聖りりかる   作:岌斗

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第2章 ~夜明けと星光の邂逅~

 

 

 

 

 

 

 何が起きてるのか、何も分からなかった。

 

 

 ただ、圧倒的な絶望。

 

 ただ、絶対的な暴虐。

 

 ただ……決定的な無力………

 

 

 未知に分類される不思議な力だと、確かに浮かれていた。

 

 日常を打破しうる新たな可能性だと、確かに憧れていた。

 

 

 でも違う。その不思議な力には先達がいて、

 

 その新たな可能性は、危険な物も確かに含まれていたのだ。

 

 

 

 それに気付いた時には……目の前に黒い牙が………

 

 少女は漠然と悟る。ああ、此処で自分は死ぬのだと。

 

 厭は無かった。不用意に片足を突っ込んだ代償としては当然の事だと、何故かすんなりと納得出来た。

 

 恐怖は無かった。そこにあったのは、一種の諦観。ああ、自分は最期まで良い子に成り切れていなかったのだ、と。

 

 そう考えると、少女の眼前に迫る黒い牙は何処か断罪の刃に見えた。

 

 何故、これ程迄に己を誅す刃が愛しいのか。その理由は分からない。

 

 少女は微笑み、自らの喉元を晒す様に少し上を向く。

 

 刹那、

 

 

カアアァァッ!

 

 

 突如として視界を強烈な光が包む。少女は思わず目を閉じ、光が収まったのを確認すると、ゆっくりと目を開けた。

 

 そこには……

 

「――――大丈夫か?」

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

「…………ッ!!」

 

 望の背中に乗った少女がビクリと大きく身を震わせる。

 

 それを感じた望は、慎重に言葉を選びながら少女へと声を掛けた。

 

「…おはよう。目は覚めた?」

 

「……選び抜いた言葉がそれか?」

 

 横を歩くレーメから小さいながらも痛烈な野次が飛ぶ。

 

 その事に一々反応してしまうのも望の特徴だった。

 

「……口下手なのは今に始まった事じゃないだろ」

 

「何を言うておるのだ。閨ではあれだけ甘い言葉を紡げる男が…」

 

「子供の前だぞ!? いきなり何言い出すんだよ!!」

 

 言いながら若干焦りつつ、自分の背におぶさる少女を見遣る。

 

 幸いにして半分は夢を見ているのか、何処か焦点の合わない目でぼんやりと辺りを見回していた。

 

「ちゃんと状況くらいは見極めておる。まだまだ修行が足りんぞ、ノゾム」

 

 言いながらレーメはカラカラと快活に笑う。

 

 前を茹だった顔のまま進む小動物は、彼女の眼中に無いようだ。

 

 憮然とした望はそのまま歩を速めた。暫くすると少女の意識が明確になって来たのか、望たちに声をかけてきた。

 

「……あなたたちは…?」

 

「吾らのことは今は捨て置け。身体に異常は無いか?」

 

「……ここは?」

 

「帰り道だよ。今、君のペットに案内させてる」

 

「僕はペットじゃありません!」

 

 フェレットが望の言いざまに反論する。

 

「ペットでなければ野良イタチか?」

 

 が、レーメから更に深い一撃を見舞われた。

 

「……ペットで良いからイタチ扱いやめて下さい…」

 

 心を抉られたのか、がっくりとうなだれながらフェレットはその言葉を何とか搾り出す。

 

「悪いけど、君の家の場所教えてくれないかな?」

 

 落ち込んだフェレットに目もくれずに、望は少女に自宅の場所を尋ねる。正直な所、フェレットは臭いを辿っていただけなのでスピードがイマイチだったのだ。

 

「あ…うん、あっちなの」

 

 少女は指で家の方角を示す。その向きに従いながら望たちは歩を進める。

 

「ノゾムも一々律儀だな。あの場に寝かせて置いても罰はあたらんぞ?」

 

「何いってるんだよ。こんな時間に出歩く子供なんかそうそう居ないんだから、この子の親御さんが心配してるんじゃないか? だったら放っておける訳ないだろ」

 

「それもそうだが。まぁ……そんなノゾムだからこそ、吾らも案ずる事無くこの身を委ねられるのだしな…」

 

