聖りりかる   作:岌斗

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第15章 ~新たな布石、牙剥く獣~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……少しは落ち着いたか?」

 

 レーメが冷酷にならないまでも、少し冷めた口調で望に話し掛ける。その同情も責め立てもしない声音が、今の望には何よりも心地好く響いていた。

 

「………ああ、取り乱して済まなかったな……イルカナも、ゴメン…」

 

「構いません。私がそうなるよう仕向けたんですから」

 

 その言葉を聞き、レーメの視線に怒気が篭る。反対に望は得心したかの様に、全身に漲らせた緊張を解いた。

 

「………やっぱりか」

 

「ええ、鍛練の様子…見たのは一度きりでしたが、貴方がどれだけ彼女を大切にしているかが伝わりましたよ」

 

「イルカナ、吾らの中にアレを引きずってない者などおらぬ。汝とて例外ではない筈だ」

 

 非難を織り交ぜたレーメの言葉にも動じる事なく、ソレを想定していたかの様にイルカナは言葉を返す。

 

「勿論ですよ。あれ程の出来事はそうそうは忘れられない………いえ、忘れたくない、忘れてはいけないと言うべきでしょうか」

 

「イルカナ……」

 

「私達だけではありません。あの一件は聖賢者ユウトや永遠のアセリアの逆鱗にも触れ、また実行した筈のロウ・エターナルにすら大きな禍根を残しました……子を持つ親の真骨頂、そして命の意義の再確認には一役を買ったでしょうね」

 

「……すまぬ。吾も言葉が過ぎたようだ」

 

 レーメがイルカナに頭を下げる。それに頷く形で返事としたイルカナは、大きく一つ柏手を打つ事で表情を一転させた。

 

「さて! 自分から振って何ですが、この話題はお開きにしましょうか!」

 

 普段通りの明るさに戻ったイルカナの様子に、表情を和らげた望は同意を示し、レーメもそれに倣った。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

「さて、大前提であるミッドチルダの確認と形態、様式の視認は済みましたが……どうします?」

 

「やっぱりリンクだけじゃ足りない物があるってのはどうしようもないしな。この収穫は早目に考察したいが…マナバーストの危険とかも調べるんじゃなかったか?」

 

 尤もな意見を述べる望に、イルカナはチロリと小さく舌を出し自分の頬に手を宛がう。

 

「以前の調査でマナの濃度を調べてます。実は今回は濃度の変化を見て、成長率を調べるだけなんですよ。さて…………………………終わりました」

 

「「はやッ!」」

 

 自分達は本当に見る為だけに来たのかと目眩に見舞われる望とレーメ。対するイルカナは特に悪びれる事もなく、笑みを浮かべながら望を見ていた。そんな中、レーメがふと何かに気付いた様に眼を見開く。

 

「さて、これからの予定も無い事ですし……軽く周辺世界でも調べますか?」

 

 そう何気なく尋ねるイルカナだが、その返事はレーメから真剣に返された。

 

「予定が無いならば、早々にナノハのいる世界に戻る事を吾は推奨したい」

 

「あら? 世界の見学ツアーとかはしなくても?」

 

「アホか! そんな悠長な事は出来んわ!!」

 

 レーメに若干の焦りが見て取れる。流石に不審に思った望は尋ねる事にした。

 

「どうした? あの世界に何かあるのか?」

 

「違う。飽くまで憶測の域は出ないが、パーマネントウィルの危険性に新たな項目を追加せねばならん」

 

 レーメの焦り様に、望が暫し思考を巡らす。そしてとある可能性に行き着き、その顔を青ざめさせた。

 

「…………同時起動か!」

 

「それも無論のことながら、問題はそれだけでは無い。マナ……魔力を認識できる者がパーマネントウィルを狙う可能性も十分に考えられる」

 

 その言葉にイルカナもハッとなる。

 

「……盲点でした。ある程度の見積もりはしてましたが、『神剣が無い』という情報を念頭に置きすぎていましたね」

 

