが他の時間樹で行っていたやり方を思い提案する。だがその意見に対し、沙月は静かに首を横へと振った。
「いいえ、今回は固まって動きましょう。相手の規模や正体が掴めない以上、単独で相手取る場合を考えたらリスクが大きすぎるわ」
「そうじゃな。我も今回は集団行動が良いと考えるぞ」
「成程、確かに」
沙月の意見にレーメが同意し、ナルカナもそれを聞いて沙月の言に同意を示して頷いた。
「あら、意外ね? 貴女の事だから『このナルカナ様に不可能は無いー!』とか言い出すと思ったのに」
沙月のからかい混じりの言葉にナルカナは反応するでもなく、物憂い視線を時間樹へ送りながら独白する様に呟いた。
「…それだけこの時間樹の状態が危ういって事。流石のナルカナ様も、今回ばかりはちょーっちトサカに来てるのよ」
そのナルカナの神妙な横顔に沙月は何も言えなくなり、思わず視線を横にずらす。
「とにかく集団行動は決定ね。で、侵入に際してなんだけど………ナルカナ、レーメちゃんも。オリハルコンネームを極力封印した状態にして欲しいのよ」
「んむ? 何故だ?」
レーメが沙月の言葉に首を傾げる。
「確かにその方が良いでしょうね。今見て分かったわ」
理由がイマイチ分からないレーメを無視しながらナルカナが同意する。そんなレーメに沙月からのフォローが入った。
「あのね、レーメちゃん。この時間樹、あの辺りが良いかしら……見てちょうだい?」
沙月の言葉に従いレーメが時間樹を見てみる。
「む?……んー…?………なんと!?」
やがてその疑問は理解、そして驚愕へと変わり、しきりに納得したように何度も頷いた。
「うむぅ…この時間樹、その規模に比べて保有しているマナが余りに大き過ぎる……そういう事じゃな?」
「そういうコト。いいえ、それだけじゃない……そのマナですら余りに一部の分枝世界に偏りすぎてる。どんな影響が起こるか想像もつかないからこそ、なるべくオリハルコンネームはは自己封印。神性強度も修正した方が良さそうね……んー、でもこの感じだったらいっそ…」
沙月の中で計画案が組み直される。そしてその計画が脳内で一通りの完成を弾き出した。
「んじゃ、行動指針も決まったから説明するわねー。レーメちゃん、悪いけど節操無し(ノゾムクン)起こしてきて?」
「何やらとんでもない字に当てられた気がするのじゃが……まあ行ってくるぞ」
そう言ってレーメは肉塊(望)にふよふよと近寄る。
暫くして、
「……あれ、先輩? どうしました?」
先程の記憶をすっかり亡くした望がよろけながら近づいて来た。
同情はしない。リア充エターナルめ。
改めて全員になった所で沙月が説明を始める。
「じゃあこれからを説明するわね? まずはさっき集団行動って言ったけど、改めて精査したらどうも望ましくないみたいなの。これを撤回するわ」
「あら、どうしてかしら?」
沙月の突然の撤回宣言にナルカナが疑念を投げ掛ける。その問いに沙月は冷静に答えた。
「この世界の穴、仮にマナホールと呼びましょうか。そのマナホールなんだけど、見て」
そう言いながらマナホールを指し示す。
「あの辺に集中してるだけで時間樹の幹まで行ってないのよ。だから…」
「根源回廊に潜って、時間樹のプログラムチェックをする係を派遣する感じか」
沙月の言葉を望が引き継ぐ。
「まあ、そんな感じかしら? で、その根源回廊へ行く係なんだけど…私とナルカナにしようと思うの」
「「「?」」」
全員が疑問を表す。プログラムチェックだけなら沙月だけで十二分に事足りる筈だからだ。
「私が根源回廊でチェックした時にバグがあっても、私じゃ思うように修正が出来ないでしょ? 外から見ても分かるくらいの異常なんだから、バグが無い訳ないじゃない。だから修正出来るナルカナと行動すれば、手間が大きく省けるの」
「なるほど、分かりました。その間の俺とレーメはどうしますか?」
「マナホールが密集してる分枝世界の一帯に向かってちょうだい。中心は相手の総本山だろうから、なるべく近くでマナホールの影響が少ない分枝世界がベストなんだけど…ナルカナ、そんな場所は有りそう?」
沙月がナルカナへと尋ねる。ナルカナが枝を吟味しながら、眼光鋭く時間樹の葉を見据える。
「………あった! あそこらへんのが理想じゃない?」
どうやら理想的な地点を発見したらしい。
「うん……距離もそれなりだし、良さそうね。望くん、頼めるかしら?」
「まあ、有り得ないだろうけど…やられたりしない様に気をつけなさい!!」
行動指針を示し、それぞれから激励を送られる。それを受け止めた望もまた、激励を返した。
「分かりました。先輩もお元気で……ナルカナも無茶するなよ?」
「お互い様よ………行くわよ、沙月!」
「ええ!」
そうして二人は根源へと吸い込まれる様に飛んで行った。
望はその様子を眺めると深く息を吸い、気合いを入れるかの如く大きく頷く。
「じゃ、行くかレーメ!」
「おうっ!」
そして、唄は紡がれる
遥か遠く、限りなく近く
彼方の刻より響きあい
此方の空へと謳い継ぐ
これは、すべてのいのちのうた
投稿字数の都合から序章を全てドッキング。イマイチ乗りきれない……