博士やマテリアル、紫天の書に対する独自設定・独自解釈があります。
ご覧になる際は、ご了承の上閲覧してください。
ってネタから考えを膨らませたらこうなりました。
風が、吹いている。
グランツ・フローリアンは、自室のベッドに横たわりながら、窓の微かな震えを見て、それを認識した。
あの風は、今、何を運んでいるのだろうか。
春の暖かな陽気であってほしい。
咲き誇る花の甘い匂いであってほしい。
いや、そんなに美しい物でなくたっていい。獣の匂いでも、腐臭でも構わない。
それは、生の匂いだ。何かが、このエルトリアの大地で生きている、確固たる証拠だ。
しかし。グランツが生来嗅いできた匂いは、機械の、鉄の、無機な匂い。
毒素漂い、腐蝕を促す、星という命を死に至らせる風だ。
もう二度と、そんな匂いであって欲しくはない。
生まれた時からずっと抱きつつけてきた祈りを、グランツは今日も再び、天に願った。
「おい」
声がする。その如何にも高飛車で、傲慢さをイメージさせる声から、グランツはその正体を察することが出来た。
「やあ、今日は、君か」
ロード・オブ・ディアーチェ。
遠い時空で、自分の娘たちが作ってきた『友達』の一人。
その場所で、彼女たちが何を成してきたか、かつて彼女らがどういう存在だったかを全て聞き。
しかし、あえて一切を棚に上げて、グランツはそう表現していた。
「ふん。持ち回りと決まっておるからな。無論、この地の王たる我が、貴様のような男の世話をする理由など無い。しかし、持ち回り、という決まりであるからな」
グランツは、ディアーチェにそうと気づかれないよう、心の中で密かに笑った。
自分よりはるかに年を食っているはずのこの少女は、感情の伝達方法という面において、自分よりも未成熟だ。
書に閉じ込められ、同胞と三人きりでしか話していなかった経歴がそうさせているのだろう。
言わば、子供だ。自分の中から湧き上がる感情を、『王』という器を通してしか伝えられない、不器用な子供だ。
アミタもキリエも、そして、シュテルやレヴィ、ユーリも。
それを分かっているからこそ、この傲慢な言い振りを許すどころか、むしろ愛おしくすら思えているのだ。
そしてそれは、グランツも同じだった。
「それじゃ、お願いしちゃおうか」
「うむ。ではさっさと背中を向けろ」
「……」
ディアーチェの高圧的な命令に、グランツは答えない。
それだけで、ディアーチェは事情を諒解し、途端に表情を険しいものに変えた。
「……まさか、もう、そこまで『来て』おるのか?」
「うん。昨日、シュテル君に診断してもらったんだけど、さすがにそろそろ、みたいだ」
今のグランツは、自分の体をベッドから起こすことも出来ない。
所謂、寝たきりの状態だ。
しかし、この前ディアーチェが受け持った時は、それでも身体を転がすくらいの運動は出来た。
それすら、もはや出来ない。下半身は重い鉛のようにくっついていて、上半身だって、わずかに腕を動かすことが限界だった。
これは、エルトリアに充満する毒素を吸った者が陥る、末期症状だ。
先ず、身体的不調が重なり、気が狂うような激痛が襲う。それが一気に収まった途端、今度は身体が段々と動かなくなり始めるのだ。
それは、足先から、毒蟲が這い上がって来るような緩慢さを伴い、始まっていく。
さらに、体内の内蔵も、次々に機能不全を起こし、今やグランツの体内は、そのほとんどが人工臓器だ。
アミタとキリエを生み出した時は、まだ全身が動いていた。
それから暫く経っても、まだ二人を抱き上げるくらいの体力はあった。
しかし、二人が大きくなって、もう抱き上げることも、抱きしめることも出来なくなってしまった。
そんな、重く辛い事実を察知したディアーチェは。
「……ふんっ。その程度の病くらい、とっとと直せば良いものを」
