聖りりかる   作:岌斗

16 / 31
第14章 ~贖罪、名も無き墓標~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イルカナ・高町か……何かエキゾチックな響きがあるよな」

 

「吾は何故に高町レーメなのだ?」

 

「元になってる名前が黎明だからな。語感が日本語寄りなんだよ」

 

「むぅ……」

 

 眉根を寄せたままレーメがおとなしく引き下がる。若干の苦笑を交えながら、名付け親である望が自らの頬を軽く掻いた。

 

「それにしても……」

 

 話題のイルカナ本人が緑茶を軽く啜りながら、望とレーメを見る。

 

「この家の懐の広さは驚嘆に値しますね」

 

「うむ! 吾も常々そう思うぞ!」

 

「なんでお前が胸張るんだよ」

 

「それが吾だ!!」

 

「答えになってないし」

 

「ふふっ、ずっとレーメさんはそんな感じですもんね」

 

「うむ。………ノゾムよ、神獣の主よりも神剣の化身、それも分身の方が理解しているとは何事か!」

 

「また俺が悪くなってるし!」

 

 そんな会話をしながら望たちの夜は更けて

 

 

 

 

 

「そうは問屋が卸さないの!!」

 

 

 

 

 

 ……いかねぇわなー…

 

「あら、なのはさん。どうしました?」

 

「どうもこうもないよ!」

 

 怒髪天を衝く勢いでイルカナに迫るなのは。対するイルカナは相変わらず緑茶を嗜んでいる。

 

 そんなイルカナをなのはは『ビシッ!』と指差し、イルカナに問いかけた。

 

「ココはどこッ!!」

 

「私は誰?」

 

「ちーがーうーよー!!!」

 

 髪をくしゃくしゃに掻きながらなのはが改めてイルカナに問い直す。

 

「今! イルカナちゃんがいるのはどこなのかな!?」

 

「望さんの部屋ですね」

 

「今夜イルカナちゃんが寝るのはどこ!」

 

「望さんの部屋ですね」

 

「じゃあなんでこの部屋に布団は二つしか無いの!?」

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………ぽっ////」

 

 

 

 

 

 

「むっがああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 ついに暴れ始めるなのは。イルカナは面白そうに静観を決め込み、ストッパーは望とレーメが担当する羽目になった。

 

「みんな警戒心がなさすぎる!」

 

「落ち着かんか! 汝が何を言ってるのかさっぱりだぞ!!」

 

「なのはちゃんが不機嫌だって事は理解したから取り敢えずおとなしくしてくれ!」

 

 レーメがなのはを羽交い締めにするが、尚も暴れ続けるなのは。最初は困った様に宥めていたが、しばらくして流石に見兼ねた望は少しばかり眦を吊り上げ、なのはに顔を寄せた。

 

 

「なのはちゃん」

 

 

 重みを持たせたその言葉に、暴れていたなのはもビクリと肩を震わせて動きを止める。

 

「時間も時間だから、あまり聞き分けが無いのは感心しないな」

 

「…にゅ……ごめんなさい…」

 

 望の言葉を受けてしょんぼりするなのは。

 

 ……が、このお叱りの半分はなのはにとってご褒美になりつつあった。

 

 度重なる訓練や、不意に見せる優しさ。共に過ごす日常の中でなのははその心に強烈に根付いた『望はなのはの王子様』という刷り込みを、自ら新しい物に書き換えるという行為を行っていたのである。書き換えられた先は…………言わぬが華であろう。

 

 

 

 ただ、ここ最近の彼女は羨ましそうな目でご近所の犬を眺めているらしい。

 

 

 

 普通であれば「そんな短期間でか?」となってしまう所だろうが、そこは半端に『ませた』九歳児。良くも悪くも『恋は盲目』である。

 

 そんな危険思想が育ちつつある事など知らず、なのはの様子を望は反省と受け取り、優しい声音でなのはに語りかけた。

 

「自分のイライラをぶつけるだけじゃ、何を言いたいのか誰にも伝わらないだろ? だったら、なのはちゃんが何を不満に思ってるのか言わないと」

 

「うん…」

 

「言ってごらん?」

 

「……望くんとイルカナちゃんが、同じ布団で寝るのがズルイと思うの」

 

「「……え?」」

 

 望とレーメの声が重なる。イルカナは白々しさ全開で、あさっての方向に視線を泳がせている。その様子になのはは何かが間違っている事を悟り、首を傾げた。

 

「にゃ?」

 

「……なのはちゃん…」

 

「ん?」

 

「…イルカナと共に寝るのは吾だぞ?」

 

 …………

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

パリンッ!