「『パーマネントウィル』としての価値を見出だせずとも『力の塊』としての価値は存分にある。事態がすぐに起こるなどという事は有り得ぬが、対策を講じねばなるまい」

 

「ミッドチルダの監視の網をかい潜り、来るまでに時間がかかってますから……」

 

 イルカナの言葉に望は懐中時計を見る。なのは達の世界に時間を合わせた発条(ゼンマイ)式のそれは短針が四を指し示していた。

 

「……ルートは来た時よりハッキリしてるから、辿り着くのは午後五時頃か…」

 

「そうだな。下手に焦れてヘマをやらかすでないぞ」

 

 レーメの注意に軽く頷き、望はその身を翻らせた。

 

「戻るぞ!!」

 

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 

「………っく! 全員いるか!?」

 

 人気の無い公園の木の陰に隠れる様に着地した望が周りを油断なく見渡す。発した言葉には緊張を和らげる為におどけた調子のレーメが返した。

 

「三人だけで全員も何もあるまい。問題ないぞ」

 

「……完了、と………望さん、マナの流れを調べましたが今のところ発動体はありません」

 

 イルカナの言葉に、今度こそ望は身体の力を抜く。

 

「そうか…」

 

「一先ずは安心か……ノゾムよ、人気を感じない内に退散するぞ」

 

「勿論だ。士郎さん達も心配するだろうし、さっさと戻ろう」

 

 そう言いながら望は戦闘装束を解除し、見た目相応の少年らしい普段着に戻る。イルカナとレーメもそれに倣い、普段着に戻った。

 

「えいっ」

 

 一歩目を踏み出した望の左腕に、唐突にイルカナが絡み付く。

 

「っと、どうしたんだ?」

 

「軽いスキンシップですよ。構わないでしょう?」

 

 可愛らしい仕草で、望の顔を覗き込むイルカナ。その様子に不覚にもグラリと来た望は頬を赤らめながら上を向き、

 

「……まあ、好きにしてくれ」

 

 それだけ言う事が限界だった。

 

「はい♪」

 

 一応の恥じらいはあったのか、イルカナも頬を染めながら望の腕を抱き、その掌に己の掌を重ねる。

 

 

 

ぎゅむっ!

 

 

 

「あだぁっ!!」

 

 途端、右足を踏まれた様な痛み。まあ、実際踏まれているのだが。

 

「な、なんだよレーメ!?」

 

「別に」

 

 絶対零度に近いその言葉に、さしもの望も背筋を冷やす。そんな中でレーメは強引に望の右腕を取った。

 

「れ、レーメ?」

 

「軽いスキンシップだ。構わぬだろう?」

 

 ぷくりと頬を膨らませ、不機嫌そうに言いながらも、望の腕に顔を当てて望に体重を預ける。朧げながらもレーメの言わんとする事を察した望は、何も言わずに高町の家へと足を向けた。

 

 

 

 道中のすれ違う人々が送る視線の生温さを早く忘れたい望だった。

 

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 

「あら、おかえりなさい三人とも」

 

「うむ、ただいまだぞモモコよ」

 

「あ、桃子さん。ただいま」

 

「ただいま戻りました」

 

 三者三様に声を返す。桃子は満足そうに一つ頷き、それから急に望へと詰め寄った。

 

「ねえ、望くん」

 

「な、なんでしょうか……」

 

「魔法の力って具体的にはどんな感じなのかしら?」

 

「近いです近いです………具体的に、とは?」

 

「うーん……あ! ゲームとかで攻撃魔法とかあるじゃない。あれもだけど、サリーちゃんとかの『漠然と何でも起こせるヤツ』も魔法でしょ? どっちの毛色が強いのかなーって思うのよ」

 

 上半身をこれでもかと引いた望に、ずいっと身を乗り出して望に詰め寄ったままの桃子。 そんな二人の間にレーメの手が入り、それに伴いイルカナが仲介役の姿勢を取った。

 

「まずは落ち着くのだ」

 

「あ、ごめんなさいね。 つい自分を見失っちゃって」

 