「そう思うけどさ。これが中々、どうにも上手く行かなくてね」
何を指摘するでもなく、何を聞くでもなく、表情を直して、ただいつもの様に憎まれ口を叩いた。
今のグランツは、病に苦しむことも恐れることも、怒ることもない。
ただ、あるがままを受け入れ、静かに『その時』を待っている。
そんな男に、慰めも哀れみも無用だ、と、ディアーチェは気がついたのだ。
必要なのは、日常。娘と触れ合い、時には笑う、そんな変わりのない日々。
その中で、穏やかに旅立ち、エルトリアの大地に還ることこそが、星の復活に生命を賭けたグランツにとって、最高の報いなのだ。
「弱気になるからいかんのだ。病は気から、と言うだろう。何時もの憎たらしい笑みはどうした」
「あっはっは、そんなに嫌なスマイルかな? ほら」
といって、首をディアーチェの方向に向けるも、その顔は微かに動くだけだ。
いつかディアーチェが写真の中に見た、竹を割ったように真っ直ぐで快活な笑みは、そこに現れなかった。
「……表情筋が動いておらぬぞ」
「そうかい? うーん、やっぱり上手くいかないね」
ままならない人生。二人は、ふう、と溜息をついた。
例え、身体の半分が機械と差し替わっても、汗は出るし身体は汚れる。
ディアーチェは、グランツの服を脱がして、タオルで汗を拭いて、衣服を交換しなければならなかった。
これは、中々の重労働だ。
いくら運動せずに衰え、やせ細っていると言えども、グランツは成人男性だ。
ディアーチェの幼い体躯で、その体を支え動かすのは辛いものがある。
だから、魔法を使う。
先ずは浮遊魔法で、グランツの身体をベッドからふわりと浮かばせる。その際に、保温の効果をつけて、体温の急激な変化を避けたりもする。
そうして、軽度の身体強化の魔法を使えば、それだけで簡単に腕を動かし、浴衣のような服を脱がすことが出来るのだ。
自分の体が宙に浮き、好き勝手に着せ替えられる感覚。
普通に考えれば、けして気持ちの良いものではないだろう。
しかし、現にディアーチェは一生懸命作業をしている。その気持ちを汲んでも尚、悪いことだとは到底思えない。
そして、グランツ自身、体を触られても何も感じないのだ。
皮膚の感覚や触覚だけでなく、年頃の少女に身体を触られている羞恥心さえも。
もはや、彼は自分の体を、しつこくくっついている枯葉のようなものとしか感じられなかった。
それ程に、彼の意識からその身体が離れてしまっているのだ。
「よっ、と……」
ぬるま湯で暖めた濡れタオルを用意し、魔法を操作してくいっ、とグランツをうつ伏せにしてから、ディアーチェは身体を拭く作業に入った。
先ずは、背中。血管の筋やあばらが出ているそれは、まるで痩せこけた柳のような印象を感じさせる。
血行を良くするマッサージの意味も込めて、そっと背中を揉むようにタオルを動かした。
「なあ、グランツよ」
作業を続けながら、ディアーチェはグランツに話しかける。
「なんだい、王様」
「お主、もう少しだけ生きてみる気はないか?」
魔法で重力に逆らいながらも、下を向いているグランツの顔が、ピクリ、と動いた。
ディアーチェはすでに背中を拭き終わって、両足とその指を丹念に拭いていく途中だ。
「どういうことだい?」
「我らの正体は見知っておるだろう。魔力で構成された、意識を持つプログラム体」
「あぁ、わかってるよ。分かっているけど」
グランツがその先を続けようとすると、そういうことではないわ阿呆が、と押し留められる。
そう。グランツがマテリアルたちをプログラムだと認識していれば、こんな話はしない。
むしろ、意識を持った人格であると思っているからこそ話したいのだ。
「我らにも、勿論モデルがおる。まさか、無から人の心を作り出すわけにもいかぬしな」
「至極当然だね」
人の想像力は確かに高いが、まだそこまでの域には至っていない。