 

「あら? 窓ガラスが」

 

「鳥か何かか?」

 

「父さん、高周波の共鳴みたいだよ?」

 

「「?」」

 

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

「でさでさ、望くん! 次の休みにすずかちゃんの家でお茶会するんだ! よかったら一緒に行かない? すずかちゃんも歓迎するって言ってたの!」

 

「照れ隠しに必死なのは分かるが顔が近いわ! それに吾はノゾムではない!!」

 

「なのはちゃん、もう大丈夫だから一旦落ち着こう。これじゃさっきと何も変わらない!」

 

 先程の怒りは既に霧散しようとも、それ以上の勢いで顔を真っ赤にしながらレーメに詰め寄っているなのは。そんな様子を見ながら実害の全く無いイルカナはころころと笑うばかりだった。

 

「あらあら、これが俗に言う『テンパる』と言うヤツですね」

 

「イルカナも悠長な事をのたまっておらずに手伝わんか!!」

 

「なのはさん、取り敢えず深呼吸です」

 

 

 

 

 

 

すーはーすーはーひっひっふー

 

「ラマーズ法を交えるな!」

 

 

 

 

 

 

 

「で」

 

「お茶会の誘いだけど……ちょっとその日は用事があってね」

 

 望のその返事を聞いた途端、クタクタと脱力するなのは。それを見る望も申し訳なさそうに頭を下げる事しか出来ない。

 

「埋め合わせは絶対するからさ。今回は失礼させて貰って……いいかな?」

 

『埋め合わせ』に反応を示すなのは。のそりと起き上がると、濁り切った眼で望を見据えてにんまりと笑う。幸か不幸か、望はその濁った眼に気付かない。

 

「じゃあ……」

 

「うん?」

 

「……やっぱりその時まで待って貰うの」

 

 なのはの言葉に、望は余り深く考えずに頷く。

 

「わかったよ。 ちゃんと聞くからね」

 

「言質とったの!! レーメちゃんもイルカナちゃんも聞いたね!?」

 

 鬼の首でも取ったと言わんばかりに、声を張り上げるなのは。レーメは若干引きながら、イルカナはなのはと同種の笑みを浮かべてそれに同意した。

 

「あ、ああ……吾も聞いたが…何故にその年齢でそんな言葉を知っておるのだ…?」

 

「そんなの良いの! イルカナちゃんも聞いたよね!?」

 

「望さん…言質、確かに頂きました」

 

「……? …まあ、うん…?」

 

 未だに理解が追い付かない望はポカンとしたまま首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 

ドシャッ!

 

 なのはが前のめりに倒れ込む音が森の中に響く。

 

 場所は自宅に近い森。望が『変則的状況での実戦に』と始めた模擬戦だった。

 

「違う、背後に回り込まれたら向き直るより先に気配に向かって牽制だ!」

 

「はいっ!」

 

 望からアドバイスを受けた直後、再び望の姿が消える。

 

(速い!? いや、違う!)

 

 木の陰を縫うように近付く望の気配。それがなのはの真後ろに迫った。

 

「ふッ…!」

 

 気配に向かってレイジングハートの柄を跳ね上げる

 

 だが、動作を始めた瞬間になのはの目の前で背中を向けながら気合を込める望の姿を捉える。

 

「え!?」

 

グッ…

 

(しまっ……!)

 

ゴドン!!