 レーメの諌言に桃子はようやく冷静さを取り戻す。桃子のクールダウンを確認したイルカナがすかさず言葉を紡いだ。

 

「まずは桃子さんの質問に答えますが……桃子さんの基準にしますと、我々の魔法の力とはゲームで使われる様な物が一番近いですね」

 

 その言葉に桃子が目に見える落胆の色を示した。そのあまりの落ち込み方に思わず望が声をかける。

 

「………どうしたんですか?」

 

 聞いたものの、桃子からの返事は無い。どうした物かと望が首を捻った所に、廊下から美由希が姿を見せた。

 

「絡まって契った思い出と♪ 巡りあい結んだ……おや? 望くん、帰ってたんだ」

 

「あ、美由希さん。ただいま………ちょっと聞きたい事があるんですが」

 

「あら、珍しい…って、あぁ……母さんだね」

 

 意外そうに呟くが、部屋を見た時に力無くうなだれた母親を見て合点がいった様に一息ついた。

 

「桃子さん、どうしたんですか?」

 

「いや、それがね」

 

「ふむ」

 

「店に来た昔の同級生に『ちょっと老けたね』って言われたらしいのよ」

 

 

 

ぐっさあ!!!!

 

 

 

 その時、望たちは確かに刃物が肉を刺し貫く音を聞いたという。

 

「ま、例のイベントも間近だから起死回生狙えるし、大丈夫じゃない?」

 

 気楽そうに告げながらリビングを去る美由希。残された望たちは何とも言えない表情をしていた。

 

 蛇足ではあるが、その夜の美由希の鍛練はとある人物の要請によって、苛烈を極めた事をここに書き記しておく。

 

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉を開けると、そこは腐海だった。

 

 

 

 

 

 

 

バタァン!

 

 

 

 

「げほっ、がふっ!」

 

「眼が! めがぁぁぁ!!」

 

「くぅッ! ……肺に少し入った…!」

 

 各々が好き勝手にリアクションを取る。微かに扉の中からうめき声も響いて来ている気がする。

 

 おかしい。扉には確かに『なのは』のプレートが掛かっている。

 

「まさかこんな所に次元の扉が!?」

 

「そんな訳ないでしょうが! 助けてぇー!!!」

 

 中からユーノの切実な悲鳴が聞こえる。意を決した望は再びドアノブに手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

「……うぼぁぁぁぁ~…」

 

 

 

 

 

 

 

 …その光景に、言葉を失う。

 

 部屋の中央にはこの部屋の主である筈の少女。その少女はもはや言語では語り尽くせない『ナニカ』と化し、その場に蹲っていた。

 

「……ナノハ…?」

 

 レーメが唇を震わせながらなのはに話しかける。だが、なのはは少し身をよじっただけで、後は動かなくなった。

 

「……一体何が……?」

 

 絞り出す様な望の呟き。その言葉が届いたのか、なのはの身体がビクリと震えた。のそのそとなのはがその身を動かし、ようやくその眼が望を捉える。

 

「……あ…」

 

 途端、なのはの双眸にみるみる涙が溜まっていく。

 

「なのはちゃん……」

 

 その様から、望は少女が何か致命的な失敗を犯した事を悟る。それを理解した望は何も言わず、なのはの頭を優しく抱きしめた。

 

「…大丈夫だよ。 なのはちゃん……俺は、咎めない」

 

 それが少女の限界だった。堰を切った様に大声で泣き出すなのは。自分の服が濡れる事も厭わずに、望はなのはをかき抱き、胸元に埋められた頭を撫で続ける。

 

「……だから汝はスケコマシと言うに」

 

「天然モノほど始末に負えない物はありませんね」

 

 

 

 

 外野、黙ってろ。

 

 

 

 

「「なのはの泣き声が聞こえたんだが!?」」

 

「フラベルム!!」

 

「「ぬぁぁぁー!!!」」

 

 

 

 

 愛娘連合軍、退場。

 

 

 

 

「……頼むからもうちょっと緊張感持ってくれないか…?」

 