世の中には、多重人格なども存在するが、それはあくまで一つの人格が他の人格をエミュレートしたもの。もしくは、後天的に他者から植え付けられたものだ。
完全な『人格』をもう一つ作る訳ではない。
だから、マテリアルたちのような存在を作るためには、必ず誰かをモデルにしなければならなかった。
そうでなければ、行動基準やメンタリティに欠けや歯抜けが生まれる。
つまり、決定的な、自らの思考回路だけでは処理しきれない、自己矛盾を起こして消滅する。
そんな、欠陥品しか作れない。
「そしてだ。シュテルが最近、紫天の書から引っ張りだした魔法式。その中にな、我らの『素』となった魔法式があるのだ」
マテリアルたちの『素』。すなわち、人間の意識を魔導的に再現し、プログラム化するシステムだ。
そして、紫天の書の記憶容量には、まだ十分な空きがある。当然のことだ。
元々、夜天の書を乗っ取るために作られた紫天の書は、当然乗っ取り先と同じ位のポテンシャルを持たなければならない。
その夜天の書が、群雲の騎士四人と、管制人格一人を保持し得るのだから。
紫天の書だって、シュテル、レヴィ、ディアーチェ、そしてユーリと、後一人くらい中に入る余裕が有るはずだ。
「つまり……僕の人格を完璧に移植して、プログラムとして生きろ、と」
「……そういうことだ」
「でも、それは、僕が、君たちの仲間になる、ということだよ?」
面と向かってそう返されて、ディアーチェは少しの間黙り込んだ。
そして、そっぽを向きながら、腕を組んで、それまでより少し声を小さくしながら話し始めた。
「無論、我らはもはや完成された三人と一人であるからして……、別に、誰かを加えてやらなければならない理由などないが……」
「ディアーチェ……」
しかし、こんなことを言い出すというのは、どれほど重大で深刻なことなのだろうか。
特に、紫天の誓いの元に集う、マテリアルのリーダー、ロード・オブ・ディアーチェにとっては。
すでに固い絆で結び合った、四人の中に、一人の異分子を、それも、男という例外を入れる。
それだけでも、十分すぎるほど決断力のいる事項だ。
そして、マテリアルの存在は、永遠結晶エグザミアを制御するためのもの。
永遠に光るそのクリスタルが無くならない限り、彼らの命も、責務も終わらない。
無限に続く命。例え生命が滅んでも、星が滅んでも、全ての世界が滅んでも。
文字通り永遠に生き続けるそれは、もはやある種の拷問だ。
同じ運命を背負ってきたヴォルケンリッターは、八神はやてによって、プログラムからヒトになり、輪廻の中へ回帰したが。
マテリアルたちとユーリには、未来永劫、そんな結末は訪れない。
例えエグザミアが粉々に砕かれ、虚数の海に落ちても。
無限連環機構は、何時か何処かで蘇り、その周りには、またぞろマテリアルたちが生み出されるのだから。
そんな茨の道に、道連れをまた一つ増やす。
マテリアルが一機増えるというのは、つまりそういうことだった。
「それでも……我は、お前に……いや、お前の娘どもの、泣き面をな。見たくないのだ」
ディアーチェは、全てを理解していた。
分かっていて、尚グランツを引き入れようとしていた。
それは、再びマテリアルが集い、ユーリを救う直接のきっかけを生み出してくれた、機械じかけの二人姉妹への恩義。
自分たちと同じく、機械として永い年月を生き、死んだ惑星を蘇らせる使命を背負った二人。
そんな二人に訪れる悲しみを、消してやりたい――
――という、だけではなかった。
ディアーチェ個人としても、グランツ・フローリアンという男に、生きていて欲しかった。
二人の付き合いは、さほど短い訳でもなければ、長い訳ではない。精々、二、三ヶ月程度だ。
それでも、ディアーチェは、この男に対し、親しみのようなものを抱いていた。