 

「がふっ…!?」

 

 後ろに迫った気配は何だったのか、何故望が正面にいるのかといった考察が閃くも、その前に構えた望の肩口から強烈な衝撃が与えられる。一応は手加減する為に、その衝撃波はなのはの身体を抜けるように焦点をずらされていた。

 

 とはいえ、それで完全に威力を削ぐ事など出来る訳が無く、結果として殺し切れない衝撃でも、なのはの意識を刈り取るには十二分な力であることは明白。

 

 

 

 当然のように今回の模擬戦も、望に軍配が上がる事となる。

 

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 

「………ん…」

 

「あ、気が付いた?」

 

「…あれ?…私……」

 

「まだ動けないだろうから、悪いけど我慢しててね」

 

 そう言いながら望はなのはを軽く背負い直す。そしてしばらくの間、望の背中に揺られながら、なのはは望から受けた攻撃で気を失った事を思い出した。

 

「…また負けちゃったかぁ……」

 

 声に出してはいるが、実情は全く悔しくなんかない。むしろこれほどの人に教えてもらっているんだと、誇らしさが膨らむばかりだ。

 

 とはいえ、気になる事はある。

 

「ね、望くん」

 

「ん?」

 

「最後のいきなり前に現れたヤツ、どうやったの?」

 

「攻撃? それとも動き方かな?」

 

「どっちも」

 

 少し欲張りかとも思ったが、思い切って聞く事にする。これは力を付ける為に必要な欲張りだ。

 

 望もその考えには異論は無い。歩みを止めずに背中のなのはに説明する。

 

「まずは動き方だね。アレ、動いたのは最初だけなんだよ」

 

「え!?」

 

 なのはの驚き方に望は軽く笑いながら続けた。

 

「『気配を殺す』ってあるだろ? それを更に応用させるんだ」

 

「どうやって?」

 

「まずは自分の気配を完全に殺す。で、魔力を上手く操って自分と同じ大きさにする…」

 

「自分の気配もなくすから上手に隠せば分からないんだね」

 

「そう。 で、その作業をする直前に軽く動く事で相手に『自分はこれから動くんだ』ってイメージを植え付けると」

 

「その動きからもっと相手が誤解するんだね」

 

 ひらめく様になのはが続ける。望は満足げにひとつ頷き、それに続いた。

 

「そういうコト。人間の動きとして不自然にならないように魔力を動かさないといけないし、その間も自分は気配を殺して相手に近付かなきゃならない……なのはちゃんにはまだまだ難しいから、今回はそんな方法があるって事だけ、覚えておいて欲しかったんだ」

 

「いつか、教えてくれる?」

 

「覚えられるくらいに力を付けたらね」

 

「うん!」

 

 そうした話をしながら、やがて自宅が見えてくる。レーメが駆け寄るのを見ながら、望は夜のなのはの訓練メニューに背後へのカウンター技を追加させる事を考えていた。

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 

 そんな訓練を続けていた数日後、高町家の前に車が一台停められる。

 

「じゃ、行ってきまーす!」

 

「行ってきます」

 

 そう言ってなのはと恭也が高町家を出発する。なのはは先日の約束もあり、駄々をこねる事もなくすんなりと出掛けて行った。

 

「やけにあっさりしておったな」

 

「ま、成長したって事じゃないか?」

 

「だと良いが……」

 

 懸念を示すレーメに望は気負った風もなく返す。それを後悔する日は近いのだが、今の望は知る由も無い。

 

「とにかくだ。イルカナ!」

 

 仕切り直しの声を上げ、望は今日の都合を作らせた原因である少女の名前を呼ぶ。 その声を受けたイルカナが軽い足取りで望に寄って来た。

 

「はい、準備は出来てますよ」

 

「OK、手早く終わらせようか。レーメも大丈夫か?」

 

「無論だ!」

 

「じゃ、最終確認だ。今回の目的はマナホールの原因を作り出した分枝世界を、俺たち自身が外側から確認する事。潜入はどんな危険が伴うか分からないから今回は見送りだ」

 

「加えて、分枝振動が可能な状態かの調査に、後はマナバーストが起こる可能性までの残り時間の調査…か………イルカナよ、場合によっては全て終わらんかも知れぬぞ?」

 

 そんなレーメの言葉にイルカナは軽い調子で答える。

 