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 

「…って訳で、ジュエルシードを奪われてなのはが落ち込んでたんですよ」

 

「もはや腐っておったぞ」

 

「まぁ、そんな感じでしたが」

 

 なのはもなんとか落ち着き、三人はユーノから説明を受ける。暫しの沈黙を破り、レーメが腕を組んだまま思った事を口にした。

 

「…懸念通りとはな。運命も中々にままならぬという事か……」

 

「懸念?」

 

 ユーノが素朴な疑問を口にし、望が簡潔に答えた。

 

「今日ちょっと出掛けた時にね。レーメがもしかしたらこんな事態があるかもって予想をしたんだよ」

 

「なるほど。それが敵勢力の出現と」

 

「それだけじゃないけど、まあそんな感じかな」

 

「……ちょっと待って…望くん、レーメちゃんと出掛けたの?」

 

 妙な部分に反応するなのは。別に隠す必要すら感じないので、望は何の気無しに応じた。

 

「いや、イルカナとレーメと俺の三人だけど?」

 

「……………ふーん…」

 

 それだけを告げてそっぽを向くなのは。望は訳も分からずに首を傾げる他無かった。

 

「流石だな」

 

「流石ですね」

 

「??」

 

「……まあ、とにかく。なのはが負ける程の実力を持っている…って事か?」

 

 脱線しかけた話題を望が強引に戻す。その言葉にユーノは首を横に振った。

 

「言うなれば、試合に勝って勝負に負けた……と言うべきでしょうか」

 

「?」

 

「『相手を倒す事』に躍起になり過ぎて、『ジュエルシードの入手』を相手に許したんですよ」

 

「目的と手段の入れ替わりだな。ナノハの年頃では仕方あるまい」

 

 少し気難しそうにレーメが言う。それを聞いた望はやっと合点が行き、なのはに正面から向き合った。

 

「なのはちゃん」

 

「はい……」

 

「相手に勝つ事に、夢中になり過ぎたんだね?」

 

 その言葉にしゅんとなるなのは。そんななのはを望は責めず、頭に手をぽんと置く。

 

「なのはちゃんは今日、ひとつの失敗をしたね」

 

「うん……」

 

「そして今、なのはちゃんはその失敗を失敗したと反省してる」

 

「うん…」

 

「なら、またひとつ君は強くなれる」

 

「…ふぇ?」

 

 少しばかり唖然となるなのは。望は気にせずになのはの頭を優しく撫でる。

 

「失敗ってのはね、強くなる為に必要なんだよ」

 

「強く……なる」

 

「うん。次に同じ失敗をしなければ、それは『失敗しない』強さを手に入れた事になるだろ?」

 

 その言葉で、なのはの瞳に力が戻る。

 

「……うん!」

 

「それもだけど、この部屋に入った時のなのはちゃんを見て、ユーノに話を聞いて…やっぱり心配した。なのはちゃんは元気な時が一番輝いてるからね」

 

「うん!!」

 

 

 

 ついでに余計な濁りも入る。

 

 

 

「だから……」

 

 そして望は撫でていた手をなのはから離す。

 

「あ……」

 

 名残惜しそうに離された手を見るなのは。そんななのはの様子などつゆ知らず、望は人差し指と中指をピンと合わせて立てる。

 

 そして、普段ナルカナや沙月にやっている要領で、深く考える事もなく。

 

 

 

 

 その指をなのはの唇に押し当てた。

 

 

 

 

「!!!?!??!!??!??」

 

「強くなろう。心も身体もね」

 

 最早なのはは何も聞こえない。急速な勢いで脳内を黒い靄が覆う。

 

「望さん…」

 

「ノゾム…」

 

「「どうなっても知らんからな(知りませんからね)」」

 

 諦めと諦めと諦めを織り交ぜたレーメとイルカナの視線を受け、背筋にずくりとした奇妙な予感が走る。不審に思った望はなのはにした事を改めて考え

 

 

 

ガシィッ!!!!

 

 

 

 る前にその手をなのはに万力の力で固定された。

 

 

 

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んむっ…ちゅぷぅ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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