 そんな会話を聞きながら段々と少女は意識を覚醒させ、その身の状態を把握していく。

 

 そして少女は己の現状に気付いた。

 

 見ず知らずの男の子におんぶされている自分にだ。

 

「もっ、もう降ろして貰っても大丈夫なの!」

 

「っと!?」

 

 言いながら少女は唐突に暴れ出す。虚をつかれた望は思わず腕の力を緩めてしまい、

 

「え?きゃっ!?」

 

ガッ、…ぺたん…

 

 …結果、望の手から離れた少女は地面に片足を付け、そのままその場に座り込んでしまった。

 

「え? あれ? なんなの!?」

 

 少女は自分のそんな状態に戸惑うばかりだ。レーメが呆れた様に溜息をつき、望は苦笑いしながら改めて少女に手を差し延べる。

 

「完全に腰が抜けてるんだよ。いいからそのまま力を抜いて?」

 

 言いながら望は改めて少女を背負い直す。再び少年に背負われた瞬間、自分の下腹部から太股の付け根辺りにかけて、ヒヤリとした感覚が襲って来た。

 

 

 

 ……そう、まるで水を含んだ布を押し付けたような………

 

 

 

「……!!…」

 

 思い当たる限り最悪の予想に、少女の顔が一気に青ざめる。

 

 そして、それに釣られて連鎖反応が如くに先程の恐怖を思い出す。

 

 奇妙な甘美を伴う、身を引き裂くような恐怖を。

 

 絶望の暴流に彩られた、心を焼き尽くす絶頂を。

 

 赤面し、青褪める。根底に刻みこまれた情欲を否定し、何よりも未だにそれらの機微を理解しない幼き心。彼女の心中には、漠然とした不安が広がるのみであった。

 

 レーメがそんななのはの表情の変化に気付いて、努めて冷静に告げる。

 

「仕方ない事だと思うぞ? あれだけの恐怖は普通に生きていればまず出会う事は無い」

 

「………っく、ぇっ…く…」

 

 レーメのフォローも空しく、少女からしゃくりあげる声が聞こえ出す。望たちはどうしようも無くなり、取り敢えずは根本的な原因を作ったらしいフェレットを睨む事しかできなかった。

 

 フェレットにしても自覚はあったらしく、しょんぼりとうなだれる。

 

 

 誰も言葉を発する事無くただひたすら静かな夜道。人気のないそこに少女の微かな泣き声と、小さな皮靴の音だけが響いていた……

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

「ここなの」

 

 十五分程街を練り歩いて、少女の自宅にたどり着く。

 

 その頃には少女もそれなりに落ち着き、若干恥ずかしさに身をよじりながらもなんとか普段通りには振る舞えていた。

 

「わざわざありがとうなの」

 

「なに、礼には及ばんぞ」

 

「レーメ、お前運んでないだろうが」

 

「なにー!? わざわざついて来てやったではないか!」

 

「それだけでか!? それだけでお前の行為は人に感謝される基準にまで入るのか!?」

 

「細かい事を一々うるさいのだノゾムは! その場の空気を弁えよ!!」

 

「俺が悪いのか!!?」

 

 

 ヒートアップしていく主従コンビにフェレットは頭を抱えて「もう知るか」と言わんばかりにそっぽを向き、望に背負われたままの少女は、

 

「とりあえず、お家入りたいの…」

 

 と、小さく呟いた。

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

「高町…さん、か」

 

 玄関の表札を眺めて望は呟くように確認した。

 

「なのは」

 

「え?」

 

「私の名前、高町なのはなの」

 

「そっか、じゃあ高町さん」

 

「な・の・は!」

 

「いや、だから…」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「……なのはちゃん」

 

「うんっ!」

 

「……その押しの弱さはノゾムの命題の一つだな…」

 

 心底呆れたと言わんばかりにレーメは首を振って肩を竦める。

 

 

 

 残念ながら神性ロリよ、その命題は彼が主役である限り解決する事は無い。

 

 

 

「……まあとにかくだ。この子をちゃんと送り届けない事には始まらない」

 

 そう言いつつも、望は高町家の呼鈴へと手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

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