『星の復興』などという、人の身で持つには大それた夢。
その夢を一途に見つめ、目指し、手を伸ばした男。
そして、どれだけ傷つき、羽が折られても。
王として同胞を導き、ユーリを守ろうとする、ディアーチェ。
何か、心の中に共通する物があるのかもしれなかった。
「…………」
「我はな。あの娘だけではない。この星にあるもの、生きる生命全てが、我が臣下であると自負している。その生命が消えようとする時に、何も出来ぬというのは、どうにも、胸くそが悪い」
複雑に絡みあった本心を、その一言でようやく表現しながら、ディアーチェはグランツの返答を待った。
グランツは、窓の外を見た。
相変わらず、風が吹いている。
それは、この星の鼓動だ。生きている証だ。
今度は素直に、そう思うことが出来たので、グランツはようやく重い口を開いた。
「残念だけど、お断りするよ」
「なッ……!」
今度は、表情筋が上手く動いてくれたようだった。
グランツの顔には、満面の笑みが浮かんでいた。しかし、その顔に、他人を小馬鹿にする要素は含まれていない。
全てを見て、全てを認める、仙人のような笑いだった。
ディアーチェは、驚き、引き止めようとするも、もはや、この男を止めることは出来ない。
「良いのかッ!? 貴様、それで、本当に……」
「いいさ。私はね、この星で生まれたんだ。この星の、大きな『いのち』というシステムの、一部なんだ」
彼は、この惑星と、そこに生まれた生命、自然、鉱物や機械でさえも、大きな一つの生命だと考えていた。
だから、ひたすらにこの星を蘇らせようとした。
かつての人間が払ってきた業に対して、少しでも帳尻を合わせるがごとく。
それが、自分を生み出してくれたこの星への、恩返しなのだから。
――そして。『生み出してくれた物』を認識し、それに対して奉仕する限り、グランツは一人の人間でいる事が出来る。
――自分を、肯定出来る。誰が願って、誰が祈って作り出されたわけでもない、自分を。
「だから、君たちには、迷惑をかけるかもしれない。でも、私は人間だ。人間として死にたいんだ。この星の中で、また新しい生命として、生まれたいんだ」
輪廻転生とか、そういう教義ではないが。
自分の肉体を土に埋め、その全てを分解させて、土の養分にする。
そうすれば、自分という存在は、木に、虫に、そして此処で生まれる人間に、受け継がれていくはずだ。
グランツは、そう確信していた。
「ッ…………」
ディアーチェは、何も言い返せなかった。
自分たちマテリアルが、永遠結晶の周りにその身を繋ぎ止め、その連環の中に帰属するように。
グランツにも、還りたい場所があるのだ。
エルトリアという『いのち』の中にある輪廻こそ、彼が本当に還るべき場所なのだ。
つまり、自分たちとは、決して相容れない存在だった。
「……」
「……」
しばし、部屋の中は無言に包まれる。
ディアーチェもグランツも、互いを憎んでいるわけでは無い。しかし、折れないもの、譲れない一線というのが、確かにあった。
いつの間にか、グランツの身体は浮力を失い、ベッドの上にあった。
その上に、布団が被せられている。それだけの処置が終わるまでの時間、二人は口論を交わしたのだ。
やがて、ディアーチェがゆっくりと口を開く。
「……そうか、そうなんだな」
「そうなんだ。ごめんね、王様」
そして、二人は目線を外した。
ディアーチェは介護を終え、部屋に戻るために。
グランツは、再び窓からエルトリアの大地を見つめるために。
一人が手を差し伸べ、もう一人が、正当な理由でそれを拒否した。
これは、たったそれだけのことだった。
こんな感じで。
死にかけた星に、わざわざ残る物好きの理由を考えたらこうなりました。
テーマ変わってんよ!
ほのぼの短編で終わらせるつもりなのにさ!