「全ての用事の冒頭に『可能であれば』という言葉が付きます。百聞は一見に如かずの言葉で以って、望さんにも彼の世界を見てもらう……あくまで今回は、確認がメインだと思っていて下さい」

 

「わかった。それじゃ、絶対座標の確認も終わったな?行くぞ!!」

 

「応っ!」

 

「はいっ」

 

 

 

 そして、三人は世界を離れる。

 

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 

 道中、特筆すべき事も無く、一行は目的地に辿り着く。その眺めに望が思わず声を漏らした。

 

「…ココが原因の分枝世界……」

 

「まるでアリの巣だな…」

 

 レーメが率直な感想を抱き、それを口にする。イルカナがそれに頷きながら、望たちに説明をし始めた。

 

「この分枝世界がマナホールを生み出す原因であり、同時に今現在、マナバーストを引き起こす可能性が最も高い世界……彼らの間で『ミッドチルダ』と呼ばれる世界です」

 

「……ミッドチルダ…」

 

 反芻する様に口の中でその言葉を転がす。望がミッドチルダに繋がる無数のマナホールを見ている時、レーメがふと何かに気付いた。

 

「…ん? イルカナよ、あの世界から無数に伸びている糸の様なモノは何なのだ?」

 

「ああ、ソレですか?…それは言ってみればレーダーですよ。ソレに他の分枝世界が引っ掛かると、あの世界がそれを元に新しいマナホールを開けるんです」

 

「…はた迷惑な触手だな」

 

「本質はそうかも知れないけど、もう少し言い方を考えてくれないか?」

 

 呆れ交じりの望の声。しかしレーメは気にした風もなく、マナホールに視線を移していた。

 

 

 

 

 

 

「望さん」

 

 

 

 

 

 

 唐突に、聞き慣れない程の真面目な声でイルカナが望に話しかける。

 

「…どうした?」

 

 自然と、身構えてしまう。

 

「どういうつもりですか?」

 

 主語も何も無い、イルカナの言葉。

 

 しかし望も、傍にいるレーメも、それが何の事かを理解してしまう。

 

「…何がだよ…?」

 

 それでも抗ってしまうのが、哀しき性という物か。

 

「言うまでもないでしょう。高町なのは、あの少女の事ですよ」

 

 それでもイルカナは、足掻いてしがみ付こうとする望の手に、容赦なく刃を突き立てる。

 

「なぜ、彼女を鍛えているのですか?」

 

「それは…」

 

 何かを言おうとする望の言葉を、イルカナは遮りながら更に続ける。

 

「私達はエターナルです。いくら神剣を所持しているとはいえ、今の私達には塵芥に等しい階位の神剣…それだけに留まらず、そんな神剣のほんのひと欠片…それも扱い易くする為に変質された物。マナ生命体にならずとも扱える、最早神剣とも呼べないような取るに足らない矮小なる存在に……かまける必要などありません」

 

「…すまない……少しばかり、あの娘の輝きが懐かしくてな…」

 

「違いますね」

 

 望が口の中で転がしていた呟きすら、イルカナは一刀の下に切り捨て責め立てる。

 

「かつてのあの子達への贖罪でしょう。過激派のエターナルに強醒体にされ、使い捨て同然に量産された挙句に世界樹からも弾かれた偽物の『選ばれた』子供たち…」

 

 まずそれに反応したのはレーメだった。

 

「馬鹿者…!」

 

 

 

 

 

 

「イィルカナぁぁぁぁぁあああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 『強醒体』の言葉を聞いた瞬間、望が爆発した。

 

 残像すら残さずに胸倉を掴み上げ、イルカナに殴りかかる。しかし殴る直前で望の行動を予見したレーメが望の肩口を引っ張り、なんとか思い留まらせた。

 

「…………ッち!!」

 

「……ノゾム…」

 

 レーメが望に声を掛けるが、望はろくに反応をしない。

 

「……分かってる………分かってるよ…」

 

 レーメとイルカナから顔を背け、そう自分に言い聞かせる様に何度も何度も小さく呟く。レーメにはそんな望の背中が妙に煤けて見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。